ポケットにナズナを1輪/side:V
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***
なにもなかった。からっぽだった。
いたくて、こわくて、さむくて。
あのひとが〝からっぽ〟を〝ナズナ〟にしてくれた。
あおぞらのめをした、ナズナのかみさまが。
*
メガシンカ。進化を超えた進化。
トレーナーと強い絆で結ばれたポケモンがある特定の条件下のみで一時的に発現する超常現象。メガシンカを遂げたポケモンは姿やタイプ、特性が変わり、通常の進化ではありえないパワーを発揮できるようになるという。
しかし、誰もが憧れる強大な力は誰でも手に入れられるわけではない。メガシンカできるポケモンは限られている上に、そのポケモンに対応する〝メガストーン〟と〝キーストーン〟と呼ばれる道具が必要だ。さらに、メガシンカは絶大な力を得る代償としてポケモンの肉体や精神に過度な負担がかかる。よって、よほど強い絆で結ばれたパートナーがいなければ、よほど鍛えた心と体を持たなければ、メガシンカを使いこなすことはできない。けれどあまりに圧倒的なその力に種族を問わず魅了される者が後を絶たなかった。
ある者たちはこう考えた。パートナーを必要とせず、たったひとりで永続的にメガシンカできる個体を生み出せないだろうか――と。
*
暗く冷たい檻の中、手足を枷で縛られた少女がひとり、じっと蹲っていた。その四肢は純白の被毛に覆われ、尖った耳と獣のように鋭い爪を持ち、額の右側から鎌を思わせる紺色の角が生えている。
少女と同じように檻に囚われた者たちはいずれも「どこか」が異常だったが、少女の容姿は彼らとは違う種類の異質さを持っていた。
呻き、嗚咽、咆哮、怒鳴り声。壁に爪を立てる音、鎖が床を擦る音。少女の優れた聴覚は檻の向こう側の物音を逐一拾い上げた。けれど少女は泣きも暴れもせず、ただ膝を抱えて大人しくしている。
やがてコツコツ床を叩く音が複数近付いてきて、ギイィと扉が開く。白衣を纏った彼らは膝を抱えたままの少女に慣れた手つきで首枷を嵌めた。
「来い、A-27」
男の1人がぐいと首枷から伸びる鎖を引っ張る。以前、この言葉に逆らった子どもが手ひどく殴られるのを見ていた少女は黙って立ち上がり、男たちについていく。いたいのは、きらい。
A-27。アブソルの遺伝子を持って生まれた27番目の個体。それが少女の〝名前〟だ。
少女が生まれたこの施設は、単一の状態でメガシンカできる個体を生み出すため、日夜非道な実験 が行われていた。
ある時はポケモンの体にメガストーンとキーストーンを埋め込み。ある時は擬人化したポケモンの手足や臓器を奪って人間のそれを移植し。またある時は人間とポケモンを掛け合わせて双方の遺伝子を持った子どもを造り。己の野望 を果たすため、己の好奇心 を満たすため、彼らは数多の人間を、ポケモンを、倫理を、尊厳を、生命を、踏み躙り続けた。
以前は少女の他にも様々なポケモンの遺伝子を持った子どもが大勢いた。ハーフの出生率は極僅か であるにも関わらず。
しかし歪な出自のせいか、あるいは過酷な実験のせいか、全員半年以内に命を落とした。元来ハーフは短命だとされているにせよ、次から次へと生み落とされ ては死んでいく。唯一生き残った少女は、研究員たちから丁重な 扱いを受けていた。
移動しながら研究員のひとりであるフーディンが念力で少女の体をスキャンする。長いもみあげを指に絡めながら呟いた。
「身長120センチ、体重18キロ。生後1年2ヶ月で人間の7歳程度といったところか。流石に初経はまだ始まらんようだな」
「そもそも始まるかどうか。生殖器は備わっているが機能するか疑わしい」
「前回のルカリオ、ゲンガー、ギャラドスはいずれも受精失敗だ。タマゴグループが人型の場合は比較的成功しやすいんだが……」
「不定形と水中は未だ成功例はないだろう。そろそろ人型と陸上に絞ってもいいんじゃないか?」
