Dear my cherry blossom/side:G
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「というわけで、拾った。俺が責任持って面倒を見るし躾もしよう。許してくれるかい、ヴィーナス?」
ポケモンセンターのロビーでおにいさんがにこやかに告げる。ヴィーナスと呼ばれた女の子は蜂蜜色の目をまんまるにして、それからジットリ睨みつけた。
「……私がだめって言ったら外へ放り出すつもりでしょう」
「勿論。君の嫌がることはしないさ」
涼しい顔のおにいさんへ女の子が何か言う前に、眼帯のおにいさんが「俺ァ反対だ」と鋭い眼差しをおれに向ける。
「ンな得体の知れねェ野郎と一緒に旅なんざできるか」
「君の意見は聞いていない」
「あ゛?」
「俺たちのトレーナーはヴィーナスだ。よって決定権は彼女にある。違うかい?」
「テメェ、」
「やめてふたりとも。選ぶのも決めるのも私じゃない」
強い視線でおにいさんたちを制止する。女の子はまっすぐおれを見つめ、まっすぐ問いかけた。
「あなたはどうしたい?もし無理に連れてこられたんだったら……」
「ううん。おれが連れてってって言ったんだ」
言葉の途中で首を振り、迷いなく答える。ノーなんて言わせない。蜂蜜色を見つめ返して微笑んだ。
「おれをそばにおいて。きっと役に立つから」
いつか、おにいさんを殺して、おにいさんに殺されるために。
長い沈黙の後、桔梗色の頭がゆっくりと縦に動いた。
「――わかったわ。一緒に行こう」
小さな手がぴかぴかのモンスターボールを差し出す。ああ、そっか。ヒトの姿を解けばおでこにそっとボールが触れた。ぐんと体が引っ張られ、気付けばボールの内側にいた。振動に身を任せてゆらゆらしていたら、やがてパチンと軽やかな音が響く。
おいで、と呼ばれた気がしてボールを飛び出し、二本足で降り立った。女の子は手の中のボールを大切そうに抱きしめて再びおれを蜂蜜色に映す。
「私はサニア。よろしくね。あなたのお名前は?」
女の子改め、サニアちゃんの言葉にゆっくり瞬いた。
なまえ。おれの、なまえ。おかあさんは、みんなは、おれを何て呼んでたっけ。
深い霧に包まれた記憶を探る。思い出せないものばかりなのに、何故かそれはあっさり見つかった。
「ゴーシュ。そう呼ばれてたよ」
「そうなのね。じゃあ私もゴーシュって呼んでいい?」
「うん」
おれが頷くとサニアちゃんはふわりと微笑んだ。花が咲いたような笑顔に釣られて頬が緩む。
いいな、このこ。殺したい 。
そう思った瞬間、眼帯のおにいさんの烈火の黒曜石がおれを突き刺した。強烈な殺気にぜんぶの血の温度がぶわりと急上昇。牽制だろうけどまったくもって逆効果だ。きみもとっても殺したい 。
そのまま昂りに委ねようとして――右肩を掴まれた。凍てつく真紅と視線がぶつかり、はっと数分前の言葉が脳裏に蘇る。
――早速だが、彼女の前で殺気を出すな、暴れるな、余計なことを口走るな。約束を果たして欲しければ相応の態度で示せ。
そうだった。言いつけ、守らなきゃ。がまんがまん、がまん。せっかくボールに入れてもらえたのにここで台無しにするのはもったいない。
ごうごう燃え滾る衝動に言い聞かせる。まだ、だめだよ。ちゃんとがまんできれば、いちばんきれいなものが手に入るんだから。
おれが落ち着いたタイミングでおにいさんはぱっとサニアちゃんに笑顔を向けた。さっきまで宿していた冷たさは微塵もない。
「さて、自己紹介も済んだことだし、子どもはそろそろ寝る時間だよ。彼の回復は俺に任せて、君たちは部屋に戻るといい」
「待って。ふたりがまだでしょう。これから一緒に旅をするんだからちゃんと自己紹介して」
サニアちゃんのまっすぐな眼差しに先に折れたのは眼帯のおにいさんだった。チッと舌打ちして片方だけの黒曜石がこっちを向く。
「……トビーだ」
「俺はギナ。覚えなくて結構だ。男に覚えられても全く嬉しくない」
