トリカブトと手を繋ぐ

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主人公

 今までは父ちゃんやギナたちが時間を縫って色々教えてくれてたけど、最近は、はずれの岬でおっさんからも教わるようになった。一人で色々調べるのも好きだけど、やっぱり誰かから経験と知識を一緒に教えてもらう方が楽しいし、面白い。

 相変わらず口調は乱暴だけど、ポケモンのこと、きのみのこと、沢山のことを教えてくれた。何かの拍子で「11歳になったら旅に出る」って話したら、旅暮らしのコツも。ほのおやみずタイプのわざを使える奴が手持ちにいると助かるとか、テントは派手な色だと野生ポケモンが寄ってきにくいとか、むしよけスプレーとけむりだまは常備した方がいいとか、他にも色々。
 それから、バトルのことも。手持ちがいない俺は見学だけど、ベトベターを鍛えるついでに、急所や隙の狙い方、自分より強い相手や多数との戦い方、逃げ方。そういうのを指南してくれた。

 おっさんの「授業」を受けるようになってから、ベトベターは人間の文化に興味を示すようになった。簡単なものは読めるって言ってたから、前にお気に入りの絵本を持って行って見せたら、目を輝かせてページをめくっていた。それが嬉しくて、絵本以外にも図鑑、地図、雑誌、色々持って行った。その中で一番反応が良かったのは、ジンコから借りた料理のレシピ本だ。1ページごとに「うまそォ~~!食ってみてェ~~!!」ってごろごろ転げ回ってたっけ。

 おっさんの話を聞くのも、ベトベターと一緒に本を覗き込んであーだこーだ言い合うのも、すっげー楽しくて。毎日いっぱい喋って、いっぱい笑って、帰り道はちょっとさびしいけど、早く明日にならねえかなってワクワクしながらベッドに潜り込んだ。

「今日はしめェだ」

 いつの間にか恒例になっていた授業終了の合図に、「ありがとうございました!」とふたりで声を揃える。おっさんはいつも通りスルーして喫煙所に向かった。内緒だけど、最近はおっさんと目が合っても、前みたいに露骨に逸らされなくなったのが地味に嬉しい。

「今日はな、これ持ってきたんだ」

 文字で埋め尽くされたメモ帳とペンをリュックに詰めて、かわりに青い表紙に銀の粒が散りばめられた本を引っ張り出した。最近読み書きを練習中のベトベターがタイトルを読み上げる。

「せ、い、ざ、ず、か、ん……セイザってなんだァ?」
「んーと……空の星を繋げて、ポケモンとか物とか、色んなのに当てはめたやつ」

 例えば、これはキルリア座。ぱらぱらとページをめくって指差すと、「えェ~無理あんだろォ」と口を尖らせた。

「俺も初見の時そう思った。ちなみにキルリア座はこっちが足でこっちが頭」
「いやわかんねェわ!あ、でもスコルピ座は結構それっぽいなァ。ベトベター座ねェの?」
「あるかもしれねえけど、俺は聞いたことねえな」
「ちぇー」

 こっちの赤い星かっこいいよな。コレちょっと雑じゃねェ?さんかく座って捻りなさすぎだろ。北斗七星って聞いたことあるけど、リングマ座の一部なんだなァ。あれこれコメントしながらページをめくる。半分くらい読み進めた頃、ふとベトベターが首を傾げた。

「そういや、今日なんでこの本にしたんだァ?」
「昨日の夜、テレビで〝来週はヒメグマ座流星群が見頃です〟ってやっててさ。星はわりと見るけど星座はあんまり気にしたことねえなと思って」

 なるほどなァ、と頷いたベトベターは大きく腕を広げた。

「ここ、星めっちゃ見えるぜェ。空も海も星いっぱいでキラキラしててさ、超綺麗なんだァ」
「この辺はリサイクルプラントしか建物ないもんな。いいなあ、見てみてえ」
「じゃァ来いよ。折角だし、その流星群ってのも一緒に見ようぜェ。社長さんたちも誘ってさァ」
「ほんと!?」

