ムラサキソウの雨宿り/aga.10
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まだ眠気が抜け切れてない顔を冷たい水でバシャバシャ洗う。タオルで顔を拭いてからゴムを解けば、母ちゃんと同じ色の髪がさらりと肩に落ちた。
右手にヘアブラシを持ち、手首にゴムを嵌めたら準備オーケー。鏡に映った自分とにらめっこしながらブラシをあっちこっち動かすけど全然まとまらない。そのうちミバのばくおんぱが家中響き渡って、ブラシを放り出した。あーあ、今日も時間切れだ。
ぐちゃぐちゃになった髪を整えてブラシとゴムを片付ける間、もう一度ばくおんぱが炸裂する。これ聞くと朝だなあって感じだ。ウヅは初めて聞いた時びっくりしすぎてベッドから落っこちたんだよな。今はもう慣れたみたいだけど。
洗面所から出ると、廊下の向こう側から父ちゃんがフラフラしながら歩いてきた。癖の強いオレンジ色の髪はいつも以上に跳ねまくってるし瞼もほとんど開いてない。子供の頃からああやって起こされてるのに一向に寝起きが良くならないの、逆にすげえな。俺なんかミバの声より早く目が覚めるようになったのに。
おはようを交わし合い、父ちゃんは洗面所へ、俺とミバはリビングへ。ドアを開ければジンコとギナが手分けして皿と食器を並べていて、先に俺たちに気付いたギナが「おはよう」と微笑んだ。一拍置いてジンコの「おはよう~~」が優しく耳を撫でる。
「おはよ。なんか手伝うことある?」
「いいえ~~、大丈夫よ~~。ありがとう~~」
ジンコがゆったり首を振るとブレイズヘアもゆらゆら揺れる。これ、毎日自分でやってんのかな。ギナとミバも髪長いけどジンコが一番大変そうだ。結ぶだけじゃなくて洗うのも乾かすのも。
自分の桔梗色の髪を一房つまんでみる。肩より長くなるまで3年もかかった。そこまでちゃんと手入れしてるわけじゃないけど、遺伝のお陰なのかわりとさらさらだ。
「君も随分髪が伸びたね。切ろうか、それとも結おうか?」
ギナの手がするりと俺の頭を撫でる。1回手本見せてもらった方が上手く結べるようになれそうだ。「結びたい」と頷けば「了解。食事を終えたらやってあげよう」と赤が弧を描いた。
モーモーミルクとコーヒーとロズレイティーを用意して、5人分の食事が並んだテーブルを囲む。メニューは野菜とベーコンたっぷりのスープパスタだ。いただきますと手を合わせ、フォークで巻き取ったパスタを口に入れる。コンソメスープが染み込んだキャベツとベーコンも追加で頬張って――んー、うめえ。
ゴーシュはいつものことだけどウヅがいないのは海岸当番だからだ。当番の日は朝早く家を出るから、昨日の夜は食い溜めだっていつも以上におかわりしてた。あとで今日の朝メシもうまかったぜって自慢してやろ。
そういやゴーシュの奴、いつもどこで何してるんだ?ギナに聞いてみたら「さあ」という素っ気ない返事。こいつほんと男に興味ないよな。特にゴーシュは殊更雑に扱ってる気がする。やっぱり一番付き合い長いからか?
