Dear my cherry blossom/side:G
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
10※
次の夜。みんなが寝静まった深夜2時。人差し指におにびを灯す。ベッドだけ置かれた真っ暗な部屋が淡い青に照らされ、足元から影が伸びる。そこへ、とぷんと身を沈めた。
影を通って向かう先はギナの部屋。音もなく本棚の影から現れたおれを2つの真紅が迎える。
「来たか」
ベッドに腰かけていたギナは、読んでいた本をぱたんと閉じ、枕元のサイドテーブルに置いた。テーブルランプの淡い光がギナの横顔を撫でる。
ギナの目的もウルトラビーストのことも、みんなには秘密なんだって。だから見つからないように出入りは影移動だけ。探しに行くのも夜中だけ。
「今日はどこを探すの?」
「ポニの樹林だ。その前に、君にウルトラビーストの情報を共有しよう」
そういえば、おれはウルトラビーストのことほとんど知らない。どんな見た目かわからないまま探しに行っても効率悪いよね。
「現在確認されているウルトラビーストは16種。彼らの外見やタイプをしっかり頭に叩き込め。俺の記憶を通してな」
「ギナの記憶を通してって、どういうこと?」
「君はさいみんじゅつとゆめくいが使えるだろう。俺の記憶を夢という形で表出させる。それをゆめくいで読み取るんだ」
ウルトラビーストは異世界の存在だから資料がすごく少ない。それを借りに 行くのは時間も手間もかかるから、ギナの記憶を読む方がてっとり早いんだって。
「やり方に異論はないけど。なんでギナはウルトラビーストのこと知ってるの?」
「君が知る必要はない」
そっけなく答えながらベッドに横たわるギナ。さっさとやれ、と言外に伝わってきて、素直に両手を伸ばす。
「言っておくが、余計なものは見るなよ」
技を放つ直前、目を閉じたギナが静かに告げる。まぶたの奥でどんないろが浮かんでいるのかわからない。だけどその声は、ほんの少し――さびしそうな響きをしていた。
ゆめくいを通して覗いたギナの記憶の景色は、たくさんの本棚に囲まれた場所だった。シンプルというか殺風景一歩手前だけど、ちょっと背筋が伸びる感じ。
ギナとおれの視界がリンクする。開いたページには白いクラゲみたいな姿が描かれていた。へえ、ウツロイドっていうんだ。いわ・どくタイプかあ。おれとあんまり相性よくないな。
ページをめくる度に見たことない生き物が現れる。マッシブーン、フェローチェ、デンジュモク、カミツルギ、テッカグヤ……ギナが言った通り、16体分の情報が事細かに記されていた。
「そこにいたか。よくもまあ飽きんものだ」
不意に知らない声がして、ギナがぱっと顔を上げる。視線の先には――。
ぶつんっ。テレビのスイッチを切るように、視界と意識が引き戻された。急に戻ってきたから頭がちょっとクラクラする。
ギナはもう目を覚ましていて、リボンを結び直したところだった。眠気をまったく感じない動きで立ち上がる。
「ウルトラビーストのことは理解したな。行くぞ」
「うん」
さっきの声、たぶん〝余計なもの〟なんだろうな。追及はせず頷きだけを返す。
頭を振ってめまいを追い払い、影の中へ沈んでいく。ポニの樹林に行くんだったよね。ならお目当てはズガドーンかツンデツンデかな。ふふ、早く会いたいなあ。
*
あれから5日。やっと捕まえたズガドーンの胴体をギナの根っこが貫く。オーラが流れ込むごとに、眉間に深くしわを刻み、血と脂汗が顎からぼたぼた滴る。
赤い眼差しは今日も痛みと殺意で燃えている。ああ、何回見てもいいなあ。口にあふれた唾液を飲み込むと、思いのほか大きな音が鳴った。
それにしても、最初の3日間は収穫ゼロでどうしようかと思った。ウルトラビーストがホイホイいるわけじゃないのはわかってるけど、空振り続きはちょっと堪える。ギナが殺してるとこ、もっともっと見たいのに。この前デンジュモクを見つけたの、かなりラッキーだったかも。
