トリカブトと手を繋ぐ
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俺が落ち着いた頃、おっさんがひとりで戻ってきた。手にはおいしい水のペットボトルと白いタオルを2枚持っている。
「社長さんは?」
「仕事に戻った」
おっさんはベトベターの質問に淡々と答えながらタオルを投げ渡し、俺の前にしゃがみ込んだ。
「足出せ」
「う、うん」
恐る恐る右足を差し出す。まだ痛いし、血も止まっていない。ざっと傷の様子を確認したおっさんは、ペットボトルの蓋を開けながら「しみるから我慢しろ」と呟いた。俺が頷くとペットボトルを逆さまにして傷口をバシャバシャ洗い流し始める。しみるし冷たいけど、がまんがまん。
ペットボトルが空っぽになったら、おっさんはベトベターへ雑に投げつけた。それを上手く口で受け止めたベトベターは、もぐもぐしながらさっき投げられたタオルをおっさんに渡す。そのうちの1枚を厚みが出るような形で手早く畳み、ゴム手袋をはめた手で持つと、傷口をぐっと押さえた。
ベトベターがペットボトルを飲み込むと、完全な沈黙が訪れる。く、空気が重い……。まあ重くなった元凶俺だけど。
暫く何となく居心地悪そうにソワソワしていたベトベターが、ふと目を回したままのエアームドに目を留めて口を開いた。
「そういやじっちゃん、何でエアームドに攻撃しなかったんだァ?毒は効かねェけど、かえんほうしゃ使えるよなァ?」
「あいつの右足、よく見てみろ。包帯巻いてあるだろ。怪我してる奴にわざわざ追い討ちかけるこたァねェ」
言われて注視してみれば、確かに手当てを受けた跡があった。すげえ、あの状況でよく気付いたな。
「……それに、包帯焼けちまったら、エアームドにも手当てした奴にも悪ィ」
ぼそっと付け加えられた言葉は、今まで聞いた中で一番穏やかなトーンに聞こえた。
出血が止まると、おっさんはもう1枚のタオルを細く長く裂いて即席の包帯を作り、傷口に巻いていった。タオルを裂くのも巻くのも、すごく速くて綺麗で丁寧だ。さっきの戦い方といい、怪我したポケモンを相手するの慣れてるのかな。
じーっとその手つきを観察していたら、きゅっと端っこをしっかり結び終えるなり、ぶっきらぼうな「これで終 ェだ」と言う声が降ってきた。
「あ、ありがとう……ございます」
「あァ」
おっさんは懐から煙草を引っ張り出し、たっぷり吸い込んだ煙をゆっくり吐き出した。さっき怒鳴られて以来、おっさんと全然目が合わない。前から目が合うなり逸らされてはいたけど、今は最初から目を合わせないようにされてるみたいだ。申し訳なさといたたまれなさが重くのしかかる。声をかけようにも、おっさんのどことなく物憂げな表情がそれを躊躇わせた。ちらりとベトベターを伺うと、ゆるゆる首を横に振った。今は話しかけない方がいいって言うみたいに。
『ルヒカ!』
突然聞き慣れた声に呼ばれて、声のした方へ首を動かす。原型のミバが空から舞い降りてきて、着地と同時に擬人化した。俺の足を見るなり、青い瞳が大きく見開かれた。
「どうしたんだその足は!」
「えっ……と、ちょっと、色々あって。後でちゃんと説明するから。ミバこそどうしたんだよ」
しどろもどろに言い訳する。ミバは非常に不服そうな顔をしつつもコホンと咳払いした。
「実は、今日来院したエアームドの患者が目を覚ますなり脱走してな。トレーナー曰く怖がりで人見知りが激しいそうだから、見知らぬ場所に驚いたのだろう。そこで捜索していたのだ」
「エアームド?じゃあ、」
