ムラサキソウの雨宿り/aga.10
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ジンコはそっとヤトちゃんの目元を拭い、膝をついて大きな両手で細い右手を包み込んだ。あたたかな橙色の眼差しが潤んだ紫色を見上げる。
「大丈夫よ~~。わたしも、この子たちも、あなたと過ごせて嬉しいの~~。ここに怖いものは何もないから、どうか安心して過ごしてね」
「……はい。お世話になります」
ヤトちゃんの表情がやわらかくなったのを見て、ジンコもふんわり笑みを浮かべた。よかった、肩の力抜いてくれたみたいだ。さすがジンコ。俺もウヅと目配せしてにんまり。
「ふふふ、ようこそ我が家へ~~。わたしはジンコ~~。あなたは~~?」
「ヤトといいます。よろしくお願いします、ジンコさん」
「こちらこそ~~」
立ち上がったジンコのブレイズヘアがご機嫌に揺れる。心なしか頭のリボンもぴこぴこ動いてるような。
「ところで~~、苦手なものとかアレルギーとかあるかしら~~?」
「いいえ、特には」
「よかった~~。今から晩ごはん作るから、ちょっと待っててね~~」
キッチンへ向かおうとしたジンコをヤトちゃんがあの、と小さく呼び止めた。
「アタシ、少しだけど料理の心得があるの。お手伝いさせていただいても?」
「まあ~~嬉しい~~。助かるわ~~。是非お願いするわね~~」
「俺も!俺もやりたい!」
大きく腕を伸ばして主張すれば、隣から「俺さんもォ」と間延びした声。
ジンコは俺たちの顔を順に見回し、両手を合わせてにっこり微笑んだ。
「それじゃあ、皆で作りましょう~~」
☆
シェフ・ジンコ曰く、今夜のメニューは特売のキノコパックをたっぷり使ったいろいろキノコカレー。ご飯は昼のうちに研いでタイマーをセットしておいてくれたんだって。カレーと聞くなりウヅとふたりで歓声を上げた……のはさておき。
うちではカレーの日は「自分の好きなきのみを3種類入れていい」っていうルールがある。みんな好き勝手にぽんぽん入れるから味がめちゃくちゃになるんじゃないかって思うけど、我が家の料理長はいつもおいしく仕上げてくれるからマジで尊敬だ。
種類ごとに瓶に詰められ、棚に並ぶ色とりどりのきのみたちを見てヤトちゃんが「沢山あるのね」と感嘆の息を吐く。ちなみに、ヤトちゃんの荷物は「大事なものだから目の届く所に置かせてほしい」という本人の希望で、さっきまでヤトちゃんが座っていた椅子で待機してもらうことになった。ウヅが取ってくれたチーゴの実の瓶を受け取りながら胸を張る。
「これ全部うちの畑で取れたやつなんだ。ジンコとギナが……あ、ギナってフシギバナがいるんだけど、ふたりが特に世話しててさ、どれもうまいぜ」
「まあ。いただくのが楽しみだわ」
弾んだ声でそう言いながらウイの実の瓶を手に取った。続いて視線を巡らせ、ブリーの実に手を伸ばす。渋い味が好きなのか?と尋ねれば微笑みと一緒に頷きが返ってきた。ふうん、覚えとこ。
ひょいひょいと迷いなくザロク、フィラ、オボンの実を取りながらウヅが首だけ振り返る。
「ダーリン、あとはァ?」
「んー、セシナと……ラム!」
「はいよォ」
つやつやの緑色がぎっしり詰まった瓶を2つそっと受け取り、チーゴの実も一緒に抱えてキッチンへ。後ろで「ヤトちゃんはあと1つどうする?届かねェやつ取るぜェ」「ありがとう。それじゃあ、マゴの実をお願い」「ほい。マゴの実いいよなァ、俺さんも好き」「あら、気が合うわね。アタシもザロクの実好きよ」「おっ、気が合うねェ」という会話と笑い声が聞こえてきて、思わず口元が緩んだ。
「ジンコ、俺これにする」
選んだきのみをテーブルに並べ、キッチンで鍋やらまな板やらを準備してくれていたジンコに声をかける。カウンターの向こうから顔を出したジンコはにっこり笑って頷いた。
「は~~い。ふふふ、ルヒカちゃんたらご機嫌ね~~」