あんまり進展がないから試しにギナと別行動してみたら、あっさりズガドーンが現れた。デンジュモクと違い、どこかおれに親しげで。隙を見て攻撃したけど逃げられちゃって、散々追い回して今に至る。
ギナは「俺と彼らは互いに天敵」って言ってたけど、ズガドーンもギナに過剰に怯えてた。くさ技もどく技も効果はいまひとつのはずなのに、おれのシャドークローよりギナのはなふぶきの方が効いたみたい。ギナがいるとウルトラビーストは怖がって出てこないのかも。とはいえ現状おれだけじゃ火力不足だし。ふふ、もっともっと強くならなきゃ。
「っ、はあッ、はあッ、はあ……ッ、……ぐ……ぅ、」
ようやくオーラを奪い尽くし、ゆっくり根っこを引き抜いた。汗がいくつも伝う頬は血が通ってないみたいに青ざめて、乱れた呼吸とそれに混じる苦悶の呻きが鼓膜を揺らす。
支えようと伸ばした手が、ぱしんとはねのけられる。真紅の瞳が一瞬揺れて、ぎゅっと細められた。
「……構うなと、言っただろう。いちいち気にかけるな」
「やだ。ギナが言ったんだよ、〝殺してやるから殺してくれ〟って。それを果たすまで死なせたりなんかしない」
「馬鹿なことを……。この程度で死ねるなら、苦労はない」
頑として首を振れば、ギナは呆れたように息を吐く。あの夜、「死にたい」じゃなくて「殺したい」って言った。「憎しみで殺意を抱くこともある」とも。あの言葉にこめられた憎しみがどれだけ深いか、おれにはわからない。でも。
もう一度、はねのけられた手を掴む。さっきより大きく揺れた真紅に、おれの深紅をまっすぐ映す。
「ひとりで背負わないでよ。ギナの痛み、苦しみ、怒り、憎しみ。おれも一緒に背負わせて。例えきみでもきみを殺させない。おれがきみを殺して、きみがおれを殺すんだから」
「……馬鹿なことを」
ふい、と視線を逸らされる。だけど今度は振り払われなかった。
「帰るぞ。ズガドーン を片付けろ」
「いいの?おれまだオーラもらってないよ」
「先に俺の体になじませる。毎度毎度血を吐くのも煩わしい。しばらく外出を控えるが、君は引き続きウルトラビーストを探せ」
「わかった」
名残惜しいけどギナの手をそっと放す。凍えた指が普段からなのか、今だからなのか、おれは知らない。
もっときみを知りたい。もっときみに触れたい。そんなことを思いながら、もう動かないズガドーンにかぶりつく。
「帰ったら念入りにシャワーを浴びろ」
「いいけど、なんで?」
「忘れたのか。14時からヴィーナスと面会だ」
じろりと睨まれて肩をすくめる。そういえばそうだった。
*
言われた通り念入りにシャワーを浴びて、毛づくろいもしっかりやって、煙草はギナに止められたから控えて。ギナとホウヤくんと連れ立って病院へ向かった。
受付を済ませて個室のドアをノックすると、「どうぞ」と数日ぶりのご主人の声がした。
「ギナ。ゴーシュ。来てくれてありがとう」
「すまないなヴィーナス。万全ではないのに押しかけてしまって」
「ううん、私が呼んだんだから。手持ち の顔が見たかったの」
そう言って微笑むご主人の顔には疲れが滲んでいる。昔ほどじゃないけど、相変わらず弱いところを見せたがらないなあ。
「ふたりとも元気そうで安心した」
「それはこちらの台詞だよ。だが、くれぐれも無理はしないでくれ」
「わかってる、ありがとう。ジュリエットとピョートルは元気?」
「うん。早く会いたいって大騒ぎしてる」
「明日退院なんだからすぐ会えるだろ」
「ホウヤったら、そういうことじゃないの。私も早く会いたいな」
ご主人がくすくす笑う。それとほぼ同時に、隣のちいさなベッドからふやふやとぐずり声が聞こえてきた。すぐにホウヤくんが抱き上げて「悪いな、起こしちまったか」とあやし始める。普段のぶっきらぼうさとかけ離れた優しい声に目が丸くなった。患者限定だと思ってたけど、息子も適用内なんだ。