「ゴーシュは朝は部屋にもいないな。俺が起きるより前に出かけているようだ」
「そうなのよね~~。いつの間にかふらっと戻ってきてるんだけど~~、ごはんちゃんと食べてるのかしら~~」
「呼んだ?」
ミバの言葉にジンコも頷く。ふーん、と聞いてたらいきなり背後から声がして思わずフォークを取り落とした。ミバもジンコも目をまんまるにしてるけど、ギナだけは涼しい顔でカップを傾けている。首を後ろに向ければ案の定ゴーシュがそこにいた。足首から下は床の向こう側だ。
「び、っくりした……。普通に出て来いよな。おかえり」
「えへへ、ごめんね。ただいま」
「いつ戻ったんだ?」
「今だよ。洗面所に直行したらホウヤくんが使ってたから、先にみんなにただいまを言おうと思って」
今日の寝癖すごかったねえ。くすくす笑いながら足首を引き抜き、こつりと床を踏みしめた。
種族柄、壁や床をすり抜けられるゴーシュは家の中をしょっちゅう最短ルートで移動している。今回みたいに何の前触れもなく床から出てきたりするから結構ビビるんだよな。
「今日の朝ごはん、スープパスタなんだけど~~ゴーシュちゃんもいかが~~?」
「んー……それじゃあ、スープだけいただこうかな」
ゴーシュが頷くと、ちょうど幾らかましな顔つきと頭になった父ちゃんがリビングに現れたので、入れ替わるようにドアへ向かった。……あ、右の袖にシミついてる。
「ゴーシュ、袖汚れてる」
「え?あ、ほんとだ。気付かなかった。手と一緒に洗ってくるね」
教えてくれてありがとう、と微笑んで、今度こそドアの向こうに消えていく。小さい青いシミだったけど、オレンの実の汁かなんかかな。そんなことを考えながらフォークにパスタを巻き付けた。
☆
朝メシと片付けが終わったらギナと一緒に洗面所へ。俺の身長はマコトにイカンながら平均の15cmくらい下だから、ギナが結びやすいよう台に乗って待機する。ビティスとはちょっとずつ差が縮んでるけど、まだ俺の方が低い。いつか絶対越してやる。
ギナの手でブラシがあてがわれ、丁寧に髪が梳かされていく。「どんな結び方にしようか」という穏やかな声が降ってきて――密かに胸に抱き続けていた思いをぼそりと口にする。
「……お前と、同じやつがいい」
ぐうううう~~はっずい!!ちらりと見上げたギナは僅かに目を見開き、それはそれは愉快そうに笑い始めた。
「おい!!何笑ってんだよ!!」
「ふ、くくく……すまない、君があんまり可愛いことを言うものだから」
全ッッ然すまないって思ってねえだろ!恥ずかしいやらムカつくやらで逃げ出そうとしたら、そっとギナの手が頭に乗せられた。
「光栄だよ、バンビ」
鏡越しに向けられた微笑みはひどくやわらかで、嬉しそうで。しょうがないから許してやることにする。
……それにしてもさっきの笑い方、なんか見覚えある気がするんだよな。
なめらかな手つきで整えられた桔梗色がテキパキまとめられていく。「はい、できあがり」――顔を横に向けてみれば、いつの間にか頭の後ろにポニータのしっぽができていた。頭を揺らすとしっぽも一緒にゆらゆら揺れる。
「すげえ!ありがと!」
「どういたしまして。慣れれば簡単だから、少しずつ練習するといい」
もう一度、鏡の前でポニーテールを揺らす。これもウヅに自慢してやろう。
☆
ハンカチ、ティッシュ、図書館の利用者カード、ジンコからのおつかいメモ、2人分の弁当とモーモーミルク。ウヅから貰ったドクZにタウンマップ、トレーパス。全部新しいリュックに詰め込んで、背負って、モンスターボールが1つだけくっついたボールホルダーを腰に巻いた。
仕上げにぴかぴかのライブキャスターを腕に嵌め、ポニーテールを揺らしながら階段を駆け下りていく。段々足に馴染んできたスニーカーを履いて「行ってきます!」と玄関を飛び出した。
