ムラサキソウの雨宿り/aga.10
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ばしゃばしゃ雫を跳ね散らしながら石畳を駆け抜ける。3人一緒に我が家の玄関に飛び込み、深く息を吐いた。うー、結構濡れたな。
うろうろ視線をさまよわせている女の子を手招きし、階段を上っていく。3階まで上がったら洗面所に寄ってタオルを3枚調達する。
「はい、これ使って」
「ありがとう。お借りするわね」
女の子は微笑みながら受けとると、自分より先に抱えていた紫の包みを丁寧に拭い始めた。よっぽど大事なものなんだな。
買ってきたものを冷蔵庫に詰め込んでいるウヅにタオルを投げ渡し、残りの1枚を頭に被る。一頻りわしゃわしゃやってリュックの雫も拭いてから中身を確認すれば、どれも無事でほっと一安心。
「あ、そういや自己紹介してなかったな。俺はルヒカ。んであっちのうるせえのがウヅ」
「今の嘘だぜ、信じんなよォ!よろしく!」
キッチンから飛んできたウヅのデカい声にくすくす笑い、女の子は胸に手を当てた。
「ヤトウモリのヤトよ。ヤトちゃんって呼んでくれると嬉しいわ」
「わかった。よろしく……って、ヤトウモリ!?あんたポケモンなのか!?」
「そうよ」
言われてみればカラーリングに思い当たる節がある。目の色はもちろん、褐色肌は黒い体、赤メッシュは尻尾の模様が反映されてるのか。擬人化って奥が深えなあ。
「アタシ、ほのおタイプだから雨が苦手なの。そういう意味でも、アナタが雨宿りに誘ってくれてとっても嬉しかった」
「……お、おう」
向けられた笑顔も言葉もなんだか無性にくすぐったくて目を逸らす。その先でそれはそれは楽しそうにニヤニヤしているウヅを見つけ、思いっきりタオルを投げつけた。その顔やめろ!ムカつく!
なおもニヤついてやがるから脇腹を集中攻撃すればすぐ白旗を上げた。今日はひと来てるし、これくらいで勘弁してやる。
「あんたも、ウヅにムカついたら脇つついてやれ。こいつ脇弱いから」
「ふふふ、そうさせてもらうわ。……それにしてもアナタたち、本当に仲が良いのね」
視線を落とし、ぎゅうっと紫の包みを抱きしめた。一瞬見えた泣き出しそうな顔がぱっと微笑みに変わる。
「道案内の続き、してもらってもいいかしら?」
そうだった。ヤトちゃんを招いたの、雨宿りだけじゃなかったな。せっかくだしなんか飲みながら話すか。
「なあ、甘いの平気?」
「ええ。好きよ」
「俺さんサイコソーダ!」
「はいはい」
***
ちょっと待ってて、と言い残し、キッチンへ消えていくルヒカ。そこにヤトちゃんがついていこうとするから「ヘーキヘーキ」と声をかけた。
「でも、アタシ、よくしてもらってばかりで……申し訳ないわ」
「気にしなさんなァ。あいつ最近何でもひとりでやりたがるからよォ、手伝いに行ったらむしろ怒られちまうぜェ?」
ほら、座ってよォや。先に腰を下ろして椅子を勧めれば、俺さんの斜め向かいに遠慮がちに腰掛ける。紫の包みは膝に乗せたままだ。
「ねえ」
「ん?」
「アナタ、あの子のポケモンなの?」
「おう。パートナーってやつ」
改めて言葉にすると口と背中がこそばゆい。正式にパートナーになったのはあいつがトレーナーになってからだけど、あの日――あいつのポケモンになった瞬間から、俺はルヒカのパートナーだ。
つーか、あれから3年かァ。じっちゃんが死んで、ルヒカのポケモンになって、名前を貰って。はじめはくすぐったくてしょうがなかったこの名前もすっかり馴染んだ。……じっちゃんは、どんな顔で、どんな声で、「ウヅ」って呼んでくれたかな。
ヤトちゃんは「……そう」と呟き、膝の上の包みを抱きしめた。褐色の細い肩が微かに震えている。
言葉に迷っているうちに紫色の瞳がこちらを映す。穏やかさの奥に虚ろな翳りを見つけ、ぐっと喉が詰まった。
「余計なお世話だけれど。……あの子のこと、大事にしてあげて」
「……ああ」
強く強く頷けば、ヤトちゃんの口元が少しだけ和らいだ。
☆
