Dear my cherry blossom/side:G
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ギナに教えられたものはたくさんあるけど、そのうちのひとつが煙草だった。
マタドガスがプリントされた小さな箱をしげしげ眺める。
「これ、体に悪いんでしょ?お医者さんが勧めていいの?」
「君には効かないのだから問題ない。むしろ処方さ。ああ、とはいえヴィーナスの近くでは決して吸うなよ。主流煙より副流煙の方が有害なんだ」
使い方はトビーに聞け、と言われるままにトビーくんのところへ。ひとり紫煙をくゆらせていた彼に手の中の箱を見せれば、小さな黒が微かに見開かれた。
「テメェ、煙草やんのか?」
「うん。ギナが吸えって。匂いを誤魔化すんだって」
「ああ……テメェにゃァ血の匂いがべったり染み付いてやがるからな」
「そうなの?」
上手に隠してるだけでギナの方がよっぽど濃い匂いしてるけどなあ、とは胸の内に留めておく。「余計なことは口走るな」だもんね。
トビーくんはぶっきらぼうな態度とは裏腹に丁寧に教えてくれた。見様見真似で火を点け、ゆっくり煙を吸い込む。最初は相当警戒されてたけど、一緒に過ごすうちにいろいろ気にかけて世話を焼いてくれるようになった。殺したい 。
2本目に手を伸ばすトビーくんに何とはなしに聞いてみる。
「トビーくんはどうして煙草吸うの?」
「俺ァ空気とか水とか濁ってる方が過ごしやすくてな。最近はどこもかしこも清潔過ぎて居心地悪ィったらありゃしねェ。……テメェはどうだ。ずっと野生だったんだろ」
静かに向けられた視線と言葉にゆっくり瞬きした。煙草の話じゃない。ふふ、心配してくれるんだ。殺したい なあ。
紫煙を吐き出し、口端を持ち上げて答える。
「わかんない。でもおれ、あったかいとこすきだよ。この場所もあったかくてすき」
「……そうかよ」
ふい、と黒が逸らされた。褐色の左手が眼帯に触れ、遠くを見るような眼差しに昏いものが揺らめいている。ああ、また「死にたい」って思ってる。
理由は知らないけど、トビーくんは時々こういう目をする。ごめんね、殺したいのは山々だけど、ギナにだめって言われてるから。
それにしてもトビーくん、自分は死にたがりなのにご主人が死にそうな目に遭うとすっごく怒るから不思議だよね。ご主人もご主人で「私は生きなきゃ」って言うわりに平気で自分の身を危険に晒すし。ふたりとも自分の命はどうでもよくて、誰かのことばかり気にしてる。不思議だなあ。殺すのも殺されるのも、自分が生きてこそなのに。
この前だって、ご主人がオニスズメの群れにいじめられてたトランセルを助けようと突っ込んでいったっけ。オニスズメたちを追い払った後でトビーくんにものすごく怒られたけど、頑として意志を曲げなかった。
「助けられたから助けたいの。でなきゃ助けてもらった価値 がないわ」
「またそれか、いつまでもふざけたこと抜かしやがる!あいつはそんなことのためにテメェを助けたんじゃねェって何回言わせりゃ気が済むんだ!?」
「そんなことって何!?あの子が助けてくれたのは無駄なんかじゃないって証明することの何が悪いの!?」
「テメェ、」
「トビー。落ち着きたまえ」
「うるせェ!」
制止するギナの手を払いのけ、胸ぐらを掴む。激しい怒りを隻眼と声に宿してギナにぶつけた。
「テメェもテメェだ、トレーナーが馬鹿やらかしたら止めんのが手持ちだろうが!なに黙って見てやがる!こいつが死んでもいいのか!?」
「ッ、そんなことはない。だがこれがヴィーナスの望みだ。トレーナーの望みを叶えたいのは手持ちとして当然だろう」
「なんでそうなるんだよクソッタレ!!」
「トビーやめて!あなたが怒ってるのは私でしょう!」