新しいリュック。新しいスニーカー。ボールホルダー。タブレット型タウンマップ。キャンプセット。ライブキャスター。トレーナーパス。どれも10歳の誕生日プレゼントだ。
アローラでは旅、つまり島めぐりに出るのは11歳だけど、トレーナーには他の地方と同じように10歳からなれる。父ちゃんからトレーナーパスを受け取った時、とうとう俺もポケモントレーナーに――正真正銘ウヅとパートナーになれたんだって、嬉しさのあまりウヅに飛びついてふたりではしゃぎ回った。
11歳まであと半年。もうすぐあいつと一緒に旅に出るんだと思うとワクワクドキドキが止まらない。今のうちにできる準備をしておこうと、図書館で「はじめての旅立ち」「トレーナーの心得」「ポケモンバトルのコツ」みたいな本を読み漁った。
今日も夢中で関連書籍を読み耽っていたら、不意にヴヴ、とライブキャスターが震えた。お、1時になったか。
カウンターに本を返し、図書館を出る。そのまま右に進んでいけば、いつものベンチに腰を下ろしたウヅが「よォ」と手を振った。手を振り返して駆け寄る俺を見てウヅの青が丸くなる。
「お、今日ポニテじゃん」
「へへ、いいだろ。ギナがやってくれたんだ」
くるっと回ってポニーテールを見せびらかす。ウヅは「いいねェ。似合ってるぜ」と歯を見せて笑った。
ベンチでジンコが作ってくれた弁当をたいらげて(食べながら今朝のスープパスタが如何にうまかったか自慢したらおかずを1つ奪われた)、今日はウヅのシフトが午前で終わりだからはずれの岬で野生ポケモン相手にバトルの練習をする。俺はまだまだ指示の出し方が下手だけど、おっさんに鍛え上げられたウヅはレベルも高くて戦い慣れてるから今のところ連戦連勝だ。ギナ曰く、もう少しレベルが上がれば進化できるだろうって。
「ウヅ、いやなおと!」
『おうよ!』
ウヅの口からギイイィィィン、と何とも耳障りな音が吐き出され、目の前のチラーミィは大きな耳をぎゅっと押さえて縮こまる。その隙に「どくづき!」と叫べば紫色に染まった拳が突き出され――吹っ飛ばされたチラーミィは目を回して戦闘不能になった。よっしゃあ!とハイタッチする。
「今日はこの辺にするか。おつかいして帰ろうぜ」
額の汗を拭い、ウヅにキズぐすりを吹きかける。頷いたウヅは回復が終わると人の姿を取ってぐうっと伸びをした。
「ダーリン、ちょっとずつ上手くなってきたなァ」
「え、ほんと?」
「ほんとほんと。ま、勝ててるのは俺さんのお陰だけどな!」
ギャヒヒヒ、と悪戯っぽく笑うウヅの脇腹を強めに小突き、ふたり並んで坂を下りていく。ジンコから渡されたメモを片手に近所のスーパーで買い物を済ませた頃には、空はすっかりオレンジ色になっていた。
今日の夕飯なんだろうな、と喋りながら帰路につく。そろそろ家が見えてくる頃、不意にやわらかな声に呼び止められた。
「ねえ、そこのボウヤたち。ちょっと道をお聞きしたいのだけど、いいかしら?」
声の主はウヅと同じ歳頃の女の子だった。短い黒髪には赤がいくつか混じっていて、鮮やかなピンクに染められた唇が褐色の肌によく映えている。瞳と同じ紫色の風呂敷包みを大切そうに抱えていた。
「うん。どこ行きたいんだ?」
「ホクラニ岳よ。できれば今日中に着きたいの」
「だったらナッシーバス使うといいぜェ。だいたい1時間で到着だからよォ」
「バス停は10番道路のホクラニ岳ふもとにあるんだけど……あっ、あんたどこ出身?土地勘なかったら地名だけ言われてもわかんねえよな」
女の子は小さく微笑み、「アーカラ島から来たの。ウラウラ島は初めてだから、詳しく教えてもらえると嬉しいわ」と答えた。俺が持ってた荷物をウヅに預け、リュックからタウンマップを引っ張り出す。ぱぱっと操作してマリエシティ周辺の地図を表示し、女の子に見せた。
