トリカブトと手を繋ぐ
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もぞり、と布が動く音で意識がふっと浮上する。……あれ、俺、寝てた?
慌てて頭を振ってぼんやりした感覚を振り払う。隣でもベトベターが眩しそうにしぱしぱ瞬きしている。
「悪い、起こしたか」
低い声に揃ってがばっと顔を上げる。おっさんはさっきみたいに、ベッドの上で上体だけ起こしていた。片方だけの黒は穏やか――かと思いきや、ぎょっと見開かれた。
「お、おい、どうした」
珍しく狼狽した声が向けられた先は、ベトベター。呆然とした表情でぼろぼろ涙を溢れさせている。
「えっ、ちょっ、何で泣いてんだよ!?」
「や……なんか……先生は寝てるだけって言ったけど……このまま、起きなかったらどうしようって、ずっと思ってて……そしたら、じっちゃん起きてて、ああ生きてんだな、って……」
すっげえ、ほっとした。
後から後から零れ出す涙を拭いながら、深く吐き出した。
褐色の左手が伸びてきて、緑の頭を強めにわしわし撫で回す。俺も真似してゆっくり背中をさする。ベトベターはされるがまま、床や膝の上に新しい染みを作り続けた。
やがて大きく鼻をすすり、ゆっくり頭を持ち上げた。それをそのままソファの背もたれに乗せる。
「あー……今日マジ涙腺ガバガバじゃん。じっちゃんのせいだかんな」
おっさんは何も言わない。無視してるんじゃなくて、返事に困ってるみたいだ。その証拠に目がうろうろ彷徨っている。それが不意に動きを止め、こちらを向いた。
「テメェらに、昔のこと話すっつったな。何から聞きてェ」
「最初から。どこで生まれて、何してたのか。なんでアローラに来たのか。全部」
身を起こしたベトベターが即座に答える。俺もあいつもソファの上で座り直して、聞く準備は万端。
おっさんは一度ちらりと俺を見て、「大して面白くもねェからな」という前置きから始めた。
***
カントーの南端にあるグレン島ってとこに野生ポケモンたちがねぐらにしてる古いボロ屋敷があってな。俺はそこで生まれた。ニンゲンどもは確か〝ポケモン屋敷〟とか呼んでた。
ガキの頃は血の気が多くて、トレーナーだろうが野生だろうが、誰彼構わず喧嘩売ってはバトルしまくって……気付けばベトベトンに進化してた。……そうだな、今のベトベター と同じ年頃だったかもしれねェ。負けたこと?あんまりねェな。
そうやって暴れ回ってるモンだからそのうち群れの奴らも寄り付かなくなったんだが。……いつからか、何でか知らねェがメスのロコンに懐かれて、纏わりつかれるようになってた。
ロコンは本来群れで生活するってのに、チビのくせにひとりであちこち首突っ込んではしゃいでるような、うるせェ奴だった。何度追っ払っても懲りずにちょっかいかけに来ちゃァ聞きもしねェことずっとベラベラ喋りやがって。……ほんと、うるせェ奴だった。
*
ロコンについて話すおっさんは、生い立ちの時とは違って、ひどくあたたかな目をしていた。大切な宝物にそっと触れるように、やわらかく、穏やかに言葉を紡ぐ。
その表情に、ふと、母ちゃんを見つめるギナの眼差しが重なった。
*
そいつはずっと島の外に出たがってた。気に入ったニンゲンとパートナーになって、色んな所を旅をするんだって、よく町にも出かけてた。天気のいい日に朝早くから出て行って、日が暮れる頃に戻ってきて俺に「今日はこういうニンゲンに会った」って喋り倒して。全体的に甘口だったが、気に入らねェ奴はボロクソに貶してたな。
ある日、町に出たそいつが戻って来なくて、とうとう死んだか捕まったかと思ったら、7日後くらいにケロッとした顔で帰ってきた。……ニンゲンの、メスのガキを連れて。
曰く、町の悪ガキどもに追い回されて、逃げてるうちに後ろ足を捻っちまって、動けなくなってる所を助けられたんだと。医者に連れてってもらって、毎日見舞いに来るそのガキと話すうちに意気投合して……ってことらしい。「ビビッときた!」とかなんとか。ついでに擬人化もできるようになってたな。
*
擬人化。人間を見たことがあって、〝ある条件〟を満たしたポケモンであれば、人間と同じ姿になれる現象。
現代ではどの地方でも一般的に認知されていて、人間と一緒に暮らしたり、働いたりしていることも珍しくない。
