トリカブトと手を繋ぐ
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あれ以来、時々はずれの岬に遊びに行くようになった。いつも来てもらってばかりじゃ悪いし、たまにリサイクルプラントを見学させてもらうのも楽しかったから。
いつもの時間、はずれの岬へ続く緩やかな坂を上っていくと、ちょうどベトベターがリサイクルプラントから出てきた。「おーい」と手を振れば、俺に気付いたベトベターは片手を挙げてへらりと笑った。
いつの間にか定位置になった、はずれの岬の海べりにそびえ立つ木の下にふたりで腰を下ろす。木陰になってる上に海も近いから、涼しくて過ごしやすい。ここで昼寝したら絶対気持ちいいよな。
前に「他のベトベターたちは休憩時間に何してるんだ?」と聞いたら、大半はリサイクルプラント内で昼寝したりボーッとしたり、のんびり過ごすらしい。休憩時間の度に外へ出かけていくような奴はこいつだけだとか。ベトベター族は穏やかな性格の個体が多い種族だって聞いたことあるけど、あながち間違いでもないのかな。
俺と会う前は、仕事が休みの日と同じように、はずれの岬でヤブクロンを追いかけ回すか、10番道路やマリエ庭園を中心に探検するかしていたらしい。そして通りすがりのトレーナーにバトルをふっかけたり、ふっかけられたり。どう見てもアウトドア派なのに、最近はずっと俺の相手をしてくれる。もしかして無理をさせてるんじゃないか。前から気になっていたことを、今日やっと口にした。
「……なあ。俺と話すだけじゃつまんなくねえか?」
ベトベターは一瞬目を丸くして、ニッと歯を見せた。
「んなことねェさ。探検も、バトルも、お前さんと話すのも、全部面白ェ。お前さんは?」
「俺も、面白ぇし、楽しいよ」
「そりゃァよかった」
頭の後ろで腕を組み、木に体重を預けながら笑うベトベター。ほっと胸を撫で下ろした。よかった。俺だけじゃないんだ。
「お前さんがもうちょいデカくなったらよォ、一緒に探検行こうぜェ」
思わずベトベターを凝視した。探検。こいつと。一緒に。……ああ、絶対楽しいやつだ。じわじわ胸が熱くなる。顔が緩むのを止められない。
「うん、行きたい、行こう!約束だぞ!」
興奮気味に小指を立てた右手を突き出す。不思議そうに何度か瞬きしたベトベターは、「ああ」と膝を打った。
「確か、ニンゲンは約束する時に小指絡ませるんだっけか。ほい」
ニヤッと笑ったベトベターの小指が俺の小指に絡む。右手を揺らしながらお決まりの文句を唱えた。
「指切りげんまん、嘘ついたらハリーセン飲ーます」
「ヘェ、ハリーセン食わしてくれるなんて太っ腹だなァ」
「バカ、そういうことじゃねえだろ」
ふたりで笑いながらじゃれ合っていると、ギイとリサイクルプラントの入口が開き、のっそりおっさんが姿を見せた。懐から出した箱から煙草を1本引き抜き、先端に軽く息を吹きかける。ああ、かえんほうしゃの応用か。ライターいらずでいいなあ。
じっと眺めているとおっさんと目が合った。やべ、と思った瞬間おっさんの眉間のシワが更に深くなり、フイと視線をそらされる。
「……怒らせちゃったかな」
「じっちゃんは不機嫌そうなのがデフォだから気にすんなってェ。キレた時はあんなもんじゃねェぜ?」
ドンマイ、と言うように俺の頭に手を置くベトベター。普段から相当おっかねえ顔なのに、あれよりおっかなくなるのか……。マジギレしたジンコとどっちが怖いかな。
人間嫌いなのはわかってるけど、話してみたくてそれとなく機会を伺っているものの、今のところ全敗。手強い。ベトベターに協力してもらおうかとも考えたけど、それは何だかこいつに悪い気がするので却下。
三度ドアが開き、今度は社長さんが顔を出した。
「おーいベーやん、煙草切らしちまった。1本くれ」
おっさんは社長さんに一瞥くれると、「ほらよ」と箱を投げ渡した。
「悪いな、サンキュ。ついでに火も貸してくれ」