やがてぐずり声がちいさくなり、閉じていた目が開かれる。くりくりした瞳も、ちゃんと生えそろってない髪も、ご主人と同じ色。お母さん似なのかな。
「名前はもう決めたのかい?」
「うん。ルヒカっていうの。ホウヤとふたりで考えた」
「素敵な名前だね。……どうかこの子の生涯が、健やかで幸福に満ちたものでありますように」
やわらかな声と眼差しでギナが言祝ぐ。はじめてここを訪れた夜、絶望で塗り潰された目をしてたのが嘘みたいだ。
ふと視線を感じて顔を向けると、ルヒカくんがじーっとおれを見ている。ポッポを狙うニャースみたいに、それはもうじいーっと。なにこれ、どうしたらいいの。
「ふふ、ゴーシュのこと気になるのね。だっこしてみる?」
促されるままちいさな体をそっと抱えた。わ、思ってたよりちいさい、やわらかい。少しでも加減を間違えれば潰しちゃいそうだ。蜂蜜色の瞳は泣きもせず、じいいーーっっとおれを見つめたまま。目力強いなあ。ご主人そっくり。
それにしても、なんだかいい匂いがする。いわゆるミルクの匂いじゃない、最近どこかで嗅いだような――。
「おいゴーシュ、手元危なっかしいんだよ」
「あ、ごめん」
ホウヤくんに言われて慌てて抱え直す。これ以上だっこしてるとほんとに潰しちゃうかもしれないから、ホウヤくんに返そう。
「ギナもどう?」
「……やめておこう。不慣れだから落としてしまうといけない」
ご主人の言葉に首を振るギナの表情は、あの夜の病室で見たものと、少し似ていた。
*
「――いつまで呆けている」
ギナの声ではっと我に返った。固い土に寝転がったままの体をゆっくり起こす。なんだか長い夢を見てたみたいだ。
青く濡れた根っこが伸びてきて、フェローチェたちから奪ったオーラを俺に注ぎこむ。冷えた体に熱々のスープを流し込んだみたいに、体の芯から熱が広がっていく。どんどん血の巡りが速くなって、いよいよ発火寸前――ってところで根っこがするりとほどけた。
ぺちん、と両頬を叩いて今にも暴れ出しそうな衝動をなだめる。まだ、〝約束〟の時じゃない。
「俺、ちゃんと強くなってるかな」
「そうでなくては困る。……先程のゴーストダイブは悪くなかった」
「えへへ、やったあ」
「だが、まだだ。この程度で満足するな。もっともっと強くなれ。その爪がここへ届くまで」
「うん」
そっと自分の左胸に手を当てるギナに頷きを返す。ギナの殺意の矛先も、まっすぐ見つめてるのも、どちらも俺じゃない。
でもいいんだ。君さえ殺せるなら。君さえ殺してくれるなら。
原型に戻り、だらんと投げ出されたフェローチェの脚を掴んで大きく口を開けた。細い体を噛み砕き、次々飲み込んでいく。
あれから何体ウルトラビーストを食べただろう。いつからか、ギナはオーラを奪っても苦しんだり血を吐いたりしなくなった。ほっとする反面、少し名残惜しい。
毛づくろいを終えた俺の視界で、ひらり、ピンクの花びらが舞う。グラスフィールドで息を吹き返した花たちが夜風に揺れている。ヒト型の指で花びらを捕まえ、ギナの背中に目を向けた。
「そういえばこの前本で読んだんだけど。桜が綺麗に花を咲かせるのは、木の下に埋まった死体から養分を吸い上げてるからって。ギナの花も、大きくて綺麗だね」
「俺の美しさは生まれつきだが、それで言うと、君の毛並みが赤と青を混ぜた色 なのも然もありなんだな」
赤いリボンとタスキがゆったりはためくのを眺めながらくすくす笑うと、冗談めかした言葉が返ってくる。珍しい。
不意にざあっと大きな風が吹いて、色とりどりの花びらが巻き上がった。
「……桜、か」
草花のざわめきに紛れてギナがぽつんと呟く。前髪の隙間から見えた横顔は、どこか遠くを見るような目をしていた。
「ギナ」
「何だ」
「あいしてるよ」
「そうか」
平らな声と、むこうを向いたままの視線。それでいい。あの〝約束〟があればいい。
