ポケットにナズナを1輪/side:V
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若草色に染まった日当たりのいい丘の上に丸々とした茶色の集団がやってくる。ビッパの群れだ。のんびりした気性の彼らは周囲を警戒することなく、草の上を転げ回ったり、石を齧ったりと、めいめい自由に過ごしていた。
そのうちの1匹が体を丸め、すやすや寝息を立て始める。仲間たちは遊びに夢中で彼に気が付かない。完全に夢の世界へ旅立ったビッパの背後で草むらが無音で揺れ――真っ白な腕が飛び出した。
*
ナズナと出会ってどれほどの月日が経ったのか。律儀に数えるほどまめな性分ではないが、何となく以前よりも時の流れが早いように感じる。ほわほわと湯気を立てる、ごりごりミネラルの粒をまとった肉に夢中でかぶりつく少女を眺めながら、ビティスはぼんやり思考を巡らせた。
薪を集め、火を起こし、獲物を捕らえ、その肉を枝に刺し、削った塩を振りかけ、焼く。血抜きと解体はビティスが行っているものの、少しずつナズナの手はなめらかに動くようになっていった。
狩りの腕前も日々上達している。素早いホルビーや鳥ポケモンはまだ難しいようだが、ビッパやコイキングならばほぼ確実に仕留められるようになった。もう少し大きくなったら肉の捌き方と塩の採取方法も教えてやろう。どちらからにしようか。
少年は様々なことを教えた。何が食べられて食べられないか。何が安全で危険か。与えられた寿命 をきちんと全うできるように、生きていく上で必要なことを、できる限り丁寧に、丁寧に。
少女はそれらを乾いた大地が水を吸うようにどんどん吸収していった。そのうちビティスが教える前に自分から「これ、なに?」と興味を示し、疑問を抱くようになり、その身にあらゆるものを蓄えていく。驚異的な成長スピードに応えるべく、ビティスも口伝以外の手段を増やした。そのうちの1つが本だった。
蜂蜜色の瞳を輝かせ、これが面白かった、あれが勉強になった、とある少年が口にしていたタイトルと同じものを探して書店や図書館を渡り歩く。見つけたそれらを、或いは「今月のおすすめ」と書かれた札のそばにあったものをワンピースと同じ要領で片っ端から複製し、少女に読み聞かせてやった。一から十まで自分が選んでは偏りが生じてしまう。それに、自分の口調が荒々しい自覚はある。子供向けの本はやわらかい文体で書かれているため、手本にちょうどよかろう、という考えもあった。その甲斐あってか、少女は年相応の子どもらしい話し方を身に着けた。
ついでに文字も教えようかとも思ったが、ナズナがそれを望んでからでいいかと保留にする。やろうと思えば念力で直接脳に知識を流し込むこともできるのだが、ビティスはそれをしなかった。一方的に与えるのではなく、少しずつ芽生えてきた少女の意思を、自由を、尊重してやりたかったから。
もぐもぐと肉を頬張る少女の口端から白く細いものがはみ出している。ビティスは手を伸ばしてそれを取ってやり、ついでに口周りの肉汁も拭い取った。
相も変わらずされるがままのナズナは、肉や魚を食べる際に髪も一緒に口に入れてしまうことがよくあった。伸ばしっぱなしの髪は背中に届くほどで、気温の高い日は暑がっているし、切ってやってもいいかもしれない。……いや、あるいは。
食事を終えた少女を呼ぶ。顔を上げた拍子にさらりと揺れる白髪を一房手に取り、「近頃、暑くはないか」と尋ねた。
「あつい。いや、べたべた、くび」
「だろうな。切るか?それとも結うか?」
ナズナの頭が傾く。実際に見せた方がわかりやすかろうと自身の三つ編みを愛用のナイフでざっくり切り落とせば、赤い瞳が丸く大きく見開かれた。短くなった後ろ髪をかきあげ、うなじを晒してみせる。
「短髪の利点は軽い、首元が涼しい、すぐに乾く、といったところか。次いで結い髪の利点だが、短髪と同様に首元の涼を得られること、伸ばしていても邪魔にならんことだな」
