ポケットにナズナを1輪/side:V
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少年――ビティスが目指したものは、色とりどりの実をたわわにつけた木の群れだった。すべきことは山のようにあるが、腹が減っては何とやら。まずは腹を満たしてやらねば。
きのみでは大して満足感を得られないだろうが、どうせあの場所では死なない程度に栄養剤を打ち込むくらいで、まともな食事を与えられたことなどないだろう。少女の枝のように細い体を見れば念力で読み取るまでもない。消化しやすいものから少しずつ慣らしてやろう。
手近な木を揺すると丸々と太った青いきのみがぽろぽろ降ってくる。一連の流れをじっと見ていたナズナに隣の木を示して「同じようにやってみろ」と言えば、少女はおずおずと両手で木の肌に触れ、ぐ、と力を込めた。木はわさわさ揺れながら実を幾つか落としていく。
「今貴様が触れているものが〝木〟、落ちてきたものが〝きのみ〟だ。〝きのみをつけるもの〟と〝食料〟とだけ頭に入れておけ。〝食料〟は……腹に入れてよいもの、といったところか」
少女は曖昧な顔でゆっくり頷いた。今は難しくともいずれ理解できるようになるだろう。それまで何度でも教えてやればいい。
ビティスは少し思案して、足元のきのみを2つ拾い上げ、片方をナズナに渡した。赤い瞳が不思議そうに瞬きし、鼻先を近づけて匂いを嗅ぐ。少女が顔を上げてから艶やかな青を齧ってみせた。軽く咀嚼し、ごくりと飲み下す。
「これは〝オレンの実〟という〝食料〟だ。見ての通り危険はない。口にしてみろ」
ナズナは少年の碧眼と手の上の青をしばし交互に見つめ、そっと口を開いた。カリ、と小さな歯が果肉を削ると赤眼に微かな光が灯る。そのまま食べ進めるかと思ったが、少女は動きを止めてこちらを見上げた。ああ、と合点がいったビティスはもう一口齧り、いつもよりゆっくり嚙み砕く。三口めで残った欠片を全て口に放り込めば、ナズナも再び食べ始めた。目に光を宿したまま少しずつオレンの実を胃に収めていく少女へ思わず言葉をかける。
「美味いか」
「うまい?」
「む……、〝良い〟〝悪い〟はわかるか?」
白い頭が縦に動く。ビティスは口を開けて中に収まる肉をべろりと押し出し、指で触れて示す。
「この〝舌〟という器官で感じるものを〝味〟と呼ぶ。〝良い味〟が〝美味い〟だ」
「……した。あじ。うまい」
小さく繰り返して自分の舌に触れてみた。それからオレンの実を齧り、また舌に触れる。もう一度「美味いか」と問えば、少女はこくりと頷いた。その瞳に浮かぶ色を見て、ビティスの胸の内を穏やかなものが漂う。それに少々戸惑いながら、けれど顔には出さず地面に転がったままのきのみを集めて山を作った。
「再度言うが、これは〝オレンの実〟。〝きのみ〟で〝食料〟だ。これの色、見た目、匂い、味をよく覚えておけ」
「うん」
少年の言葉通り、ナズナは手に取ったオレンの実をまじまじと観察し、先程よりも念入りに匂いを嗅いでは齧りつく。1つ1つせっせと口に運んでいく様を眺めるビティスは、無意識に唇を綻ばせていた。
*
オレンの実を完食したらオボンの実を、その次はラムの実を食べさせ、覚えさせる。食事に関しては一先ずこんなところか。脳にも胃にも、一度に大量に詰め込むものではない。
ナズナが頬張った最後の一口を飲み込んだ。果汁で汚れた口の周りを指で拭ってやってから少女の手を引いて歩き出す。目的地は既に見当をつけてあり、その足取りに迷いはない。
「俺様がよいと言ったもの以外は口にするなよ。安易に触れもするな」
見た目は幼児でも実際はまだ赤子だ。赤子は確か、軽率に何でも口に入れる習性を持っている。念のため釘を刺せば少女は素直に頷いた。
