ハロー・アコニタム/age.7
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夕飯も済み、それぞれが自分の時間を過ごしている午後7時。俺はかれこれ10分ほど前から、父ちゃんの部屋の前をうろうろしている。
話し声が途切れたのを見計らってドアを叩くと、すぐに「おう」と返ってきた。途端に逃げ出したくなるのをグッと堪え、部屋に滑り込む。中では90度回転させた椅子に座った父ちゃんと、ベッドに腰掛けたギナが、資料を片手に向かい合っていた。青と赤がこちらに向けられる。
「どした」
「えっと……話、があって」
視線を泳がせながらなんとか用件を口にすれば、父ちゃんは親指でベッドを示した。そこに座れ、ってことだろうけど、相変わらず床は足の踏み場がないくらい、本やら書類やらが散らばってる。まごついていると、ギナが苦笑しながら立ち上がり、つるのムチで俺を抱き上げて、さっきまで自分が座ってた場所に座らせてくれた。そのままさりげなく席を外そうとするから、急いでタスキの端を捕まえる。
「いい。ギナもいて。ギナにも聞いて欲しい」
「……君がそう言うなら」
ギナが俺の隣に腰を下ろすと、父ちゃんはもう一度「どした」と言った。話したいことは決まってるのに、いつもはよく回る舌が今に限って上手く動かせない。なかなか話し始めない俺を、ふたりは黙って待ってくれた。
今日の昼間、怪我をした野性ポケモンに出会ったこと。そいつに応急処置紛いのことをして、食事を分け与えたこと。たったそれだけを伝えるのに、随分時間がかかった。
「俺は……父ちゃんみたいに医者じゃないし、人間はなるべく野性の暮らしに関わっちゃいけないのに……。あの時はそこまで頭回んなかったけど、俺がしたこと、ほんとは良くないことなんじゃ、って」
何かしたくて、してやりたくて、必死だった。でも、ほんとにあれでよかったのか。人間 と関わったことで迷惑かけたり、却って傷を悪化させたりしてしまうんじゃないか。そう思うと、いたたまれなかった。
漸く話終えると、父ちゃんは腕を組んで「擬人化した手負いの野生ポケモン、か……」と唸った。
「人間 は見ただけじゃ人間かポケモンかわかんねえから、今回出くわしたのはほぼ事故みたいなもんだろ。けど、草むらとかで手負いのポケモン見かけた時は絶対近づくなよ。そっとしとけ。もしくはジョーイさんとか呼べ。わかったか?」
こっくり大きく頷けば、「ならいい」とちょっとだけ笑った。
「んで、次。そいつの怪我の状況とお前の処置、詳しく話せ。つーか実践してみろ」
急に鋭くなった視線に、少し怯む。昼間の出来事を思い返しながら、できるだけ細かく説明する。処置はギナの腕とハンカチを借りてやってみせた。
「包帯の巻き方はまだ甘えが、まあ及第点だな。まず悪化はしねえだろ。血に直接触らなかったこと、きのみを食わせたことは上出来だ」
「!そ、っか……よかった……」
「ただし。何度でも教えてやるから、何度も練習して正確に確実に覚えろ。教えてねえことは絶対すんな」
「いくら応急処置とはいえ、決して過信してはいけないよ。生兵法は怪我のもと、と言うだろう」
「……うん」
ふたりの言葉にしっかり頷き、脳みそに刻み付ける。今度から教わったこと、ちゃんと覚えられたか確認してもらおう。
「それから、〝人間はなるべく野性に関わっちゃいけない〟の方な。……自然は自然のあるがままに。そういう考えもあるし、俺もそう考えてる」
父ちゃんは一度目を閉じ、ゆっくり開くと言葉を続けた。
「弱った奴がいるから、そいつを食って命を繋げられる奴もいる。可愛いから、可哀想だからって野生ポケモンに食事を与え続けたら、いつか自力で餌を取れなくなる。取らなくなる。人間はメシをくれるもんだと覚えちまって、不用意に近付いてはハンターどもに捕まったり、車に轢かれたりするかもしれねえ。