マグカップ2つとグラスを1つ食器棚から引っ張り出し、マグの方にモーモーミルクを注いで電子レンジに放り込む。その間にチョコレートクリームを探して……あ、そういやヤトちゃん、アーカラ島から来たんだよな。これ入れたら喜ぶかも。
チン!とレンジが大きく叫んだら、ほかほか湯気を立てるマグカップにたっぷりのチョコレートクリームとうすもものミツをひと匙加え、よくかき混ぜる。最後にグラスへ氷とサイコソーダを入れて、零さないようそっとお盆を運んでいく。
「お待たせ!」
エネココアをヤトちゃん、サイコソーダをウヅの前に置いて、その隣に座った。ウヅは氷ごと口に流し込み、楽しそうにガリガリやり始めた。俺もエネココアをふうふうしてゴクリ。うん、うまい。
俺たちが飲み始めるとヤトちゃんも「いただきます」と手を合わせてマグカップを持ち上げる。ひと口飲んで――突然ほろりと雫が頬を滑り落ち、ぎょっと目を見開いた。
「ど、どうした!?ココアまずかった!?」
「ち……ちが、うの……」
必死に目元を拭うけど拭ったそばから溢れてはらはら流れていく。そのうち手で顔を覆い、大きく肩を震わせた。押し殺すような啜り泣きが鼓膜と心臓を鋭く突き刺す。何か言葉をかけたくて口を開きかけたら、ぐっと肩を掴まれた。視線の先で無言のウヅが首を振る。……そっとしておいてやれ、ってことか。
静かにエネココアを啜る。うすもものミツ、入れない方がよかったかな。
おばあさま。
不意に掠れた言葉が雫と一緒に手のひらの間から零れ落ちた。その瞬間、ある光景が脳裏に浮かぶ。たったひとり、誰もいない暗い場所で膝を抱えて泣いてる奴がいる。
……ああ、そっか。隣にいるウヅの横顔をちらりと見上げる。3年前のこいつと似てるんだ。
窓を叩く雨音がやけに大きく響く。やがて少しずつ嗚咽が小さくなっていき、ヤトちゃんがゆっくり顔を上げた。目元をうっすら赤くしたままやわらかく微笑む。
「突然泣いたりしてごめんなさい。このエネココア、うすもものミツが入ってるのかしら」
「う、うん。アーカラから来たっていうから、馴染み深いかなと思って……」
「そうだったのね。アタシにいつもエネココアを作ってくれた人も入れてたから、とってもおいしくて懐かしくて、感激しちゃった」
恥ずかしいところ見せたわね、と眉を八の字にするヤトちゃんに大きく首を振る。ウヅもへらりと歯を見せた。
「なァに、俺さんもルヒカも、何も見ちゃいねェさ」
「……ありがとう。優しいわね、アナタたち」
どこか寂しそうな笑顔があの頃のウヅと重なる。今日会ったばっかりだし、このひとの事情とか抱えてるものとかも全然知らないけど……笑ってほしい、なんて変かな。
まあとにかく、道案内してやらなきゃ。すっかり冷めたエネココアを飲み干してリュックからタウンマップを引っ張り出す。再度マリエシティ周辺の地図を表示し、付属のペンでコークム医院とウラウラ乗船所、ホクラニ岳ふもとを赤丸で囲んでみせた。
「どこまで話したか忘れたから最初から話すな。今いるのがコークム医院ってとこで、ここからウラウラ乗船所まで歩いて10分くらい。そこから10番道路行きのバスに乗って20分、ホクラニ岳ふもとでナッシーバスに乗り換えて、だいたい1時間で到着って感じ。帰りも同じルートで行けるぜ」
説明しながらルートを赤い線でなぞっていく。この画像をそのまま送れたらいいんだけど、ヤトちゃんはライブキャスターとかポケギアとか持ってないっていうから、ウヅとふたりでルーズリーフに地図を描くことにした。俺もウヅもあんまり絵が得意じゃないけど今回は結構上手く描けた気がする!
完成した簡易地図を手渡した時、廊下に繋がるドアから「ただいま~~」とジンコが現れた。ヤトちゃんを見て一瞬目を丸くし、ゆるりとまなじりを下げる。
「あら~~お友達~~?いらっしゃ~~い」
「こんにちは。お邪魔しています」
「おかえり。さっきそこで知り合ったんだ。急に雨降ってきたから、雨宿りしてかないかって」
「そうなのね~~。まだまだ止みそうにないから、ゆっくりしていって~~」
ブレイズヘアを揺らしてにっこり微笑むジンコ。窓の向こうに目をやれば、外は相変わらず大荒れ模様。……つーか、さっきより激しくなってる?
