Dear my cherry blossom/side:G
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時々喧嘩もしたけど、ご主人たちとの旅は楽しかった。
ご主人はバトルにあんまり積極的じゃなかったけど、おれがやりたいって言えば付き合ってくれたし、ジムにも挑ませてくれた。殺しほどじゃないけど、これはこれでたのしくてすき。
クチバジムで3つめのバッジをゲットした日。回復が終わり、ロビーで待っていたご主人のところへ行くと、ミックスオレを渡してくれた。缶と交換でトビーくんが入ったボールを渡す。
「お疲れさま。今日も頑張ってくれてありがとう」
「なに、ヴィーナスのためなら喜んで」
「おれもたのしかったよ。ジムリーダーは強いからいつものバトルよりもっとたのしかった」
キザっぽく前髪をかきあげるギナの足元に白いハンカチが落ちた。さっきここを通り過ぎた女の子たちの誰かものだろう。マルマイン顔負けのすばやさで拾い上げ、あまいミツたっぷりの笑顔で差し出した。女の子たちは頬を薄紅に染め、ギナの笑顔に釘付けになる。あはは、またやってる。
プルタブを開けようとしたら、ご主人がじっと見つめてくる。どうしたの、と聞けばゆっくり口を開いた。
「あの、責めてるわけじゃなくて純粋に疑問なんだけどね。ゴーシュはバトルの何が好きなの?」
「うーん……なんて言えばいいんだろ」
後頭部にギナの視線を感じて慎重に言葉を選ぶ。そっくりそのまま言ったらギナに怒られちゃうけど、嘘を言うつもりもない。
「命と命のぶつかり合い、かな。おれも相手も生きてるって感じがする」
「……むずかしいね」
「おれからすれば、ご主人の方がむずかしく考えすぎだよ」
「そうかなあ」
困ったように笑ってミックスオレの缶を傾ける。おれもプルタブを開けて喉へ流し込んだ。あまくておいしい。
殺しもジュースを飲むのもおなじなんだけどな。殺したいから殺す。おいしいから飲む。それだけ。
2つの缶が空っぽになる頃、ご主人がジョーイさんに呼ばれた。なんとなく一緒についていく。
「セキチクシティのジョーイからお話は伺っております。通信進化のお相手を探していらっしゃるんですよね。先ほどこちらにも通信進化のお申し込みがありまして、本日中に交換可能だそうです。どうされますか?」
「ほんと!?」
思わずカウンターに身を乗り出す。ギナからゴーストはもう1回進化できるって聞いてからずっと進化したかった。でもおれがゲンガーに進化するには〝つうしんこうかん〟をする相手が必要なんだって。
ポケモンセンターで〝もうしこみしょ〟っていうのをジョーイさんに渡すと〝つうしんこうかん〟したいトレーナー同士を紹介してくれるらしいんだけど、なかなか相手が見つからなかった。これでもっと強くなれる!
