ハロー・アコニタム/age.7
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けたたましいドデカバシの鳴き声に鼓膜と脳を揺さぶられ、重たい瞼を押し上げる。カーテンの隙間から差し込んでくる光の眩しさで、朝だ、とまだ半分寝ている頭でぼんやり認識した。
扉の向こうからは甲高い叫び以外にも、バシバシと翼で叩くような音が漏れてくる。今日も今日とて寝起きが最悪の父ちゃんを、文字通り叩き起こそうとミバが奮闘しているようだ。ふたりと長い付き合いのジンコ曰く、「子どもの頃からああなのよ〜〜。お陰でわたし、朝に強くなったわ〜〜」らしい。
そろそろ止むかな、と考えた直後にドシンと鈍い音が響く。あーあ、蹴落とされた。この話をビティスにしたら大笑いしてたっけ。……あいつ、今どこで何してんだろ。
ビティスとは1年近く会えていない。ある日突然、ぱったり現れなくなった。毎日会えてたわけじゃないから最初はあんまり気にしなかったけど、3ヶ月を過ぎる頃から「今日は居るかな」が「今日は来るかな」に変わった。今はメリープに飽きてウールーを数えてるけど、やっぱり151匹目で意識が途切れる。俺ももう7歳だし、やっぱりイマジナリーフレンドだったのかな。来なくなるなら「明日から来ない」とか言えよ、ハクジョーモノ。
のろのろベッドから這い出る。最近、読書に夢中になるあまり夜更かししてしまうことが増えて、朝起きるのが少しつらい。前は眠ればビティスに会えたから、昼寝をしすぎた日を除けば8時にはベッドに入っていたし、むしろ寝るのを楽しみにしてたくらいだったのに。
着替えと洗顔を済ませてリビングに続くドアを開ける。父ちゃんの背中と、デザートのきのみを摘まみながらコーヒーを飲むミバが見えた。キッチンからは、鼻歌と一緒にジュウジュウ何かを焼く音が聞こえてくる。
「おはよ」
「……はよ」
「おはよう」
いつもの三割増しの仏頂面で、もそもそトーストを齧っている父ちゃんの隣に腰掛け、コップにモーモーミルクを注ぐ。一口飲んでから「いただきます」と手を合わせ、目の前の皿のトーストに齧りついた。サクサクの食感とバターの香ばしさがたまらない。ギナやジンコはナナシの実ジャムを塗ったのが好きだけど、俺はバタートーストが一番好き。シンプルイズベスト。
トーストの4分の1を胃に収めた頃、皿を2つ持ったジンコがキッチンから現れた。「おはよう」を言い合って小さい方の皿を受け取る。つやつやした黄色に色とりどりの野菜やベーコンがたっぷり詰まったオムレツだ。一匙掬って頬張る。ふわとろ卵とシャキシャキ野菜の食感が楽しくて、噛めば噛むほど旨味が口一杯に広がった。
ジンコの皿には、俺のやつの三倍くらいでかいオムレツが乗っかっていたけれど、ナナシの実ジャムをたっぷり塗ったぶ厚いトーストと同じように、みるみるうちに小さくなっていく。擬人化すると味覚が人間に近付いて、人間の食べ物をおいしく感じるようになる一方、主食や胃の容量は原形のままらしい。ミバもギナも結構食うけどジンコはふたりの倍以上だし、ゴーシュは大人の男にしてはかなり少食だ。だから原形はぽっちゃりしてるのに擬人化するとひょろひょろなのかも。
俺よりも先に完食したジンコは満足げに息を吐き、きのみが盛られている皿に手を伸ばした。選んだパイルの実にかぶりつきながら、種は器用に皿に落としていく。なんとなくミバの皿にも視線を向けると、空っぽだった。あれ、相当きのみ食ってたよな。
「ミバちゃん〜〜」
ふたりの皿を見比べる俺に気付いたのか、ジンコがくすっと笑ってミバの頬をつつく。はっと目を見開いたミバは、いったいどこに貯めていたのか、十数個の種を吐きして、きまり悪そうに咳払いした。
「……なかなか治らないものだ」
「習性って根強いわね〜〜。わたしも泥沼とか見かけると〜〜つい足を向けちゃう〜〜」