その条件っていうのは諸説あるらしいけど、今のところ定説は2つ。「人間の姿を得たいと強く願うこと」。あるいは「人間に対して、何らかの強い感情を抱くこと」。
身近に擬人化した姿で暮らしてるポケモンが多いからあんまり気にしたことなかったけど、ベトベターもおっさんも擬人化できるってことは……条件、満たしてるんだよな。
「お前は何で擬人化できるようになったんだ?」
「じっちゃんもセンパイたちも大体できてたからさァ、ずりィ!俺さんもやりてェ!って言ってたら……なんか、いつの間にかできた。最初は2本足で歩くの大変だったなァ」
「あー、足ないもんな」
「そーそー」
ミバやジンコもそうだったって聞いたな。ふたりとも足より手に苦戦したらしいけど。
じっちゃんは?とベトベターが振る。おっさんは自分の手元に視線を落とし、遠くを見るような目で呟いた。
「テメェと似たようなモンだ。あいつができたから、……そんだけだ」
*
あれ以来、俺に纏わりつくガキが2匹に増えた。
ポケモン屋敷で時々見かけるガキのトレーナーより、そのガキは幾らかチビだった。ロコン は今すぐ手持ちになりたがってたが、親から「ポケモンを持つのは10歳になったら」って言われてるとかで、まだ野生のままだった。まァ、互いにそいつをパートナーにって約束したらしいが。
ロコン はいちいち屋敷の入り口まで迎えに行って、探検だってあちこち連れ回してた。大して強くもねェくせに。ガキもガキで、色んなモンに興味示して、目ェ輝かせて。
どっちも危なっかしくて見てられねェから俺も何度かついて行ってやったら、毎回付き合わされるようになっちまった。俺の都合なんざ聞きやしねェ。歩き回りながら、旅に出たら何がしてェ、どこに行きてェ、って話ばっかしてたな。
そのうち俺も擬人化できるようになったら、今度は町に行こうとか言い出して。最初に行ったのはロコン が世話になった診療所だった。改めて礼がしてェっつうガキどもに引っ張られていったその場所で、あいつと……ギナと、初めてツラを合わせた。
*
「ちょ、ちょっと待って!おっさんとギナって知り合いだったのか!?」
驚きのあまり思わず話を遮っちゃったけど、おっさんは鷹揚に頷いた。マジかよ……世間って狭え~。
同時にすとんと納得がいく。だからギナもおっさんも、あんなに驚いてたんだ。思いがけない所で知り合いとばったり会ったら、そりゃびっくりするよな。
*
そんなこんなで1人と2匹、時々3匹でつるむようになって、1年後くらいか。
ガキどもが「もうすぐ旅に出る」っつってよ。それ聞いて「俺も行く」って言ったんだ。ガキどもと過ごすのは存外悪くなかったし……何よりロコン を、放っておけなかった。
半月後にガキが誕生日を迎えるまでボールを持てねェからあくまで口約束だったが。あいつと俺は、ガキの手持ちになって……名前をもらった。
***
そこまで話しておっさんは静かに口を閉じた。俺とベトベターをまっすぐ見つめ、ゆっくり唇を持ち上げる。
「あいつはキャロル。俺は……トビーだ」
トビー。口の中で小さく呟く。これが、おっさんの名前。初めて聞いたけど妙にしっくりくる。
ベトベターも噛みしめるように何度か口にして、目元をやわらげた。
「……そっか。あんた、トビーっていうのか」
「ああ」
「いい響きだな。あんたによく似合ってる」
ニッと笑ったベトベターの言葉におっさんは虚を突かれたような顔をした。やがて、「あ゛ー……」と唸りながらフードを目深に引き下げ、ボソリと呟く。
「俺も昔、同じこと言った。……長く一緒にいると似ちまうモンだな」
ちょっぴり気恥ずかしそうな声が新鮮で、珍しくて。喜色が滲んだベトベターと顔を見合わせ、けらけら笑った。
誰に、かは言わなかったけど。たぶん、キャロルだ。
☆
グレン島やキャロルのこと、若い頃の話をいろいろ聞いてるうちに、不意に軽快なチャイムが鳴り響いた。ベトベターに聞いたら今のは昼休み開始の合図らしい。もう昼か、早いな。
「おーす、様子見に来たぞー……って、おお、起きたか」
からりと開いたドアの向こうから社長さんが現れた。左手に下げたビニール袋をガサガサ言わせながら丸椅子を引っ張ってきて、どっかり腰を下ろす。
「ベーやん、メシは?食えそうか?」