そう言いながら髪を元の長さまで伸ばし、サイコキネシスで手早く編んでいく。切り落としたおさげをぽいと投げ捨て、再度「切るか?結うか?」と問うた。ナズナは何度か瞬きして、ゆっくり口を開いた。
「ほしい、ナズナも、あたまのしっぽ」
聞き慣れない単語に今度はビティスが瞬きする。けれど少女の視線が三つ編みに向けられているのを見留め、合点がいった。〝あたまのしっぽ〟か。ふ、と口元が緩む。
「いいだろう。貴様にくれてやる」
──堂々と宣言してからはや数時間。何度目になるかわからない不格好なビードルのような代物に、ぐむ、と歯を噛みしめた。そもそもビティスは念力で髪を結っているため、自らの手で三つ編みを編んだことがなかった。どうしたものかと頭を絞る。
悪戦苦闘するビティスの前で、ナズナは大人しく座っていた。その背中は待つのに飽きるどころかむしろ機嫌が良さそうだ。少年の指が髪を通る度に目を細め、耳をぴこぴこ揺らしているのを、苦戦真っ只中の少年は気が付かなかった。
ふと、三つ編みでなければ、また、一部だけならばと思い至り、四苦八苦しながら白に混じる紺色をどうにかこうにか結い上げる。結い紐はいつものようにちぎった髪から精製したものだ。頭の右側からちょこんと垂れるポニータの尾は、これまでのビードルよりも随分ましな形をしていた。鏡の代わりに水面を覗かせる。
「俺様の〝しっぽ〟と形状は異なるが、どうだ」
ナズナはじっと水面を見つめ、頭を右へ左へ動かしてみる。その動きに合わせ、サイドテールもふわりと揺れた。ぱっとこちらを見上げた少女の頬は薄桃色に染まっている。
「おんなじ、ゆらゆら。いっしょ、ビティスさまと」
いつの間にか、ナズナはビティスを「ビティスさま」と呼ぶようになっていた。恐らく〝ビティス〟と少年の一人称である〝俺様〟が混ざったのだろうが、特に訂正はせず、好きに呼ばせていた。少女にそう呼ばれるのは悪い気がしない。
「ありがと、ビティスさま」
「……ああ」
瞳に星を宿した少女に、少年も微かに目元をやわらげた。
*
上弦の三日月がぽつんと浮かぶ空の下。森の奥にひっそりと存在する洞窟の中で、少年の膝に頭を乗せ、トリミアンのやわらかな毛皮にくるまった少女がすうすう寝息を立てていた。その寝顔を覆う白い髪は、少女が涼しさを求めたために、昼間のうちに少年の手によって肩より上の位置で切り揃えられている。
束ねられたままの紺色を一房掬い取り、ビティスは小さく独りごちた。
「……まったく、この俺様が子育ての真似事とはな」
何が〝手がかからないに越したことはない〟だ。一般的な赤子より扱いやすいのかもしれんが手間も労力も大いにかかるわ、と内心いつぞやの自分を詰る。
世話を焼くのも知識を与えるのも、己の能力をもってしても決して楽ではない。面倒だと思うことも度々ある。けれど、それでも、一度も少女の手を離す気にはならなかった。
ナズナの頭にそっと手を添え、ぎこちなく往復させた。何度も目にした〝親子〟というものは、確かこのようにしていたはずだ。
少女の安らかな寝顔も、触れた場所から伝わる温もりも、決して不快ではない。むしろ――。
静かに瞼を閉じる。
久方ぶりに、あの小僧の顔でも見に行くとするか。
*
右も左も上も下もわからない、ひたすら広く白い空間で、ひとりの少年が佇んでいる。諦念とほんの少しの期待を胸に、148、149、とウールーを数えていく。
「なんだ、帰るのか。わざわざ来てやったというのに」
150匹目を数えるのと同時に声がして、勢いよく振り返れば――桃色のおさげ髪をなびかせ、抜けるような青空と真っ赤なスピネルを一緒に閉じ込めたような瞳を持つ少年が、以前と全く変わらぬ姿でそこにいた。
「ビ、ティ……ス……?」
蜂蜜色の瞳を零れ落ちそうなほど見開いている様が実に愉快で、桃色の少年は尊大に微笑んでみせる。
「久しいな、小僧。髪が幾らか伸びたか」
その声も、口調も、表情も、何もかもが懐かしい。ぶわりと押し寄せる高揚をそのまま口から吐き出した。