「な、何がだよ。別にフツーだし」
口を尖らせて反論してみるも楽しそうにくすくす笑うだけ。ギナもよくこういう笑い方するけど何だってんだよ。まあ、あいつと違って全然イラッとしないから、からかってるわけじゃないのはわかるけど。
そのうちウヅとヤトちゃんもこっちにやってきて、テーブルの上はカラフルなきのみで埋め尽くされた。ジンコは選ばれたきのみたち――チーゴ、ラム、セシナ、ザロク、フィラ、オボン、ウイ、ブリー、マゴ、ナナシ、イア、タポルの実――をじっくり見比べ、ざらざら水切りボウルにあけ始めた。
「うん、こんな感じかしら~~」
覗き込んだボウルの中で色とりどりのきのみたちがバランスよく混ざり合っている。目分量なのによくわかるな、って前に言ったら匂いで判断してるんだって。馬系ポケモンは優れた嗅覚を持ってるとはいえ、毎回違う組み合わせのきのみを味同士が喧嘩しない丁度いい量で見極めるのは並大抵のことじゃない。すげえな、と呟けばふんわり笑顔の上でリボンが得意げに揺れた。
ボウルの中身はチーゴとかナナシのように1口サイズのやつと、オボンやフィラといった大ぶりのやつで分けられている。それぞれざっくり水洗いして、大きい方を手分けして1口大に切っていく。俺とウヅはストン、ストン、って感じだけど、ヤトちゃんの手つきはトントントンとリズミカルだ。
「見事なモンだなァ」
感嘆の声を上げるウヅにうんうん頷く。包丁を動かす手は止めないまま紫色がゆるりと細められた。
「一緒に暮らしてた人がお料理好きでね。いろいろ教えてくれたの」
ほんの一瞬、ふっと瞳の奥が翳った。……まただ。そりゃ知り合ったばっかの俺が知ってるはずないけど、一体何がこの優しい紫色に影を落としているんだろう。
手ェ止まってんぞォ、というウヅの言葉にハッと我に返り、包丁を握り直す。いけね、今はこっちに集中しなきゃ。
どのきのみが好きとか、どんな食べ方がうまいとか、他愛のない話に花を咲かせながら刻んでいくうちにまな板の上にカラフルな山ができあがった。それをボウルに移し、ジンコが洗ってくれた野菜の山とピーラーを受け取る。
ヤトちゃんには引き続き包丁係をお願いして、既に芽を取ってあるじゃがいもからせっせと皮を剥いていく。じゃがいもが終わったら人参も丸裸にして、ピーラーを包丁に持ち替えた。
隣でウヅがヒーヒー言いながら玉ねぎと格闘しているのを見兼ねてティッシュを渡そうとすれば、俺と全く同じタイミングでヤトちゃんもハンカチを差し出していた。3人で顔を見合わせ、同時に吹き出す。ウヅは迷った末に両方受け取って、ティッシュで鼻をかみ、ハンカチを目に押し当てた。
「サンキューふたりとも。これ、洗って返すなァ」
「いいのよ、気にしないで」
「気にするってェ。〝男のハンカチは女性に差し上げるものだが、女性に借りたハンカチは必ずお返しするんだよ〟ってギナさんも言ってたし」
「だからあいつの言うこといちいち真に受けなくていいってば」
そんなこんなで全部切り終えたらジンコの所へ持って行って、肉、玉ねぎ、野菜とキノコの順で炒めたらきのみを加えて水を注ぐ。ローリエを数枚鍋に落とし、あとはひたすら中火でコトコト。
煮込んでいる間にサラダを作ったり洗い物をしたり。ちなみに、大量に発生した皮や芯はウヅが綺麗に平らげた。
具材がやわらかくなったら火を止め、ローリエと交代で割ったルーを放り込む。ルーが溶けたら再び火を付けて今度は弱火でコトコト。鍋から漂い始めた腹の減る匂いにじゅわりと涎が溢れる。
待ちきれないのか、ソワソワしながらキッチンとリビングを行ったり来たりしているウヅがおもむろに口を開いた。
「そういやテレビで見たんだけどよォ、ガラルだとカレー作る時に〝まごころこめる〟ってのやるんだってェ。やろうぜ!」
「やだ」
俺も見たことあるけど、手でハート作って鍋に「おいしくなーれ」とか唱えるやつだろ。こっぱずかしくてやってられるか!