「ねえご主人、いいでしょ?今日やろう!」
「うん。ジョーイさん、よろしくお願いします」
「わかりました。お相手に連絡しますので、向かって右のカウンターでお待ちください。ラッキー、ご案内して」
『はーい!』
にっこり微笑むジョーイさんに見送られ、ラッキーについていく。案内されたカウンターではもうひとりのジョーイさんが大きい機械の前で待っていた。
「これで〝つうしんこうかん〟するの?」
「そうですよ。こちらに交換するポケモンのボールをセットして、ボタンを押すんです」
ご主人とふたりでジョーイさんをあれこれ質問攻めにする。トビーくんも一緒に見ようって誘ったけど「興味ねェ」って断られちゃった。ギナはさっきよりたくさんの女の子たちに囲まれてるから放っておこう。
そうしているうちにラッキーがオレンジ色のモンジャラみたいな髪をした男の子を連れてきた。ご主人と同い歳くらいで、肩に見たことない鳥ポケモンを乗せている。
「あんたが交換相手?」
男の子が仏頂面で口を開くと、肩の鳥ポケモンが叱るように頭を強めにつついた。
『いきなり失礼だろう!挨拶はどうした!』
「いってえ!わかってるよアイサツすりゃいんだろ!」
癖の強い髪をがしがしかいて、両手で丸を描くようなジェスチャーをする。鳥ポケモンも翼で器用に丸をつくってお辞儀した。
「アローラ。俺はマリエシティのホウヤ。こっちはミバ。よろしく」
「はじめまして、グレンタウンのサニアです。この子はゴーシュ。こちらこそよろしくね」
男の子改めホウヤくんは相も変わらず仏頂面だ。ふふ、トビーくんみたい。
ご主人もトビーくんで慣れっこだからか全然気にならないみたいで、肩の上に興味津々な視線を向けた。
「その子、初めて見た。なんていうポケモンなの?」
「ケララッパ。今んとこアローラでしか見つかってねえんだって」
「そうなのね。交換するのはこの子?」
「いや、ゴローンだ」
ホウヤくんの腰についたボールのひとつが勝手に開き、白い光が飛び出した。現れたゴローンは……おれが知ってるのとちょっと違う。こんなに眉毛凛々しかったっけ。
「おいバレイ、勝手に出てくんなよ」
仏頂面をさらにしかめるホウヤくんと反対にご主人は目をきらきらさせた。
「わあ、リージョンフォームね!」
「りーじょんふぉーむ?」
「暮らしている地方の自然環境に適応して変化したポケモンをそう呼ぶの。姿だけじゃなくてタイプが変わる子もいるんだよ」
「そ。こいつはいわ・でんきタイプだ」
「へえ、じめんタイプじゃないんだね」
『おうよ!みずタイプなんざ怖くねえぜ!』
「効果抜群はお互い様だろ、調子乗んな」
豪快に笑うゴローンくんをホウヤくんがぺしっとはたく。さっきのケララッパくんとのやりとりもそうだったけど、ホウヤくんは原型ポケモンと普通に意思疎通 できるみたい。ニンゲンの大半は原型ポケモンの言葉がわからないらしいけど、すっごく仲良しのポケモンの言葉ならわかるひともいるんだって。つまりホウヤくんはケララッパくんやゴローンくんとすっごく仲良し。
ご主人はどうなんだろう。ギナもトビーくんも「ヒト型の方が意思疎通が楽」って言うからおれもバトル以外はヒト型でいるけど。おれとご主人は原型でもおしゃべりできるくらい仲良しになったのかな?
試してみようとその場で原型に戻ると、ホウヤくんの目がまんまるになった。
「そいつ、ポケモンだったのか……」
「うん、ゴーストのゴーシュよ。この子を進化させてあげたくて交換相手を探してたの」
「俺も。こいつ自分に進化先あるの知らなかったらしくてさ、こっちでよそのトレーナーが連れてるゴローニャ見て〝俺も進化したい!〟って」
「ふふ、野生のゴローニャはほとんど見かけないもんね」
楽しそうにおしゃべりするふたりの周りをふよふよ漂う。ゲンガーに進化したら足が生えるけど、今までどおり浮けるのかな。
『ねえねえ、はやく〝つうしんこうかん〟しようよ』
「どうしたの?早く進化したい?」
だいたい合ってるので大きく頷くと、おれのボールが差し出された。ああそうか、あの機械にボールを入れるんだっけ。
ホウヤくんもゴローンくんをボールに戻し、それぞれ筒状のところへボールを置く。ボタンを押せばシュインとドアが閉まり、ふわっと内臓が持ち上がるような感覚がして――もう一度ドアが開いた。
ボールから出ると目の前にホウヤくんがいる。よく晴れた日の海みたいに鮮やかな青い瞳。吸い込まれちゃいそうだ。……?おれ、まえにも、あおに、すいこまれ、て、
ぶるり、体が震えて眩い光を放つ。これ、知ってる。ゴーストに進化した時とおなじやつだ。どんどん力があふれてくる。ああ、殺 したい、殺 したい、殺 したい!