一歩後ろを大人しくついてくる少女は少年のことを怖がりも警戒もせず、言われるがまま、されるがままだ。あの灰色の場所で、自分と視線が交わるまでは怯えと諦念に塗り潰された虚ろな目をしていたから、そういった感情は持っているはずだが。……まあいい。素直過ぎて懸念を抱かんこともないが、手がかからないに越したことはない。
「びてぃす、は、いい?」
思わず足が止まる。振り向いた先でナズナの赤がまっすぐこちらを見つめていた。……ふと、ある光景が脳裏を掠める。どくん、己の奥底で何かが脈打つ。ビティスは空いている方の手を強く強く握りしめ――やがて、緩やかにそれを解いた。
「……ああ。俺様は〝安全〟だ」
少なくとも、貴様にとっては。
後半は胸の内に留めたまま前半だけを口にする。少女は僅かに表情をやわらげて「うん」と頷いた。きゅ、と握られた手から伝わる温もりが増す。少年は握り返さなかったが、振り解くこともなく、再び足を動かし始めた。
さらさらと涼しげな音が耳をくすぐる。先程よりもずっと近い。それを辿っていけば、目の前に澄んだ小川が現れた。陽の光を反射してきらきら輝く水面に少女が眩しそうに目を細める。
ビティスはナズナを川べりに座らせ、自分の指先を水の中に浸した。ちゃぷ、と小さな波紋が広がる。触れた場所から水質を読み取り、少女に飲ませてよいか否かを確かめる。
「これは〝水〟といって、」
言葉に詰まり、一旦口を閉じる。これまで当然のように認識・理解していたものだが、いざ説明しようとなると上手い言い回しが出てこない。数秒思案したのち、どうにか「〝渇きを癒すもの〟〝身を清めるもの〟……とでも言っておくか」と絞り出した。
指を入れてみろ、と促されてナズナは人差し指と中指を半分ほど差し入れる。ひんやりした感触に包まれて少し驚いたが、その冷たさは灰色の床や重い鎖と違い、やわらかだった。
ちゃぷちゃぷと波紋を立てて遊ぶ少女の傍ら、少年は水を飲むガーディと人間を思い浮かべ、後者を選んだ。前者では下手をすると溺れかねない。
両手で椀のような形をつくり、隙間ができないよう指と指をぴったり閉じた。それで掬った川の水に唇をつけて喉を潤す。顎を伝う雫を拭い、少女にも同じように手でつくった椀で水を掬わせる。一度目は口をつける前に全て零れてしまったが、二度目はどうにか上手くいった。三度、四度とくり返すうちに喉の渇きを自覚したのか、水の冷たさが心地いいのか。徐々に前のめりになっていき――ばしゃん、大きな音と飛沫を上げて頭から川に転げ落ちた。
幸い浅かったためすぐに顔を上げたが、びしょ濡れのまま目をぱちくりさせるナズナを見て、ビティスはふっと吹き出した。くつくつ笑いながら頬に張り付いた髪をどかしてやる。少女は何故ビティスが笑っているのかわからず、きょとんとしていた。
ついでにこのまま水浴びでもするか、と服や靴を脱ぎ捨てる。陶器のように白くなめらかな肌が日の下に晒される。均整のとれた体と端正な顔立ちが互いを引き立て、宛らよくできた彫刻のようだった。
おさげ髪を濡れないようにぐるぐる巻きつけて団子にし、固定してから川に身を浸す。水を吸って重くなった少女の服――と呼んでいいか怪しいほど薄汚れてボロボロだったが――を脱がせ、それで少女の顔や体を丁寧に拭っていく。時々くすぐったそうに身をよじらせたが、嫌がったり痛がったりはしなかった。
一頻り洗い終えたら少女の手を引いて川から上がる。ビティスは軽く体を振って水気を飛ばせば十分だったが、ナズナの髪や手足を覆う豊かな毛は水をたっぷり含んでしっとりしていた。生憎手元にある乾いた布はビティスの服だけだったため、威力を弱めたねっぷうで乾かしてやった。その上から自身の上着を羽織らせる。半袖のジャケットはナズナが着ると丈の短いワンピースのようだ。
インナーとズボンを手早く身に纏い、念力で視力を強化して周囲を見通す。数十キロ先に小さな町を見つけ、そこに服屋があるのを確認したビティスは視力を元に戻してナズナを呼んだ。
「少しの間、目を閉じていろ」