そんな俺の反論も空しく、ジンコも鍋をかき混ぜながら楽しそうに微笑む。
「確か、それやるともっとおいしくなるのよね~~?素敵~~。やってみましょうか~~」
食べ物の話にジンコが乗らないわけがなかった。このままだと確実にやらされる。唯一ピンとこない顔をしているヤトちゃんをこっち側に引き入れようとかくかくしかじか説明すれば、ピンクの唇が悪戯っぽく持ち上がった。
「楽しそうね。一緒にやらない?」
うぐ、と喉が詰まる。そう来るか。完全に面白がってる顔と声だけど、ヤトちゃんにこう言われたら断れない。ヤトちゃんの後ろでニヤニヤしているウヅを睨んでから渋々小さく頷いた。
手でハートを作り、鍋を取り囲む。俺以外みんなノリノリなの何なんだよ!純粋においしくしたいだけのジンコはいいとして、どくタイプコンビの愉快そうな視線がさらに羞恥心を煽る。
せェの、というウヅの掛け声にヤケクソで叫んだ。
「「「「おいしくなーれ!」」」」
言い終わるや否やダッシュでキッチンから逃げ出した。本場のガラルだと鍋がボンッ!と鳴るまでやるらしいけどそんなの知るか!
背後でゲラゲラころころ笑う声がする。ヤトちゃん、もしかしてウヅやギナと同じタイプか?楽しそうなのは何よりだけど、なんか……違うだろ、なんか!!
☆
そのまま自室のベッドにダイブして不貞腐れてたけど、5分もしないうちにノックと一緒に「ごはん、できたわよ」と呼びかけられ、大人しくドアを開けた。見上げた先でヤトちゃんが眉を八の字にする。
「さっきはごめんなさいね。アナタがあんまり可愛いから、つい楽しくなっちゃって」
「別にいいけど。2対1はズルだろ」
口を尖らせてむくれてみせれば、ヤトちゃんは「そうね、ズルだわ」とくすくす笑う。
「カレー、味見させてもらったけど、とってもおいしかったわ。まごころのお陰かしら」
「えー、ジンコのメシはいつもうまいよ。あんなんでそんな劇的に変わらねえと思うけどなあ」
喋りながらリビングへ向かう途中、ちょうど父ちゃんが階段を上ってきた。「おかえり」と声をかければ「ただいま」と一緒にくしゃりと頭を撫でられる。ヤトちゃんに向けられた青が怪訝そうに瞬いた。
「この子は?」
「ともだちのヤトちゃん。雨ひどいから泊まってもらうことになったんだ」
「ふうん。俺はホウヤ。こいつの父親だ。何もねえけどゆっくりしてけ」
言い方はそっけないけど声と眼差しは穏やかだ。ヤトちゃんも「ありがとうございます。お世話になります」と微笑みながら頭を下げる。……あれ、そういえば。
「ギナたちは?」
「ゴーシュとふたりで畑の補強してくれたんだがずぶ濡れで戻ってきてよ。ミバがねっぷうで乾かしてる」
サイコキネシスで木々を支えて、パワーウィップで補強・固定してくれたらしい。ふたりとも冷えただろうから今日カレーなの大正解じゃん。
リビングのドアを開ければふわっと食欲をそそる匂いがお出迎え。テーブルの上には既に人数分のカレーとサラダが用意されていた。皿を覗き込むと、つやつやした白米の山にごろっと具材が浮かんだルーの海。ヤトちゃん、それからいつの間にか隣にやってきたウヅと揃って唾を飲んだ。
「3人とも、手伝ってくれてありがとう~~。とっても助かったわ~~」
後ろから3人まとめてむぎゅっと抱きしめられる。びっくりしたのも束の間、背中や両脇から伝わる温もりがじんわり内側にも広がっていく。青と紫と視線を交わし合い、小さく笑みを零した。