「今いるのがマリエシティのポケモンセンターあたりで……ナッシーバスのバス停があるのは10番道路のこの辺だな」
「あら、結構遠いのね」
「うん。歩くと2時間以上かかるって」
だからウラウラ乗船所からホクラニ岳ふもと行きのバスに乗るんだ。それを口にする前に、ぽたり、頭に冷たいものが落ちた。上を見るといつの間にか空は鈍色の雲に覆われていて、ぽつぽつ雫が降ってきたかと思えばあっという間にざあざあ降りになる。やっべえ!慌ててタウンマップをリュックに押し込む。
「なああんた、俺んちすぐそこなんだ。雨宿りしてけよ」
「でも……」
「ほら、早く!荷物濡れるし、風邪引いちゃうぞ!」
リュックが濡れないように腕で守りながら足踏みする。なおも躊躇うその子の肩にウヅがぽんと手を置いた。
「悪ィな、こいつ言い出したら聞かなくてさァ。道案内もまだ済んでねェしよ、付き合っちゃくれねェか」
女の子はウヅと俺を交互に見比べ――紫の包みをぎゅっと抱きしめると、やがて、ゆっくり頷いた。
「……ありがとう。それじゃあ少しだけ、お邪魔します」
右手にヘアブラシを持ち、手首にゴムを嵌めたら準備オーケー。鏡に映った自分とにらめっこしながらブラシをあっちこっち動かすけど全然まとまらない。そのうちミバのばくおんぱが家中響き渡って、ブラシを放り出した。あーあ、今日も時間切れだ。
ぐちゃぐちゃになった髪を整えてブラシとゴムを片付ける間、もう一度ばくおんぱが炸裂する。これ聞くと朝だなあって感じだ。ウヅは初めて聞いた時びっくりしすぎてベッドから落っこちたんだよな。今はもう慣れたみたいだけど。
洗面所から出ると、廊下の向こう側から父ちゃんがフラフラしながら歩いてきた。癖の強いオレンジ色の髪はいつも以上に跳ねまくってるし瞼もほとんど開いてない。子供の頃からああやって起こされてるのに一向に寝起きが良くならないの、逆にすげえな。俺なんかミバの声より早く目が覚めるようになったのに。
おはようを交わし合い、父ちゃんは洗面所へ、俺とミバはリビングへ。ドアを開ければジンコとギナが手分けして皿と食器を並べていて、先に俺たちに気付いたギナが「おはよう」と微笑んだ。一拍置いてジンコの「おはよう~~」が優しく耳を撫でる。
「おはよ。なんか手伝うことある?」
「いいえ~~、大丈夫よ~~。ありがとう~~」
ジンコがゆったり首を振るとブレイズヘアもゆらゆら揺れる。これ、毎日自分でやってんのかな。ギナとミバも髪長いけどジンコが一番大変そうだ。結ぶだけじゃなくて洗うのも乾かすのも。
自分の桔梗色の髪を一房つまんでみる。肩より長くなるまで3年もかかった。そこまでちゃんと手入れしてるわけじゃないけど、遺伝のお陰なのかわりとさらさらだ。
「君も随分髪が伸びたね。切ろうか、それとも結おうか?」
ギナの手がするりと俺の頭を撫でる。1回手本見せてもらった方が上手く結べるようになれそうだ。「結びたい」と頷けば「了解。食事を終えたらやってあげよう」と赤が弧を描いた。
モーモーミルクとコーヒーとロズレイティーを用意して、5人分の食事が並んだテーブルを囲む。メニューは野菜とベーコンたっぷりのスープパスタだ。いただきますと手を合わせ、フォークで巻き取ったパスタを口に入れる。コンソメスープが染み込んだキャベツとベーコンも追加で頬張って――んー、うめえ。
ゴーシュはいつものことだけどウヅがいないのは海岸当番だからだ。当番の日は朝早く家を出るから、昨日の夜は食い溜めだっていつも以上におかわりしてた。あとで今日の朝メシもうまかったぜって自慢してやろ。
そういやゴーシュの奴、いつもどこで何してるんだ?ギナに聞いてみたら「さあ」という素っ気ない返事。こいつほんと男に興味ないよな。特にゴーシュは殊更雑に扱ってる気がする。やっぱり一番付き合い長いからか?