こくりと頷いて瞼を閉じた少女の手を握り、先程目星をつけた店へテレポートする。こぢんまりした店内には五十路を少し越えたであろう女店主が1人いるだけだ。店主は突如目の前に現れたビティスたちに腰を抜かしたが、その喉から悲鳴が飛び出す前にさいみんじゅつを使って意識と記憶を刈り取った。崩れ落ちた彼女をサイコキネシスでレジ台の裏へ放り込む。
もういいぞ、という少年の言葉に目を開けたナズナは、先程と全く違う場所にいることにビクッと肩を跳ねさせた。赤に怯えが走ったのを見て、繋いだままの手にそっと力を込めれば、やがて穏やかな色を取り戻した。
子ども用の服が並んでいる区画を適当に物色する。傍らの少女に「好きなものを選べ」と言いかけ、寸前で口を閉じた。この言葉では伝わらないだろう。「好き」も「選ぶ」も、少女は知らないのだ。……まだ 。
「この中で気になるものはあるか」
ナズナは瞬きして、ゆっくり視線を巡らせていき――ふと、動きを止めた。
「あれ。おんなじ、ナズナと」
少女が指差したのは紺色のノースリーブワンピースだった。〝おんなじ〟とは色のことだろう。シンプルなデザインで着脱しやすそうだ。
ビティスは念力で材質や構造を読み取り、己の髪を数本ちぎって、それをナズナが選んだワンピースと全く同じものに作り変えた。原物を奪ってもよかったのだが、それは……何となく、気が向かない。
できあがったワンピースを少女に着せてやる。サイズはぴったりで、落ち着いた色合いが少女の真っ白な髪や手足をよく映えさせた。
「ここにあるのは〝服〟という〝身に纏うもの〟だ。俺様が身に着けているものもそうだな。だが……〝この服〟は、貴様のものだ」
ナズナの手を取ってその身を包む紺色に触れさせる。赤い瞳がビティスを映し、ワンピースを映し、もう一度ビティスを映した。
「これ、は、ナズナの?」
「そうだ。貴様 が選んだ、貴様 だけのものだ」
「……うん」
ふわり、少女の胸の内にあたたかなものが灯る。名前をもらった時と同じように温もりがじんわりと自分を満たしていく。ナズナが浮かべた表情にビティスも満足げに目を細めた。
からんからんからん。日が傾いてきた頃、ドアベルが鳴って常連客が訪れる。その時は既に、店主を除いて店には誰もいなかった。
きのみでは大して満足感を得られないだろうが、どうせあの場所では死なない程度に栄養剤を打ち込むくらいで、まともな食事を与えられたことなどないだろう。少女の枝のように細い体を見れば念力で読み取るまでもない。消化しやすいものから少しずつ慣らしてやろう。
手近な木を揺すると丸々と太った青いきのみがぽろぽろ降ってくる。一連の流れをじっと見ていたナズナに隣の木を示して「同じようにやってみろ」と言えば、少女はおずおずと両手で木の肌に触れ、ぐ、と力を込めた。木はわさわさ揺れながら実を幾つか落としていく。
「今貴様が触れているものが〝木〟、落ちてきたものが〝きのみ〟だ。〝きのみをつけるもの〟と〝食料〟とだけ頭に入れておけ。〝食料〟は……腹に入れてよいもの、といったところか」
少女は曖昧な顔でゆっくり頷いた。今は難しくともいずれ理解できるようになるだろう。それまで何度でも教えてやればいい。
ビティスは少し思案して、足元のきのみを2つ拾い上げ、片方をナズナに渡した。赤い瞳が不思議そうに瞬きし、鼻先を近づけて匂いを嗅ぐ。少女が顔を上げてから艶やかな青を齧ってみせた。軽く咀嚼し、ごくりと飲み下す。
「これは〝オレンの実〟という〝食料〟だ。見ての通り危険はない。口にしてみろ」
ナズナは少年の碧眼と手の上の青をしばし交互に見つめ、そっと口を開いた。カリ、と小さな歯が果肉を削ると赤眼に微かな光が灯る。そのまま食べ進めるかと思ったが、少女は動きを止めてこちらを見上げた。ああ、と合点がいったビティスはもう一口齧り、いつもよりゆっくり嚙み砕く。三口めで残った欠片を全て口に放り込めば、ナズナも再び食べ始めた。目に光を宿したまま少しずつオレンの実を胃に収めていく少女へ思わず言葉をかける。