スプーンとフォークと飲み物も用意して、あとはいただきますをするだけ。というタイミングでリビングのドアが開いた。バラバラの「おかえり」にこれまたバラバラの「ただいま」が返ってくる。一番最後に顔を見せたギナはヤトちゃんを見つけるなり光の速さで飛んできて、恭しく一礼した。
「こんばんは、麗しきレディ。俺はギナ。アメジストの瞳を持つ君の名を、どうか聞かせてもらえないだろうか」
「え、ええと……ヤト、といいます」
「ヤト嬢か。素敵な響きだね。可憐な君によく似合っている」
蕩けるような甘い微笑を浮かべた唇から歯の浮く台詞がすらすら流れ出る。ほんとこいつ、息するように口説くよな。放っておくと永遠にやるからさっさと割って入る。
「おい、俺のともだちに変なこと言うなよ」
「ルヒカの言う通りだ。客人に失礼だぞ」
「心外だな。俺としては、女性に賛辞を送らない方が礼儀を欠くと思うのだが」
俺が抗議しようとミバがたしなめようと涼しい顔は崩れない。まさに暖簾に腕押し、糠に釘。どうしようもなさ過ぎる。既に席に着いたゴーシュと父ちゃんがスルーを決め込んでるのも然もありなんだ。
「ごめんなァ、びっくりしたろォ。あのヒト、女のコには誰にでもああなんだ。さっきのも挨拶だから流していいぜェ」
「確かに驚いたけど嫌じゃなかったわ。面白い方ね、ギナさん」
ウヅの言葉にふふっと笑うヤトちゃん。肝据わってんな……。嫌じゃないならよかったけど、ギナはもっと反省しろ。
改めて事情を説明したら、みんなヤトちゃんが泊まることを快諾してくれてほっと胸を撫で下ろす。誰も駄目なんて言わないってわかってたけど、実際に了承の言葉を聞くと安心感が違う。
自己紹介が済んだらみんなで食卓を囲んで、いざ!いただきます!
ほかほかご飯と一緒にルーとキノコを掬い上げてぱくっと頬張れば、ピリ辛のルーにたっぷり溶け込んだいろんな旨味とご飯が口の中で混ざり合う。うっっま!キノコのシャキシャキ食感も楽しくてどんどん次が欲しくなる。
ふと右隣のヤトちゃんと目が合い、「うまいな」「ええ、本当に」と笑みを交わす。ちらりと左を見れば、いつもはうるさいウヅが無言でひたすらがっついている。これ食べ終わってから大騒ぎするパターンのやつだな。
ふたくちみくち、と食べ進めていくほどに、いつもよりちょっとだけ、うまい、ような。……いやいや、まさか。ジンコのメシはいつもうまいし。今日はヤトちゃんも一緒だからはしゃいでるだけだろ。
誰よりも山盛りだったのにいつの間にか3分の1を腹に収めたジンコがそういえば、と口を開く。
「ギナちゃん、ゴーシュちゃん、畑のことありがとうね~~。大丈夫だった~~?」
「なに、礼には及ばないさ」
「早めに対処したからどれも無事だったよ」
「そう~~。よかった~~」
「俺のつるは頑丈だ。君が丹精込めて育ててきた彼らを必ず守り通してみせるとも」
「ふふふ、頼りにしてるわ~~」
ギナのキメ顔ににっこり笑顔を返すジンコ。ジンコも大概慣れてるなあ。毎日毎日キザな甘ったるい台詞言われまくっても全然動じないし。長年一緒にいればそりゃそうか。
みんなとわいわい談笑しながら何気なく続きを頬張って、思わず目を見開く。さっき食べた時より確実にうまい。まごころパワー、恐るべし。
「大丈夫よ~~。わたしも、この子たちも、あなたと過ごせて嬉しいの~~。ここに怖いものは何もないから、どうか安心して過ごしてね」
「……はい。お世話になります」
ヤトちゃんの表情がやわらかくなったのを見て、ジンコもふんわり笑みを浮かべた。よかった、肩の力抜いてくれたみたいだ。さすがジンコ。俺もウヅと目配せしてにんまり。