捕獲もそうだ。面倒見れねえのに無闇矢鱈と捕まえては、本来の生息地じゃねえ場所に捨てる。人間の匂いをつけられた上に、見知らぬ場所に突然放り出される側はたまったもんじゃねえよ。面倒見れねえなら……見る気がねえなら、最初から捕獲なんかすんなってんだ」
「ホウヤ」
徐々に語気を荒げる父ちゃんをギナがやんわり嗜めるように呼ぶと、「悪ぃ、論点ズレたな」とばつが悪そうに後頭部をガシガシ掻いた。
「……あー、まあ、俺の個人的見解はさておき。確かに、野生で暮らしてる奴らに人間がやたらめったらちょっかい出すのは、正しくないかもしれねえ。……けど、人間やポケモンに限らず、誰かを助けたいと思うこと、助けたくて手を差し伸べようとすることは……悪いことでもねえんじゃねえか」
……そう、なのかな。そう思っても、いいのかな。
「つーか痛ぶるのが目的のトレーナーに怪我させられたんだろ。今回みてえなケースとか、公害で病気になったとか、人間が自然のルールを破ったことが原因 の場合は、俺はむしろ積極的に助けてえと思う」
父ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。アローラの海をくり抜いたような青に、不安げな俺が映っている。
「そいつを助けて、どう思った?」
「嬉し、かった。ほっとした」
「そいつは手当もどきを受けて、何て言った?」
「……ありがとう、助かった、って」
ベトベターを見つけた時、脅かされた時。あの時あのまま何もせずに帰ってたら、どっちも得られなかった。あいつとああして話すこともなかった。
父ちゃんはふっと目を細め、俺の頭をぐしゃぐしゃ掻き回した。
「じゃあ、とりあえず今日は、それでいいんじゃねえの」
「……うん」
父ちゃんの言葉を噛み締める度、少し心が軽くなる。話せて、聞いてもらえて、良かった。
今度は静かに俺たちのやり取りを聞いていたギナを見上げる。視線に気付いたギナはゆっくり口を開いた。
「俺も、自然は自然のあるがまま、という考えだけれど。そもそも〝回復〟だけでなく〝治療〟という概念や技術が生まれた時点で、神はそれをお許しになられた、とも考えているよ」
「神って、アルセウス?」
この世界には〝神様〟が沢山いる。陸の神様、海の神様、天空の神様。時間を司る神様、空間を司る神様。生命と再生を司る神様、破壊と死を司る神様。カプたちだって守り〝神〟だ。でも多分、この言い方からすると〝さいしょのもの〟もとい創造神アルセウスだろう。ギナは正解、と言うように微笑みながら頷いた。
「かの大御神が俺たちに〝治療すること〟をお許しになられたのなら、治療による生命の救護は神のご意志に反していないのでは、とね。ならば己が領分と節度さえ弁えていれば、自然の理を乱すことにはならないんじゃないか」
「おのがりょうぶん?」
「簡単に言えば、万物がそれぞれ生まれ持った使命や役割、といった所かな」
ギナの言い回しは難しくてよくわからないことが多いけど、要するに父ちゃんと同じように「正しくはないかもしれないけど悪いことでもない」って言ってる、んだと思う。多分。声と表情のやわらかさから、そんな気がする。
「じゃあ、俺の使命って?」
何気なく口にしたら、ほんの一瞬だけ、ギナが初めて見る顔をした。その表情の意味を汲み取る前に、ギナはいつものように微笑んだ。
「それはこれから君自身が見つけていくのさ、バンビ」
何だか、苦しそうな顔をしたように見えたけど……見間違いか気のせいだな。女にしか興味ないこいつが、男のことで頭を悩ませたり、胸を痛めたりするわけねえし。
「お前ほんと信心深いよな。意外と」
「意外とは余計だよ。まあ、そういう所で育ったから」