「ああ。彼に間違いない。あの包帯も俺が巻いたものだ」
上空からそこまで見えたのか……鳥ポケモンの視力えげつねえな。ふとミバがおっさんとベトベターに視線を向ける。
「ところで、あなた方は?」
「ただの通りすがりだ。そいつに喧嘩売られたからノした」
そいつ、と煙草でエアームドを示すおっさん。それを聞くなりミバはビシッと姿勢を正し、直角に腰を折る。
「我々の患者がご迷惑をおかけした!大変申し訳ない!!」
唐突な謝罪にうえっ!?と狼狽えるベトベターをよそに、おっさんは「別にいい」と素っ気なく返した。
「それより、きりばらいしてくれねェか。気絶させるのに特性 使ったんだ」
「承知した」
頷いたミバは原型に戻り、大きく翼を動かした。巻き起こった風がエアームドにこびりついていたにおいを綺麗さっぱり拭い去る。そっか、きりばらいってこういう使い方もできるのか。覚えとこう。
再び擬人化したミバにおっさんがボソリと呟いた。
「悪ィな、患者に手荒な真似して」
「こちらこそ。攻撃せずに鎮めてくれたこと、深く感謝する。此度の詫びと礼はまた改めてさせていただきたい」
「いらねェ。それこそ迷惑だ」
「む……しかし、」
「いらねェっつってんだろ。そいつら連れてとっとと帰ってくれりゃァそれでいい」
食い下がるミバをぶっきらぼうに突き放す。ミバは暫く難しい顔で押し黙っていたけれど、「承知した。ご厚意痛み入る」ともう一度頭を下げた。おっさんはフンと鼻を鳴らし、ベトベターに視線を投げる。
「おいクソガキ。送ってやれ」
「おう」
こっくり頷いたベトベターは、しゃがんで俺に背中を差し出した。大人しくベトベターの首に腕を回してしがみつくと、膝の下に腕を通してしっかり支えてくれた。
「ごめんな、色々。ありがとう」
「いーっていーって。立つぜェ」
「うん。よろしくお願いします」
俺がベトベターにおぶわれているうちに、エアームドを背負ったミバが三度頭を下げた。
「重ね重ねかたじけない。少年も、感謝する」
「いーえー。どォいたしまして」
「いいから早く行け。道中転ぶんじゃねェぞ」
鬱陶しそうにしっしっと手を振るおっさんに会釈し、背を向けたミバにベトベターも続く。
マリエシティに差し掛かる頃、ベトベターが徐に口を開いた。
「……あのォ。ミバさん、だっけ」
「何だ」
「じっちゃんが色々キツイこと言ってすんません。あのヒト、口も愛想も悪くて」
すまなそうに眉尻を下げるベトベターに、ミバは口元を緩めて首を振った。
「問題ない。元々迷惑をかけたのはこちらだし、むしろ数々の配慮に感謝している。君も、ありがとう」
「や、俺さんは何もしてねェって」
おどけたようにへらりと笑ったベトベターは、ふと表情を引き締めてミバをまっすぐ見つめた。
「……なァ。じっちゃんのこと、内緒にしてもらえねェかな。あのヒト訳ありでさ、あそこにいるってあんま知られたくねェんだ」
その言葉にはっとなる。ポケモンは人間と擬人化したポケモンを見分けられるし、そのポケモンの種族もわかるらしい。つまりミバは、おっさんが原種ベトベトンだと気付いてるんだ。
ミバは「そうか……」と呟き、思案するように眉間にシワを寄せた。ごく、とベトベターが小さく唾を飲む。数拍置いて、「承知した」と頷きながら微笑んだ。
「彼は原種でもあるしな。深い事情があるのだろう。皆には〝はずれの岬で倒れている所を保護した〟とだけ伝えよう」
「サンキュ。助かるぜェ」
ほっとしたようにへにゃりと笑う。こいつ、ほんとおっさんのこと大事なんだなあ。ベトベターの右耳を軽く引っ張り、こしょこしょ耳打ちする。