「ふふふ、ようこそ我が家へ~~。わたしはジンコ~~。あなたは~~?」
「ヤトといいます。よろしくお願いします、ジンコさん」
「こちらこそ~~」
立ち上がったジンコのブレイズヘアがご機嫌に揺れる。心なしか頭のリボンもぴこぴこ動いてるような。
「ところで~~、苦手なものとかアレルギーとかあるかしら~~?」
「いいえ、特には」
「よかった~~。今から晩ごはん作るから、ちょっと待っててね~~」
キッチンへ向かおうとしたジンコをヤトちゃんがあの、と小さく呼び止めた。
「アタシ、少しだけど料理の心得があるの。お手伝いさせていただいても?」
「まあ~~嬉しい~~。助かるわ~~。是非お願いするわね~~」
「俺も!俺もやりたい!」
大きく腕を伸ばして主張すれば、隣から「俺さんもォ」と間延びした声。
ジンコは俺たちの顔を順に見回し、両手を合わせてにっこり微笑んだ。
「それじゃあ、皆で作りましょう~~」
☆
シェフ・ジンコ曰く、今夜のメニューは特売のキノコパックをたっぷり使ったいろいろキノコカレー。ご飯は昼のうちに研いでタイマーをセットしておいてくれたんだって。カレーと聞くなりウヅとふたりで歓声を上げた……のはさておき。
うちではカレーの日は「自分の好きなきのみを3種類入れていい」っていうルールがある。みんな好き勝手にぽんぽん入れるから味がめちゃくちゃになるんじゃないかって思うけど、我が家の料理長はいつもおいしく仕上げてくれるからマジで尊敬だ。
種類ごとに瓶に詰められ、棚に並ぶ色とりどりのきのみたちを見てヤトちゃんが「沢山あるのね」と感嘆の息を吐く。ちなみに、ヤトちゃんの荷物は「大事なものだから目の届く所に置かせてほしい」という本人の希望で、さっきまでヤトちゃんが座っていた椅子で待機してもらうことになった。ウヅが取ってくれたチーゴの実の瓶を受け取りながら胸を張る。
「これ全部うちの畑で取れたやつなんだ。ジンコとギナが……あ、ギナってフシギバナがいるんだけど、ふたりが特に世話しててさ、どれもうまいぜ」
「まあ。いただくのが楽しみだわ」
弾んだ声でそう言いながらウイの実の瓶を手に取った。続いて視線を巡らせ、ブリーの実に手を伸ばす。渋い味が好きなのか?と尋ねれば微笑みと一緒に頷きが返ってきた。ふうん、覚えとこ。
ひょいひょいと迷いなくザロク、フィラ、オボンの実を取りながらウヅが首だけ振り返る。
「ダーリン、あとはァ?」
「んー、セシナと……ラム!」
「はいよォ」
つやつやの緑色がぎっしり詰まった瓶を2つそっと受け取り、チーゴの実も一緒に抱えてキッチンへ。後ろで「ヤトちゃんはあと1つどうする?届かねェやつ取るぜェ」「ありがとう。それじゃあ、マゴの実をお願い」「ほい。マゴの実いいよなァ、俺さんも好き」「あら、気が合うわね。アタシもザロクの実好きよ」「おっ、気が合うねェ」という会話と笑い声が聞こえてきて、思わず口元が緩んだ。
「ジンコ、俺これにする」
選んだきのみをテーブルに並べ、キッチンで鍋やらまな板やらを準備してくれていたジンコに声をかける。カウンターの向こうから顔を出したジンコはにっこり笑って頷いた。
「は~~い。ふふふ、ルヒカちゃんたらご機嫌ね~~」
「な、何がだよ。別にフツーだし」
口を尖らせて反論してみるも楽しそうにくすくす笑うだけ。ギナもよくこういう笑い方するけど何だってんだよ。まあ、あいつと違って全然イラッとしないから、からかってるわけじゃないのはわかるけど。