「いや、生まれこそしなかったが先月サーナイトの受精卵が作れたんだ。不定形はまだ使えると思うぞ」
紙をめくり、板状の機械を操作し、頭上で言葉が交わされる。彼らが何を言っているのか、どんな話をしているのか少女にはわからない。どうでもいい、興味もない。けれど。
「クソッタレどもめ……殺してやる、殺してやる……!! 絶対に、お前ら全員殺してやるからな……ッ!!」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、僕だってこんなことしたくない、でも、こうしないと僕が、』
「キヒッ、きレ……いなおォ、はナ……みつケ、たンだ。き、きみ、みにあ、ァァアげ、る」
『もう嫌だ……、神様……誰か、助けて……楽にさせてよ……。……早く……殺して……』
檻の前を通る度に聞こえてしまう声よりずっとましだから、そちらに意識を向け続けた。
いつものように透明な壁に囲まれた場所へ連れて行かれる。そこには既に先客がふたりいた。どちらも傷だらけで、手足に繋がれた鎖で自由を奪われている。
ひとりは藍色の鱗とヒレを持つ竜――ガブリアス。低く唸りながら鎖を引きちぎろうともがいていた。口枷の隙間からは時折青い火の粉が漏れ、それが胸部に埋め込まれた2つの石をちらちら照らす。憎悪に燃える金の瞳と視線がぶつかり、少女の肩がびくりと跳ねた。
もうひとりは陶器のような白い肌に整った顔立ちの青年だ。鮮やかな緑髪の中に水色が一房混じっている。鈍く輝く首枷は、擬人化が解除できないよう特殊な加工が施されたものだ。ガブリアスと違って大人しいがその赤眼はひどく虚ろで、左右とも二の腕から上と下で微妙に肌の色が異なっていた。
少女も彼らと同じように首枷の鎖で鉄柱に繋がれる。これから何が起きるか身をもって知っている少女は顔を強ばらせ、ただただ身を固くした。
「メガウェーブ、発射」
外からの淡々とした声を合図に天井に取り付けられた赤黒い石が輝きだし、不可思議な紋様の浮かんだ球体を生み出す。それに共鳴するように少女たちの頭上にも同じ球体が浮かび上がる。それらはバチバチと爆ぜながら四方八方に強烈な紫の光を放った。少女もガブリアスも青年も、瞬く間に禍々しい光の渦に飲み込まれる。
「う、あぁッ、アアアアァァァアアア――――ッッ!!」
頭が、角が、手足が、背中が、バラバラに引き裂かれそうなほど痛い。
痛い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い痛いイタイイタイアツイアツイイタイイタイイタイイタイ。
3つの絶叫が部屋を満たす。心も体も痛みに支配された彼らを、研究員たちは思い思いに観察し、記録した。
「……どれも変化なし、か。エルレイド は自信作だったんだが」
「ガブリアス は日に日に凶暴になって手に負えん。ぼちぼち種を採取して処分するか?」
「おい、そろそろ止めろ。A-27が死ぬぞ」
「やはり人間ベースだと肉体が脆いな。くそ、醜い混血の分際で……ポケモンベースであれば……」
「肉体が未成熟なのもあるだろう。せっかくここまで生かしたんだ、有効に使おうじゃないか」
突如、光から解放される。がくりと膝の力が抜けたが、首を縛る鎖のせいで倒れることすらできなかった。喉への圧迫感から逃れたくても立ち上がる余力は欠片も残っていない。けれど、いつもは不快な鉄の冷たさが今だけは心地よかった。
少女の耳が乾いた靴音を拾う。鎖を解かれ、半ば引きずられるように歩かされる。朦朧とする意識の中で懸命に足を動かした。ここで止まると殴られてしまう。いたいのは、きらい。
気付けばいつもの檻の中で転がっていた。首枷は外されている。顔や頭に痛みがないから、どうにか止まらずにたどり着けたのだろう。ほっと胸を撫で下ろし、ゆっくり目を閉じた。寝ている間は何も感じず済む。
