トリカブトと手を繋ぐ
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おっさんと話し終えて、いつもの木の下に向かう。ここにいると思ったのに姿が見えない。あいつ、どこ行ったんだ?
「お疲れェーッ」
「うおわああああっっ!!」
きょろきょろしていたら不意に下から足を掴まれ、心臓と肩がびょんと跳ね上がる。案の定、地面に溶け込んでいたベトベターがゲラゲラ笑いながら現れた。お、ま、え、なーー!!
仕返しに飛び掛かってくすぐってやる。「ギブ、ギブ!」とか言ってるけど聞いてやんねえ。弱点の脇腹を散々つつき倒してから解放すると、ベトベターは陸に打ち上げられたコイキングみたいにぐでーっとしている。ふふん、ざまあみろ。
「脇は……ズリィって……」
「うるせえ、先にやったのお前だろ」
乱れた呼吸と共に吐き出された抗議を一蹴する。暫く草の上でヒーヒーしていたベトベターは、落ち着いたのか、よっこらせと上体を起こした。
「そォいや話、できたか?」
「うん。言いたいことは言えた……と思う。ありがとな」
「どォいたしまして」
ニッと歯を見せるベトベター。おっさんの笑った顔も、こいつと似てるのかな。見たことねえけど。
笑った顔どころか、俺が見たことあるのはいつもの仏頂面と、この前の怒った顔だけだ。人間が嫌いってこと以外、おっさんのこと何も知らない。
それにしても、人間嫌いなのに、社長さんのとこで働いてて、俺のことも何度も助けてくれたのは何でだろう。どうして人間のそばにいるんだろう。どうして気にかけてくれるんだろう。何考えてんのか全然わかんねえ。わかんねえ、から、知りたい。
つーか、俺も俺で何でこんなにおっさんが気になるんだ?ベトベター の父ちゃんだから?
「おっさん、何で人間嫌いなのかな」
「それがよォ、俺さんも気になって何回か聞いたことあるけど、話してくんねェんだよな。言いたくねェってことしかわかんねェ」
無意識に口にしていた言葉にベトベターが答える。こいつですら知らねえのか。よっぽど根深いっつーか、深い事情があるのかな。
ベトベターはガシガシ後頭部を掻くと、再びごろんと草の上に寝そべった。頭の後ろで腕を組み、空を見上げながら静かに付け加える。
「ただ……それと関係あるかわかんねェけど。『他人にかまけて自分を顧みねェような、ロクデナシの大馬鹿野郎には関わるな。お互いロクな目に合わねェ』って、よく言ってた」
「……そっか」
妙に具体的なのは、実際そういう奴と関わって、ロクな目に合わなかったからだろう。
……でも。前に本で、「人間に懐いたベトベトンは悪臭を発しなくなる」って読んだことがある。おっさんが原型に戻った時と悪臭を放った時は、確かにタイムラグがあった。……おっさんにも、仲のいい人間がいたのかな。その人と何かあって、人間嫌いになっちゃったのかな。
ふと初めて会った時の、ひどく苦しげな表情を思い出す。あの顔は、どういう意味だったんだろう。
そんなモヤモヤも、ベトベターと喋っているうちに、いつのまにか溶けて消えていた。
☆
次の日。いつものようにはずれの岬に遊びに行ったら、おっさんがリサイクルプラントの外壁に寄りかかって煙草を吸っていた。まだ自分から声をかける勇気はないから、ぺこっと会釈だけして通り過ぎる。
「おい」
背後からの低い声に思わず振り返る。俺?というように自分を指差すと、おっさんは気怠げに頷いた。
「テメェ昨日、〝自分を守りながら誰かを助けられる方法、勉強する〟っつったな」
刃物みたいに鋭い眼差しに射抜かれ、きゅうっと胃が縮み上がる。怖いわけじゃない、これはたぶん、緊張だ。こくんと唾を飲み下し、真剣な色をしたおっさんの目をまっすぐ見つめて、大きく頷いた。
おっさんは静かに俺から視線を外し、ゆっくり紫煙を吐き出した。それから煙草をぽんと口に放り込み、ぼそりと呟く。
「……教えてやる」
……へ?今……なんて?ぽかーんと呆けていたら、「嫌ならいい」と懐を漁り始めたので慌てて口を開く。