そのうちウヅとヤトちゃんもこっちにやってきて、テーブルの上はカラフルなきのみで埋め尽くされた。ジンコは選ばれたきのみたち――チーゴ、ラム、セシナ、ザロク、フィラ、オボン、ウイ、ブリー、マゴ、ナナシ、イア、タポルの実――をじっくり見比べ、ざらざら水切りボウルにあけ始めた。
「うん、こんな感じかしら~~」
覗き込んだボウルの中で色とりどりのきのみたちがバランスよく混ざり合っている。目分量なのによくわかるな、って前に言ったら匂いで判断してるんだって。馬系ポケモンは優れた嗅覚を持ってるとはいえ、毎回違う組み合わせのきのみを味同士が喧嘩しない丁度いい量で見極めるのは並大抵のことじゃない。すげえな、と呟けばふんわり笑顔の上でリボンが得意げに揺れた。
ボウルの中身はチーゴとかナナシのように1口サイズのやつと、オボンやフィラといった大ぶりのやつで分けられている。それぞれざっくり水洗いして、大きい方を手分けして1口大に切っていく。俺とウヅはストン、ストン、って感じだけど、ヤトちゃんの手つきはトントントンとリズミカルだ。
「見事なモンだなァ」
感嘆の声を上げるウヅにうんうん頷く。包丁を動かす手は止めないまま紫色がゆるりと細められた。
「一緒に暮らしてた人がお料理好きでね。いろいろ教えてくれたの」
ほんの一瞬、ふっと瞳の奥が翳った。……まただ。そりゃ知り合ったばっかの俺が知ってるはずないけど、一体何がこの優しい紫色に影を落としているんだろう。
手ェ止まってんぞォ、というウヅの言葉にハッと我に返り、包丁を握り直す。いけね、今はこっちに集中しなきゃ。
どのきのみが好きとか、どんな食べ方がうまいとか、他愛のない話に花を咲かせながら刻んでいくうちにまな板の上にカラフルな山ができあがった。それをボウルに移し、ジンコが洗ってくれた野菜の山とピーラーを受け取る。
ヤトちゃんには引き続き包丁係をお願いして、既に芽を取ってあるじゃがいもからせっせと皮を剥いていく。じゃがいもが終わったら人参も丸裸にして、ピーラーを包丁に持ち替えた。
隣でウヅがヒーヒー言いながら玉ねぎと格闘しているのを見兼ねてティッシュを渡そうとすれば、俺と全く同じタイミングでヤトちゃんもハンカチを差し出していた。3人で顔を見合わせ、同時に吹き出す。ウヅは迷った末に両方受け取って、ティッシュで鼻をかみ、ハンカチを目に押し当てた。
「サンキューふたりとも。これ、洗って返すなァ」
「いいのよ、気にしないで」
「気にするってェ。〝男のハンカチは女性に差し上げるものだが、女性に借りたハンカチは必ずお返しするんだよ〟ってギナさんも言ってたし」
「だからあいつの言うこといちいち真に受けなくていいってば」
そんなこんなで全部切り終えたらジンコの所へ持って行って、肉、玉ねぎ、野菜とキノコの順で炒めたらきのみを加えて水を注ぐ。ローリエを数枚鍋に落とし、あとはひたすら中火でコトコト。
煮込んでいる間にサラダを作ったり洗い物をしたり。ちなみに、大量に発生した皮や芯はウヅが綺麗に平らげた。
具材がやわらかくなったら火を止め、ローリエと交代で割ったルーを放り込む。ルーが溶けたら再び火を付けて今度は弱火でコトコト。鍋から漂い始めた腹の減る匂いにじゅわりと涎が溢れる。
待ちきれないのか、ソワソワしながらキッチンとリビングを行ったり来たりしているウヅがおもむろに口を開いた。
「そういやテレビで見たんだけどよォ、ガラルだとカレー作る時に〝まごころこめる〟ってのやるんだってェ。やろうぜ!」
「やだ」
俺も見たことあるけど、手でハート作って鍋に「おいしくなーれ」とか唱えるやつだろ。こっぱずかしくてやってられるか!