しかし、あの光を浴びせられた日は決まって同じ夢を見た。普段は思い出すことすらない、奥底に焼き付いた一番古い記憶を。
はじまりは、赤。燃え猛る赤が自分を睨んでいる。白い毛皮を振り乱し、自分とよく似た角を持つ獣の真っ赤な瞳が強く強く睨んでくる。
獣は荒ぶる呼吸を整えもせず、少女の喉元を押さえつけたまま激しく吼え立てた。
『おぞましいおぞましいおぞましいおぞましい!!何故生まれてきた!?何故お前のようなモノが生まれてしまったのだ!!他と同じように生まれる前に死ねばよかったのに!!どうして私が……私からッ!!』
悲痛な絶叫と共に振り下ろされた爪が少女の眼前に迫り――タァン。高く鋭い音が響き、白い獣はどさりと倒れた。側頭部から溢れた赤がじわじわ純白の毛皮を染めていく。やがて顔に流れ落ち、頬を伝って胸元の毛も侵し始めた。開きっぱなしの口から微かな音が零れ落ちる。
『おまえなんて……うみたくなど、なかった……』
そっと瞼を持ち上げれば、灰色の床と、そこに投げ出された自分の白い両腕が映った。先程より意識ははっきりしているけれど、胸の真ん中がズキズキする。殴られたわけでもないのに。あの夢を見るといつもこうだ。自分の内側で蠢く何かを抑え込むように背を丸め、膝を抱える。……さむい。
何故あの獣があれほど自分を忌み嫌うのか少女は知らない。けれどあの眼差しが、声が、爪が、獣から向けられる全てが怖くて仕方がなかった。憎悪。害意。蔑み。厭忌。あれは、ここにいるモノたちと同じだ。
冷たい視線に晒されながら来る日も来る日もわけのわからない薬を飲まされ、打たれ、漬け込まれ。よくわからない部屋に閉じ込められてはあらゆる痛みをぶつけられ。一番ましな眠っている時すら度々悪夢に邪魔される。少女の世界は痛みと恐怖に溢れていた。
きらい。いたいのも、こわいのも、にんげんも、ぽけもんも。ぜんぶぜんぶ、だいきらい。
……なくなっちゃえ、こんなせかい。
じわり、角が熱を帯びる。なんだか手足がむずむずする。体の奥からも声がする。何かをしろと言っている。
しかし自分にどんなポケモンの血が流れているのか、そのポケモンがどんな力を持つのか知らない少女は、ただただ目を閉じ、耳を塞いで蹲った。
なにもなかった。からっぽだった。
いたくて、こわくて、さむくて。
あのひとが〝からっぽ〟を〝ナズナ〟にしてくれた。
あおぞらのめをした、ナズナのかみさまが。
*
メガシンカ。進化を超えた進化。
トレーナーと強い絆で結ばれたポケモンがある特定の条件下のみで一時的に発現する超常現象。メガシンカを遂げたポケモンは姿やタイプ、特性が変わり、通常の進化ではありえないパワーを発揮できるようになるという。
しかし、誰もが憧れる強大な力は誰でも手に入れられるわけではない。メガシンカできるポケモンは限られている上に、そのポケモンに対応する〝メガストーン〟と〝キーストーン〟と呼ばれる道具が必要だ。さらに、メガシンカは絶大な力を得る代償としてポケモンの肉体や精神に過度な負担がかかる。よって、よほど強い絆で結ばれたパートナーがいなければ、よほど鍛えた心と体を持たなければ、メガシンカを使いこなすことはできない。けれどあまりに圧倒的なその力に種族を問わず魅了される者が後を絶たなかった。
ある者たちはこう考えた。パートナーを必要とせず、たったひとりで永続的にメガシンカできる個体を生み出せないだろうか――と。
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暗く冷たい檻の中、手足を枷で縛られた少女がひとり、じっと蹲っていた。その四肢は純白の被毛に覆われ、尖った耳と獣のように鋭い爪を持ち、額の右側から鎌を思わせる紺色の角が生えている。
少女と同じように檻に囚われた者たちはいずれも「どこか」が異常だったが、少女の容姿は彼らとは違う種類の異質さを持っていた。