「なァ、こんだけ雨ヤバかったらバス運休なんじゃねェの?」
あっ。急いでタブレットを操作してナッシーバスのホームページに飛んでみれば、ウヅの言葉通り「大雨により、本日の運行は休止させていただきます」という文章が真っ先に現れた。ヤトちゃんにもその画面を見せると紫の瞳が不安げに揺れた。ぎゅっと拳を握り、まっすぐに見つめる。
「あ、あのさ。今日、よかったら泊ってけよ」
「……いいえ、いいえ。見ず知らずのアナタたちにそこまでお世話になるわけにはいかないわ」
はっと目を見開いて、何度も首を横に振るヤトちゃん。包みを抱きしめる腕が小さく震えていることに気付いてしまい、思わず身を乗り出してその腕を掴んだ。
「確かに俺たちさっき会ったばっかだけど、でももう全くの他人ってわけでもないだろ。だから……えっと、その……」
これ以上言葉が出てこなくてうろうろ視線をさまわよわせる。なんとか捻りだそうとフル回転する頭にわしっと大きな手が乗せられた。
「〝見ず知らずの他人 んちに世話になる〟じゃなくて〝ダチんとこでお泊り会〟だったらアリじゃねェ?」
見上げた先で、悪戯っぽく歯を見せてウヅが笑う。ああ、そういやこいつ、俺のこともあっさり「ダチ」って呼んでくれたんだよな。
「いいかなァ、ジンコさん」
「もちろん~~。大歓迎よ~~」
「やっりィ!ほら、ジンコさんもこう言ってるし。どうだい?」
さっきとは違う穏やかな顔で小さな青が三日月を描く。それを映した紫色の中でいろんなものが渦巻いている。俺が見つけられたのは不安と戸惑い。それから。
躊躇いがちに開かれたピンクの唇がそっと震える。
「……いいの?」
3人一緒に首を大きく縦に振れば、ヤトちゃんの顔がくしゃりと歪む。
ありがとう。褐色に抱かれた紫の上に、ぽつり、雨が降った。
うろうろ視線をさまよわせている女の子を手招きし、階段を上っていく。3階まで上がったら洗面所に寄ってタオルを3枚調達する。
「はい、これ使って」
「ありがとう。お借りするわね」
女の子は微笑みながら受けとると、自分より先に抱えていた紫の包みを丁寧に拭い始めた。よっぽど大事なものなんだな。
買ってきたものを冷蔵庫に詰め込んでいるウヅにタオルを投げ渡し、残りの1枚を頭に被る。一頻りわしゃわしゃやってリュックの雫も拭いてから中身を確認すれば、どれも無事でほっと一安心。
「あ、そういや自己紹介してなかったな。俺はルヒカ。んであっちのうるせえのがウヅ」
「今の嘘だぜ、信じんなよォ!よろしく!」
キッチンから飛んできたウヅのデカい声にくすくす笑い、女の子は胸に手を当てた。
「ヤトウモリのヤトよ。ヤトちゃんって呼んでくれると嬉しいわ」
「わかった。よろしく……って、ヤトウモリ!?あんたポケモンなのか!?」
「そうよ」
言われてみればカラーリングに思い当たる節がある。目の色はもちろん、褐色肌は黒い体、赤メッシュは尻尾の模様が反映されてるのか。擬人化って奥が深えなあ。
「アタシ、ほのおタイプだから雨が苦手なの。そういう意味でも、アナタが雨宿りに誘ってくれてとっても嬉しかった」
「……お、おう」
向けられた笑顔も言葉もなんだか無性にくすぐったくて目を逸らす。その先でそれはそれは楽しそうにニヤニヤしているウヅを見つけ、思いっきりタオルを投げつけた。その顔やめろ!ムカつく!