おれの内側と外側でなにかが弾けた。目の前にはニンゲンが3匹、ポケモンが1匹。あはっ、どれから殺 そうか――。
「ようやく進化したか。よかったな」
いきなり後ろからがしっと頭を掴まれ、耳元で聞き慣れた声がする。この、こえ、は。
「待たせたねヴィーナス。キティたちがなかなか離してくれなくて」
「遅い。ゴーシュもう進化しちゃったんだから。……ゴーシュ?だいじょうぶ?」
蜂蜜色が心配そうにおれを覗き込む。頭を掴む手の力が強くなって、さっきよりも低い声が鼓膜から脳へ流れ込んだ。
「〝約束〟を忘れたか?ヴィーナスの前で殺気を出すなと言ったはずだが」
やくそく。ふわふわでぐるぐるだった頭の中が一瞬でクリアになる。――そうだ。やくそく、まもらなきゃ。
『へいきだよ、ご主人。進化してびっくりしちゃっただけ』
あふれ出そうになる殺意をおなかの中に押し込んでにっこり笑う。ギナが「平気だそうだ」と通訳するとご主人の表情がほっとやわらいだ。
突然現れたギナにホウヤくんは胡散臭そうな目を向けてたけど、ご主人の手持ちだとわかると眼差しから警戒が薄れた。
いつの間にか進化していたらしいゴローニャくんとおれをもう一度ボールへ戻し、機械へセットする。瞬きしているうちにおれのボールはご主人の手の中に収まっていた。
「おいで、ゴーシュ」
「来い、バレイ」
パカンと開いたボールから飛び出す。うん、だいじょうぶ。前より力がみなぎってる感じがするけど、殺したいのはちゃんと我慢できる。
「なあ、せっかくお互い進化したわけだし、記念にバトルしねえ?」
ホウヤくんの提案におれとゴローンくんが大きく目を輝かせる。それを見たご主人は小さく微笑んで控えめに頷いた。
ギナに審判をお願いしてバトルコートへ。結果はもちろん、おれの勝ち。進化して特性が変わったからじめんわざにはヒヤッとしたけど、こごえるかぜとあやしいひかりで動きを鈍らせ、きあいだまを確実に命中させた。やっぱりこごえるかぜって便利だなあ。シャドークローと同じくらい使いやすい。
「くっそ、ゲンガーってきあいだま覚えんのかよ。俺もまだまだ勉強不足だな」
「あくタイプ対策でたまに使うの。あなたも混乱を逆手にとったじだんだ、すごかった」
悔しそうな言葉とは裏腹にホウヤくんの表情は晴れやかだ。トレーナーたちが握手する横でおれとゴローニャくんもゴンと拳を突き合わせる。
お互い回復を済ませたらロビーでひと休み。ホウヤくんは旅行で来てるから3日後には帰らないといけなくて、それまでにカントーにしかいないポケモンをたくさん見たいんだって。夕方に出港するセキチクシティ行きの船に乗って、サファリゾーンに行くらしい。
「特に原種ポケモンが見てえんだよな。ニャースとかコラッタとかベトベターとか」
「私の手持ちにベトベトンがいるの。よかったら見る?」
「いいのか!?」
「うん。気難しい子だから出てきてくれるかわからないけど」
そういえば、ジム戦が終わってからトビーくんボールにこもりっぱなしだなあ。
ご主人がボールをかざすけど、トビーくんは出てこなかった。呼びかけても返事はない。
「ごめんなさい、もしかしたら寝てるのかも。午前中ジム戦だったから」
「いいよ、気にすんなって。気持ちだけもらっとく。ありがとな」
からりと笑うホウヤくんをクチバ港まで見送る。彼の乗った船が見えなくなるまで手を振って、ポケモンセンターに戻った。
借りた部屋でもう一度トビーくんのボールをかざすと、今度はパカンと口を開けた。
現れたトビーくんはいつものようにすぐヒト型になったけど、どこかぼんやりした顔をしている。ゆらりと動いた小さな黒が時計を見た途端、ぎょっと見開かれた。
「あ!?夕方……!?」
「さっき呼んだ時も返事がなかったから寝てるのかなって思ったんだけど、心配になって」
「ああ……悪ィ。ジム戦で妙に疲れちまって。テメェらが交換マシンの前で騒いでるとこまでは覚えてるんだが……」
「だいじょうぶ?どこか痛めたならジョーイさんに見てもらった方が、」
「いらねェ。疲れてただけだ」