振りかぶられた拳がご主人の叫びで止まる。ギリリと歯を食いしばり、やがてゆっくり腕を下ろした。
怒りの炎がくすぶる黒をご主人の蜂蜜色がまっすぐ見つめる。まっすぐすぎて前しか見えない、そんな眼差し。
「心配かけてごめんなさい。でも、私、やめないから」
先にポケモンセンター行ってるね。
そう言って背中を向け、町の方へ歩いていく。トビーくんは「クソッタレが」と吐き捨ててギナを乱暴に離した。その手でぐしゃりと眼帯を握りしめ、舌打ちしながらご主人を追いかける。
トビーくんはどんなに怒っていても絶対にご主人をひとりきりにしない。怒ってどこかへ行っちゃうのはギナがご主人のそばにいる時だけ。ギナも同じで、女の子に声をかける時もかけられる時も、おれを「教育」する時も、そばを離れるのはトビーくんがいる時だけだった。
「まったく。トビーの頑なさには困ったものだ」
ギナがえりを整えながらため息を吐く。ご主人とトビーくんが喧嘩するのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、ギナとトビーくんも喧嘩した。ご主人が寝た後、あの子の目と耳をひかりのかべで塞いで、同じようなことを何度も何度も言い合った。
――いい加減折れてやれ。彼女は何を言っても考えを変えることはないだろう。それに、君の理解を得られないことにひどく胸を痛めている。
――ふざけんな!テメェらこそあいつが助けた理由がなんでわからねェ!?それすらわからねェ奴が軽々しく自分 の命 張ってんじゃねェよ!!
まあ、それはさておき。
「ねえギナ、さっきご主人が死んでもいいのかって言われた時、即答しなかったよね。ギナもだいすきなひと殺したくなった?」
「違う。君と一緒にするな」
うきうきしながら聞いたら冷たい声で一刀両断。なあんだ。
あれは、と開きかけたギナの唇が閉じる。そのまま黙り込んでしまった。この表情には見覚えがある。「ご主人がとくべつなの?」って聞いた時と同じ、驚いたような戸惑ったような顔。
「……多少の差はあれど、命は必ず死を迎える。我らが父なる大御神は世の理をそのように定めた」
ようやく開いた唇があの時のようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。われらがちちなるおおみかみ、ってなんだっけ。前にもギナが言ってたような。
「故に、死は当然かつ自然な現象だ。生まれ落ちては瞬きの間に死んでいく。いつの間にか咲いた花が気付けば散っていたように。数多の始まりと終わりを、何度も何度も、飽きるほど見てきた。……にも関わらず、たかが命ひとつに……」
視線を落とし、再び黙り込む。こんなに歯切れが悪いのもあの時以来だ。
「よくわかんないけど、ギナはご主人が死んだら嫌なんでしょ?それってだめなの?」
「……わからない。間違っているのかも、正しいのかも。命や死に対して何かを感じたことがないんだ。日が昇り沈むのと同じだから」
赤い瞳が揺れている。手から離れた風船みたいに、どこかへ飛んでいきそうで、どこにも行けずさまよっている。
「彼女の望みをすべて叶えたい。己が命を他者へ捧げることを望むなら叶えてやればいい。命はいずれ必ず死ぬのだから、いつ死のうが同じこと。……ならば何故、俺はトビーの問いに否と答えたんだろうな」
ようやくギナがおれを見た。いちばんきれいな赤い宝石。おれやギナの体を巡るものと同じ色。
「君は命を尊いと思うか?」
「うん。だから殺したい んだ」
「……わからない。俺と同じように死が身近にありながら何故そう言える」
「むずかしく考えすぎだよ。きれいな花を見つけたら摘んで持って帰りたくなるでしょ。ギナは欲しい花とか見ていたい花、ひとつもないの?」