それぞれの素っ気ない言葉にサニアちゃんは「もう……」とため息を吐く。
「ごめんね。トビーもギナもこんなだけど悪いひとたちじゃないの。仲良くしてくれると嬉しいな。もちろん、私とも」
「うん。みんなと仲良くなれたらいいなって思ってるよ」
「よかった。ゴーシュのことも、ゆっくりでいいから教えてね」
小さな両手に右手を包まれ、無邪気な笑顔が向けられる。腹の奥からじわりと溢れるモノを表に出さないように気をつけながら笑顔でその手を握り返した。
サニアちゃん。トビーくん。ギナ。
これからよろしくね。
*
サニアちゃんの手持ちに加わってまずはじめに教えられたのは「サニアちゃんの言葉は絶対」。
言いつけを破らない限りはこちらも筋を通そう。あれはつまり、おれが言いつけを破ればすぐにでも反故にする、ということ。おれにとってギナの言いつけが絶対で、ギナはサニアちゃんに忠実だから何も異論はない。
君の主が誰なのか常に意識しろ、とも言われたのでサニアちゃんを〝ご主人〟って呼ぶことにした。
次は身なりを整えること。ずっと野生で生きてきたから気にしたことなかったけど、毛並みもヒトの時の服もぼろぼろなんだって。ヴィーナスの手を汚すわけにはいかない、と言い張るギナの手であったかい水が出る場所に放り込まれ、全身泡だらけにされた。そこからさらに〝どらいやー〟と〝ぶらっしんぐ〟をしてもらうと、おれの体はつやつやふわふわになっていた。
その次は、バトルと殺し合いの違い、殺気の抑え方、まとも な振舞い、やっていいこと、だめなこと。
彼女の盾として、剣として、何より手持ちポケモンとして相応しくあれ。その方針のもと、みんなが寝静まった深夜にいろんなことを叩きこまれた。
特に、ご主人は傷ついたポケモンを助けることに強くこだわってるみたいで、ギナから「彼女の手持ちでいる以上ポケモンを殺すな、傷つけるな」と口酸っぱく言われた。ギナだっていっぱい殺してるのにずるいよ、と思ったけど、そういえばおれのこと殺してくれなかった。
「ギナも殺すのやめたの?ご主人が嫌がるから?」
「そうだ。ヴィーナスは時に異常と言ってもいいほど命というものを大切にしている。……だからせめて、彼女のそばにいる間くらい、やめてみようと思ってな」
「そっかあ」
すきなものを我慢するのは大変だし、難しいことも無茶なことも随分言われたけど、〝約束〟のためなら頑張れた。ちゃんとできればギナは褒めてくれて、時々ごほうびに一緒に遊んで くれたから。我ながら飼い慣らされてるなあって思うけど、むしろ本望だ。
ギナはご主人がいちばん大事で、女の子にやさしくて、男の子に厳しい。女の子を見かける度に声をかけて、いつだって女の子に囲まれてる。本人曰く「女性を喜ばせることは俺の生き甲斐であり存在意義」なんだって。
例えば急に雨が降ってきたら、降り出す前にご主人に傘を差し出すし、靴が濡れないよう水たまりを葉っぱで覆う。一方おれとトビーくんには「ヴィーナスに泥が跳ねてはいけないから壁になれ」。
ご主人にとりわけやさしいのは女の子で自分のトレーナーだからかと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたいだ。だってギナがあの子に向けるものは、手も、声も、眼差しも、何もかも他の誰よりやわらかい。きれいなガラスの人形を壊さないように、壊れてしまわないように。そんな感じ。
「ねえ、ギナはご主人がとくべつなの?」
ある晩、興味本位で聞いてみたらギナは驚いたような戸惑ったような顔をした。初めて見る顔にこっちまでびっくりする。
「……これ が何なのか、自分でもよくわからない。すべての女性への愛おしさは変わらず俺の中にある。だが、ただ、彼女は……なんと言えばいいんだろうな」
戸惑った表情のままぽつぽつ言葉を紡いでいた唇が引き結ばれる。やがて、俯きがちの真紅がゆっくり持ち上がり、黄金の月を映した。