「お前なあ!!1年半もどこ行ってたんだよ!来なくなるなら一声かけてけ、この薄情者!」
言葉と裏腹に緩み切った表情を見れば彼の本音は明々白々だ。それが尚のことおかしくて喉をくつくつ鳴らす。
「そうかそうか、それほど俺様が恋しかったか。俺様がいない間も訪れていたとは、殊勝な奴め」
「うるせえ!ばーか!」
……1年半、か。
むくれてそっぽを向く少年をからかうことで、胸を過る正体不明の感慨に気付かないフリをした。
散々冷かして気が済んだら、どっかり腰を下ろして胡坐をかき、その上に肘をつく。
「どれ、久々だ。此度は俺様が聞き手に回るとしよう」
先程のふくれっ面はどこへやら、少年はぱあっと顔中を輝かせる。いそいそビティスの前に座るや、ベトベターとの出会いから、名を贈ってパートナーになるまでの経緯を熱を込めて語り始めた。
「ウヅ……トリカブトか。悪くない」
「へへへ、だろ。あいつも気に入ってくれたんだ」
誇らしさと照れくささが入り交じった顔で笑うと、抱えた膝に顎を乗せて「いつか、お前にあいつを、あいつにお前を紹介してえなあ」と穏やかに呟く。
「フン。気が向けば考えてやる」
彼の答えに少年は少しだけ目を丸くした。いつもならもっとひねくれた言い回しをするのに。
「なんか、今日、機嫌いいな」
「そうか?……近頃、良い拾い物をしたからかもしれんな」
ふ、と口元をやわらげる。その表情は、今まで見てきた彼の笑い方とはどこか違うものように感じた。それに……なんだか、何となく見覚えがあるような。
それの正体に手が届く前に、ビティスは身を起こし、見慣れた尊大な笑みを浮かべた。
「では、またな 」
「うん!またな!」
弾んだ声と共に大きく手を振る少年に背を向ける。一度閉じた瞼を持ち上げれば、膝の上に重みと温もりが戻ってきた。
ビティスはゆっくり口角をつり上げる。以前会った時よりも少年の魂の輝きは一層強まっていた。
順調だ、何もかも。より強く、より激しく、その魂を輝かせろ。そうしたら。
声を上げて笑いたいくらい、気分が良かった。
そのうちの1匹が体を丸め、すやすや寝息を立て始める。仲間たちは遊びに夢中で彼に気が付かない。完全に夢の世界へ旅立ったビッパの背後で草むらが無音で揺れ――真っ白な腕が飛び出した。
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ナズナと出会ってどれほどの月日が経ったのか。律儀に数えるほどまめな性分ではないが、何となく以前よりも時の流れが早いように感じる。ほわほわと湯気を立てる、ごりごりミネラルの粒をまとった肉に夢中でかぶりつく少女を眺めながら、ビティスはぼんやり思考を巡らせた。
薪を集め、火を起こし、獲物を捕らえ、その肉を枝に刺し、削った塩を振りかけ、焼く。血抜きと解体はビティスが行っているものの、少しずつナズナの手はなめらかに動くようになっていった。
狩りの腕前も日々上達している。素早いホルビーや鳥ポケモンはまだ難しいようだが、ビッパやコイキングならばほぼ確実に仕留められるようになった。もう少し大きくなったら肉の捌き方と塩の採取方法も教えてやろう。どちらからにしようか。
少年は様々なことを教えた。何が食べられて食べられないか。何が安全で危険か。与えられた
少女はそれらを乾いた大地が水を吸うようにどんどん吸収していった。そのうちビティスが教える前に自分から「これ、なに?」と興味を示し、疑問を抱くようになり、その身にあらゆるものを蓄えていく。驚異的な成長スピードに応えるべく、ビティスも口伝以外の手段を増やした。そのうちの1つが本だった。
蜂蜜色の瞳を輝かせ、これが面白かった、あれが勉強になった、とある少年が口にしていたタイトルと同じものを探して書店や図書館を渡り歩く。見つけたそれらを、或いは「今月のおすすめ」と書かれた札のそばにあったものをワンピースと同じ要領で片っ端から複製し、少女に読み聞かせてやった。一から十まで自分が選んでは偏りが生じてしまう。それに、自分の口調が荒々しい自覚はある。子供向けの本はやわらかい文体で書かれているため、手本にちょうどよかろう、という考えもあった。その甲斐あってか、少女は年相応の子どもらしい話し方を身に着けた。