途中で遮り、煙草吸ってくる、とご主人に背を向けた。おれも今日まだ吸ってなかったから一緒に行こうっと。
「……?」
ふと、廊下でトビーくんが怪訝な顔で左胸に手を当てる。どうしたの、と聞くと「なんでもねェ」と目を逸らされた。へんなの。
*
クチバシティを出発したら次はヤマブキシティを目指した。その次はシオンタウン、ハナダシティ、ニビシティ、ゴールはご主人のおうちがあるトキワシティ。
ジムはぜんぶで8つあるんだけど、トキワジムはジムリーダーがいないから、グレンジムは噴火で町ごとなくなっちゃったから挑戦できないんだって。残念。トキワジムは新しいジムリーダーを探してる最中らしいから、決まったら挑戦したいな。
悪の組織の陰謀に巻き込まれることもなく、順調にバッジも仲間も増えていく。だけどご主人はいつまでも手持ちを5体より増やそうとしなかった。
なんとなく「6体目はいいの?」って聞いてみたら、あの子は今にも泣きだしそうな顔で微笑んだ。
「……もう、決まってるから」
その言葉も表情もよくわからなかったけど、怖い顔のギナに「〝6体目〟は二度と話題に出すな」って釘を刺されたから、今後おれが知ることはないと思う。
みんなでいろんな場所へ行って、いろんなものを見て、いろんなひととバトルして。みんなと過ごした日々は殺し以外のあたたかいものを思い出させてくれた。
ただ。あのぬくもりは、おれのいちばんほしいものじゃなかった。
ご主人はバトルにあんまり積極的じゃなかったけど、おれがやりたいって言えば付き合ってくれたし、ジムにも挑ませてくれた。殺しほどじゃないけど、これはこれでたのしくてすき。
クチバジムで3つめのバッジをゲットした日。回復が終わり、ロビーで待っていたご主人のところへ行くと、ミックスオレを渡してくれた。缶と交換でトビーくんが入ったボールを渡す。
「お疲れさま。今日も頑張ってくれてありがとう」
「なに、ヴィーナスのためなら喜んで」
「おれもたのしかったよ。ジムリーダーは強いからいつものバトルよりもっとたのしかった」
キザっぽく前髪をかきあげるギナの足元に白いハンカチが落ちた。さっきここを通り過ぎた女の子たちの誰かものだろう。マルマイン顔負けのすばやさで拾い上げ、あまいミツたっぷりの笑顔で差し出した。女の子たちは頬を薄紅に染め、ギナの笑顔に釘付けになる。あはは、またやってる。
プルタブを開けようとしたら、ご主人がじっと見つめてくる。どうしたの、と聞けばゆっくり口を開いた。
「あの、責めてるわけじゃなくて純粋に疑問なんだけどね。ゴーシュはバトルの何が好きなの?」
「うーん……なんて言えばいいんだろ」
後頭部にギナの視線を感じて慎重に言葉を選ぶ。そっくりそのまま言ったらギナに怒られちゃうけど、嘘を言うつもりもない。
「命と命のぶつかり合い、かな。おれも相手も生きてるって感じがする」
「……むずかしいね」
「おれからすれば、ご主人の方がむずかしく考えすぎだよ」
「そうかなあ」
困ったように笑ってミックスオレの缶を傾ける。おれもプルタブを開けて喉へ流し込んだ。あまくておいしい。
殺しもジュースを飲むのもおなじなんだけどな。殺したいから殺す。おいしいから飲む。それだけ。
2つの缶が空っぽになる頃、ご主人がジョーイさんに呼ばれた。なんとなく一緒についていく。
「セキチクシティのジョーイからお話は伺っております。通信進化のお相手を探していらっしゃるんですよね。先ほどこちらにも通信進化のお申し込みがありまして、本日中に交換可能だそうです。どうされますか?」
「ほんと!?」
思わずカウンターに身を乗り出す。ギナからゴーストはもう1回進化できるって聞いてからずっと進化したかった。でもおれがゲンガーに進化するには〝つうしんこうかん〟をする相手が必要なんだって。
ポケモンセンターで〝もうしこみしょ〟っていうのをジョーイさんに渡すと〝つうしんこうかん〟したいトレーナー同士を紹介してくれるらしいんだけど、なかなか相手が見つからなかった。これでもっと強くなれる!