「何故だか誰より目が離せないんだ。その理由を知るために、彼女のそばにいるのかもしれない」
月光に照らされたギナの横顔があんまりきれいで。呼吸も瞬きも忘れた。
今は手を伸ばすことすらできないけれど、きっといつか、いちばんきれいなこの赤に殺されたい 、殺したい と強く願った。
ポケモンセンターのロビーでおにいさんがにこやかに告げる。ヴィーナスと呼ばれた女の子は蜂蜜色の目をまんまるにして、それからジットリ睨みつけた。
「……私がだめって言ったら外へ放り出すつもりでしょう」
「勿論。君の嫌がることはしないさ」
涼しい顔のおにいさんへ女の子が何か言う前に、眼帯のおにいさんが「俺ァ反対だ」と鋭い眼差しをおれに向ける。
「ンな得体の知れねェ野郎と一緒に旅なんざできるか」
「君の意見は聞いていない」
「あ゛?」
「俺たちのトレーナーはヴィーナスだ。よって決定権は彼女にある。違うかい?」
「テメェ、」
「やめてふたりとも。選ぶのも決めるのも私じゃない」
強い視線でおにいさんたちを制止する。女の子はまっすぐおれを見つめ、まっすぐ問いかけた。
「あなたはどうしたい?もし無理に連れてこられたんだったら……」
「ううん。おれが連れてってって言ったんだ」
言葉の途中で首を振り、迷いなく答える。ノーなんて言わせない。蜂蜜色を見つめ返して微笑んだ。
「おれをそばにおいて。きっと役に立つから」
いつか、おにいさんを殺して、おにいさんに殺されるために。
長い沈黙の後、桔梗色の頭がゆっくりと縦に動いた。
「――わかったわ。一緒に行こう」
小さな手がぴかぴかのモンスターボールを差し出す。ああ、そっか。ヒトの姿を解けばおでこにそっとボールが触れた。ぐんと体が引っ張られ、気付けばボールの内側にいた。振動に身を任せてゆらゆらしていたら、やがてパチンと軽やかな音が響く。
おいで、と呼ばれた気がしてボールを飛び出し、二本足で降り立った。女の子は手の中のボールを大切そうに抱きしめて再びおれを蜂蜜色に映す。
「私はサニア。よろしくね。あなたのお名前は?」
女の子改め、サニアちゃんの言葉にゆっくり瞬いた。
なまえ。おれの、なまえ。おかあさんは、みんなは、おれを何て呼んでたっけ。
深い霧に包まれた記憶を探る。思い出せないものばかりなのに、何故かそれはあっさり見つかった。
「ゴーシュ。そう呼ばれてたよ」
「そうなのね。じゃあ私もゴーシュって呼んでいい?」
「うん」
おれが頷くとサニアちゃんはふわりと微笑んだ。花が咲いたような笑顔に釣られて頬が緩む。
いいな、このこ。
そう思った瞬間、眼帯のおにいさんの烈火の黒曜石がおれを突き刺した。強烈な殺気にぜんぶの血の温度がぶわりと急上昇。牽制だろうけどまったくもって逆効果だ。きみもとっても
そのまま昂りに委ねようとして――右肩を掴まれた。凍てつく真紅と視線がぶつかり、はっと数分前の言葉が脳裏に蘇る。
――早速だが、彼女の前で殺気を出すな、暴れるな、余計なことを口走るな。約束を果たして欲しければ相応の態度で示せ。
そうだった。言いつけ、守らなきゃ。がまんがまん、がまん。せっかくボールに入れてもらえたのにここで台無しにするのはもったいない。
ごうごう燃え滾る衝動に言い聞かせる。まだ、だめだよ。ちゃんとがまんできれば、いちばんきれいなものが手に入るんだから。
おれが落ち着いたタイミングでおにいさんはぱっとサニアちゃんに笑顔を向けた。さっきまで宿していた冷たさは微塵もない。
「さて、自己紹介も済んだことだし、子どもはそろそろ寝る時間だよ。彼の回復は俺に任せて、君たちは部屋に戻るといい」
「待って。ふたりがまだでしょう。これから一緒に旅をするんだからちゃんと自己紹介して」
サニアちゃんのまっすぐな眼差しに先に折れたのは眼帯のおにいさんだった。チッと舌打ちして片方だけの黒曜石がこっちを向く。
「……トビーだ」