なおもニヤついてやがるから脇腹を集中攻撃すればすぐ白旗を上げた。今日はひと来てるし、これくらいで勘弁してやる。
「あんたも、ウヅにムカついたら脇つついてやれ。こいつ脇弱いから」
「ふふふ、そうさせてもらうわ。……それにしてもアナタたち、本当に仲が良いのね」
視線を落とし、ぎゅうっと紫の包みを抱きしめた。一瞬見えた泣き出しそうな顔がぱっと微笑みに変わる。
「道案内の続き、してもらってもいいかしら?」
そうだった。ヤトちゃんを招いたの、雨宿りだけじゃなかったな。せっかくだしなんか飲みながら話すか。
「なあ、甘いの平気?」
「ええ。好きよ」
「俺さんサイコソーダ!」
「はいはい」
***
ちょっと待ってて、と言い残し、キッチンへ消えていくルヒカ。そこにヤトちゃんがついていこうとするから「ヘーキヘーキ」と声をかけた。
「でも、アタシ、よくしてもらってばかりで……申し訳ないわ」
「気にしなさんなァ。あいつ最近何でもひとりでやりたがるからよォ、手伝いに行ったらむしろ怒られちまうぜェ?」
ほら、座ってよォや。先に腰を下ろして椅子を勧めれば、俺さんの斜め向かいに遠慮がちに腰掛ける。紫の包みは膝に乗せたままだ。
「ねえ」
「ん?」
「アナタ、あの子のポケモンなの?」
「おう。パートナーってやつ」
改めて言葉にすると口と背中がこそばゆい。正式にパートナーになったのはあいつがトレーナーになってからだけど、あの日――あいつのポケモンになった瞬間から、俺はルヒカのパートナーだ。
つーか、あれから3年かァ。じっちゃんが死んで、ルヒカのポケモンになって、名前を貰って。はじめはくすぐったくてしょうがなかったこの名前もすっかり馴染んだ。……じっちゃんは、どんな顔で、どんな声で、「ウヅ」って呼んでくれたかな。
ヤトちゃんは「……そう」と呟き、膝の上の包みを抱きしめた。褐色の細い肩が微かに震えている。
言葉に迷っているうちに紫色の瞳がこちらを映す。穏やかさの奥に虚ろな翳りを見つけ、ぐっと喉が詰まった。
「余計なお世話だけれど。……あの子のこと、大事にしてあげて」
「……ああ」
強く強く頷けば、ヤトちゃんの口元が少しだけ和らいだ。
☆
マグカップ2つとグラスを1つ食器棚から引っ張り出し、マグの方にモーモーミルクを注いで電子レンジに放り込む。その間にチョコレートクリームを探して……あ、そういやヤトちゃん、アーカラ島から来たんだよな。これ入れたら喜ぶかも。
チン!とレンジが大きく叫んだら、ほかほか湯気を立てるマグカップにたっぷりのチョコレートクリームとうすもものミツをひと匙加え、よくかき混ぜる。最後にグラスへ氷とサイコソーダを入れて、零さないようそっとお盆を運んでいく。
「お待たせ!」
エネココアをヤトちゃん、サイコソーダをウヅの前に置いて、その隣に座った。ウヅは氷ごと口に流し込み、楽しそうにガリガリやり始めた。俺もエネココアをふうふうしてゴクリ。うん、うまい。
俺たちが飲み始めるとヤトちゃんも「いただきます」と手を合わせてマグカップを持ち上げる。ひと口飲んで――突然ほろりと雫が頬を滑り落ち、ぎょっと目を見開いた。
「ど、どうした!?ココアまずかった!?」
「ち……ちが、うの……」
必死に目元を拭うけど拭ったそばから溢れてはらはら流れていく。そのうち手で顔を覆い、大きく肩を震わせた。押し殺すような啜り泣きが鼓膜と心臓を鋭く突き刺す。何か言葉をかけたくて口を開きかけたら、ぐっと肩を掴まれた。視線の先で無言のウヅが首を振る。……そっとしておいてやれ、ってことか。
静かにエネココアを啜る。うすもものミツ、入れない方がよかったかな。
おばあさま。
不意に掠れた言葉が雫と一緒に手のひらの間から零れ落ちた。その瞬間、ある光景が脳裏に浮かぶ。たったひとり、誰もいない暗い場所で膝を抱えて泣いてる奴がいる。
……ああ、そっか。隣にいるウヅの横顔をちらりと見上げる。3年前のこいつと似てるんだ。
窓を叩く雨音がやけに大きく響く。やがて少しずつ嗚咽が小さくなっていき、ヤトちゃんがゆっくり顔を上げた。目元をうっすら赤くしたままやわらかく微笑む。