ついでに文字も教えようかとも思ったが、ナズナがそれを望んでからでいいかと保留にする。やろうと思えば念力で直接脳に知識を流し込むこともできるのだが、ビティスはそれをしなかった。一方的に与えるのではなく、少しずつ芽生えてきた少女の意思を、自由を、尊重してやりたかったから。
もぐもぐと肉を頬張る少女の口端から白く細いものがはみ出している。ビティスは手を伸ばしてそれを取ってやり、ついでに口周りの肉汁も拭い取った。
相も変わらずされるがままのナズナは、肉や魚を食べる際に髪も一緒に口に入れてしまうことがよくあった。伸ばしっぱなしの髪は背中に届くほどで、気温の高い日は暑がっているし、切ってやってもいいかもしれない。……いや、あるいは。
食事を終えた少女を呼ぶ。顔を上げた拍子にさらりと揺れる白髪を一房手に取り、「近頃、暑くはないか」と尋ねた。
「あつい。いや、べたべた、くび」
「だろうな。切るか?それとも結うか?」
ナズナの頭が傾く。実際に見せた方がわかりやすかろうと自身の三つ編みを愛用のナイフでざっくり切り落とせば、赤い瞳が丸く大きく見開かれた。短くなった後ろ髪をかきあげ、うなじを晒してみせる。
「短髪の利点は軽い、首元が涼しい、すぐに乾く、といったところか。次いで結い髪の利点だが、短髪と同様に首元の涼を得られること、伸ばしていても邪魔にならんことだな」
そう言いながら髪を元の長さまで伸ばし、サイコキネシスで手早く編んでいく。切り落としたおさげをぽいと投げ捨て、再度「切るか?結うか?」と問うた。ナズナは何度か瞬きして、ゆっくり口を開いた。
「ほしい、ナズナも、あたまのしっぽ」
聞き慣れない単語に今度はビティスが瞬きする。けれど少女の視線が三つ編みに向けられているのを見留め、合点がいった。〝あたまのしっぽ〟か。ふ、と口元が緩む。
「いいだろう。貴様にくれてやる」
──堂々と宣言してからはや数時間。何度目になるかわからない不格好なビードルのような代物に、ぐむ、と歯を噛みしめた。そもそもビティスは念力で髪を結っているため、自らの手で三つ編みを編んだことがなかった。どうしたものかと頭を絞る。
悪戦苦闘するビティスの前で、ナズナは大人しく座っていた。その背中は待つのに飽きるどころかむしろ機嫌が良さそうだ。少年の指が髪を通る度に目を細め、耳をぴこぴこ揺らしているのを、苦戦真っ只中の少年は気が付かなかった。
ふと、三つ編みでなければ、また、一部だけならばと思い至り、四苦八苦しながら白に混じる紺色をどうにかこうにか結い上げる。結い紐はいつものようにちぎった髪から精製したものだ。頭の右側からちょこんと垂れるポニータの尾は、これまでのビードルよりも随分ましな形をしていた。鏡の代わりに水面を覗かせる。
「俺様の〝しっぽ〟と形状は異なるが、どうだ」
ナズナはじっと水面を見つめ、頭を右へ左へ動かしてみる。その動きに合わせ、サイドテールもふわりと揺れた。ぱっとこちらを見上げた少女の頬は薄桃色に染まっている。
「おんなじ、ゆらゆら。いっしょ、ビティスさまと」
いつの間にか、ナズナはビティスを「ビティスさま」と呼ぶようになっていた。恐らく〝ビティス〟と少年の一人称である〝俺様〟が混ざったのだろうが、特に訂正はせず、好きに呼ばせていた。少女にそう呼ばれるのは悪い気がしない。
「ありがと、ビティスさま」
「……ああ」
瞳に星を宿した少女に、少年も微かに目元をやわらげた。
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上弦の三日月がぽつんと浮かぶ空の下。森の奥にひっそりと存在する洞窟の中で、少年の膝に頭を乗せ、トリミアンのやわらかな毛皮にくるまった少女がすうすう寝息を立てていた。その寝顔を覆う白い髪は、少女が涼しさを求めたために、昼間のうちに少年の手によって肩より上の位置で切り揃えられている。