「いっ、嫌じゃない!ちょっとびっくりしただけで!おっさんがいいなら……あんたこそ、嫌じゃないなら……お願いします!」
勢いをつけて頭を下げる。数秒の間を置いて、「……座れ」という低い声が降ってきた。すぐさま草の上に正座し、リュックからペンとメモ帳を引っ張り出した。どんなこと教えてくれるんだろう。わくわく、そわそわが体中を駆け巡る。
「ふたりでなァに話してんだよォ。俺さんもまーぜーて!」
不意にベトベターが後ろからのしかかってくる。重い、と抗議したら顎置きにされた。重いってば、ともがいて脱出する。
「今からおっさんに色々教えてもらうんだから、邪魔すんなよ」
「えー、俺さんも聞きてェ。いいだろ、じっちゃん」
「勝手にしろ」
「へへ、やりィ」
おっさんは軽く息を吐くと、俺たちの前に胡坐をかき、ゆっくり口を開いた。
「……まずは、そうだな。このバカからも聞いてるかもしれねェが、ベトベター族 の話だ」
原種とリージョンフォーム、それぞれのベトベター族の生態とか習性。怒っている時や嬉しい時の感情のサイン。うっかりアローラベトベターの爪や牙に触れてしまった時の対処法。そういったことを、乱暴な口調とは裏腹に丁寧に教えてくれた。
本に書かれていることよりずっと詳しくて、メモ帳の空白がどんどん文字で埋め尽くされていく。楽しくなってガンガンぶつけた質問にも細かく答えてくれたし、難しくてわかりにくいところは、ベトベターが原型に戻って実演してくれた。
話がひと段落した頃、不意におっさんが立ち上がった。ちらりと時計を見れば、もうふたりが仕事に戻る時間だ。後ろ髪を引かれつつペンとメモ帳をカバンに放り込む。
「ありがとう!すっげー楽しかった!」
「そうかよ」
「ベトベターも、ありがとな。お前のお陰で超わかりやすかった」
「どォいたしまして」
お役に立てて何より、と歯を見せたベトベターも腰を上げる。リサイクルプラントの扉を押し開けたおっさんの背中に、最後の質問を投げかけた。
「なあ。何で、教えてやろうって気になったんだ?」
だってあんたは、人間が嫌いなのに。どうして俺と関わってくれるんだ。
さあ、と風が吹き、足を止めたおっさんのマントやフードを揺らした。さわさわ草が擦れる音に紛れて、低い声が零れ落ちる。
「……何も知らねェガキにウロウロされるのが目障りだっただけだ」
それだけ言って、遠のいていくおっさんの背中から、何故だか目が離せなかった。
「お疲れェーッ」
「うおわああああっっ!!」
きょろきょろしていたら不意に下から足を掴まれ、心臓と肩がびょんと跳ね上がる。案の定、地面に溶け込んでいたベトベターがゲラゲラ笑いながら現れた。お、ま、え、なーー!!
仕返しに飛び掛かってくすぐってやる。「ギブ、ギブ!」とか言ってるけど聞いてやんねえ。弱点の脇腹を散々つつき倒してから解放すると、ベトベターは陸に打ち上げられたコイキングみたいにぐでーっとしている。ふふん、ざまあみろ。
「脇は……ズリィって……」
「うるせえ、先にやったのお前だろ」
乱れた呼吸と共に吐き出された抗議を一蹴する。暫く草の上でヒーヒーしていたベトベターは、落ち着いたのか、よっこらせと上体を起こした。
「そォいや話、できたか?」
「うん。言いたいことは言えた……と思う。ありがとな」
「どォいたしまして」
ニッと歯を見せるベトベター。おっさんの笑った顔も、こいつと似てるのかな。見たことねえけど。
笑った顔どころか、俺が見たことあるのはいつもの仏頂面と、この前の怒った顔だけだ。人間が嫌いってこと以外、おっさんのこと何も知らない。
それにしても、人間嫌いなのに、社長さんのとこで働いてて、俺のことも何度も助けてくれたのは何でだろう。どうして人間のそばにいるんだろう。どうして気にかけてくれるんだろう。何考えてんのか全然わかんねえ。わかんねえ、から、知りたい。
つーか、俺も俺で何でこんなにおっさんが気になるんだ?