「ねえご主人、いいでしょ?今日やろう!」
「うん。ジョーイさん、よろしくお願いします」
「わかりました。お相手に連絡しますので、向かって右のカウンターでお待ちください。ラッキー、ご案内して」
『はーい!』
にっこり微笑むジョーイさんに見送られ、ラッキーについていく。案内されたカウンターではもうひとりのジョーイさんが大きい機械の前で待っていた。
「これで〝つうしんこうかん〟するの?」
「そうですよ。こちらに交換するポケモンのボールをセットして、ボタンを押すんです」
ご主人とふたりでジョーイさんをあれこれ質問攻めにする。トビーくんも一緒に見ようって誘ったけど「興味ねェ」って断られちゃった。ギナはさっきよりたくさんの女の子たちに囲まれてるから放っておこう。
そうしているうちにラッキーがオレンジ色のモンジャラみたいな髪をした男の子を連れてきた。ご主人と同い歳くらいで、肩に見たことない鳥ポケモンを乗せている。
「あんたが交換相手?」
男の子が仏頂面で口を開くと、肩の鳥ポケモンが叱るように頭を強めにつついた。
『いきなり失礼だろう!挨拶はどうした!』
「いってえ!わかってるよアイサツすりゃいんだろ!」
癖の強い髪をがしがしかいて、両手で丸を描くようなジェスチャーをする。鳥ポケモンも翼で器用に丸をつくってお辞儀した。
「アローラ。俺はマリエシティのホウヤ。こっちはミバ。よろしく」
「はじめまして、グレンタウンのサニアです。この子はゴーシュ。こちらこそよろしくね」
男の子改めホウヤくんは相も変わらず仏頂面だ。ふふ、トビーくんみたい。
ご主人もトビーくんで慣れっこだからか全然気にならないみたいで、肩の上に興味津々な視線を向けた。
「その子、初めて見た。なんていうポケモンなの?」
「ケララッパ。今んとこアローラでしか見つかってねえんだって」
「そうなのね。交換するのはこの子?」
「いや、ゴローンだ」
ホウヤくんの腰についたボールのひとつが勝手に開き、白い光が飛び出した。現れたゴローンは……おれが知ってるのとちょっと違う。こんなに眉毛凛々しかったっけ。
「おいバレイ、勝手に出てくんなよ」
仏頂面をさらにしかめるホウヤくんと反対にご主人は目をきらきらさせた。
「わあ、リージョンフォームね!」
「りーじょんふぉーむ?」
「暮らしている地方の自然環境に適応して変化したポケモンをそう呼ぶの。姿だけじゃなくてタイプが変わる子もいるんだよ」
「そ。こいつはいわ・でんきタイプだ」
「へえ、じめんタイプじゃないんだね」
『おうよ!みずタイプなんざ怖くねえぜ!』
「効果抜群はお互い様だろ、調子乗んな」
豪快に笑うゴローンくんをホウヤくんがぺしっとはたく。さっきのケララッパくんとのやりとりもそうだったけど、ホウヤくんは原型ポケモンと普通に
ご主人はどうなんだろう。ギナもトビーくんも「ヒト型の方が意思疎通が楽」って言うからおれもバトル以外はヒト型でいるけど。おれとご主人は原型でもおしゃべりできるくらい仲良しになったのかな?