にこにこしながら社長さんが真っ白な煙草を差し出す。おっさんはチッと舌打ちして、さっきと同じ要領で、けれどさっきよりも丁寧に、煙草の先端にそっと火を点した。
「俺ァライターじゃねェって何度言わせやがる」
「悪かったって。今日で最後だから」
「テメェの最後は何回あるんだ」
おっさんの態度も口調も相変わらず刺々しいけど、何となくふたりの掛け合いは、父ちゃんとミバの気の置けないやり取りに重なって見えた。……ていうか。
「ベーやん、って?」
「あァ、じっちゃんのあだ名。ほら、じっちゃんは自分がポケモンってこと、隠したがってるからよォ。社長さんが種族名もじった渾名で呼び始めたら、いつの間にか定着したんだとさァ」
「へえー」
ギナが俺を「バンビ」、母ちゃんを「ヴィーナス」って呼ぶのと似たようなもんか。名前で呼ぶのとはまた少し違う、親愛の表れ。「バンビ」呼びは断じて気に入ってないけど、そういうの、なんかいいよな。
吸殻を飲み込んだおっさんが、2本目を吸うのか社長さんから箱を取り返した時。突然上空から「ギャオオオオ!!」という鋭い声が響き渡った。
驚いて見上げた先で、銀色のボディ、尖った口にノコギリみたいな歯、鋭利なナイフを思わせる銀と赤の翼を持つポケモンが、目をギラつかせながら忙しなく羽を動かしていた。
「エアームド……」
「おいおい、ここらにゃ居ねェはずじゃ、」
声に反応したのか、エアームドの黄色い目がベトベターに向けられる。もう一度「ギャオオ!」と吠えるなり、猛スピードでベトベターに突っ込んできた。
「危ねえッ!!」
咄嗟にベトベターを横に突き飛ばす。直後、右のふくらはぎに鋭い痛み。ゔあぁっ、と喉から悲鳴が飛び出し、みるみるうちに視界がぼやける。いッッッッてええええ!!翼掠ったか!?
「おまッ、バカ!!」
焦った声のベトベターが、その場に蹲ったまま動けない俺を抱え、エアームドと距離を取った。エアームドは俺たちが寄りかかっていた木に激突したらしく、しきりに頭を振っている。
「テメェら、しっかり鼻塞いで離れてろ!』
おっさんが怒鳴りながら姿を変えた。大きな口と、そこから覗く灰色の舌。紫色の、液体と個体の中間のような体。──原種ベトベトンだ。すげえ、実物初めて見た。
おっさんの忠告もすっかり忘れて惚ける俺の鼻を、ベトベターがぎゅっと摘む。そうだ、見惚れる場合じゃない。おっさんは俺たちや社長さんが十分離れたことを素早く確認すると、エアームドにビシッと中指を立てた。
『ギャオギャオうるせェぞチキン野郎!キャタピーも斬れねェナマクラが!』
『なんだとおおお!?』
俺には鳴き声にしか聞こえないけど、ベトベターの引きつった顔と、怒り狂ったエアームドの咆哮で何となく察する。たぶん、いや、十中八九ちょうはつだ。
怒り心頭のエアームドは、今度はおっさん目掛けて突進していく。がぱっとエアームドが大きく口を開けた瞬間、おっさんからほんの一瞬、物凄く強烈な悪臭が放たれた。
「うぐうぅぅっ!?」
くさい。ヤバい。鼻がもげそうだ。ドリの実やヤブクロンなんか比べものにならない。どぎつい刺激に涙が溢れる。鼻を塞いで距離も取ってる俺ですらこうなのに、至近距離で浴びたエアームドはひとたまりもない。目を回して気絶してしまった。
そのまま突っ込んでくるエアームドを、おっさんは自分の体をクッションにして受け止めた。ベトベターとふたり、ほっと息を吐く。
ベトベターは俺の鼻を解放し、そっと地面に座らせてくれた。今更ながら右足の負傷を思い出す。あまり大きくはないけど、ふくらはぎの外側が真一文字に切れている。うー……痛え。とにかく止血しないと。
エアームドを草の上に横たえたおっさんは、擬人化するなりズカズカこっちに歩み寄り、俺の胸ぐらをガッと引っ掴んだ。
「ふざけんなよこのクソチビ!!死にてェのか!!」
怒りに満ちた大声と形相にびくっと肩が跳ね上がる。