「俺も、絶対内緒にするから」
「おう。よろしくなァ」
約束、と立てた小指を動かしてみせると、ベトベターはニヤッと歯を見せて頷いた。
「社長さんは?」
「仕事に戻った」
おっさんはベトベターの質問に淡々と答えながらタオルを投げ渡し、俺の前にしゃがみ込んだ。
「足出せ」
「う、うん」
恐る恐る右足を差し出す。まだ痛いし、血も止まっていない。ざっと傷の様子を確認したおっさんは、ペットボトルの蓋を開けながら「しみるから我慢しろ」と呟いた。俺が頷くとペットボトルを逆さまにして傷口をバシャバシャ洗い流し始める。しみるし冷たいけど、がまんがまん。
ペットボトルが空っぽになったら、おっさんはベトベターへ雑に投げつけた。それを上手く口で受け止めたベトベターは、もぐもぐしながらさっき投げられたタオルをおっさんに渡す。そのうちの1枚を厚みが出るような形で手早く畳み、ゴム手袋をはめた手で持つと、傷口をぐっと押さえた。
ベトベターがペットボトルを飲み込むと、完全な沈黙が訪れる。く、空気が重い……。まあ重くなった元凶俺だけど。
暫く何となく居心地悪そうにソワソワしていたベトベターが、ふと目を回したままのエアームドに目を留めて口を開いた。
「そういやじっちゃん、何でエアームドに攻撃しなかったんだァ?毒は効かねェけど、かえんほうしゃ使えるよなァ?」
「あいつの右足、よく見てみろ。包帯巻いてあるだろ。怪我してる奴にわざわざ追い討ちかけるこたァねェ」
言われて注視してみれば、確かに手当てを受けた跡があった。すげえ、あの状況でよく気付いたな。
「……それに、包帯焼けちまったら、エアームドにも手当てした奴にも悪ィ」
ぼそっと付け加えられた言葉は、今まで聞いた中で一番穏やかなトーンに聞こえた。
出血が止まると、おっさんはもう1枚のタオルを細く長く裂いて即席の包帯を作り、傷口に巻いていった。タオルを裂くのも巻くのも、すごく速くて綺麗で丁寧だ。さっきの戦い方といい、怪我したポケモンを相手するの慣れてるのかな。
じーっとその手つきを観察していたら、きゅっと端っこをしっかり結び終えるなり、ぶっきらぼうな「これで
「あ、ありがとう……ございます」
「あァ」
おっさんは懐から煙草を引っ張り出し、たっぷり吸い込んだ煙をゆっくり吐き出した。さっき怒鳴られて以来、おっさんと全然目が合わない。前から目が合うなり逸らされてはいたけど、今は最初から目を合わせないようにされてるみたいだ。申し訳なさといたたまれなさが重くのしかかる。声をかけようにも、おっさんのどことなく物憂げな表情がそれを躊躇わせた。ちらりとベトベターを伺うと、ゆるゆる首を横に振った。今は話しかけない方がいいって言うみたいに。
『ルヒカ!』
突然聞き慣れた声に呼ばれて、声のした方へ首を動かす。原型のミバが空から舞い降りてきて、着地と同時に擬人化した。俺の足を見るなり、青い瞳が大きく見開かれた。
「どうしたんだその足は!」
「えっ……と、ちょっと、色々あって。後でちゃんと説明するから。ミバこそどうしたんだよ」
しどろもどろに言い訳する。ミバは非常に不服そうな顔をしつつもコホンと咳払いした。
「実は、今日来院したエアームドの患者が目を覚ますなり脱走してな。トレーナー曰く怖がりで人見知りが激しいそうだから、見知らぬ場所に驚いたのだろう。そこで捜索していたのだ」
「エアームド?じゃあ、」
「ああ。彼に間違いない。あの包帯も俺が巻いたものだ」
上空からそこまで見えたのか……鳥ポケモンの視力えげつねえな。ふとミバがおっさんとベトベターに視線を向ける。