「俺はギナ。覚えなくて結構だ。男に覚えられても全く嬉しくない」
それぞれの素っ気ない言葉にサニアちゃんは「もう……」とため息を吐く。
「ごめんね。トビーもギナもこんなだけど悪いひとたちじゃないの。仲良くしてくれると嬉しいな。もちろん、私とも」
「うん。みんなと仲良くなれたらいいなって思ってるよ」
「よかった。ゴーシュのことも、ゆっくりでいいから教えてね」
小さな両手に右手を包まれ、無邪気な笑顔が向けられる。腹の奥からじわりと溢れるモノを表に出さないように気をつけながら笑顔でその手を握り返した。
サニアちゃん。トビーくん。ギナ。
これからよろしくね。
*
サニアちゃんの手持ちに加わってまずはじめに教えられたのは「サニアちゃんの言葉は絶対」。
言いつけを破らない限りはこちらも筋を通そう。あれはつまり、おれが言いつけを破ればすぐにでも反故にする、ということ。おれにとってギナの言いつけが絶対で、ギナはサニアちゃんに忠実だから何も異論はない。
君の主が誰なのか常に意識しろ、とも言われたのでサニアちゃんを〝ご主人〟って呼ぶことにした。
次は身なりを整えること。ずっと野生で生きてきたから気にしたことなかったけど、毛並みもヒトの時の服もぼろぼろなんだって。ヴィーナスの手を汚すわけにはいかない、と言い張るギナの手であったかい水が出る場所に放り込まれ、全身泡だらけにされた。そこからさらに〝どらいやー〟と〝ぶらっしんぐ〟をしてもらうと、おれの体はつやつやふわふわになっていた。
その次は、バトルと殺し合いの違い、殺気の抑え方、
彼女の盾として、剣として、何より手持ちポケモンとして相応しくあれ。その方針のもと、みんなが寝静まった深夜にいろんなことを叩きこまれた。
特に、ご主人は傷ついたポケモンを助けることに強くこだわってるみたいで、ギナから「彼女の手持ちでいる以上ポケモンを殺すな、傷つけるな」と口酸っぱく言われた。ギナだっていっぱい殺してるのにずるいよ、と思ったけど、そういえばおれのこと殺してくれなかった。
「ギナも殺すのやめたの?ご主人が嫌がるから?」
「そうだ。ヴィーナスは時に異常と言ってもいいほど命というものを大切にしている。……だからせめて、彼女のそばにいる間くらい、やめてみようと思ってな」
「そっかあ」
すきなものを我慢するのは大変だし、難しいことも無茶なことも随分言われたけど、〝約束〟のためなら頑張れた。ちゃんとできればギナは褒めてくれて、時々ごほうびに一緒に
ギナはご主人がいちばん大事で、女の子にやさしくて、男の子に厳しい。女の子を見かける度に声をかけて、いつだって女の子に囲まれてる。本人曰く「女性を喜ばせることは俺の生き甲斐であり存在意義」なんだって。
例えば急に雨が降ってきたら、降り出す前にご主人に傘を差し出すし、靴が濡れないよう水たまりを葉っぱで覆う。一方おれとトビーくんには「ヴィーナスに泥が跳ねてはいけないから壁になれ」。
ご主人にとりわけやさしいのは女の子で自分のトレーナーだからかと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたいだ。だってギナがあの子に向けるものは、手も、声も、眼差しも、何もかも他の誰よりやわらかい。きれいなガラスの人形を壊さないように、壊れてしまわないように。そんな感じ。
「ねえ、ギナはご主人がとくべつなの?」
ある晩、興味本位で聞いてみたらギナは驚いたような戸惑ったような顔をした。初めて見る顔にこっちまでびっくりする。
「……
戸惑った表情のままぽつぽつ言葉を紡いでいた唇が引き結ばれる。やがて、俯きがちの真紅がゆっくり持ち上がり、黄金の月を映した。
「何故だか誰より目が離せないんだ。その理由を知るために、彼女のそばにいるのかもしれない」
月光に照らされたギナの横顔があんまりきれいで。呼吸も瞬きも忘れた。
今は手を伸ばすことすらできないけれど、きっといつか、いちばんきれいなこの赤に