トリカブトと手を繋ぐ
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朝ごはんの後、頭の中を整理しようと紙とペンを引っ張り出す。けれど、何から書けばいいかわからないし、妙にソワソワ落ち着かないから、余計こんがらがって何も出てこない。
諦めてペンを投げ出し、いつもより1時間早く家を出た。そのくせ、はずれの岬に向かう足はツボツボ並みに鈍い。
夜中のゴーシュとの会話を思い返す。思ったことをそのまま言葉にする、って言ってもなあ……と後ろ向きになりそうな思考を、ぶんぶん頭を振って切り替えた。伝えたいことは伝えられるうちに伝えておいた方がいい、とも言われただろ。ここでビビッて逃げたら、もう二度と向き合えなくなる気がする。
うだうだ思考をこねくり回しているうちに、いつの間にかはずれの岬にたどり着いていた。いつもの場所には既にベトベターが来ていて、幹に寄りかかって空を眺めている。俺が声をかける前に、小さな青い目がこちらを向き、緩く弧を描いた。
「おはよォさん」
「おはよ。今日、早いな」
「ヘヘ、まァな。足どーよ?」
「平気。起きたら塞がってた」
「へェ?だいぶ血ィ出てたけど、結構浅かったんだな。治ってよかった」
やわらかい笑顔につられて笑い返す。交錯隔世遺伝のことはうまく説明できないから、まあいいか。
「心配かけてごめん。ありがとな、色々」
「いーってことよ。ダチだろ」
ベトベターの手が伸びて、頭をわしわし撫で回される。父ちゃんにぐしゃぐしゃされる時より痛くないけど、やけにくすぐったくて頬が緩む。
すぐ解放されると思ったけど、俺がされるがままなのをいいことにいつまでもやってるから、「そろそろやめろ」とぺしっと払い除けた。
乱れた髪を手櫛で整えて、ケタケタ笑うベトベターに「あのさ」と切り出す。深く吸った息を言葉に変えて、ゆっくり吐き出した。
「……おっさんと、話がしてえんだ。呼んできてくれねえかな」
「ハァ!?」
唐突な申し出に素っ頓狂な声を上げたベトベターは、ゆらゆら視線を泳がせ、言いづらそうに口を開く。
「いやまァ、呼んでくるくらい全然いいけどよォ……来てくれるかわかんねェぜ。昨日からめちゃくちゃ機嫌悪ィし」
思わずビクリと肩が跳ねる。おっさんに怒鳴られた時、ほんと、すげえ怖かった。思い出すだけで足が震える。……でも。
「それでもいい。駄目だったら、その時どうするか考える」
「……りょーかい。じゃ、ドアの前で待っててくれや」
あんま期待すんなよ、と念押しして、扉の向こう側へ消えていく。さっきのベトベターを真似て、リサイクルプラントの壁に寄りかかり、空を見上げた。
今日は雲一つない快晴だ。うちの連中、大体雨より晴れ派だな。ジンコは晴れっつーか雨上がりが好きみたいだけど。ゴーシュは暑いのが苦手だから曇りが好き、って言ってたっけ。この後のことを思うとまたビビりそうになるから、どうでもいいことを考えて気を紛らわす。
天気といえば。ジンコが買い物行ってる時に急に雨降ってきたから、ミバが傘持って迎えに行った話、前に聞いたな。鳥ポケモンだから~~雨の日にお出かけするの好きじゃないのに~~、わざわざ来てくれたのよね~~。そう話してくれたジンコは、すげえ嬉しそうだった。お互い信頼しきってるあの感じ、いいよなあ。親友、ってああいうのかな。
ギナとゴーシュもよく一緒にいるけど、あいつらは……よくわかんねえ。仲悪くはねえだろうけど、ミバとジンコとは何かが違う。
時計は見ないようにしていたから、どのくらい経ったかわからないけど、漸くベトベターが顔を出した。続いて、紫色のフードがのっそり現れる。フードの下はいつもの五割増しで険しくて、ちょっと、いや、かなり怯む。
でも、ここまで来たらもう腹を括るしかない。そもそも、話したいのは俺の方だ。じんわり汗が滲みだした手をぎゅっと握りしめ、壁から背中を離しておっさんの前に立つ。
すれ違いざま、ベトベターにぽんと肩を叩かれた。「頑張れ」って言うみたいに。……こいつ、ほんといい奴だなあ。時間がかかったのは、おっさんを説得してくれたからなのかもしれない。後でちゃんとお礼言おう。
