番外編・SS

月羽根が兄になった日
【One moonlit night】

 ハクタイの森の隅の隅、ヒトもポケモンもあまり寄り付かないような端っこにひっそり生えた常緑樹。そこが俺たちきょうだいの寝床だ。
 小枝や枯草をかき集めて作った小さなベッドの上で今宵もタマゴを温める。昼間はヒトの姿をしている方が何かと便利だけれど、夜は冷えるから翼でくるんであげなさい。母さんに教えられた通り、風が入らないようしっかり包み込む。

 吐き出した息が白い。今夜は一段と冷える。シンオウが寒いのか、俺が寒さに弱いのか。両方かもしれない。けれどお腹はぽかぽかであまり気にならなかった。
 時々動いているし、中から音も聞こえてくる。きっともうすぐだ。
 はやく会いたい。どんな子だろう。元気な子?それとも大人しい子?目や翼の色は?声は?どんな味が好きかな。俺とどのくらい似てるかな。

 遠くでホーホーが鳴いている。ひとりぼっちの夜は長いけれど、まだ見ぬきょうだいとの日々に思いを馳せれば寒さも寂しさも忘れられた。

 不意にパキ、と音がする。慌てて翼を広げればカタカタ震えるそれにひびが入っていた。パキッ、パキパキパキッ、剥がれた殻の隙間からやわらかな光が滲み出る。
 どくどく激しく高鳴る心臓を落ち着かせるように、ごくり、息を飲む。その瞬間――タマゴが一際大きく揺れ、眩い光を放った。

 思わず閉じたまぶたをゆっくり持ち上げると、深紅の宝石を見つけた。散らばったタマゴの破片の上に小さなヤミカラスがちょこんと座っている。
 父さんと母さんが命懸けで守り、俺に託したタマゴ。そこから生まれた小さな命。……なんて、いとしい。
 溢れて止まない思いのまま生まれたての弟を抱きしめた。あたたかくて、やわらかくて、とくとく脈打つ心臓といつぶりかの誰かの体温に目の奥がじわりと熱くなる。
 けれど嘴を噛みしめてぐっと堪える。泣いてはいけない。泣いている暇はない。俺はお兄ちゃんだから。

 涙の代わりに笑顔を浮かべた。大丈夫。君には俺がいる。俺には君がいる。大丈夫。大丈夫。
 ふと見上げた先で、黄金の月と幾千の星がきらめいている。前に見た時は半分だったのに今はナナシの実のようにまん丸だ。
 俺もあれになりたい。この子が笑って元気に生きていけるよう、歩む道を明るく照らす光に。

 まだきちんと生え揃っていない弟の翼は俺のものより深い色をしていた。まるで夜空をそのまま写し取ったかのような、きれいな濃紺。
 ――そうだ。この子の名前は〝宵羽根〟がいい。翼に宿した夜の色と俺の名前を半分。我ながら名案だ。

『宵羽根。お兄ちゃんが守るからな』

 贈ったばかりの名前も新たな肩書きも音にするとなんだか嘴がくすぐったい。そのまま頭を撫でてやれば、宵羽根はまあるい赤をぱちくりさせて無邪気に笑った。胸の内がやわらかな温もりで満たされていく。

 宵羽根。可愛い可愛い俺の弟。どうか君に、夜空で輝く真珠の星たちのような幸せがたくさん訪れますように。

Fin.
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