「おっさん、何で人間嫌いなのかな」
「それがよォ、俺さんも気になって何回か聞いたことあるけど、話してくんねェんだよな。言いたくねェってことしかわかんねェ」
無意識に口にしていた言葉にベトベターが答える。こいつですら知らねえのか。よっぽど根深いっつーか、深い事情があるのかな。
ベトベターはガシガシ後頭部を掻くと、再びごろんと草の上に寝そべった。頭の後ろで腕を組み、空を見上げながら静かに付け加える。
「ただ……それと関係あるかわかんねェけど。『他人にかまけて自分を顧みねェような、ロクデナシの大馬鹿野郎には関わるな。お互いロクな目に合わねェ』って、よく言ってた」
「……そっか」
妙に具体的なのは、実際そういう奴と関わって、ロクな目に合わなかったからだろう。
……でも。前に本で、「人間に懐いたベトベトンは悪臭を発しなくなる」って読んだことがある。おっさんが原型に戻った時と悪臭を放った時は、確かにタイムラグがあった。……おっさんにも、仲のいい人間がいたのかな。その人と何かあって、人間嫌いになっちゃったのかな。
ふと初めて会った時の、ひどく苦しげな表情を思い出す。あの顔は、どういう意味だったんだろう。
そんなモヤモヤも、ベトベターと喋っているうちに、いつのまにか溶けて消えていた。
☆
次の日。いつものようにはずれの岬に遊びに行ったら、おっさんがリサイクルプラントの外壁に寄りかかって煙草を吸っていた。まだ自分から声をかける勇気はないから、ぺこっと会釈だけして通り過ぎる。
「おい」
背後からの低い声に思わず振り返る。俺?というように自分を指差すと、おっさんは気怠げに頷いた。
「テメェ昨日、〝自分を守りながら誰かを助けられる方法、勉強する〟っつったな」
刃物みたいに鋭い眼差しに射抜かれ、きゅうっと胃が縮み上がる。怖いわけじゃない、これはたぶん、緊張だ。こくんと唾を飲み下し、真剣な色をしたおっさんの目をまっすぐ見つめて、大きく頷いた。
おっさんは静かに俺から視線を外し、ゆっくり紫煙を吐き出した。それから煙草をぽんと口に放り込み、ぼそりと呟く。
「……教えてやる」
……へ?今……なんて?ぽかーんと呆けていたら、「嫌ならいい」と懐を漁り始めたので慌てて口を開く。
「いっ、嫌じゃない!ちょっとびっくりしただけで!おっさんがいいなら……あんたこそ、嫌じゃないなら……お願いします!」
勢いをつけて頭を下げる。数秒の間を置いて、「……座れ」という低い声が降ってきた。すぐさま草の上に正座し、リュックからペンとメモ帳を引っ張り出した。どんなこと教えてくれるんだろう。わくわく、そわそわが体中を駆け巡る。
「ふたりでなァに話してんだよォ。俺さんもまーぜーて!」
不意にベトベターが後ろからのしかかってくる。重い、と抗議したら顎置きにされた。重いってば、ともがいて脱出する。
「今からおっさんに色々教えてもらうんだから、邪魔すんなよ」
「えー、俺さんも聞きてェ。いいだろ、じっちゃん」
「勝手にしろ」
「へへ、やりィ」
おっさんは軽く息を吐くと、俺たちの前に胡坐をかき、ゆっくり口を開いた。
「……まずは、そうだな。このバカからも聞いてるかもしれねェが、
原種とリージョンフォーム、それぞれのベトベター族の生態とか習性。怒っている時や嬉しい時の感情のサイン。うっかりアローラベトベターの爪や牙に触れてしまった時の対処法。そういったことを、乱暴な口調とは裏腹に丁寧に教えてくれた。
本に書かれていることよりずっと詳しくて、メモ帳の空白がどんどん文字で埋め尽くされていく。楽しくなってガンガンぶつけた質問にも細かく答えてくれたし、難しくてわかりにくいところは、ベトベターが原型に戻って実演してくれた。
話がひと段落した頃、不意におっさんが立ち上がった。ちらりと時計を見れば、もうふたりが仕事に戻る時間だ。後ろ髪を引かれつつペンとメモ帳をカバンに放り込む。
「ありがとう!すっげー楽しかった!」
「そうかよ」
「ベトベターも、ありがとな。お前のお陰で超わかりやすかった」
「どォいたしまして」
お役に立てて何より、と歯を見せたベトベターも腰を上げる。リサイクルプラントの扉を押し開けたおっさんの背中に、最後の質問を投げかけた。
「なあ。何で、教えてやろうって気になったんだ?」
だってあんたは、人間が嫌いなのに。どうして俺と関わってくれるんだ。
さあ、と風が吹き、足を止めたおっさんのマントやフードを揺らした。さわさわ草が擦れる音に紛れて、低い声が零れ落ちる。
「……何も知らねェガキにウロウロされるのが目障りだっただけだ」
それだけ言って、遠のいていくおっさんの背中から、何故だか目が離せなかった。