ベトベターの足音が聞こえなくなり、沈黙が訪れる。俺から話さなきゃいけないのに、全然言葉が出てこない。喉に綿でも詰まってるみたいだ。視線をうろうろ彷徨わせながら、何度も口を開け閉めする。
黙りこくった俺に痺れを切らしたのか、おっさんがぼそりと呟いた。
「……足、いいのか」
「う、うん。意外と傷、深くなかったらしくて。もう……全然」
「そうかよ」
再び沈黙。早く言えよ。思ったことをそのまま言葉にするだけだ。いつもやってるだろ。
ゆっくり深呼吸して、やっとのことで「……あの」と押し出した声は、震えていた。
「昨日、危ないことして、ごめんなさい。それから……守ってくれて、ありがとうございました」
つっかえながらそう言って、深く頭を下げる。「ありがとう」の方を強めにしたつもりだけど、伝わったかな。
「別に、テメェだけを守ったわけじゃねェ」
ぶっきらぼうな声が降ってくる。それはそうだけど、でも。
「……俺も、怒鳴って悪かったな。言い過ぎた」
続けられた言葉に、思わず顔を上げる。そう来るとは全く思わなかったから、なんて返せばいいのかわからなくて、頭が真っ白になる。それでも、とにかく何か伝えたくて口を開く。
「ううん。こう言ったら、変かもしれねえけど……おっさんが怒ってくれたから、自分のしたことがわかった、っつーか。家でも、みんなにいっぱい怒られた。前にも〝 皆の命と同じくらい自分の命も大切にしろ〟って、教えられてたんだけどさ。今回のことで、危ねえことして、みんなに心配かけたんだなって……前よりちゃんと、わかったと思う」
つっかえまくり、どもりまくりの俺の話を、おっさんはただ静かに聞いていた。
「もう、ああいうのは、しない。自分を守りながら誰かを助けられる方法、ちゃんと勉強する」
大事なひとを、泣かせないために。心の中を全部乗せて、おっさんの目をまっすぐ見据えた。
数秒視線をぶつけ合い、ふい、と顔を逸らされる。
「そうかよ。……いいんじゃねェの」
おっさんの表情は眼帯でよく見えなかったけど、呟かれた声は、やわらかかった。ふっと肩が軽くなる。今の言い方、ちょっとあいつに似てるな。
「話は、これだけ。時間作ってくれてありがとう」
「終わったならとっとと行け。……すっ転ぶなよ」
さりげなく気遣ってくれる所も、あいつに似てる。緩みそうになる口元を慌てて引き締め、「うん」とこっくり頷く。
じゃあ、また。声に出せなかったそれを胸の内で呟き、踵を返した。
***
遠ざかるクソチビの背中を見送りながら、煙草に火を付けて咥えた。肺に落ちた煙をゆっくり吐き出す。
「……クソ。夢にしちゃァ、都合良すぎだろうが」
眼帯に触れ、自嘲する。何してんだ俺ァ。んなもん俺が一番聞きてェよ。
ざらつく腹の内を落ち着かせるため、多くの生き物に害を為す煙を深く深く吸い込んだ。
アローラは水も空気も澄み過ぎている。居心地悪ィと悪態を吐きながらずるずる居座り続け、気付けば随分時間が経っていた。
燦々と照り付ける陽光も、穏やかな波の音も、記憶の底にこびりついたものを刺激する。それがどうにも腹立たしくて、どうしようもなく離れ難い。
余計なことまで思い出しそうな思考を投げ捨て、吸殻を2つ飲み込んだ。知ったことか。俺は、もう。
扉を押し開け、仕事場に戻ろうと一歩踏み出して――ぐわり、視界が歪んだ。無数の針で串刺しにされたような痛みが心臓に襲い掛かる。呼吸もままならず、その場に崩れ落ちて片膝をついた。
「か、はッ……ぐう、ぅぅ、あが、」
左胸を布の上から鷲掴むけれど、治まる気配は一向にない。クソ、クソ、クソ!思考がまとまらない。痛みを逃がそうと半ば体当たりするように壁に背中を預け、床に爪を立てた。
「ぐッ、ぁ……う、」
声が聞こえてしまわないように必死に奥歯を噛みしめる。誰にも知られるわけにはいかない。特に、ベトベター には。幸い扉は閉まっている。ドクドク暴れ回る心臓を抑え込み、蹲って痛みが通り過ぎるのを待った。
どれくらい、そうしていただろう。漸く痛みがゆっくり引いていく。酸素を求め、呼吸も整えずに口をはくはく動かしたらむせて咳き込んだ。