「ポケモン はニンゲン よりよっぽど頑丈にできてんだ、あのくらいじゃ死なねェ!掠り傷だから良かったものの、足や命 持ってかれててもおかしくなかったんだぞ!!」
「で……でも、俺、こいつ助けたくて、」
「誰かを助けてェならまず自分 の身を守りやがれ!ごちゃごちゃ抜かすのはもっと自分 の体の脆さ弱さを自覚してからにしろ!!」
ぎゅっと唇を噛み締める。おっさんの言うことは尤もだ。人間は簡単に死ぬって、父ちゃんや皆から何度も言い聞かされてたのに。考えるより前に、体が動いてた。視界が滲み、溢れた雫がボロボロ頬を転がり落ちる。
はあ、はあ、と肩で息をしたおっさんは、暫く間を置いて低く呟いた。
「……テメェのお陰でうちのバカは無傷だった。そこだけは感謝してる」
そう言って深く長く息を吐くと、そっと下ろして手を離した。放り出されると思ったのに。俺が怪我してるから、かな。
「クソガキ。テメェはここでこいつとエアームド見てろ」
「わ、わかった」
ベトベターが頷くと、身を翻したおっさんは駆け寄ってきた社長さんに何か告げ、ふたりでリサイクルプラントに戻っていった。
「……ごめんなァ」
静寂の中、ぽつんと聞こえた言葉に首を振る。
「お前は何にも悪くない。俺こそ、ごめん。……でも」
言葉を切り、ベトベターを見上げる。言おうか言うまいか迷ったけど、やっぱり言っておきたくて口に開いた。
「お前が無事で、よかった」
「……バァカ」
ベトベターは呆れたような、照れたような顔で笑うと、くしゃりと俺の頭を撫でた。
「ありがとな」
「……うん」
その手と声があんまり優しいから、膝に顔を埋めて鼻をすすった。
いつもの時間、はずれの岬へ続く緩やかな坂を上っていくと、ちょうどベトベターがリサイクルプラントから出てきた。「おーい」と手を振れば、俺に気付いたベトベターは片手を挙げてへらりと笑った。
いつの間にか定位置になった、はずれの岬の海べりにそびえ立つ木の下にふたりで腰を下ろす。木陰になってる上に海も近いから、涼しくて過ごしやすい。ここで昼寝したら絶対気持ちいいよな。
前に「他のベトベターたちは休憩時間に何してるんだ?」と聞いたら、大半はリサイクルプラント内で昼寝したりボーッとしたり、のんびり過ごすらしい。休憩時間の度に外へ出かけていくような奴はこいつだけだとか。ベトベター族は穏やかな性格の個体が多い種族だって聞いたことあるけど、あながち間違いでもないのかな。
俺と会う前は、仕事が休みの日と同じように、はずれの岬でヤブクロンを追いかけ回すか、10番道路やマリエ庭園を中心に探検するかしていたらしい。そして通りすがりのトレーナーにバトルをふっかけたり、ふっかけられたり。どう見てもアウトドア派なのに、最近はずっと俺の相手をしてくれる。もしかして無理をさせてるんじゃないか。前から気になっていたことを、今日やっと口にした。
「……なあ。俺と話すだけじゃつまんなくねえか?」
ベトベターは一瞬目を丸くして、ニッと歯を見せた。
「んなことねェさ。探検も、バトルも、お前さんと話すのも、全部面白ェ。お前さんは?」
「俺も、面白ぇし、楽しいよ」
「そりゃァよかった」
頭の後ろで腕を組み、木に体重を預けながら笑うベトベター。ほっと胸を撫で下ろした。よかった。俺だけじゃないんだ。
「お前さんがもうちょいデカくなったらよォ、一緒に探検行こうぜェ」
思わずベトベターを凝視した。探検。こいつと。一緒に。……ああ、絶対楽しいやつだ。じわじわ胸が熱くなる。顔が緩むのを止められない。
「うん、行きたい、行こう!約束だぞ!」
興奮気味に小指を立てた右手を突き出す。不思議そうに何度か瞬きしたベトベターは、「ああ」と膝を打った。
「確か、ニンゲンは約束する時に小指絡ませるんだっけか。ほい」
ニヤッと笑ったベトベターの小指が俺の小指に絡む。右手を揺らしながらお決まりの文句を唱えた。
「指切りげんまん、嘘ついたらハリーセン飲ーます」
「ヘェ、ハリーセン食わしてくれるなんて太っ腹だなァ」
「バカ、そういうことじゃねえだろ」