呻き、嗚咽、咆哮、怒鳴り声。壁に爪を立てる音、鎖が床を擦る音。少女の優れた聴覚は檻の向こう側の物音を逐一拾い上げた。けれど少女は泣きも暴れもせず、ただ膝を抱えて大人しくしている。
やがてコツコツ床を叩く音が複数近付いてきて、ギイィと扉が開く。白衣を纏った彼らは膝を抱えたままの少女に慣れた手つきで首枷を嵌めた。
「来い、A-27」
男の1人がぐいと首枷から伸びる鎖を引っ張る。以前、この言葉に逆らった子どもが手ひどく殴られるのを見ていた少女は黙って立ち上がり、男たちについていく。いたいのは、きらい。
A-27。アブソルの遺伝子を持って生まれた27番目の個体。それが少女の〝名前〟だ。
少女が生まれたこの施設は、単一の状態でメガシンカできる個体を生み出すため、日夜非道な
ある時はポケモンの体にメガストーンとキーストーンを埋め込み。ある時は擬人化したポケモンの手足や臓器を奪って人間のそれを移植し。またある時は人間とポケモンを掛け合わせて双方の遺伝子を持った子どもを造り。己の
以前は少女の他にも様々なポケモンの遺伝子を持った子どもが大勢いた。
しかし歪な出自のせいか、あるいは過酷な実験のせいか、全員半年以内に命を落とした。元来ハーフは短命だとされているにせよ、次から次へと
移動しながら研究員のひとりであるフーディンが念力で少女の体をスキャンする。長いもみあげを指に絡めながら呟いた。
「身長120センチ、体重18キロ。生後1年2ヶ月で人間の7歳程度といったところか。流石に初経はまだ始まらんようだな」
「そもそも始まるかどうか。生殖器は備わっているが機能するか疑わしい」
「前回のルカリオ、ゲンガー、ギャラドスはいずれも受精失敗だ。タマゴグループが人型の場合は比較的成功しやすいんだが……」
「不定形と水中は未だ成功例はないだろう。そろそろ人型と陸上に絞ってもいいんじゃないか?」
「いや、生まれこそしなかったが先月サーナイトの受精卵が作れたんだ。不定形はまだ使えると思うぞ」
紙をめくり、板状の機械を操作し、頭上で言葉が交わされる。彼らが何を言っているのか、どんな話をしているのか少女にはわからない。どうでもいい、興味もない。けれど。
「クソッタレどもめ……殺してやる、殺してやる……!! 絶対に、お前ら全員殺してやるからな……ッ!!」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、僕だってこんなことしたくない、でも、こうしないと僕が、』
「キヒッ、きレ……いなおォ、はナ……みつケ、たンだ。き、きみ、みにあ、ァァアげ、る」
『もう嫌だ……、神様……誰か、助けて……楽にさせてよ……。……早く……殺して……』
檻の前を通る度に聞こえてしまう声よりずっとましだから、そちらに意識を向け続けた。
いつものように透明な壁に囲まれた場所へ連れて行かれる。そこには既に先客がふたりいた。どちらも傷だらけで、手足に繋がれた鎖で自由を奪われている。
ひとりは藍色の鱗とヒレを持つ竜――ガブリアス。低く唸りながら鎖を引きちぎろうともがいていた。口枷の隙間からは時折青い火の粉が漏れ、それが胸部に埋め込まれた2つの石をちらちら照らす。憎悪に燃える金の瞳と視線がぶつかり、少女の肩がびくりと跳ねた。
もうひとりは陶器のような白い肌に整った顔立ちの青年だ。鮮やかな緑髪の中に水色が一房混じっている。鈍く輝く首枷は、擬人化が解除できないよう特殊な加工が施されたものだ。ガブリアスと違って大人しいがその赤眼はひどく虚ろで、左右とも二の腕から上と下で微妙に肌の色が異なっていた。
少女も彼らと同じように首枷の鎖で鉄柱に繋がれる。これから何が起きるか身をもって知っている少女は顔を強ばらせ、ただただ身を固くした。
「メガウェーブ、発射」
外からの淡々とした声を合図に天井に取り付けられた赤黒い石が輝きだし、不可思議な紋様の浮かんだ球体を生み出す。それに共鳴するように少女たちの頭上にも同じ球体が浮かび上がる。それらはバチバチと爆ぜながら四方八方に強烈な紫の光を放った。少女もガブリアスも青年も、瞬く間に禍々しい光の渦に飲み込まれる。