試してみようとその場で原型に戻ると、ホウヤくんの目がまんまるになった。
「そいつ、ポケモンだったのか……」
「うん、ゴーストのゴーシュよ。この子を進化させてあげたくて交換相手を探してたの」
「俺も。こいつ自分に進化先あるの知らなかったらしくてさ、こっちでよそのトレーナーが連れてるゴローニャ見て〝俺も進化したい!〟って」
「ふふ、野生のゴローニャはほとんど見かけないもんね」
楽しそうにおしゃべりするふたりの周りをふよふよ漂う。ゲンガーに進化したら足が生えるけど、今までどおり浮けるのかな。
『ねえねえ、はやく〝つうしんこうかん〟しようよ』
「どうしたの?早く進化したい?」
だいたい合ってるので大きく頷くと、おれのボールが差し出された。ああそうか、あの機械にボールを入れるんだっけ。
ホウヤくんもゴローンくんをボールに戻し、それぞれ筒状のところへボールを置く。ボタンを押せばシュインとドアが閉まり、ふわっと内臓が持ち上がるような感覚がして――もう一度ドアが開いた。
ボールから出ると目の前にホウヤくんがいる。よく晴れた日の海みたいに鮮やかな青い瞳。吸い込まれちゃいそうだ。……?おれ、まえにも、あおに、すいこまれ、て、
ぶるり、体が震えて眩い光を放つ。これ、知ってる。ゴーストに進化した時とおなじやつだ。どんどん力があふれてくる。ああ、
おれの内側と外側でなにかが弾けた。目の前にはニンゲンが3匹、ポケモンが1匹。あはっ、どれから
「ようやく進化したか。よかったな」
いきなり後ろからがしっと頭を掴まれ、耳元で聞き慣れた声がする。この、こえ、は。
「待たせたねヴィーナス。キティたちがなかなか離してくれなくて」
「遅い。ゴーシュもう進化しちゃったんだから。……ゴーシュ?だいじょうぶ?」
蜂蜜色が心配そうにおれを覗き込む。頭を掴む手の力が強くなって、さっきよりも低い声が鼓膜から脳へ流れ込んだ。
「〝約束〟を忘れたか?ヴィーナスの前で殺気を出すなと言ったはずだが」
やくそく。ふわふわでぐるぐるだった頭の中が一瞬でクリアになる。――そうだ。やくそく、まもらなきゃ。
『へいきだよ、ご主人。進化してびっくりしちゃっただけ』
あふれ出そうになる殺意をおなかの中に押し込んでにっこり笑う。ギナが「平気だそうだ」と通訳するとご主人の表情がほっとやわらいだ。
突然現れたギナにホウヤくんは胡散臭そうな目を向けてたけど、ご主人の手持ちだとわかると眼差しから警戒が薄れた。
いつの間にか進化していたらしいゴローニャくんとおれをもう一度ボールへ戻し、機械へセットする。瞬きしているうちにおれのボールはご主人の手の中に収まっていた。
「おいで、ゴーシュ」
「来い、バレイ」
パカンと開いたボールから飛び出す。うん、だいじょうぶ。前より力がみなぎってる感じがするけど、殺したいのはちゃんと我慢できる。
「なあ、せっかくお互い進化したわけだし、記念にバトルしねえ?」
ホウヤくんの提案におれとゴローンくんが大きく目を輝かせる。それを見たご主人は小さく微笑んで控えめに頷いた。
ギナに審判をお願いしてバトルコートへ。結果はもちろん、おれの勝ち。進化して特性が変わったからじめんわざにはヒヤッとしたけど、こごえるかぜとあやしいひかりで動きを鈍らせ、きあいだまを確実に命中させた。やっぱりこごえるかぜって便利だなあ。シャドークローと同じくらい使いやすい。
「くっそ、ゲンガーってきあいだま覚えんのかよ。俺もまだまだ勉強不足だな」