「ゴーシュは朝は部屋にもいないな。俺が起きるより前に出かけているようだ」
「そうなのよね~~。いつの間にかふらっと戻ってきてるんだけど~~、ごはんちゃんと食べてるのかしら~~」
「呼んだ?」
ミバの言葉にジンコも頷く。ふーん、と聞いてたらいきなり背後から声がして思わずフォークを取り落とした。ミバもジンコも目をまんまるにしてるけど、ギナだけは涼しい顔でカップを傾けている。首を後ろに向ければ案の定ゴーシュがそこにいた。足首から下は床の向こう側だ。
「び、っくりした……。普通に出て来いよな。おかえり」
「えへへ、ごめんね。ただいま」
「いつ戻ったんだ?」
「今だよ。洗面所に直行したらホウヤくんが使ってたから、先にみんなにただいまを言おうと思って」
今日の寝癖すごかったねえ。くすくす笑いながら足首を引き抜き、こつりと床を踏みしめた。
種族柄、壁や床をすり抜けられるゴーシュは家の中をしょっちゅう最短ルートで移動している。今回みたいに何の前触れもなく床から出てきたりするから結構ビビるんだよな。
「今日の朝ごはん、スープパスタなんだけど~~ゴーシュちゃんもいかが~~?」
「んー……それじゃあ、スープだけいただこうかな」
ゴーシュが頷くと、ちょうど幾らかましな顔つきと頭になった父ちゃんがリビングに現れたので、入れ替わるようにドアへ向かった。……あ、右の袖にシミついてる。
「ゴーシュ、袖汚れてる」
「え?あ、ほんとだ。気付かなかった。手と一緒に洗ってくるね」
教えてくれてありがとう、と微笑んで、今度こそドアの向こうに消えていく。小さい青いシミだったけど、オレンの実の汁かなんかかな。そんなことを考えながらフォークにパスタを巻き付けた。
☆
朝メシと片付けが終わったらギナと一緒に洗面所へ。俺の身長はマコトにイカンながら平均の15cmくらい下だから、ギナが結びやすいよう台に乗って待機する。ビティスとはちょっとずつ差が縮んでるけど、まだ俺の方が低い。いつか絶対越してやる。
ギナの手でブラシがあてがわれ、丁寧に髪が梳かされていく。「どんな結び方にしようか」という穏やかな声が降ってきて――密かに胸に抱き続けていた思いをぼそりと口にする。
「……お前と、同じやつがいい」
ぐうううう~~はっずい!!ちらりと見上げたギナは僅かに目を見開き、それはそれは愉快そうに笑い始めた。
「おい!!何笑ってんだよ!!」
「ふ、くくく……すまない、君があんまり可愛いことを言うものだから」
全ッッ然すまないって思ってねえだろ!恥ずかしいやらムカつくやらで逃げ出そうとしたら、そっとギナの手が頭に乗せられた。
「光栄だよ、バンビ」
鏡越しに向けられた微笑みはひどくやわらかで、嬉しそうで。しょうがないから許してやることにする。
……それにしてもさっきの笑い方、なんか見覚えある気がするんだよな。
なめらかな手つきで整えられた桔梗色がテキパキまとめられていく。「はい、できあがり」――顔を横に向けてみれば、いつの間にか頭の後ろにポニータのしっぽができていた。頭を揺らすとしっぽも一緒にゆらゆら揺れる。
「すげえ!ありがと!」
「どういたしまして。慣れれば簡単だから、少しずつ練習するといい」
もう一度、鏡の前でポニーテールを揺らす。これもウヅに自慢してやろう。
☆
ハンカチ、ティッシュ、図書館の利用者カード、ジンコからのおつかいメモ、2人分の弁当とモーモーミルク。ウヅから貰ったドクZにタウンマップ、トレーパス。全部新しいリュックに詰め込んで、背負って、モンスターボールが1つだけくっついたボールホルダーを腰に巻いた。
仕上げにぴかぴかのライブキャスターを腕に嵌め、ポニーテールを揺らしながら階段を駆け下りていく。段々足に馴染んできたスニーカーを履いて「行ってきます!」と玄関を飛び出した。
新しいリュック。新しいスニーカー。ボールホルダー。タブレット型タウンマップ。キャンプセット。ライブキャスター。トレーナーパス。どれも10歳の誕生日プレゼントだ。
アローラでは旅、つまり島めぐりに出るのは11歳だけど、トレーナーには他の地方と同じように10歳からなれる。父ちゃんからトレーナーパスを受け取った時、とうとう俺もポケモントレーナーに――正真正銘ウヅとパートナーになれたんだって、嬉しさのあまりウヅに飛びついてふたりではしゃぎ回った。