 へらりと笑ってさらりと言われた申し出に飛びつく。絶対楽しいやつだ!いいだろォじっちゃん、という呼びかけに、素っ気なく「俺じゃなくてそいつの保護者に聞け」と返ってくる。そりゃそうか。俺は7歳のガキだし、手持ちポケモンもいないもんな。

「俺、絶対父ちゃんたち説得するから!流星群、一緒に見ような!」

 おう、と笑ったベトベターが小指を差し出した。前にやったの、覚えててくれたのか。内心ちょっぴりニヤけつつ、小指を絡ませて決まり文句を唱える。今回はベトベターも一緒に。

「指切りげんまん、嘘ついたらハリーセン飲ーます」

 言い終わると同時に顔を見合わせ、同じタイミングでニヤッと笑った。よし、どうやって父ちゃんたち説得するか、作戦会議するか。



「いいじゃん。行って来いよ」

 今は夕飯時。今日は珍しくみんなでご飯を食べられる日だったから、いただきますを言うなり 「はずれの岬でベトベターたちとヒメグマ座流星群を見に行きたい」と伝えた。それに対する返事があれ。10パターンくらい説得考えてきたのに、めちゃくちゃすんなり許可が降りて拍子抜けする。そこに「待て」とミバが口を挟んだ。来た、とこっそり身構える。

「いくら友人と一緒とはいえ、子どもだけで夜に外出するのは危険だ。大人が同伴すべきだ」

 ……あれ?「大人も一緒ならいいよ」って言ってるよな?てっきり一番反対すると思ってたのに。

「しかし、俺は夜ではあまり役に立てん。夜目の利くゴーシュが適任だと思うが、どうだ?」
「ごめんねえ、その日はもう予定入ってるんだ」
「俺も残念ながら先約がある。ローリングドリーマーでラッタ嬢たちとディナーを」
「はいはいモテ男モテ男。人間は戦力にならねえから外すとして、ジンコは?」
「いいわよ~~」
「んじゃ任せた」

 あれよあれよの間にジンコの同行が決まった。あれ……??誰も反対しねえじゃん。むしろ積極的に乗ってくれるじゃん。

「えっ、ほんとにいいの?」
「行きてえんだろ。ならいいよ」

 思わず確認すれば、フラベベ並みに軽い答えが返ってきた。いや、行かせてくれるのは嬉しいけど、あっさり過ぎじゃね?
 腑に落ちない、っていうのが顔に出ていたんだろう。父ちゃんの手が伸びてきて、ぐしゃぐしゃ撫で回される。

「ガキは食って、遊んで、寝るのが仕事だ。ダチと星見に行くのを止める理由がどこにあんだよ」

 緩やかな弧を描く青を見て、不意に気が付いた。どうしておっさんが気になるのか。ぶっきらぼうで不愛想で口が悪くて、あったかい。そういう所が、ちょっと父ちゃんと似てるんだ。
 モヤモヤが晴れてすっきりしたら、ワクワクも戻ってきた。遊ぶのが子供の仕事なら、思いっきり楽しんでこないとな!

「ヒメグマ座流星群って、何時頃が見頃なの~~?」
「20時から22時くらいだって」
「なら~~折角だし、皆さんにお夕飯を振舞いたいわ~~」
「外で食べるってこと?」

 キャンプみたいで、それこそ旅をしているみたいで、楽しそう。俺が食いつけば、ジンコはにっこり笑って愛用しているドロバンコ型のマグカップを両手で包み込んだ。

「そうよ~~。こうやって熱~~いスープで暖を取りながら、寒いお外で星を眺めるの~~。とっても楽しくておいしいわよ~~」

 何人くらい参加するか、聞いておいてくれる~~?というゆったりした言葉に首を大きく縦に振る。

 ここではたと気がついた。「おっさんの種族と、リサイクルプラントにいるってことを内緒にする」のがベトベターとの約束だけど、擬人化したポケモン同士は見ただけで相手の種族がわかるらしい。……てことは、ジンコと一緒に行けば、ジンコにもおっさんが原種ベトベトンだって知られちゃうよな。
 ……どうしよう。