そんな俺の反論も空しく、ジンコも鍋をかき混ぜながら楽しそうに微笑む。
「確か、それやるともっとおいしくなるのよね~~?素敵~~。やってみましょうか~~」
食べ物の話にジンコが乗らないわけがなかった。このままだと確実にやらされる。唯一ピンとこない顔をしているヤトちゃんをこっち側に引き入れようとかくかくしかじか説明すれば、ピンクの唇が悪戯っぽく持ち上がった。
「楽しそうね。一緒にやらない?」
うぐ、と喉が詰まる。そう来るか。完全に面白がってる顔と声だけど、ヤトちゃんにこう言われたら断れない。ヤトちゃんの後ろでニヤニヤしているウヅを睨んでから渋々小さく頷いた。
手でハートを作り、鍋を取り囲む。俺以外みんなノリノリなの何なんだよ!純粋においしくしたいだけのジンコはいいとして、どくタイプコンビの愉快そうな視線がさらに羞恥心を煽る。
せェの、というウヅの掛け声にヤケクソで叫んだ。
「「「「おいしくなーれ!」」」」
言い終わるや否やダッシュでキッチンから逃げ出した。本場のガラルだと鍋がボンッ!と鳴るまでやるらしいけどそんなの知るか!
背後でゲラゲラころころ笑う声がする。ヤトちゃん、もしかしてウヅやギナと同じタイプか?楽しそうなのは何よりだけど、なんか……違うだろ、なんか!!
☆
そのまま自室のベッドにダイブして不貞腐れてたけど、5分もしないうちにノックと一緒に「ごはん、できたわよ」と呼びかけられ、大人しくドアを開けた。見上げた先でヤトちゃんが眉を八の字にする。
「さっきはごめんなさいね。アナタがあんまり可愛いから、つい楽しくなっちゃって」
「別にいいけど。2対1はズルだろ」
口を尖らせてむくれてみせれば、ヤトちゃんは「そうね、ズルだわ」とくすくす笑う。
「カレー、味見させてもらったけど、とってもおいしかったわ。まごころのお陰かしら」
「えー、ジンコのメシはいつもうまいよ。あんなんでそんな劇的に変わらねえと思うけどなあ」
喋りながらリビングへ向かう途中、ちょうど父ちゃんが階段を上ってきた。「おかえり」と声をかければ「ただいま」と一緒にくしゃりと頭を撫でられる。ヤトちゃんに向けられた青が怪訝そうに瞬いた。
「この子は?」
「ともだちのヤトちゃん。雨ひどいから泊まってもらうことになったんだ」
「ふうん。俺はホウヤ。こいつの父親だ。何もねえけどゆっくりしてけ」
言い方はそっけないけど声と眼差しは穏やかだ。ヤトちゃんも「ありがとうございます。お世話になります」と微笑みながら頭を下げる。……あれ、そういえば。
「ギナたちは?」
「ゴーシュとふたりで畑の補強してくれたんだがずぶ濡れで戻ってきてよ。ミバがねっぷうで乾かしてる」
サイコキネシスで木々を支えて、パワーウィップで補強・固定してくれたらしい。ふたりとも冷えただろうから今日カレーなの大正解じゃん。
リビングのドアを開ければふわっと食欲をそそる匂いがお出迎え。テーブルの上には既に人数分のカレーとサラダが用意されていた。皿を覗き込むと、つやつやした白米の山にごろっと具材が浮かんだルーの海。ヤトちゃん、それからいつの間にか隣にやってきたウヅと揃って唾を飲んだ。
「3人とも、手伝ってくれてありがとう~~。とっても助かったわ~~」
後ろから3人まとめてむぎゅっと抱きしめられる。びっくりしたのも束の間、背中や両脇から伝わる温もりがじんわり内側にも広がっていく。青と紫と視線を交わし合い、小さく笑みを零した。