ぐらぐらする頭を立てた膝に乗せる。額や背中をじっとり濡らす汗が鬱陶しいが、拭う気力もなかった。
なんで、今更。
「クソッタレ……」
のろのろ持ち上げた手で、眼帯をぐしゃりと握りしめた。
諦めてペンを投げ出し、いつもより1時間早く家を出た。そのくせ、はずれの岬に向かう足はツボツボ並みに鈍い。
夜中のゴーシュとの会話を思い返す。思ったことをそのまま言葉にする、って言ってもなあ……と後ろ向きになりそうな思考を、ぶんぶん頭を振って切り替えた。伝えたいことは伝えられるうちに伝えておいた方がいい、とも言われただろ。ここでビビッて逃げたら、もう二度と向き合えなくなる気がする。
うだうだ思考をこねくり回しているうちに、いつの間にかはずれの岬にたどり着いていた。いつもの場所には既にベトベターが来ていて、幹に寄りかかって空を眺めている。俺が声をかける前に、小さな青い目がこちらを向き、緩く弧を描いた。
「おはよォさん」
「おはよ。今日、早いな」
「ヘヘ、まァな。足どーよ?」
「平気。起きたら塞がってた」
「へェ?だいぶ血ィ出てたけど、結構浅かったんだな。治ってよかった」
やわらかい笑顔につられて笑い返す。交錯隔世遺伝のことはうまく説明できないから、まあいいか。
「心配かけてごめん。ありがとな、色々」
「いーってことよ。ダチだろ」
ベトベターの手が伸びて、頭をわしわし撫で回される。父ちゃんにぐしゃぐしゃされる時より痛くないけど、やけにくすぐったくて頬が緩む。
すぐ解放されると思ったけど、俺がされるがままなのをいいことにいつまでもやってるから、「そろそろやめろ」とぺしっと払い除けた。
乱れた髪を手櫛で整えて、ケタケタ笑うベトベターに「あのさ」と切り出す。深く吸った息を言葉に変えて、ゆっくり吐き出した。
「……おっさんと、話がしてえんだ。呼んできてくれねえかな」
「ハァ!?」
唐突な申し出に素っ頓狂な声を上げたベトベターは、ゆらゆら視線を泳がせ、言いづらそうに口を開く。
「いやまァ、呼んでくるくらい全然いいけどよォ……来てくれるかわかんねェぜ。昨日からめちゃくちゃ機嫌悪ィし」
思わずビクリと肩が跳ねる。おっさんに怒鳴られた時、ほんと、すげえ怖かった。思い出すだけで足が震える。……でも。
「それでもいい。駄目だったら、その時どうするか考える」
「……りょーかい。じゃ、ドアの前で待っててくれや」
あんま期待すんなよ、と念押しして、扉の向こう側へ消えていく。さっきのベトベターを真似て、リサイクルプラントの壁に寄りかかり、空を見上げた。
今日は雲一つない快晴だ。うちの連中、大体雨より晴れ派だな。ジンコは晴れっつーか雨上がりが好きみたいだけど。ゴーシュは暑いのが苦手だから曇りが好き、って言ってたっけ。この後のことを思うとまたビビりそうになるから、どうでもいいことを考えて気を紛らわす。
天気といえば。ジンコが買い物行ってる時に急に雨降ってきたから、ミバが傘持って迎えに行った話、前に聞いたな。鳥ポケモンだから~~雨の日にお出かけするの好きじゃないのに~~、わざわざ来てくれたのよね~~。そう話してくれたジンコは、すげえ嬉しそうだった。お互い信頼しきってるあの感じ、いいよなあ。親友、ってああいうのかな。
ギナとゴーシュもよく一緒にいるけど、あいつらは……よくわかんねえ。仲悪くはねえだろうけど、ミバとジンコとは何かが違う。
時計は見ないようにしていたから、どのくらい経ったかわからないけど、漸くベトベターが顔を出した。続いて、紫色のフードがのっそり現れる。フードの下はいつもの五割増しで険しくて、ちょっと、いや、かなり怯む。
でも、ここまで来たらもう腹を括るしかない。そもそも、話したいのは俺の方だ。じんわり汗が滲みだした手をぎゅっと握りしめ、壁から背中を離しておっさんの前に立つ。
すれ違いざま、ベトベターにぽんと肩を叩かれた。「頑張れ」って言うみたいに。……こいつ、ほんといい奴だなあ。時間がかかったのは、おっさんを説得してくれたからなのかもしれない。後でちゃんとお礼言おう。