俺が持っているもの、君が必要だと言うもの、ぜんぶあげる。君が望むなら何だってする。何だって我慢する。
だからいつか、その時が来たら。
君の殺意 と命をちょうだい。
次の夜。みんなが寝静まった深夜2時。人差し指におにびを灯す。ベッドだけ置かれた真っ暗な部屋が淡い青に照らされ、足元から影が伸びる。そこへ、とぷんと身を沈めた。
影を通って向かう先はギナの部屋。音もなく本棚の影から現れたおれを2つの真紅が迎える。
「来たか」
ベッドに腰かけていたギナは、読んでいた本をぱたんと閉じ、枕元のサイドテーブルに置いた。テーブルランプの淡い光がギナの横顔を撫でる。
ギナの目的もウルトラビーストのことも、みんなには秘密なんだって。だから見つからないように出入りは影移動だけ。探しに行くのも夜中だけ。
「今日はどこを探すの?」
「ポニの樹林だ。その前に、君にウルトラビーストの情報を共有しよう」
そういえば、おれはウルトラビーストのことほとんど知らない。どんな見た目かわからないまま探しに行っても効率悪いよね。
「現在確認されているウルトラビーストは16種。彼らの外見やタイプをしっかり頭に叩き込め。俺の記憶を通してな」
「ギナの記憶を通してって、どういうこと?」
「君はさいみんじゅつとゆめくいが使えるだろう。俺の記憶を夢という形で表出させる。それをゆめくいで読み取るんだ」
ウルトラビーストは異世界の存在だから資料がすごく少ない。それを
「やり方に異論はないけど。なんでギナはウルトラビーストのこと知ってるの?」
「君が知る必要はない」
そっけなく答えながらベッドに横たわるギナ。さっさとやれ、と言外に伝わってきて、素直に両手を伸ばす。
「言っておくが、余計なものは見るなよ」
技を放つ直前、目を閉じたギナが静かに告げる。まぶたの奥でどんないろが浮かんでいるのかわからない。だけどその声は、ほんの少し――さびしそうな響きをしていた。
ゆめくいを通して覗いたギナの記憶の景色は、たくさんの本棚に囲まれた場所だった。シンプルというか殺風景一歩手前だけど、ちょっと背筋が伸びる感じ。
ギナとおれの視界がリンクする。開いたページには白いクラゲみたいな姿が描かれていた。へえ、ウツロイドっていうんだ。いわ・どくタイプかあ。おれとあんまり相性よくないな。
ページをめくる度に見たことない生き物が現れる。マッシブーン、フェローチェ、デンジュモク、カミツルギ、テッカグヤ……ギナが言った通り、16体分の情報が事細かに記されていた。
「そこにいたか。よくもまあ飽きんものだ」
不意に知らない声がして、ギナがぱっと顔を上げる。視線の先には――。
ぶつんっ。テレビのスイッチを切るように、視界と意識が引き戻された。急に戻ってきたから頭がちょっとクラクラする。
ギナはもう目を覚ましていて、リボンを結び直したところだった。眠気をまったく感じない動きで立ち上がる。
「ウルトラビーストのことは理解したな。行くぞ」
「うん」
さっきの声、たぶん〝余計なもの〟なんだろうな。追及はせず頷きだけを返す。
頭を振ってめまいを追い払い、影の中へ沈んでいく。ポニの樹林に行くんだったよね。ならお目当てはズガドーンかツンデツンデかな。ふふ、早く会いたいなあ。
*
あれから5日。やっと捕まえたズガドーンの胴体をギナの根っこが貫く。オーラが流れ込むごとに、眉間に深くしわを刻み、血と脂汗が顎からぼたぼた滴る。
赤い眼差しは今日も痛みと殺意で燃えている。ああ、何回見てもいいなあ。口にあふれた唾液を飲み込むと、思いのほか大きな音が鳴った。
それにしても、最初の3日間は収穫ゼロでどうしようかと思った。ウルトラビーストがホイホイいるわけじゃないのはわかってるけど、空振り続きはちょっと堪える。ギナが殺してるとこ、もっともっと見たいのに。この前デンジュモクを見つけたの、かなりラッキーだったかも。