そういえば、ツツケラ族は食べたきのみの種を嘴に貯め込んでおいて、敵や獲物へ攻撃する時に発射するんだっけ。野性に比べれば狩りとかする機会は少ないだろうけど、あって困るものじゃないんだから入れとけばいいのに。それを言うと、ふたりは表情を緩めた。
「他のポケモンたちがどうかは知らないけど〜〜。わたしたちは擬人化してる時〜〜ビックリさせちゃわないように、なるべく人間らしく振る舞うようにしてるの〜〜」
「君たち人間は、見ただけでは擬人化したポケモンと人間を見分けられないし、人間の姿形をしたものが人間らしからぬ行動……例えば、泥を食んだり、種を飲んだりしていたら、驚くだろう。驚かせてしまうのは我々とて本意ではないのでな。泥浴びや毛繕いがしたいのなら、原形に戻ってやればいい」
「人間もポケモンも、得体の知れない存在は怖いでしょう〜〜?特にわたしたちは、不安や恐怖を感じてる人と接することが多いから〜〜余計な心労をかけたくないのよ〜〜」
そうは言っても~~仕事中以外は気が抜けちゃって、なかなか上手くいかないのよね〜〜、と頬に手を当てながら、照れ臭そうに言い添えた。
確かに、傷付いた手持ちや、保護した野性ポケモンをうちの病院に連れてくる人たちは、みんな不安そうな顔をしてる。大切そうにポケモンやボールを抱えて、泣きながら来る人だっている。……そりゃあ、大事な奴をよくわかんねえ怪しい奴なんかに預けらんねえよな。色々考えてくれてるんだ、患者だけじゃなくて、人間 のことも。
不意に、今まで黙って食べていた父ちゃんが徐に口を開いた。
「別に、うちでやる分にはいいんじゃねえの。お前らがドデカバシとバンバドロだってみんな知ってんだ、今更種だの泥だの食ってるくらいで驚きやしねえよ」
どこか不機嫌そうな響きを持ってるように聞こえたけれど、誰も気にしてないみたいだから、多分気のせいだ。ミバは眉を寄せ、ジンコは眉を八の字にしてそれぞれ反論する。
「普段から行わなければ意味がないだろう」
「そうよ〜〜。無理してやってるわけでもないもの〜〜。……ほんとに、ほんとよ?」
珍しく語尾が伸ばされてないジンコの言葉に、父ちゃんはフンと鼻を鳴らして口をへの字に曲げたまま「……そうかよ」とだけ返した。
「ま、面倒になったらいつでもやめちまえ」
「君こそ、そういう捻くれた物言いしかできないのは改めた方がいい。俺たち相手ならともかく」
「うっせえ」
「も〜〜ホウヤちゃんもミバちゃんも甘やかし屋さんなんだから〜〜。だからわたし、ダイエットできないのよ〜〜」
「しようとしたことすらねえだろ。つーかお前、ダイエットって言葉知ってたのか」
「ジンコから最も縁遠い言葉だな」
「失礼ね〜〜!」
軽口の応酬を眺めながらスプーンを動かす。ふたりとも、「甘やかし屋」っての否定しねえんだ。……なんかいいな、こういうの。気心知れた感じ。
オムレツもトーストも綺麗に平らげ、締めにチーゴの実を口に放り込む。チーゴの実は種が小さいから種ごと食べられる。よく歯に挟まるけど。ミバはこういう小さいのも貯めとくのかな。いや、貯められる量だって限度があるだろうし、威力出なさそうだからデカいのだけとか。つーかそもそも。
「なあミバ、原形の時に嘴に貯めてた種、擬人化したらどうなるんだ?」
「……食事中に話していい内容ではない。後ほど教えよう」
「ご馳走さん。もう全員終わったんじゃね」
いつになく歯切れの悪い言い方をするから首を傾げていると、さっさと重ねた食器を持って席を立った父ちゃんが意地悪く口角を吊り上げた。ジンコもくすくす笑いながら「ご馳走様でした〜〜」と食器と共にキッチンへ消えていく。俺のも持ってってもらっちゃった。夕飯の準備、手伝おう。
じーっとミバを見上げると、すっかり弱り切った顔で視線をうろうろさせていた。こういうミバは滅多に見られないから、面白くなって視線を外さないでいると、「大して面白くもないぞ」と前置きしてボソリと呟いた。
「……胃袋に貯めている」