「……いや、いらねェ」
「そうか……。なんか食いたくなったらいつでも言ってくれ」
「……ああ」
あ。メシの話で思い出したけど、おっさん、薬飲まなきゃ。朝は飲んだって言ってたから、昼の分。それを言えば、そうだそうだとベトベターが錠剤とペットボトルを手渡した。しっかり飲んだのを見届け、朝の残りのスパムにぎりを俺・ベトベター・社長さんで分け合う。
昼メシがてら、今度は4人(正確には2人と2匹)で取り留めのない話をする。社長さんが「リサイクルプラント内で迷った新人を見つけて、道案内しようと声をかけたらビビられて逃げられた」というおっさんのエピソードを暴露した途端、ベッドの上から枕が飛んできた。いやー、おっさんには悪いけど、逃げた奴の気持ちわかるなあ。おっさん顔怖えもん。うんうんと頷く俺の横で、ベトベターはゲラゲラ笑い転げていた。
あっという間に昼休み終了のチャイムが鳴ったから、空になった皿の上に社長さんが持ってたビニール袋の中身――カルアポークのサンドイッチを並べていく。ほんとは昼メシのつもりだったけど、大食らいたちの食欲が控えめだから、俺たちの夕飯にしてくれって。それからフィラの実ゼリー。こっちはおっさんの。
社長さんを見送って、朝から喋りどおしだったからちょっと休憩。おっさんが寝ちゃったから、ふたりで静かにできる遊びってことでジェスチャーゲーム大会が始まった……のはよかったものの段々途中で趣旨が変わって、いつの間にか「笑ったら負けゲーム」になってた。あいつのヤドンのモノマネ、なんであんなにレパートリーあるんだよ!ズルいだろ!
ちょくちょくおっさんの様子を見つつ、小声で駄弁ったり遊んだりして時間を潰す。何回か大声出しちゃったけど、眠りが深いのか、起きる様子はなかった。
遊び疲れたら休憩も兼ねてそっとおっさんの手足をさする。こんな感じでいいのかな。夜にギナが来るからその時聞いてみよう。
不安な状況ではあるけど、こうやって1日中ベトベターと一緒にと過ごせるのは楽しい。……こいつも、少しでも気が紛れたらいいな。でもニラメッコはもう二度とやらない。
夕方、おっさんがゆっくり目を開けた。後で聞いたら、ずっと寝てたわけじゃなくてうとうとしてる時間も長かったらしい。春の朝によくある、起きてるような寝てるようなあの感じ。
「何か飲む?もしくは食う?」
ベトベターが右手においしい水、左手にフィラの実ゼリーを持って首を傾げる。おっさんはゆっくり瞬きして、赤いゼリーに手を伸ばした。
全部は食べられなかったけど、小さく零した「……うめェな」という言葉が耳から離れなかった。
慌てて頭を振ってぼんやりした感覚を振り払う。隣でもベトベターが眩しそうにしぱしぱ瞬きしている。
「悪い、起こしたか」
低い声に揃ってがばっと顔を上げる。おっさんはさっきみたいに、ベッドの上で上体だけ起こしていた。片方だけの黒は穏やか――かと思いきや、ぎょっと見開かれた。
「お、おい、どうした」
珍しく狼狽した声が向けられた先は、ベトベター。呆然とした表情でぼろぼろ涙を溢れさせている。
「えっ、ちょっ、何で泣いてんだよ!?」
「や……なんか……先生は寝てるだけって言ったけど……このまま、起きなかったらどうしようって、ずっと思ってて……そしたら、じっちゃん起きてて、ああ生きてんだな、って……」
すっげえ、ほっとした。
後から後から零れ出す涙を拭いながら、深く吐き出した。
褐色の左手が伸びてきて、緑の頭を強めにわしわし撫で回す。俺も真似してゆっくり背中をさする。ベトベターはされるがまま、床や膝の上に新しい染みを作り続けた。
やがて大きく鼻をすすり、ゆっくり頭を持ち上げた。それをそのままソファの背もたれに乗せる。
「あー……今日マジ涙腺ガバガバじゃん。じっちゃんのせいだかんな」
おっさんは何も言わない。無視してるんじゃなくて、返事に困ってるみたいだ。その証拠に目がうろうろ彷徨っている。それが不意に動きを止め、こちらを向いた。
「テメェらに、昔のこと話すっつったな。何から聞きてェ」
「最初から。どこで生まれて、何してたのか。なんでアローラに来たのか。全部」
身を起こしたベトベターが即座に答える。俺もあいつもソファの上で座り直して、聞く準備は万端。