ベトベターの足音が聞こえなくなり、沈黙が訪れる。俺から話さなきゃいけないのに、全然言葉が出てこない。喉に綿でも詰まってるみたいだ。視線をうろうろ彷徨わせながら、何度も口を開け閉めする。
黙りこくった俺に痺れを切らしたのか、おっさんがぼそりと呟いた。
「……足、いいのか」
「う、うん。意外と傷、深くなかったらしくて。もう……全然」
「そうかよ」
再び沈黙。早く言えよ。思ったことをそのまま言葉にするだけだ。いつもやってるだろ。
ゆっくり深呼吸して、やっとのことで「……あの」と押し出した声は、震えていた。
「昨日、危ないことして、ごめんなさい。それから……守ってくれて、ありがとうございました」
つっかえながらそう言って、深く頭を下げる。「ありがとう」の方を強めにしたつもりだけど、伝わったかな。
「別に、テメェだけを守ったわけじゃねェ」
ぶっきらぼうな声が降ってくる。それはそうだけど、でも。
「……俺も、怒鳴って悪かったな。言い過ぎた」
続けられた言葉に、思わず顔を上げる。そう来るとは全く思わなかったから、なんて返せばいいのかわからなくて、頭が真っ白になる。それでも、とにかく何か伝えたくて口を開く。
「ううん。こう言ったら、変かもしれねえけど……おっさんが怒ってくれたから、自分のしたことがわかった、っつーか。家でも、みんなにいっぱい怒られた。前にも〝 皆の命と同じくらい自分の命も大切にしろ〟って、教えられてたんだけどさ。今回のことで、危ねえことして、みんなに心配かけたんだなって……前よりちゃんと、わかったと思う」
つっかえまくり、どもりまくりの俺の話を、おっさんはただ静かに聞いていた。
「もう、ああいうのは、しない。自分を守りながら誰かを助けられる方法、ちゃんと勉強する」
大事なひとを、泣かせないために。心の中を全部乗せて、おっさんの目をまっすぐ見据えた。
数秒視線をぶつけ合い、ふい、と顔を逸らされる。
「そうかよ。……いいんじゃねェの」
おっさんの表情は眼帯でよく見えなかったけど、呟かれた声は、やわらかかった。ふっと肩が軽くなる。今の言い方、ちょっとあいつに似てるな。
「話は、これだけ。時間作ってくれてありがとう」
「終わったならとっとと行け。……すっ転ぶなよ」
さりげなく気遣ってくれる所も、あいつに似てる。緩みそうになる口元を慌てて引き締め、「うん」とこっくり頷く。
じゃあ、また。声に出せなかったそれを胸の内で呟き、踵を返した。
***
遠ざかるクソチビの背中を見送りながら、煙草に火を付けて咥えた。肺に落ちた煙をゆっくり吐き出す。
「……クソ。夢にしちゃァ、都合良すぎだろうが」
眼帯に触れ、自嘲する。何してんだ俺ァ。んなもん俺が一番聞きてェよ。
ざらつく腹の内を落ち着かせるため、多くの生き物に害を為す煙を深く深く吸い込んだ。
アローラは水も空気も澄み過ぎている。居心地悪ィと悪態を吐きながらずるずる居座り続け、気付けば随分時間が経っていた。
燦々と照り付ける陽光も、穏やかな波の音も、記憶の底にこびりついたものを刺激する。それがどうにも腹立たしくて、どうしようもなく離れ難い。
余計なことまで思い出しそうな思考を投げ捨て、吸殻を2つ飲み込んだ。知ったことか。俺は、もう。
扉を押し開け、仕事場に戻ろうと一歩踏み出して――ぐわり、視界が歪んだ。無数の針で串刺しにされたような痛みが心臓に襲い掛かる。呼吸もままならず、その場に崩れ落ちて片膝をついた。
「か、はッ……ぐう、ぅぅ、あが、」
左胸を布の上から鷲掴むけれど、治まる気配は一向にない。クソ、クソ、クソ!思考がまとまらない。痛みを逃がそうと半ば体当たりするように壁に背中を預け、床に爪を立てた。
「ぐッ、ぁ……う、」
声が聞こえてしまわないように必死に奥歯を噛みしめる。誰にも知られるわけにはいかない。特に、
どれくらい、そうしていただろう。漸く痛みがゆっくり引いていく。酸素を求め、呼吸も整えずに口をはくはく動かしたらむせて咳き込んだ。
ぐらぐらする頭を立てた膝に乗せる。額や背中をじっとり濡らす汗が鬱陶しいが、拭う気力もなかった。
なんで、今更。
「クソッタレ……」
のろのろ持ち上げた手で、眼帯をぐしゃりと握りしめた。