「う、あぁッ、アアアアァァァアアア――――ッッ!!」
頭が、角が、手足が、背中が、バラバラに引き裂かれそうなほど痛い。
痛い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い痛いイタイイタイアツイアツイイタイイタイイタイイタイ。
3つの絶叫が部屋を満たす。心も体も痛みに支配された彼らを、研究員たちは思い思いに観察し、記録した。
「……どれも変化なし、か。
「
「おい、そろそろ止めろ。A-27が死ぬぞ」
「やはり人間ベースだと肉体が脆いな。くそ、醜い混血の分際で……ポケモンベースであれば……」
「肉体が未成熟なのもあるだろう。せっかくここまで生かしたんだ、有効に使おうじゃないか」
突如、光から解放される。がくりと膝の力が抜けたが、首を縛る鎖のせいで倒れることすらできなかった。喉への圧迫感から逃れたくても立ち上がる余力は欠片も残っていない。けれど、いつもは不快な鉄の冷たさが今だけは心地よかった。
少女の耳が乾いた靴音を拾う。鎖を解かれ、半ば引きずられるように歩かされる。朦朧とする意識の中で懸命に足を動かした。ここで止まると殴られてしまう。いたいのは、きらい。
気付けばいつもの檻の中で転がっていた。首枷は外されている。顔や頭に痛みがないから、どうにか止まらずにたどり着けたのだろう。ほっと胸を撫で下ろし、ゆっくり目を閉じた。寝ている間は何も感じず済む。
しかし、あの光を浴びせられた日は決まって同じ夢を見た。普段は思い出すことすらない、奥底に焼き付いた一番古い記憶を。
はじまりは、赤。燃え猛る赤が自分を睨んでいる。白い毛皮を振り乱し、自分とよく似た角を持つ獣の真っ赤な瞳が強く強く睨んでくる。
獣は荒ぶる呼吸を整えもせず、少女の喉元を押さえつけたまま激しく吼え立てた。
『おぞましいおぞましいおぞましいおぞましい!!何故生まれてきた!?何故お前のようなモノが生まれてしまったのだ!!他と同じように生まれる前に死ねばよかったのに!!どうして私が……私からッ!!』
悲痛な絶叫と共に振り下ろされた爪が少女の眼前に迫り――タァン。高く鋭い音が響き、白い獣はどさりと倒れた。側頭部から溢れた赤がじわじわ純白の毛皮を染めていく。やがて顔に流れ落ち、頬を伝って胸元の毛も侵し始めた。開きっぱなしの口から微かな音が零れ落ちる。
『おまえなんて……うみたくなど、なかった……』
そっと瞼を持ち上げれば、灰色の床と、そこに投げ出された自分の白い両腕が映った。先程より意識ははっきりしているけれど、胸の真ん中がズキズキする。殴られたわけでもないのに。あの夢を見るといつもこうだ。自分の内側で蠢く何かを抑え込むように背を丸め、膝を抱える。……さむい。
何故あの獣があれほど自分を忌み嫌うのか少女は知らない。けれどあの眼差しが、声が、爪が、獣から向けられる全てが怖くて仕方がなかった。憎悪。害意。蔑み。厭忌。あれは、ここにいるモノたちと同じだ。
冷たい視線に晒されながら来る日も来る日もわけのわからない薬を飲まされ、打たれ、漬け込まれ。よくわからない部屋に閉じ込められてはあらゆる痛みをぶつけられ。一番ましな眠っている時すら度々悪夢に邪魔される。少女の世界は痛みと恐怖に溢れていた。
きらい。いたいのも、こわいのも、にんげんも、ぽけもんも。ぜんぶぜんぶ、だいきらい。
……なくなっちゃえ、こんなせかい。
じわり、角が熱を帯びる。なんだか手足がむずむずする。体の奥からも声がする。何かをしろと言っている。
しかし自分にどんなポケモンの血が流れているのか、そのポケモンがどんな力を持つのか知らない少女は、ただただ目を閉じ、耳を塞いで蹲った。
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