なるほど、人間の口って小さいし、ラッタとかみたいに頬袋もないもんな。今度擬人化した状態で種を貯めるのと出す過程ゆっくりやってみせて、と言ったら丁重にお断りされた。ちぇっ。
扉の向こうからは甲高い叫び以外にも、バシバシと翼で叩くような音が漏れてくる。今日も今日とて寝起きが最悪の父ちゃんを、文字通り叩き起こそうとミバが奮闘しているようだ。ふたりと長い付き合いのジンコ曰く、「子どもの頃からああなのよ〜〜。お陰でわたし、朝に強くなったわ〜〜」らしい。
そろそろ止むかな、と考えた直後にドシンと鈍い音が響く。あーあ、蹴落とされた。この話をビティスにしたら大笑いしてたっけ。……あいつ、今どこで何してんだろ。
ビティスとは1年近く会えていない。ある日突然、ぱったり現れなくなった。毎日会えてたわけじゃないから最初はあんまり気にしなかったけど、3ヶ月を過ぎる頃から「今日は居るかな」が「今日は来るかな」に変わった。今はメリープに飽きてウールーを数えてるけど、やっぱり151匹目で意識が途切れる。俺ももう7歳だし、やっぱりイマジナリーフレンドだったのかな。来なくなるなら「明日から来ない」とか言えよ、ハクジョーモノ。
のろのろベッドから這い出る。最近、読書に夢中になるあまり夜更かししてしまうことが増えて、朝起きるのが少しつらい。前は眠ればビティスに会えたから、昼寝をしすぎた日を除けば8時にはベッドに入っていたし、むしろ寝るのを楽しみにしてたくらいだったのに。
着替えと洗顔を済ませてリビングに続くドアを開ける。父ちゃんの背中と、デザートのきのみを摘まみながらコーヒーを飲むミバが見えた。キッチンからは、鼻歌と一緒にジュウジュウ何かを焼く音が聞こえてくる。
「おはよ」
「……はよ」
「おはよう」
いつもの三割増しの仏頂面で、もそもそトーストを齧っている父ちゃんの隣に腰掛け、コップにモーモーミルクを注ぐ。一口飲んでから「いただきます」と手を合わせ、目の前の皿のトーストに齧りついた。サクサクの食感とバターの香ばしさがたまらない。ギナやジンコはナナシの実ジャムを塗ったのが好きだけど、俺はバタートーストが一番好き。シンプルイズベスト。
トーストの4分の1を胃に収めた頃、皿を2つ持ったジンコがキッチンから現れた。「おはよう」を言い合って小さい方の皿を受け取る。つやつやした黄色に色とりどりの野菜やベーコンがたっぷり詰まったオムレツだ。一匙掬って頬張る。ふわとろ卵とシャキシャキ野菜の食感が楽しくて、噛めば噛むほど旨味が口一杯に広がった。
ジンコの皿には、俺のやつの三倍くらいでかいオムレツが乗っかっていたけれど、ナナシの実ジャムをたっぷり塗ったぶ厚いトーストと同じように、みるみるうちに小さくなっていく。擬人化すると味覚が人間に近付いて、人間の食べ物をおいしく感じるようになる一方、主食や胃の容量は原形のままらしい。ミバもギナも結構食うけどジンコはふたりの倍以上だし、ゴーシュは大人の男にしてはかなり少食だ。だから原形はぽっちゃりしてるのに擬人化するとひょろひょろなのかも。
俺よりも先に完食したジンコは満足げに息を吐き、きのみが盛られている皿に手を伸ばした。選んだパイルの実にかぶりつきながら、種は器用に皿に落としていく。なんとなくミバの皿にも視線を向けると、空っぽだった。あれ、相当きのみ食ってたよな。
「ミバちゃん〜〜」
ふたりの皿を見比べる俺に気付いたのか、ジンコがくすっと笑ってミバの頬をつつく。はっと目を見開いたミバは、いったいどこに貯めていたのか、十数個の種を吐きして、きまり悪そうに咳払いした。
「……なかなか治らないものだ」
「習性って根強いわね〜〜。わたしも泥沼とか見かけると〜〜つい足を向けちゃう〜〜」
そういえば、ツツケラ族は食べたきのみの種を嘴に貯め込んでおいて、敵や獲物へ攻撃する時に発射するんだっけ。野性に比べれば狩りとかする機会は少ないだろうけど、あって困るものじゃないんだから入れとけばいいのに。それを言うと、ふたりは表情を緩めた。