 次の日。授業が終わるなり、「大人(のポケモン)同伴ならオッケー」と言われたことを打ち明けた。

「あ~~ポケモンだと擬人化しててもわかるもんなァ……でもじっちゃんも一緒に星見てェし……」
「だよなあ~~……」

 頭を抱えてうんうん唸る俺たちを見下ろしながら、おっさんがにべもなく言い放った。

「話しゃァいいだろ」
「でも、」
「この前、そこのクソチビとドデカバシに知られてんだ。今更隠した所で意味ねェ」
「俺もミバも、あんたのこと誰にも話してない!内緒にするって約束したんだ!」
「そうかよ。どいつとだ」
「そりゃベトベターに決まって……あ」

 俺、今、余計なこと言ったんじゃね?
 慌てて口を押えても後の祭り。おっさんは至極めんどくさそうな視線をベトベターに向けた。

「わざわざ釘刺したのか」
「だ、だってじっちゃん、種族知られるの嫌がってるから……。ルヒカはいい奴だし、ミバさんも……ちゃんと頼めば、聞いてくれるかなって……」

 しどろもどろに弁解するも、おっさんは無言のままだ。次第にその圧に耐えられなくなったのか、がばっと地面にぶつけかねない勢いで頭を下げた。

エアームド事件こないだより前にルヒカにじっちゃんの種族のこと口滑らせちまったし、それずっと黙ってました!!ごめんなさい!!」

 ……はあ、という深いため息の後、「馬鹿か」と素っ気ない言葉が投げられる。

「確かに俺ァ種族を知られるのが嫌ェだが、その程度でいちいち腹立てやしねェよ」

 え。俺とベトベター、両方の口から同時に零れ落ちる。おっさんはもう一度ため息を吐いた。

「だから言っただろうが。話しゃァいいって」



 おっさん本人からお許しが出たので、ジンコには「リサイクルプラントに原種ベトベトンがいる」と打ち明けた上で、それを内緒にしてもらえないかお願いする、ということになった。ジンコならオッケーしてくれるはず!

 不安が片付いたから改めてジンコの提案をベトベターに伝える。「ジンコさんのメシ!?食いてェ!!」と目をらんらん……いや、きらきら輝かせた。

「諸々社長さんに聞いてくるから、ちょっと待っててくれ!」

 ダッシュでリサイクルプラントに戻ったベトベターの背中を見送る。あいつも相当楽しみにしてるんだな。早く来週になんねえかなあ。今日も持ってきた星座図鑑をリュックの上から撫でる。
 不意に「おい」とバリトンボイスが振ってきた。顔を上げると三白眼と視線が絡まる。上空のキャモメたちの鳴き声がやけに響いた。

「テメェについてくる奴ってのァ、どいつだ」

 思いがけない質問に目をぱちぱちさせる。何でそんなこと聞くんだろ。

「ジンコっていうバンバドロ。のんびりした優しい奴だよ。ジンコの飯、超うまいんだぜ」
「……そうかよ」

 聞いてきたわりに反応が薄い。けれど、呟かれた声は、なんとなく……ほっとしたような響きが含まれていた気がする。
 ていうか、ほんとにそれが聞きたかったのか?そう尋ねる前に、「お待たせェ」とベトベターが戻ってきて、意識がそちらに向く。

「参加者なァ、社長さんにおかみさんに社員さん合わせて15人、ベトベトン5匹、ベトベター20匹、俺さんとじっちゃん入れて42!」

 指折り数えるベトベターに、意外にも「勝手に俺を入れるんじゃねェ」というツッコミは飛んでこなかった。そういえば、さっきもナチュラルにおっさんも参加する前提で話してたけど、特に何も言われなかったな。想定内なのか、合意なのか。後者だったらいいな。

「で、数多いし食う奴もいるから、飲み物はこっちで用意するし、おかみさんも半分手伝うってよォ。30人前ずつでいかがでしょうか、ってさァ」
「わかった。伝えとく」
「や~楽しみだなァ。特にジンコさんのメシ!」
「ほんと花より団子だなお前」

 弾んだ声のベトベターにツッコミを入れつつちらりとおっさんを伺う。
 おっさんは煙草を咥えたまま、どこか遠い眼差しで海を見ていた。
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