あんまり進展がないから試しにギナと別行動してみたら、あっさりズガドーンが現れた。デンジュモクと違い、どこかおれに親しげで。隙を見て攻撃したけど逃げられちゃって、散々追い回して今に至る。
ギナは「俺と彼らは互いに天敵」って言ってたけど、ズガドーンもギナに過剰に怯えてた。くさ技もどく技も効果はいまひとつのはずなのに、おれのシャドークローよりギナのはなふぶきの方が効いたみたい。ギナがいるとウルトラビーストは怖がって出てこないのかも。とはいえ現状おれだけじゃ火力不足だし。ふふ、もっともっと強くならなきゃ。
「っ、はあッ、はあッ、はあ……ッ、……ぐ……ぅ、」
ようやくオーラを奪い尽くし、ゆっくり根っこを引き抜いた。汗がいくつも伝う頬は血が通ってないみたいに青ざめて、乱れた呼吸とそれに混じる苦悶の呻きが鼓膜を揺らす。
支えようと伸ばした手が、ぱしんとはねのけられる。真紅の瞳が一瞬揺れて、ぎゅっと細められた。
「……構うなと、言っただろう。いちいち気にかけるな」
「やだ。ギナが言ったんだよ、〝殺してやるから殺してくれ〟って。それを果たすまで死なせたりなんかしない」
「馬鹿なことを……。この程度で死ねるなら、苦労はない」
頑として首を振れば、ギナは呆れたように息を吐く。あの夜、「死にたい」じゃなくて「殺したい」って言った。「憎しみで殺意を抱くこともある」とも。あの言葉にこめられた憎しみがどれだけ深いか、おれにはわからない。でも。
もう一度、はねのけられた手を掴む。さっきより大きく揺れた真紅に、おれの深紅をまっすぐ映す。
「ひとりで背負わないでよ。ギナの痛み、苦しみ、怒り、憎しみ。おれも一緒に背負わせて。例えきみでもきみを殺させない。おれがきみを殺して、きみがおれを殺すんだから」
「……馬鹿なことを」
ふい、と視線を逸らされる。だけど今度は振り払われなかった。
「帰るぞ。
「いいの?おれまだオーラもらってないよ」
「先に俺の体になじませる。毎度毎度血を吐くのも煩わしい。しばらく外出を控えるが、君は引き続きウルトラビーストを探せ」
「わかった」
名残惜しいけどギナの手をそっと放す。凍えた指が普段からなのか、今だからなのか、おれは知らない。
もっときみを知りたい。もっときみに触れたい。そんなことを思いながら、もう動かないズガドーンにかぶりつく。
「帰ったら念入りにシャワーを浴びろ」
「いいけど、なんで?」
「忘れたのか。14時からヴィーナスと面会だ」
じろりと睨まれて肩をすくめる。そういえばそうだった。
*
言われた通り念入りにシャワーを浴びて、毛づくろいもしっかりやって、煙草はギナに止められたから控えて。ギナとホウヤくんと連れ立って病院へ向かった。
受付を済ませて個室のドアをノックすると、「どうぞ」と数日ぶりのご主人の声がした。
「ギナ。ゴーシュ。来てくれてありがとう」
「すまないなヴィーナス。万全ではないのに押しかけてしまって」
「ううん、私が呼んだんだから。
そう言って微笑むご主人の顔には疲れが滲んでいる。昔ほどじゃないけど、相変わらず弱いところを見せたがらないなあ。
「ふたりとも元気そうで安心した」
「それはこちらの台詞だよ。だが、くれぐれも無理はしないでくれ」
「わかってる、ありがとう。ジュリエットとピョートルは元気?」
「うん。早く会いたいって大騒ぎしてる」
「明日退院なんだからすぐ会えるだろ」
「ホウヤったら、そういうことじゃないの。私も早く会いたいな」
ご主人がくすくす笑う。それとほぼ同時に、隣のちいさなベッドからふやふやとぐずり声が聞こえてきた。すぐにホウヤくんが抱き上げて「悪いな、起こしちまったか」とあやし始める。普段のぶっきらぼうさとかけ離れた優しい声に目が丸くなった。患者限定だと思ってたけど、息子も適用内なんだ。