おっさんは一度ちらりと俺を見て、「大して面白くもねェからな」という前置きから始めた。
***
カントーの南端にあるグレン島ってとこに野生ポケモンたちがねぐらにしてる古いボロ屋敷があってな。俺はそこで生まれた。ニンゲンどもは確か〝ポケモン屋敷〟とか呼んでた。
ガキの頃は血の気が多くて、トレーナーだろうが野生だろうが、誰彼構わず喧嘩売ってはバトルしまくって……気付けばベトベトンに進化してた。……そうだな、今の
そうやって暴れ回ってるモンだからそのうち群れの奴らも寄り付かなくなったんだが。……いつからか、何でか知らねェがメスのロコンに懐かれて、纏わりつかれるようになってた。
ロコンは本来群れで生活するってのに、チビのくせにひとりであちこち首突っ込んではしゃいでるような、うるせェ奴だった。何度追っ払っても懲りずにちょっかいかけに来ちゃァ聞きもしねェことずっとベラベラ喋りやがって。……ほんと、うるせェ奴だった。
*
ロコンについて話すおっさんは、生い立ちの時とは違って、ひどくあたたかな目をしていた。大切な宝物にそっと触れるように、やわらかく、穏やかに言葉を紡ぐ。
その表情に、ふと、母ちゃんを見つめるギナの眼差しが重なった。
*
そいつはずっと島の外に出たがってた。気に入ったニンゲンとパートナーになって、色んな所を旅をするんだって、よく町にも出かけてた。天気のいい日に朝早くから出て行って、日が暮れる頃に戻ってきて俺に「今日はこういうニンゲンに会った」って喋り倒して。全体的に甘口だったが、気に入らねェ奴はボロクソに貶してたな。
ある日、町に出たそいつが戻って来なくて、とうとう死んだか捕まったかと思ったら、7日後くらいにケロッとした顔で帰ってきた。……ニンゲンの、メスのガキを連れて。
曰く、町の悪ガキどもに追い回されて、逃げてるうちに後ろ足を捻っちまって、動けなくなってる所を助けられたんだと。医者に連れてってもらって、毎日見舞いに来るそのガキと話すうちに意気投合して……ってことらしい。「ビビッときた!」とかなんとか。ついでに擬人化もできるようになってたな。
*
擬人化。人間を見たことがあって、〝ある条件〟を満たしたポケモンであれば、人間と同じ姿になれる現象。
現代ではどの地方でも一般的に認知されていて、人間と一緒に暮らしたり、働いたりしていることも珍しくない。
その条件っていうのは諸説あるらしいけど、今のところ定説は2つ。「人間の姿を得たいと強く願うこと」。あるいは「人間に対して、何らかの強い感情を抱くこと」。
身近に擬人化した姿で暮らしてるポケモンが多いからあんまり気にしたことなかったけど、ベトベターもおっさんも擬人化できるってことは……条件、満たしてるんだよな。
「お前は何で擬人化できるようになったんだ?」
「じっちゃんもセンパイたちも大体できてたからさァ、ずりィ!俺さんもやりてェ!って言ってたら……なんか、いつの間にかできた。最初は2本足で歩くの大変だったなァ」
「あー、足ないもんな」
「そーそー」
ミバやジンコもそうだったって聞いたな。ふたりとも足より手に苦戦したらしいけど。
じっちゃんは?とベトベターが振る。おっさんは自分の手元に視線を落とし、遠くを見るような目で呟いた。
「テメェと似たようなモンだ。あいつができたから、……そんだけだ」
*
あれ以来、俺に纏わりつくガキが2匹に増えた。
ポケモン屋敷で時々見かけるガキのトレーナーより、そのガキは幾らかチビだった。
どっちも危なっかしくて見てられねェから俺も何度かついて行ってやったら、毎回付き合わされるようになっちまった。俺の都合なんざ聞きやしねェ。歩き回りながら、旅に出たら何がしてェ、どこに行きてェ、って話ばっかしてたな。
そのうち俺も擬人化できるようになったら、今度は町に行こうとか言い出して。最初に行ったのは
*
「ちょ、ちょっと待って!おっさんとギナって知り合いだったのか!?」
驚きのあまり思わず話を遮っちゃったけど、おっさんは鷹揚に頷いた。マジかよ……世間って狭え~。
同時にすとんと納得がいく。だからギナもおっさんも、あんなに驚いてたんだ。思いがけない所で知り合いとばったり会ったら、そりゃびっくりするよな。
*
そんなこんなで1人と2匹、時々3匹でつるむようになって、1年後くらいか。