父ちゃんの茶化しに肩を竦めるギナ。そういえば、知識とか旅先で見聞きしたこととかはよく話してくれるけど、ギナ自身の話はあまり聞いたことがない。
「ギナって母ちゃんがカントーにいた頃から手持ちなんだよな。母ちゃんと会う前は何してたんだ?」
「あちこち旅をしていたよ。ひとり気侭にね」
そう言って微笑むギナの表情は、……上手く言えないけど、いつかどこかで見たような気がした。
話し声が途切れたのを見計らってドアを叩くと、すぐに「おう」と返ってきた。途端に逃げ出したくなるのをグッと堪え、部屋に滑り込む。中では90度回転させた椅子に座った父ちゃんと、ベッドに腰掛けたギナが、資料を片手に向かい合っていた。青と赤がこちらに向けられる。
「どした」
「えっと……話、があって」
視線を泳がせながらなんとか用件を口にすれば、父ちゃんは親指でベッドを示した。そこに座れ、ってことだろうけど、相変わらず床は足の踏み場がないくらい、本やら書類やらが散らばってる。まごついていると、ギナが苦笑しながら立ち上がり、つるのムチで俺を抱き上げて、さっきまで自分が座ってた場所に座らせてくれた。そのままさりげなく席を外そうとするから、急いでタスキの端を捕まえる。
「いい。ギナもいて。ギナにも聞いて欲しい」
「……君がそう言うなら」
ギナが俺の隣に腰を下ろすと、父ちゃんはもう一度「どした」と言った。話したいことは決まってるのに、いつもはよく回る舌が今に限って上手く動かせない。なかなか話し始めない俺を、ふたりは黙って待ってくれた。
今日の昼間、怪我をした野性ポケモンに出会ったこと。そいつに応急処置紛いのことをして、食事を分け与えたこと。たったそれだけを伝えるのに、随分時間がかかった。
「俺は……父ちゃんみたいに医者じゃないし、人間はなるべく野性の暮らしに関わっちゃいけないのに……。あの時はそこまで頭回んなかったけど、俺がしたこと、ほんとは良くないことなんじゃ、って」
何かしたくて、してやりたくて、必死だった。でも、ほんとにあれでよかったのか。
漸く話終えると、父ちゃんは腕を組んで「擬人化した手負いの野生ポケモン、か……」と唸った。
「
こっくり大きく頷けば、「ならいい」とちょっとだけ笑った。
「んで、次。そいつの怪我の状況とお前の処置、詳しく話せ。つーか実践してみろ」
急に鋭くなった視線に、少し怯む。昼間の出来事を思い返しながら、できるだけ細かく説明する。処置はギナの腕とハンカチを借りてやってみせた。
「包帯の巻き方はまだ甘えが、まあ及第点だな。まず悪化はしねえだろ。血に直接触らなかったこと、きのみを食わせたことは上出来だ」
「!そ、っか……よかった……」
「ただし。何度でも教えてやるから、何度も練習して正確に確実に覚えろ。教えてねえことは絶対すんな」
「いくら応急処置とはいえ、決して過信してはいけないよ。生兵法は怪我のもと、と言うだろう」
「……うん」
ふたりの言葉にしっかり頷き、脳みそに刻み付ける。今度から教わったこと、ちゃんと覚えられたか確認してもらおう。
「それから、〝人間はなるべく野性に関わっちゃいけない〟の方な。……自然は自然のあるがままに。そういう考えもあるし、俺もそう考えてる」
父ちゃんは一度目を閉じ、ゆっくり開くと言葉を続けた。
「弱った奴がいるから、そいつを食って命を繋げられる奴もいる。可愛いから、可哀想だからって野生ポケモンに食事を与え続けたら、いつか自力で餌を取れなくなる。取らなくなる。人間はメシをくれるもんだと覚えちまって、不用意に近付いてはハンターどもに捕まったり、車に轢かれたりするかもしれねえ。
捕獲もそうだ。面倒見れねえのに無闇矢鱈と捕まえては、本来の生息地じゃねえ場所に捨てる。人間の匂いをつけられた上に、見知らぬ場所に突然放り出される側はたまったもんじゃねえよ。面倒見れねえなら……見る気がねえなら、最初から捕獲なんかすんなってんだ」