スプーンとフォークと飲み物も用意して、あとはいただきますをするだけ。というタイミングでリビングのドアが開いた。バラバラの「おかえり」にこれまたバラバラの「ただいま」が返ってくる。一番最後に顔を見せたギナはヤトちゃんを見つけるなり光の速さで飛んできて、恭しく一礼した。
「こんばんは、麗しきレディ。俺はギナ。アメジストの瞳を持つ君の名を、どうか聞かせてもらえないだろうか」
「え、ええと……ヤト、といいます」
「ヤト嬢か。素敵な響きだね。可憐な君によく似合っている」
蕩けるような甘い微笑を浮かべた唇から歯の浮く台詞がすらすら流れ出る。ほんとこいつ、息するように口説くよな。放っておくと永遠にやるからさっさと割って入る。
「おい、俺のともだちに変なこと言うなよ」
「ルヒカの言う通りだ。客人に失礼だぞ」
「心外だな。俺としては、女性に賛辞を送らない方が礼儀を欠くと思うのだが」
俺が抗議しようとミバがたしなめようと涼しい顔は崩れない。まさに暖簾に腕押し、糠に釘。どうしようもなさ過ぎる。既に席に着いたゴーシュと父ちゃんがスルーを決め込んでるのも然もありなんだ。
「ごめんなァ、びっくりしたろォ。あのヒト、女のコには誰にでもああなんだ。さっきのも挨拶だから流していいぜェ」
「確かに驚いたけど嫌じゃなかったわ。面白い方ね、ギナさん」
ウヅの言葉にふふっと笑うヤトちゃん。肝据わってんな……。嫌じゃないならよかったけど、ギナはもっと反省しろ。
改めて事情を説明したら、みんなヤトちゃんが泊まることを快諾してくれてほっと胸を撫で下ろす。誰も駄目なんて言わないってわかってたけど、実際に了承の言葉を聞くと安心感が違う。
自己紹介が済んだらみんなで食卓を囲んで、いざ!いただきます!
ほかほかご飯と一緒にルーとキノコを掬い上げてぱくっと頬張れば、ピリ辛のルーにたっぷり溶け込んだいろんな旨味とご飯が口の中で混ざり合う。うっっま!キノコのシャキシャキ食感も楽しくてどんどん次が欲しくなる。
ふと右隣のヤトちゃんと目が合い、「うまいな」「ええ、本当に」と笑みを交わす。ちらりと左を見れば、いつもはうるさいウヅが無言でひたすらがっついている。これ食べ終わってから大騒ぎするパターンのやつだな。
ふたくちみくち、と食べ進めていくほどに、いつもよりちょっとだけ、うまい、ような。……いやいや、まさか。ジンコのメシはいつもうまいし。今日はヤトちゃんも一緒だからはしゃいでるだけだろ。
誰よりも山盛りだったのにいつの間にか3分の1を腹に収めたジンコがそういえば、と口を開く。
「ギナちゃん、ゴーシュちゃん、畑のことありがとうね~~。大丈夫だった~~?」
「なに、礼には及ばないさ」
「早めに対処したからどれも無事だったよ」
「そう~~。よかった~~」
「俺のつるは頑丈だ。君が丹精込めて育ててきた彼らを必ず守り通してみせるとも」
「ふふふ、頼りにしてるわ~~」
ギナのキメ顔ににっこり笑顔を返すジンコ。ジンコも大概慣れてるなあ。毎日毎日キザな甘ったるい台詞言われまくっても全然動じないし。長年一緒にいればそりゃそうか。
みんなとわいわい談笑しながら何気なく続きを頬張って、思わず目を見開く。さっき食べた時より確実にうまい。まごころパワー、恐るべし。