「美味いか」
「うまい?」
「む……、〝良い〟〝悪い〟はわかるか?」
白い頭が縦に動く。ビティスは口を開けて中に収まる肉をべろりと押し出し、指で触れて示す。
「この〝舌〟という器官で感じるものを〝味〟と呼ぶ。〝良い味〟が〝美味い〟だ」
「……した。あじ。うまい」
小さく繰り返して自分の舌に触れてみた。それからオレンの実を齧り、また舌に触れる。もう一度「美味いか」と問えば、少女はこくりと頷いた。その瞳に浮かぶ色を見て、ビティスの胸の内を穏やかなものが漂う。それに少々戸惑いながら、けれど顔には出さず地面に転がったままのきのみを集めて山を作った。
「再度言うが、これは〝オレンの実〟。〝きのみ〟で〝食料〟だ。これの色、見た目、匂い、味をよく覚えておけ」
「うん」
少年の言葉通り、ナズナは手に取ったオレンの実をまじまじと観察し、先程よりも念入りに匂いを嗅いでは齧りつく。1つ1つせっせと口に運んでいく様を眺めるビティスは、無意識に唇を綻ばせていた。
*
オレンの実を完食したらオボンの実を、その次はラムの実を食べさせ、覚えさせる。食事に関しては一先ずこんなところか。脳にも胃にも、一度に大量に詰め込むものではない。
ナズナが頬張った最後の一口を飲み込んだ。果汁で汚れた口の周りを指で拭ってやってから少女の手を引いて歩き出す。目的地は既に見当をつけてあり、その足取りに迷いはない。
「俺様がよいと言ったもの以外は口にするなよ。安易に触れもするな」
見た目は幼児でも実際はまだ赤子だ。赤子は確か、軽率に何でも口に入れる習性を持っている。念のため釘を刺せば少女は素直に頷いた。
一歩後ろを大人しくついてくる少女は少年のことを怖がりも警戒もせず、言われるがまま、されるがままだ。あの灰色の場所で、自分と視線が交わるまでは怯えと諦念に塗り潰された虚ろな目をしていたから、そういった感情は持っているはずだが。……まあいい。素直過ぎて懸念を抱かんこともないが、手がかからないに越したことはない。
「びてぃす、は、いい?」
思わず足が止まる。振り向いた先でナズナの赤がまっすぐこちらを見つめていた。……ふと、ある光景が脳裏を掠める。どくん、己の奥底で何かが脈打つ。ビティスは空いている方の手を強く強く握りしめ――やがて、緩やかにそれを解いた。
「……ああ。俺様は〝安全〟だ」
少なくとも、貴様にとっては。
後半は胸の内に留めたまま前半だけを口にする。少女は僅かに表情をやわらげて「うん」と頷いた。きゅ、と握られた手から伝わる温もりが増す。少年は握り返さなかったが、振り解くこともなく、再び足を動かし始めた。
さらさらと涼しげな音が耳をくすぐる。先程よりもずっと近い。それを辿っていけば、目の前に澄んだ小川が現れた。陽の光を反射してきらきら輝く水面に少女が眩しそうに目を細める。
ビティスはナズナを川べりに座らせ、自分の指先を水の中に浸した。ちゃぷ、と小さな波紋が広がる。触れた場所から水質を読み取り、少女に飲ませてよいか否かを確かめる。
「これは〝水〟といって、」
言葉に詰まり、一旦口を閉じる。これまで当然のように認識・理解していたものだが、いざ説明しようとなると上手い言い回しが出てこない。数秒思案したのち、どうにか「〝渇きを癒すもの〟〝身を清めるもの〟……とでも言っておくか」と絞り出した。
指を入れてみろ、と促されてナズナは人差し指と中指を半分ほど差し入れる。ひんやりした感触に包まれて少し驚いたが、その冷たさは灰色の床や重い鎖と違い、やわらかだった。
ちゃぷちゃぷと波紋を立てて遊ぶ少女の傍ら、少年は水を飲むガーディと人間を思い浮かべ、後者を選んだ。前者では下手をすると溺れかねない。
両手で椀のような形をつくり、隙間ができないよう指と指をぴったり閉じた。それで掬った川の水に唇をつけて喉を潤す。顎を伝う雫を拭い、少女にも同じように手でつくった椀で水を掬わせる。一度目は口をつける前に全て零れてしまったが、二度目はどうにか上手くいった。三度、四度とくり返すうちに喉の渇きを自覚したのか、水の冷たさが心地いいのか。徐々に前のめりになっていき――ばしゃん、大きな音と飛沫を上げて頭から川に転げ落ちた。