やがてぐずり声がちいさくなり、閉じていた目が開かれる。くりくりした瞳も、ちゃんと生えそろってない髪も、ご主人と同じ色。お母さん似なのかな。
「名前はもう決めたのかい?」
「うん。ルヒカっていうの。ホウヤとふたりで考えた」
「素敵な名前だね。……どうかこの子の生涯が、健やかで幸福に満ちたものでありますように」
やわらかな声と眼差しでギナが言祝ぐ。はじめてここを訪れた夜、絶望で塗り潰された目をしてたのが嘘みたいだ。
ふと視線を感じて顔を向けると、ルヒカくんがじーっとおれを見ている。ポッポを狙うニャースみたいに、それはもうじいーっと。なにこれ、どうしたらいいの。
「ふふ、ゴーシュのこと気になるのね。だっこしてみる?」
促されるままちいさな体をそっと抱えた。わ、思ってたよりちいさい、やわらかい。少しでも加減を間違えれば潰しちゃいそうだ。蜂蜜色の瞳は泣きもせず、じいいーーっっとおれを見つめたまま。目力強いなあ。ご主人そっくり。
それにしても、なんだかいい匂いがする。いわゆるミルクの匂いじゃない、最近どこかで嗅いだような――。
「おいゴーシュ、手元危なっかしいんだよ」
「あ、ごめん」
ホウヤくんに言われて慌てて抱え直す。これ以上だっこしてるとほんとに潰しちゃうかもしれないから、ホウヤくんに返そう。
「ギナもどう?」
「……やめておこう。不慣れだから落としてしまうといけない」
ご主人の言葉に首を振るギナの表情は、あの夜の病室で見たものと、少し似ていた。
*
「――いつまで呆けている」
ギナの声ではっと我に返った。固い土に寝転がったままの体をゆっくり起こす。なんだか長い夢を見てたみたいだ。
青く濡れた根っこが伸びてきて、フェローチェたちから奪ったオーラを俺に注ぎこむ。冷えた体に熱々のスープを流し込んだみたいに、体の芯から熱が広がっていく。どんどん血の巡りが速くなって、いよいよ発火寸前――ってところで根っこがするりとほどけた。
ぺちん、と両頬を叩いて今にも暴れ出しそうな衝動をなだめる。まだ、〝約束〟の時じゃない。
「俺、ちゃんと強くなってるかな」
「そうでなくては困る。……先程のゴーストダイブは悪くなかった」
「えへへ、やったあ」
「だが、まだだ。この程度で満足するな。もっともっと強くなれ。その爪がここへ届くまで」
「うん」
そっと自分の左胸に手を当てるギナに頷きを返す。ギナの殺意の矛先も、まっすぐ見つめてるのも、どちらも俺じゃない。
でもいいんだ。君さえ殺せるなら。君さえ殺してくれるなら。
原型に戻り、だらんと投げ出されたフェローチェの脚を掴んで大きく口を開けた。細い体を噛み砕き、次々飲み込んでいく。
あれから何体ウルトラビーストを食べただろう。いつからか、ギナはオーラを奪っても苦しんだり血を吐いたりしなくなった。ほっとする反面、少し名残惜しい。
毛づくろいを終えた俺の視界で、ひらり、ピンクの花びらが舞う。グラスフィールドで息を吹き返した花たちが夜風に揺れている。ヒト型の指で花びらを捕まえ、ギナの背中に目を向けた。
「そういえばこの前本で読んだんだけど。桜が綺麗に花を咲かせるのは、木の下に埋まった死体から養分を吸い上げてるからって。ギナの花も、大きくて綺麗だね」
「俺の美しさは生まれつきだが、それで言うと、君の毛並みが
赤いリボンとタスキがゆったりはためくのを眺めながらくすくす笑うと、冗談めかした言葉が返ってくる。珍しい。
不意にざあっと大きな風が吹いて、色とりどりの花びらが巻き上がった。
「……桜、か」
草花のざわめきに紛れてギナがぽつんと呟く。前髪の隙間から見えた横顔は、どこか遠くを見るような目をしていた。
「ギナ」
「何だ」
「あいしてるよ」
「そうか」
平らな声と、むこうを向いたままの視線。それでいい。あの〝約束〟があればいい。
俺が持っているもの、君が必要だと言うもの、ぜんぶあげる。君が望むなら何だってする。何だって我慢する。
だからいつか、その時が来たら。
君の