「……強いて言えば。ヴィーナスが土へ還るまでは、瞬きをしないつもりだ」
おれが花を摘むのとギナが瞬きを我慢するのは何が違うんだろう。どっちもおなじじゃないのかな。
マタドガスがプリントされた小さな箱をしげしげ眺める。
「これ、体に悪いんでしょ?お医者さんが勧めていいの?」
「君には効かないのだから問題ない。むしろ処方さ。ああ、とはいえヴィーナスの近くでは決して吸うなよ。主流煙より副流煙の方が有害なんだ」
使い方はトビーに聞け、と言われるままにトビーくんのところへ。ひとり紫煙をくゆらせていた彼に手の中の箱を見せれば、小さな黒が微かに見開かれた。
「テメェ、煙草やんのか?」
「うん。ギナが吸えって。匂いを誤魔化すんだって」
「ああ……テメェにゃァ血の匂いがべったり染み付いてやがるからな」
「そうなの?」
上手に隠してるだけでギナの方がよっぽど濃い匂いしてるけどなあ、とは胸の内に留めておく。「余計なことは口走るな」だもんね。
トビーくんはぶっきらぼうな態度とは裏腹に丁寧に教えてくれた。見様見真似で火を点け、ゆっくり煙を吸い込む。最初は相当警戒されてたけど、一緒に過ごすうちにいろいろ気にかけて世話を焼いてくれるようになった。
2本目に手を伸ばすトビーくんに何とはなしに聞いてみる。
「トビーくんはどうして煙草吸うの?」
「俺ァ空気とか水とか濁ってる方が過ごしやすくてな。最近はどこもかしこも清潔過ぎて居心地悪ィったらありゃしねェ。……テメェはどうだ。ずっと野生だったんだろ」
静かに向けられた視線と言葉にゆっくり瞬きした。煙草の話じゃない。ふふ、心配してくれるんだ。
紫煙を吐き出し、口端を持ち上げて答える。
「わかんない。でもおれ、あったかいとこすきだよ。この場所もあったかくてすき」
「……そうかよ」
ふい、と黒が逸らされた。褐色の左手が眼帯に触れ、遠くを見るような眼差しに昏いものが揺らめいている。ああ、また「死にたい」って思ってる。
理由は知らないけど、トビーくんは時々こういう目をする。ごめんね、殺したいのは山々だけど、ギナにだめって言われてるから。
それにしてもトビーくん、自分は死にたがりなのにご主人が死にそうな目に遭うとすっごく怒るから不思議だよね。ご主人もご主人で「私は生きなきゃ」って言うわりに平気で自分の身を危険に晒すし。ふたりとも自分の命はどうでもよくて、誰かのことばかり気にしてる。不思議だなあ。殺すのも殺されるのも、自分が生きてこそなのに。
この前だって、ご主人がオニスズメの群れにいじめられてたトランセルを助けようと突っ込んでいったっけ。オニスズメたちを追い払った後でトビーくんにものすごく怒られたけど、頑として意志を曲げなかった。
「助けられたから助けたいの。でなきゃ
「またそれか、いつまでもふざけたこと抜かしやがる!あいつはそんなことのためにテメェを助けたんじゃねェって何回言わせりゃ気が済むんだ!?」
「そんなことって何!?あの子が助けてくれたのは無駄なんかじゃないって証明することの何が悪いの!?」
「テメェ、」
「トビー。落ち着きたまえ」
「うるせェ!」
制止するギナの手を払いのけ、胸ぐらを掴む。激しい怒りを隻眼と声に宿してギナにぶつけた。
「テメェもテメェだ、トレーナーが馬鹿やらかしたら止めんのが手持ちだろうが!なに黙って見てやがる!こいつが死んでもいいのか!?」
「ッ、そんなことはない。だがこれがヴィーナスの望みだ。トレーナーの望みを叶えたいのは手持ちとして当然だろう」
「なんでそうなるんだよクソッタレ!!」
「トビーやめて!あなたが怒ってるのは私でしょう!」
振りかぶられた拳がご主人の叫びで止まる。ギリリと歯を食いしばり、やがてゆっくり腕を下ろした。