幸い浅かったためすぐに顔を上げたが、びしょ濡れのまま目をぱちくりさせるナズナを見て、ビティスはふっと吹き出した。くつくつ笑いながら頬に張り付いた髪をどかしてやる。少女は何故ビティスが笑っているのかわからず、きょとんとしていた。
ついでにこのまま水浴びでもするか、と服や靴を脱ぎ捨てる。陶器のように白くなめらかな肌が日の下に晒される。均整のとれた体と端正な顔立ちが互いを引き立て、宛らよくできた彫刻のようだった。
おさげ髪を濡れないようにぐるぐる巻きつけて団子にし、固定してから川に身を浸す。水を吸って重くなった少女の服――と呼んでいいか怪しいほど薄汚れてボロボロだったが――を脱がせ、それで少女の顔や体を丁寧に拭っていく。時々くすぐったそうに身をよじらせたが、嫌がったり痛がったりはしなかった。
一頻り洗い終えたら少女の手を引いて川から上がる。ビティスは軽く体を振って水気を飛ばせば十分だったが、ナズナの髪や手足を覆う豊かな毛は水をたっぷり含んでしっとりしていた。生憎手元にある乾いた布はビティスの服だけだったため、威力を弱めたねっぷうで乾かしてやった。その上から自身の上着を羽織らせる。半袖のジャケットはナズナが着ると丈の短いワンピースのようだ。
インナーとズボンを手早く身に纏い、念力で視力を強化して周囲を見通す。数十キロ先に小さな町を見つけ、そこに服屋があるのを確認したビティスは視力を元に戻してナズナを呼んだ。
「少しの間、目を閉じていろ」
こくりと頷いて瞼を閉じた少女の手を握り、先程目星をつけた店へテレポートする。こぢんまりした店内には五十路を少し越えたであろう女店主が1人いるだけだ。店主は突如目の前に現れたビティスたちに腰を抜かしたが、その喉から悲鳴が飛び出す前にさいみんじゅつを使って意識と記憶を刈り取った。崩れ落ちた彼女をサイコキネシスでレジ台の裏へ放り込む。
もういいぞ、という少年の言葉に目を開けたナズナは、先程と全く違う場所にいることにビクッと肩を跳ねさせた。赤に怯えが走ったのを見て、繋いだままの手にそっと力を込めれば、やがて穏やかな色を取り戻した。
子ども用の服が並んでいる区画を適当に物色する。傍らの少女に「好きなものを選べ」と言いかけ、寸前で口を閉じた。この言葉では伝わらないだろう。「好き」も「選ぶ」も、少女は知らないのだ。……
「この中で気になるものはあるか」
ナズナは瞬きして、ゆっくり視線を巡らせていき――ふと、動きを止めた。
「あれ。おんなじ、ナズナと」
少女が指差したのは紺色のノースリーブワンピースだった。〝おんなじ〟とは色のことだろう。シンプルなデザインで着脱しやすそうだ。
ビティスは念力で材質や構造を読み取り、己の髪を数本ちぎって、それをナズナが選んだワンピースと全く同じものに作り変えた。原物を奪ってもよかったのだが、それは……何となく、気が向かない。
できあがったワンピースを少女に着せてやる。サイズはぴったりで、落ち着いた色合いが少女の真っ白な髪や手足をよく映えさせた。
「ここにあるのは〝服〟という〝身に纏うもの〟だ。俺様が身に着けているものもそうだな。だが……〝この服〟は、貴様のものだ」
ナズナの手を取ってその身を包む紺色に触れさせる。赤い瞳がビティスを映し、ワンピースを映し、もう一度ビティスを映した。
「これ、は、ナズナの?」
「そうだ。
「……うん」
ふわり、少女の胸の内にあたたかなものが灯る。名前をもらった時と同じように温もりがじんわりと自分を満たしていく。ナズナが浮かべた表情にビティスも満足げに目を細めた。
からんからんからん。日が傾いてきた頃、ドアベルが鳴って常連客が訪れる。その時は既に、店主を除いて店には誰もいなかった。