「他のポケモンたちがどうかは知らないけど〜〜。わたしたちは擬人化してる時〜〜ビックリさせちゃわないように、なるべく人間らしく振る舞うようにしてるの〜〜」
「君たち人間は、見ただけでは擬人化したポケモンと人間を見分けられないし、人間の姿形をしたものが人間らしからぬ行動……例えば、泥を食んだり、種を飲んだりしていたら、驚くだろう。驚かせてしまうのは我々とて本意ではないのでな。泥浴びや毛繕いがしたいのなら、原形に戻ってやればいい」
「人間もポケモンも、得体の知れない存在は怖いでしょう〜〜?特にわたしたちは、不安や恐怖を感じてる人と接することが多いから〜〜余計な心労をかけたくないのよ〜〜」
そうは言っても~~仕事中以外は気が抜けちゃって、なかなか上手くいかないのよね〜〜、と頬に手を当てながら、照れ臭そうに言い添えた。
確かに、傷付いた手持ちや、保護した野性ポケモンをうちの病院に連れてくる人たちは、みんな不安そうな顔をしてる。大切そうにポケモンやボールを抱えて、泣きながら来る人だっている。……そりゃあ、大事な奴をよくわかんねえ怪しい奴なんかに預けらんねえよな。色々考えてくれてるんだ、患者だけじゃなくて、
不意に、今まで黙って食べていた父ちゃんが徐に口を開いた。
「別に、うちでやる分にはいいんじゃねえの。お前らがドデカバシとバンバドロだってみんな知ってんだ、今更種だの泥だの食ってるくらいで驚きやしねえよ」
どこか不機嫌そうな響きを持ってるように聞こえたけれど、誰も気にしてないみたいだから、多分気のせいだ。ミバは眉を寄せ、ジンコは眉を八の字にしてそれぞれ反論する。
「普段から行わなければ意味がないだろう」
「そうよ〜〜。無理してやってるわけでもないもの〜〜。……ほんとに、ほんとよ?」
珍しく語尾が伸ばされてないジンコの言葉に、父ちゃんはフンと鼻を鳴らして口をへの字に曲げたまま「……そうかよ」とだけ返した。
「ま、面倒になったらいつでもやめちまえ」
「君こそ、そういう捻くれた物言いしかできないのは改めた方がいい。俺たち相手ならともかく」
「うっせえ」
「も〜〜ホウヤちゃんもミバちゃんも甘やかし屋さんなんだから〜〜。だからわたし、ダイエットできないのよ〜〜」
「しようとしたことすらねえだろ。つーかお前、ダイエットって言葉知ってたのか」
「ジンコから最も縁遠い言葉だな」
「失礼ね〜〜!」
軽口の応酬を眺めながらスプーンを動かす。ふたりとも、「甘やかし屋」っての否定しねえんだ。……なんかいいな、こういうの。気心知れた感じ。
オムレツもトーストも綺麗に平らげ、締めにチーゴの実を口に放り込む。チーゴの実は種が小さいから種ごと食べられる。よく歯に挟まるけど。ミバはこういう小さいのも貯めとくのかな。いや、貯められる量だって限度があるだろうし、威力出なさそうだからデカいのだけとか。つーかそもそも。
「なあミバ、原形の時に嘴に貯めてた種、擬人化したらどうなるんだ?」
「……食事中に話していい内容ではない。後ほど教えよう」
「ご馳走さん。もう全員終わったんじゃね」
いつになく歯切れの悪い言い方をするから首を傾げていると、さっさと重ねた食器を持って席を立った父ちゃんが意地悪く口角を吊り上げた。ジンコもくすくす笑いながら「ご馳走様でした〜〜」と食器と共にキッチンへ消えていく。俺のも持ってってもらっちゃった。夕飯の準備、手伝おう。
じーっとミバを見上げると、すっかり弱り切った顔で視線をうろうろさせていた。こういうミバは滅多に見られないから、面白くなって視線を外さないでいると、「大して面白くもないぞ」と前置きしてボソリと呟いた。
「……胃袋に貯めている」
なるほど、人間の口って小さいし、ラッタとかみたいに頬袋もないもんな。今度擬人化した状態で種を貯めるのと出す過程ゆっくりやってみせて、と言ったら丁重にお断りされた。ちぇっ。
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