束ねられたままの紺色を一房掬い取り、ビティスは小さく独りごちた。
「……まったく、この俺様が子育ての真似事とはな」
何が〝手がかからないに越したことはない〟だ。一般的な赤子より扱いやすいのかもしれんが手間も労力も大いにかかるわ、と内心いつぞやの自分を詰る。
世話を焼くのも知識を与えるのも、己の能力をもってしても決して楽ではない。面倒だと思うことも度々ある。けれど、それでも、一度も少女の手を離す気にはならなかった。
ナズナの頭にそっと手を添え、ぎこちなく往復させた。何度も目にした〝親子〟というものは、確かこのようにしていたはずだ。
少女の安らかな寝顔も、触れた場所から伝わる温もりも、決して不快ではない。むしろ――。
静かに瞼を閉じる。
久方ぶりに、あの小僧の顔でも見に行くとするか。
*
右も左も上も下もわからない、ひたすら広く白い空間で、ひとりの少年が佇んでいる。諦念とほんの少しの期待を胸に、148、149、とウールーを数えていく。
「なんだ、帰るのか。わざわざ来てやったというのに」
150匹目を数えるのと同時に声がして、勢いよく振り返れば――桃色のおさげ髪をなびかせ、抜けるような青空と真っ赤なスピネルを一緒に閉じ込めたような瞳を持つ少年が、以前と全く変わらぬ姿でそこにいた。
「ビ、ティ……ス……?」
蜂蜜色の瞳を零れ落ちそうなほど見開いている様が実に愉快で、桃色の少年は尊大に微笑んでみせる。
「久しいな、小僧。髪が幾らか伸びたか」
その声も、口調も、表情も、何もかもが懐かしい。ぶわりと押し寄せる高揚をそのまま口から吐き出した。
「お前なあ!!1年半もどこ行ってたんだよ!来なくなるなら一声かけてけ、この薄情者!」
言葉と裏腹に緩み切った表情を見れば彼の本音は明々白々だ。それが尚のことおかしくて喉をくつくつ鳴らす。
「そうかそうか、それほど俺様が恋しかったか。俺様がいない間も訪れていたとは、殊勝な奴め」
「うるせえ!ばーか!」
……1年半、か。
むくれてそっぽを向く少年をからかうことで、胸を過る正体不明の感慨に気付かないフリをした。
散々冷かして気が済んだら、どっかり腰を下ろして胡坐をかき、その上に肘をつく。
「どれ、久々だ。此度は俺様が聞き手に回るとしよう」
先程のふくれっ面はどこへやら、少年はぱあっと顔中を輝かせる。いそいそビティスの前に座るや、ベトベターとの出会いから、名を贈ってパートナーになるまでの経緯を熱を込めて語り始めた。
「ウヅ……トリカブトか。悪くない」
「へへへ、だろ。あいつも気に入ってくれたんだ」
誇らしさと照れくささが入り交じった顔で笑うと、抱えた膝に顎を乗せて「いつか、お前にあいつを、あいつにお前を紹介してえなあ」と穏やかに呟く。
「フン。気が向けば考えてやる」
彼の答えに少年は少しだけ目を丸くした。いつもならもっとひねくれた言い回しをするのに。
「なんか、今日、機嫌いいな」
「そうか?……近頃、良い拾い物をしたからかもしれんな」
ふ、と口元をやわらげる。その表情は、今まで見てきた彼の笑い方とはどこか違うものように感じた。それに……なんだか、何となく見覚えがあるような。
それの正体に手が届く前に、ビティスは身を起こし、見慣れた尊大な笑みを浮かべた。
「では、
「うん!またな!」
弾んだ声と共に大きく手を振る少年に背を向ける。一度閉じた瞼を持ち上げれば、膝の上に重みと温もりが戻ってきた。
ビティスはゆっくり口角をつり上げる。以前会った時よりも少年の魂の輝きは一層強まっていた。
順調だ、何もかも。より強く、より激しく、その魂を輝かせろ。そうしたら。
声を上げて笑いたいくらい、気分が良かった。
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