「ところで、あなた方は?」
「ただの通りすがりだ。そいつに喧嘩売られたからノした」
そいつ、と煙草でエアームドを示すおっさん。それを聞くなりミバはビシッと姿勢を正し、直角に腰を折る。
「我々の患者がご迷惑をおかけした!大変申し訳ない!!」
唐突な謝罪にうえっ!?と狼狽えるベトベターをよそに、おっさんは「別にいい」と素っ気なく返した。
「それより、きりばらいしてくれねェか。気絶させるのに
「承知した」
頷いたミバは原型に戻り、大きく翼を動かした。巻き起こった風がエアームドにこびりついていたにおいを綺麗さっぱり拭い去る。そっか、きりばらいってこういう使い方もできるのか。覚えとこう。
再び擬人化したミバにおっさんがボソリと呟いた。
「悪ィな、患者に手荒な真似して」
「こちらこそ。攻撃せずに鎮めてくれたこと、深く感謝する。此度の詫びと礼はまた改めてさせていただきたい」
「いらねェ。それこそ迷惑だ」
「む……しかし、」
「いらねェっつってんだろ。そいつら連れてとっとと帰ってくれりゃァそれでいい」
食い下がるミバをぶっきらぼうに突き放す。ミバは暫く難しい顔で押し黙っていたけれど、「承知した。ご厚意痛み入る」ともう一度頭を下げた。おっさんはフンと鼻を鳴らし、ベトベターに視線を投げる。
「おいクソガキ。送ってやれ」
「おう」
こっくり頷いたベトベターは、しゃがんで俺に背中を差し出した。大人しくベトベターの首に腕を回してしがみつくと、膝の下に腕を通してしっかり支えてくれた。
「ごめんな、色々。ありがとう」
「いーっていーって。立つぜェ」
「うん。よろしくお願いします」
俺がベトベターにおぶわれているうちに、エアームドを背負ったミバが三度頭を下げた。
「重ね重ねかたじけない。少年も、感謝する」
「いーえー。どォいたしまして」
「いいから早く行け。道中転ぶんじゃねェぞ」
鬱陶しそうにしっしっと手を振るおっさんに会釈し、背を向けたミバにベトベターも続く。
マリエシティに差し掛かる頃、ベトベターが徐に口を開いた。
「……あのォ。ミバさん、だっけ」
「何だ」
「じっちゃんが色々キツイこと言ってすんません。あのヒト、口も愛想も悪くて」
すまなそうに眉尻を下げるベトベターに、ミバは口元を緩めて首を振った。
「問題ない。元々迷惑をかけたのはこちらだし、むしろ数々の配慮に感謝している。君も、ありがとう」
「や、俺さんは何もしてねェって」
おどけたようにへらりと笑ったベトベターは、ふと表情を引き締めてミバをまっすぐ見つめた。
「……なァ。じっちゃんのこと、内緒にしてもらえねェかな。あのヒト訳ありでさ、あそこにいるってあんま知られたくねェんだ」
その言葉にはっとなる。ポケモンは人間と擬人化したポケモンを見分けられるし、そのポケモンの種族もわかるらしい。つまりミバは、おっさんが原種ベトベトンだと気付いてるんだ。
ミバは「そうか……」と呟き、思案するように眉間にシワを寄せた。ごく、とベトベターが小さく唾を飲む。数拍置いて、「承知した」と頷きながら微笑んだ。
「彼は原種でもあるしな。深い事情があるのだろう。皆には〝はずれの岬で倒れている所を保護した〟とだけ伝えよう」
「サンキュ。助かるぜェ」
ほっとしたようにへにゃりと笑う。こいつ、ほんとおっさんのこと大事なんだなあ。ベトベターの右耳を軽く引っ張り、こしょこしょ耳打ちする。
「俺も、絶対内緒にするから」
「おう。よろしくなァ」
約束、と立てた小指を動かしてみせると、ベトベターはニヤッと歯を見せて頷いた。