「ホウヤ」
徐々に語気を荒げる父ちゃんをギナがやんわり嗜めるように呼ぶと、「悪ぃ、論点ズレたな」とばつが悪そうに後頭部をガシガシ掻いた。
「……あー、まあ、俺の個人的見解はさておき。確かに、野生で暮らしてる奴らに人間がやたらめったらちょっかい出すのは、正しくないかもしれねえ。……けど、人間やポケモンに限らず、誰かを助けたいと思うこと、助けたくて手を差し伸べようとすることは……悪いことでもねえんじゃねえか」
……そう、なのかな。そう思っても、いいのかな。
「つーか痛ぶるのが目的のトレーナーに怪我させられたんだろ。今回みてえなケースとか、公害で病気になったとか、
父ちゃんが俺の顔を覗き込んだ。アローラの海をくり抜いたような青に、不安げな俺が映っている。
「そいつを助けて、どう思った?」
「嬉し、かった。ほっとした」
「そいつは手当もどきを受けて、何て言った?」
「……ありがとう、助かった、って」
ベトベターを見つけた時、脅かされた時。あの時あのまま何もせずに帰ってたら、どっちも得られなかった。あいつとああして話すこともなかった。
父ちゃんはふっと目を細め、俺の頭をぐしゃぐしゃ掻き回した。
「じゃあ、とりあえず今日は、それでいいんじゃねえの」
「……うん」
父ちゃんの言葉を噛み締める度、少し心が軽くなる。話せて、聞いてもらえて、良かった。
今度は静かに俺たちのやり取りを聞いていたギナを見上げる。視線に気付いたギナはゆっくり口を開いた。
「俺も、自然は自然のあるがまま、という考えだけれど。そもそも〝回復〟だけでなく〝治療〟という概念や技術が生まれた時点で、神はそれをお許しになられた、とも考えているよ」
「神って、アルセウス?」
この世界には〝神様〟が沢山いる。陸の神様、海の神様、天空の神様。時間を司る神様、空間を司る神様。生命と再生を司る神様、破壊と死を司る神様。カプたちだって守り〝神〟だ。でも多分、この言い方からすると〝さいしょのもの〟もとい創造神アルセウスだろう。ギナは正解、と言うように微笑みながら頷いた。
「かの大御神が俺たちに〝治療すること〟をお許しになられたのなら、治療による生命の救護は神のご意志に反していないのでは、とね。ならば己が領分と節度さえ弁えていれば、自然の理を乱すことにはならないんじゃないか」
「おのがりょうぶん?」
「簡単に言えば、万物がそれぞれ生まれ持った使命や役割、といった所かな」
ギナの言い回しは難しくてよくわからないことが多いけど、要するに父ちゃんと同じように「正しくはないかもしれないけど悪いことでもない」って言ってる、んだと思う。多分。声と表情のやわらかさから、そんな気がする。
「じゃあ、俺の使命って?」
何気なく口にしたら、ほんの一瞬だけ、ギナが初めて見る顔をした。その表情の意味を汲み取る前に、ギナはいつものように微笑んだ。
「それはこれから君自身が見つけていくのさ、バンビ」
何だか、苦しそうな顔をしたように見えたけど……見間違いか気のせいだな。女にしか興味ないこいつが、男のことで頭を悩ませたり、胸を痛めたりするわけねえし。
「お前ほんと信心深いよな。意外と」
「意外とは余計だよ。まあ、そういう所で育ったから」
父ちゃんの茶化しに肩を竦めるギナ。そういえば、知識とか旅先で見聞きしたこととかはよく話してくれるけど、ギナ自身の話はあまり聞いたことがない。
「ギナって母ちゃんがカントーにいた頃から手持ちなんだよな。母ちゃんと会う前は何してたんだ?」
「あちこち旅をしていたよ。ひとり気侭にね」
そう言って微笑むギナの表情は、……上手く言えないけど、いつかどこかで見たような気がした。