怒りの炎がくすぶる黒をご主人の蜂蜜色がまっすぐ見つめる。まっすぐすぎて前しか見えない、そんな眼差し。
「心配かけてごめんなさい。でも、私、やめないから」
先にポケモンセンター行ってるね。
そう言って背中を向け、町の方へ歩いていく。トビーくんは「クソッタレが」と吐き捨ててギナを乱暴に離した。その手でぐしゃりと眼帯を握りしめ、舌打ちしながらご主人を追いかける。
トビーくんはどんなに怒っていても絶対にご主人をひとりきりにしない。怒ってどこかへ行っちゃうのはギナがご主人のそばにいる時だけ。ギナも同じで、女の子に声をかける時もかけられる時も、おれを「教育」する時も、そばを離れるのはトビーくんがいる時だけだった。
「まったく。トビーの頑なさには困ったものだ」
ギナがえりを整えながらため息を吐く。ご主人とトビーくんが喧嘩するのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、ギナとトビーくんも喧嘩した。ご主人が寝た後、あの子の目と耳をひかりのかべで塞いで、同じようなことを何度も何度も言い合った。
――いい加減折れてやれ。彼女は何を言っても考えを変えることはないだろう。それに、君の理解を得られないことにひどく胸を痛めている。
――ふざけんな!テメェらこそあいつが助けた理由がなんでわからねェ!?それすらわからねェ奴が軽々しく
まあ、それはさておき。
「ねえギナ、さっきご主人が死んでもいいのかって言われた時、即答しなかったよね。ギナもだいすきなひと殺したくなった?」
「違う。君と一緒にするな」
うきうきしながら聞いたら冷たい声で一刀両断。なあんだ。
あれは、と開きかけたギナの唇が閉じる。そのまま黙り込んでしまった。この表情には見覚えがある。「ご主人がとくべつなの?」って聞いた時と同じ、驚いたような戸惑ったような顔。
「……多少の差はあれど、命は必ず死を迎える。我らが父なる大御神は世の理をそのように定めた」
ようやく開いた唇があの時のようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。われらがちちなるおおみかみ、ってなんだっけ。前にもギナが言ってたような。
「故に、死は当然かつ自然な現象だ。生まれ落ちては瞬きの間に死んでいく。いつの間にか咲いた花が気付けば散っていたように。数多の始まりと終わりを、何度も何度も、飽きるほど見てきた。……にも関わらず、たかが命ひとつに……」
視線を落とし、再び黙り込む。こんなに歯切れが悪いのもあの時以来だ。
「よくわかんないけど、ギナはご主人が死んだら嫌なんでしょ?それってだめなの?」
「……わからない。間違っているのかも、正しいのかも。命や死に対して何かを感じたことがないんだ。日が昇り沈むのと同じだから」
赤い瞳が揺れている。手から離れた風船みたいに、どこかへ飛んでいきそうで、どこにも行けずさまよっている。
「彼女の望みをすべて叶えたい。己が命を他者へ捧げることを望むなら叶えてやればいい。命はいずれ必ず死ぬのだから、いつ死のうが同じこと。……ならば何故、俺はトビーの問いに否と答えたんだろうな」
ようやくギナがおれを見た。いちばんきれいな赤い宝石。おれやギナの体を巡るものと同じ色。
「君は命を尊いと思うか?」
「うん。だから
「……わからない。俺と同じように死が身近にありながら何故そう言える」
「むずかしく考えすぎだよ。きれいな花を見つけたら摘んで持って帰りたくなるでしょ。ギナは欲しい花とか見ていたい花、ひとつもないの?」
「……強いて言えば。ヴィーナスが土へ還るまでは、瞬きをしないつもりだ」
おれが花を摘むのとギナが瞬きを我慢するのは何が違うんだろう。どっちもおなじじゃないのかな。