「あくタイプ対策でたまに使うの。あなたも混乱を逆手にとったじだんだ、すごかった」
悔しそうな言葉とは裏腹にホウヤくんの表情は晴れやかだ。トレーナーたちが握手する横でおれとゴローニャくんもゴンと拳を突き合わせる。
お互い回復を済ませたらロビーでひと休み。ホウヤくんは旅行で来てるから3日後には帰らないといけなくて、それまでにカントーにしかいないポケモンをたくさん見たいんだって。夕方に出港するセキチクシティ行きの船に乗って、サファリゾーンに行くらしい。
「特に原種ポケモンが見てえんだよな。ニャースとかコラッタとかベトベターとか」
「私の手持ちにベトベトンがいるの。よかったら見る?」
「いいのか!?」
「うん。気難しい子だから出てきてくれるかわからないけど」
そういえば、ジム戦が終わってからトビーくんボールにこもりっぱなしだなあ。
ご主人がボールをかざすけど、トビーくんは出てこなかった。呼びかけても返事はない。
「ごめんなさい、もしかしたら寝てるのかも。午前中ジム戦だったから」
「いいよ、気にすんなって。気持ちだけもらっとく。ありがとな」
からりと笑うホウヤくんをクチバ港まで見送る。彼の乗った船が見えなくなるまで手を振って、ポケモンセンターに戻った。
借りた部屋でもう一度トビーくんのボールをかざすと、今度はパカンと口を開けた。
現れたトビーくんはいつものようにすぐヒト型になったけど、どこかぼんやりした顔をしている。ゆらりと動いた小さな黒が時計を見た途端、ぎょっと見開かれた。
「あ!?夕方……!?」
「さっき呼んだ時も返事がなかったから寝てるのかなって思ったんだけど、心配になって」
「ああ……悪ィ。ジム戦で妙に疲れちまって。テメェらが交換マシンの前で騒いでるとこまでは覚えてるんだが……」
「だいじょうぶ?どこか痛めたならジョーイさんに見てもらった方が、」
「いらねェ。疲れてただけだ」
途中で遮り、煙草吸ってくる、とご主人に背を向けた。おれも今日まだ吸ってなかったから一緒に行こうっと。
「……?」
ふと、廊下でトビーくんが怪訝な顔で左胸に手を当てる。どうしたの、と聞くと「なんでもねェ」と目を逸らされた。へんなの。
*
クチバシティを出発したら次はヤマブキシティを目指した。その次はシオンタウン、ハナダシティ、ニビシティ、ゴールはご主人のおうちがあるトキワシティ。
ジムはぜんぶで8つあるんだけど、トキワジムはジムリーダーがいないから、グレンジムは噴火で町ごとなくなっちゃったから挑戦できないんだって。残念。トキワジムは新しいジムリーダーを探してる最中らしいから、決まったら挑戦したいな。
悪の組織の陰謀に巻き込まれることもなく、順調にバッジも仲間も増えていく。だけどご主人はいつまでも手持ちを5体より増やそうとしなかった。
なんとなく「6体目はいいの?」って聞いてみたら、あの子は今にも泣きだしそうな顔で微笑んだ。
「……もう、決まってるから」
その言葉も表情もよくわからなかったけど、怖い顔のギナに「〝6体目〟は二度と話題に出すな」って釘を刺されたから、今後おれが知ることはないと思う。
みんなでいろんな場所へ行って、いろんなものを見て、いろんなひととバトルして。みんなと過ごした日々は殺し以外のあたたかいものを思い出させてくれた。
ただ。あのぬくもりは、おれのいちばんほしいものじゃなかった。
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