ガキどもが「もうすぐ旅に出る」っつってよ。それ聞いて「俺も行く」って言ったんだ。ガキどもと過ごすのは存外悪くなかったし……何より
半月後にガキが誕生日を迎えるまでボールを持てねェからあくまで口約束だったが。あいつと俺は、ガキの手持ちになって……名前をもらった。
***
そこまで話しておっさんは静かに口を閉じた。俺とベトベターをまっすぐ見つめ、ゆっくり唇を持ち上げる。
「あいつはキャロル。俺は……トビーだ」
トビー。口の中で小さく呟く。これが、おっさんの名前。初めて聞いたけど妙にしっくりくる。
ベトベターも噛みしめるように何度か口にして、目元をやわらげた。
「……そっか。あんた、トビーっていうのか」
「ああ」
「いい響きだな。あんたによく似合ってる」
ニッと笑ったベトベターの言葉におっさんは虚を突かれたような顔をした。やがて、「あ゛ー……」と唸りながらフードを目深に引き下げ、ボソリと呟く。
「俺も昔、同じこと言った。……長く一緒にいると似ちまうモンだな」
ちょっぴり気恥ずかしそうな声が新鮮で、珍しくて。喜色が滲んだベトベターと顔を見合わせ、けらけら笑った。
誰に、かは言わなかったけど。たぶん、キャロルだ。
☆
グレン島やキャロルのこと、若い頃の話をいろいろ聞いてるうちに、不意に軽快なチャイムが鳴り響いた。ベトベターに聞いたら今のは昼休み開始の合図らしい。もう昼か、早いな。
「おーす、様子見に来たぞー……って、おお、起きたか」
からりと開いたドアの向こうから社長さんが現れた。左手に下げたビニール袋をガサガサ言わせながら丸椅子を引っ張ってきて、どっかり腰を下ろす。
「ベーやん、メシは?食えそうか?」
「……いや、いらねェ」
「そうか……。なんか食いたくなったらいつでも言ってくれ」
「……ああ」
あ。メシの話で思い出したけど、おっさん、薬飲まなきゃ。朝は飲んだって言ってたから、昼の分。それを言えば、そうだそうだとベトベターが錠剤とペットボトルを手渡した。しっかり飲んだのを見届け、朝の残りのスパムにぎりを俺・ベトベター・社長さんで分け合う。
昼メシがてら、今度は4人(正確には2人と2匹)で取り留めのない話をする。社長さんが「リサイクルプラント内で迷った新人を見つけて、道案内しようと声をかけたらビビられて逃げられた」というおっさんのエピソードを暴露した途端、ベッドの上から枕が飛んできた。いやー、おっさんには悪いけど、逃げた奴の気持ちわかるなあ。おっさん顔怖えもん。うんうんと頷く俺の横で、ベトベターはゲラゲラ笑い転げていた。
あっという間に昼休み終了のチャイムが鳴ったから、空になった皿の上に社長さんが持ってたビニール袋の中身――カルアポークのサンドイッチを並べていく。ほんとは昼メシのつもりだったけど、大食らいたちの食欲が控えめだから、俺たちの夕飯にしてくれって。それからフィラの実ゼリー。こっちはおっさんの。
社長さんを見送って、朝から喋りどおしだったからちょっと休憩。おっさんが寝ちゃったから、ふたりで静かにできる遊びってことでジェスチャーゲーム大会が始まった……のはよかったものの段々途中で趣旨が変わって、いつの間にか「笑ったら負けゲーム」になってた。あいつのヤドンのモノマネ、なんであんなにレパートリーあるんだよ!ズルいだろ!
ちょくちょくおっさんの様子を見つつ、小声で駄弁ったり遊んだりして時間を潰す。何回か大声出しちゃったけど、眠りが深いのか、起きる様子はなかった。
遊び疲れたら休憩も兼ねてそっとおっさんの手足をさする。こんな感じでいいのかな。夜にギナが来るからその時聞いてみよう。
不安な状況ではあるけど、こうやって1日中ベトベターと一緒にと過ごせるのは楽しい。……こいつも、少しでも気が紛れたらいいな。でもニラメッコはもう二度とやらない。
夕方、おっさんがゆっくり目を開けた。後で聞いたら、ずっと寝てたわけじゃなくてうとうとしてる時間も長かったらしい。春の朝によくある、起きてるような寝てるようなあの感じ。
「何か飲む?もしくは食う?」
ベトベターが右手においしい水、左手にフィラの実ゼリーを持って首を傾げる。おっさんはゆっくり瞬きして、赤いゼリーに手を伸ばした。
全部は食べられなかったけど、小さく零した「……うめェな」という言葉が耳から離れなかった。