11歳まであと半年。もうすぐあいつと一緒に旅に出るんだと思うとワクワクドキドキが止まらない。今のうちにできる準備をしておこうと、図書館で「はじめての旅立ち」「トレーナーの心得」「ポケモンバトルのコツ」みたいな本を読み漁った。
今日も夢中で関連書籍を読み耽っていたら、不意にヴヴ、とライブキャスターが震えた。お、1時になったか。
カウンターに本を返し、図書館を出る。そのまま右に進んでいけば、いつものベンチに腰を下ろしたウヅが「よォ」と手を振った。手を振り返して駆け寄る俺を見てウヅの青が丸くなる。
「お、今日ポニテじゃん」
「へへ、いいだろ。ギナがやってくれたんだ」
くるっと回ってポニーテールを見せびらかす。ウヅは「いいねェ。似合ってるぜ」と歯を見せて笑った。
ベンチでジンコが作ってくれた弁当をたいらげて(食べながら今朝のスープパスタが如何にうまかったか自慢したらおかずを1つ奪われた)、今日はウヅのシフトが午前で終わりだからはずれの岬で野生ポケモン相手にバトルの練習をする。俺はまだまだ指示の出し方が下手だけど、おっさんに鍛え上げられたウヅはレベルも高くて戦い慣れてるから今のところ連戦連勝だ。ギナ曰く、もう少しレベルが上がれば進化できるだろうって。
「ウヅ、いやなおと!」
『おうよ!』
ウヅの口からギイイィィィン、と何とも耳障りな音が吐き出され、目の前のチラーミィは大きな耳をぎゅっと押さえて縮こまる。その隙に「どくづき!」と叫べば紫色に染まった拳が突き出され――吹っ飛ばされたチラーミィは目を回して戦闘不能になった。よっしゃあ!とハイタッチする。
「今日はこの辺にするか。おつかいして帰ろうぜ」
額の汗を拭い、ウヅにキズぐすりを吹きかける。頷いたウヅは回復が終わると人の姿を取ってぐうっと伸びをした。
「ダーリン、ちょっとずつ上手くなってきたなァ」
「え、ほんと?」
「ほんとほんと。ま、勝ててるのは俺さんのお陰だけどな!」
ギャヒヒヒ、と悪戯っぽく笑うウヅの脇腹を強めに小突き、ふたり並んで坂を下りていく。ジンコから渡されたメモを片手に近所のスーパーで買い物を済ませた頃には、空はすっかりオレンジ色になっていた。
今日の夕飯なんだろうな、と喋りながら帰路につく。そろそろ家が見えてくる頃、不意にやわらかな声に呼び止められた。
「ねえ、そこのボウヤたち。ちょっと道をお聞きしたいのだけど、いいかしら?」
声の主はウヅと同じ歳頃の女の子だった。短い黒髪には赤がいくつか混じっていて、鮮やかなピンクに染められた唇が褐色の肌によく映えている。瞳と同じ紫色の風呂敷包みを大切そうに抱えていた。
「うん。どこ行きたいんだ?」
「ホクラニ岳よ。できれば今日中に着きたいの」
「だったらナッシーバス使うといいぜェ。だいたい1時間で到着だからよォ」
「バス停は10番道路のホクラニ岳ふもとにあるんだけど……あっ、あんたどこ出身?土地勘なかったら地名だけ言われてもわかんねえよな」
女の子は小さく微笑み、「アーカラ島から来たの。ウラウラ島は初めてだから、詳しく教えてもらえると嬉しいわ」と答えた。俺が持ってた荷物をウヅに預け、リュックからタウンマップを引っ張り出す。ぱぱっと操作してマリエシティ周辺の地図を表示し、女の子に見せた。
「今いるのがマリエシティのポケモンセンターあたりで……ナッシーバスのバス停があるのは10番道路のこの辺だな」
「あら、結構遠いのね」
「うん。歩くと2時間以上かかるって」
だからウラウラ乗船所からホクラニ岳ふもと行きのバスに乗るんだ。それを口にする前に、ぽたり、頭に冷たいものが落ちた。上を見るといつの間にか空は鈍色の雲に覆われていて、ぽつぽつ雫が降ってきたかと思えばあっという間にざあざあ降りになる。やっべえ!慌ててタウンマップをリュックに押し込む。
「なああんた、俺んちすぐそこなんだ。雨宿りしてけよ」
「でも……」
「ほら、早く!荷物濡れるし、風邪引いちゃうぞ!」
リュックが濡れないように腕で守りながら足踏みする。なおも躊躇うその子の肩にウヅがぽんと手を置いた。
「悪ィな、こいつ言い出したら聞かなくてさァ。道案内もまだ済んでねェしよ、付き合っちゃくれねェか」
女の子はウヅと俺を交互に見比べ――紫の包みをぎゅっと抱きしめると、やがて、ゆっくり頷いた。
「……ありがとう。それじゃあ少しだけ、お邪魔します」
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