「突然泣いたりしてごめんなさい。このエネココア、うすもものミツが入ってるのかしら」
「う、うん。アーカラから来たっていうから、馴染み深いかなと思って……」
「そうだったのね。アタシにいつもエネココアを作ってくれた人も入れてたから、とってもおいしくて懐かしくて、感激しちゃった」
恥ずかしいところ見せたわね、と眉を八の字にするヤトちゃんに大きく首を振る。ウヅもへらりと歯を見せた。
「なァに、俺さんもルヒカも、何も見ちゃいねェさ」
「……ありがとう。優しいわね、アナタたち」
どこか寂しそうな笑顔があの頃のウヅと重なる。今日会ったばっかりだし、このひとの事情とか抱えてるものとかも全然知らないけど……笑ってほしい、なんて変かな。
まあとにかく、道案内してやらなきゃ。すっかり冷めたエネココアを飲み干してリュックからタウンマップを引っ張り出す。再度マリエシティ周辺の地図を表示し、付属のペンでコークム医院とウラウラ乗船所、ホクラニ岳ふもとを赤丸で囲んでみせた。
「どこまで話したか忘れたから最初から話すな。今いるのがコークム医院ってとこで、ここからウラウラ乗船所まで歩いて10分くらい。そこから10番道路行きのバスに乗って20分、ホクラニ岳ふもとでナッシーバスに乗り換えて、だいたい1時間で到着って感じ。帰りも同じルートで行けるぜ」
説明しながらルートを赤い線でなぞっていく。この画像をそのまま送れたらいいんだけど、ヤトちゃんはライブキャスターとかポケギアとか持ってないっていうから、ウヅとふたりでルーズリーフに地図を描くことにした。俺もウヅもあんまり絵が得意じゃないけど今回は結構上手く描けた気がする!
完成した簡易地図を手渡した時、廊下に繋がるドアから「ただいま~~」とジンコが現れた。ヤトちゃんを見て一瞬目を丸くし、ゆるりとまなじりを下げる。
「あら~~お友達~~?いらっしゃ~~い」
「こんにちは。お邪魔しています」
「おかえり。さっきそこで知り合ったんだ。急に雨降ってきたから、雨宿りしてかないかって」
「そうなのね~~。まだまだ止みそうにないから、ゆっくりしていって~~」
ブレイズヘアを揺らしてにっこり微笑むジンコ。窓の向こうに目をやれば、外は相変わらず大荒れ模様。……つーか、さっきより激しくなってる?
「なァ、こんだけ雨ヤバかったらバス運休なんじゃねェの?」
あっ。急いでタブレットを操作してナッシーバスのホームページに飛んでみれば、ウヅの言葉通り「大雨により、本日の運行は休止させていただきます」という文章が真っ先に現れた。ヤトちゃんにもその画面を見せると紫の瞳が不安げに揺れた。ぎゅっと拳を握り、まっすぐに見つめる。
「あ、あのさ。今日、よかったら泊ってけよ」
「……いいえ、いいえ。見ず知らずのアナタたちにそこまでお世話になるわけにはいかないわ」
はっと目を見開いて、何度も首を横に振るヤトちゃん。包みを抱きしめる腕が小さく震えていることに気付いてしまい、思わず身を乗り出してその腕を掴んだ。
「確かに俺たちさっき会ったばっかだけど、でももう全くの他人ってわけでもないだろ。だから……えっと、その……」
これ以上言葉が出てこなくてうろうろ視線をさまわよわせる。なんとか捻りだそうとフル回転する頭にわしっと大きな手が乗せられた。
「〝見ず知らずの
見上げた先で、悪戯っぽく歯を見せてウヅが笑う。ああ、そういやこいつ、俺のこともあっさり「ダチ」って呼んでくれたんだよな。
「いいかなァ、ジンコさん」
「もちろん~~。大歓迎よ~~」
「やっりィ!ほら、ジンコさんもこう言ってるし。どうだい?」
さっきとは違う穏やかな顔で小さな青が三日月を描く。それを映した紫色の中でいろんなものが渦巻いている。俺が見つけられたのは不安と戸惑い。それから。
躊躇いがちに開かれたピンクの唇がそっと震える。
「……いいの?」
3人一緒に首を大きく縦に振れば、ヤトちゃんの顔がくしゃりと歪む。
ありがとう。褐色に抱かれた紫の上に、ぽつり、雨が降った。