ふたりで笑いながらじゃれ合っていると、ギイとリサイクルプラントの入口が開き、のっそりおっさんが姿を見せた。懐から出した箱から煙草を1本引き抜き、先端に軽く息を吹きかける。ああ、かえんほうしゃの応用か。ライターいらずでいいなあ。
じっと眺めているとおっさんと目が合った。やべ、と思った瞬間おっさんの眉間のシワが更に深くなり、フイと視線をそらされる。
「……怒らせちゃったかな」
「じっちゃんは不機嫌そうなのがデフォだから気にすんなってェ。キレた時はあんなもんじゃねェぜ?」
ドンマイ、と言うように俺の頭に手を置くベトベター。普段から相当おっかねえ顔なのに、あれよりおっかなくなるのか……。マジギレしたジンコとどっちが怖いかな。
人間嫌いなのはわかってるけど、話してみたくてそれとなく機会を伺っているものの、今のところ全敗。手強い。ベトベターに協力してもらおうかとも考えたけど、それは何だかこいつに悪い気がするので却下。
三度ドアが開き、今度は社長さんが顔を出した。
「おーいベーやん、煙草切らしちまった。1本くれ」
おっさんは社長さんに一瞥くれると、「ほらよ」と箱を投げ渡した。
「悪いな、サンキュ。ついでに火も貸してくれ」
にこにこしながら社長さんが真っ白な煙草を差し出す。おっさんはチッと舌打ちして、さっきと同じ要領で、けれどさっきよりも丁寧に、煙草の先端にそっと火を点した。
「俺ァライターじゃねェって何度言わせやがる」
「悪かったって。今日で最後だから」
「テメェの最後は何回あるんだ」
おっさんの態度も口調も相変わらず刺々しいけど、何となくふたりの掛け合いは、父ちゃんとミバの気の置けないやり取りに重なって見えた。……ていうか。
「ベーやん、って?」
「あァ、じっちゃんのあだ名。ほら、じっちゃんは自分がポケモンってこと、隠したがってるからよォ。社長さんが種族名もじった渾名で呼び始めたら、いつの間にか定着したんだとさァ」
「へえー」
ギナが俺を「バンビ」、母ちゃんを「ヴィーナス」って呼ぶのと似たようなもんか。名前で呼ぶのとはまた少し違う、親愛の表れ。「バンビ」呼びは断じて気に入ってないけど、そういうの、なんかいいよな。
吸殻を飲み込んだおっさんが、2本目を吸うのか社長さんから箱を取り返した時。突然上空から「ギャオオオオ!!」という鋭い声が響き渡った。
驚いて見上げた先で、銀色のボディ、尖った口にノコギリみたいな歯、鋭利なナイフを思わせる銀と赤の翼を持つポケモンが、目をギラつかせながら忙しなく羽を動かしていた。
「エアームド……」
「おいおい、ここらにゃ居ねェはずじゃ、」
声に反応したのか、エアームドの黄色い目がベトベターに向けられる。もう一度「ギャオオ!」と吠えるなり、猛スピードでベトベターに突っ込んできた。
「危ねえッ!!」
咄嗟にベトベターを横に突き飛ばす。直後、右のふくらはぎに鋭い痛み。ゔあぁっ、と喉から悲鳴が飛び出し、みるみるうちに視界がぼやける。いッッッッてええええ!!翼掠ったか!?
「おまッ、バカ!!」
焦った声のベトベターが、その場に蹲ったまま動けない俺を抱え、エアームドと距離を取った。エアームドは俺たちが寄りかかっていた木に激突したらしく、しきりに頭を振っている。
「テメェら、しっかり鼻塞いで離れてろ!』
おっさんが怒鳴りながら姿を変えた。大きな口と、そこから覗く灰色の舌。紫色の、液体と個体の中間のような体。──原種ベトベトンだ。すげえ、実物初めて見た。
おっさんの忠告もすっかり忘れて惚ける俺の鼻を、ベトベターがぎゅっと摘む。そうだ、見惚れる場合じゃない。おっさんは俺たちや社長さんが十分離れたことを素早く確認すると、エアームドにビシッと中指を立てた。
『ギャオギャオうるせェぞチキン野郎!キャタピーも斬れねェナマクラが!』
『なんだとおおお!?』
俺には鳴き声にしか聞こえないけど、ベトベターの引きつった顔と、怒り狂ったエアームドの咆哮で何となく察する。たぶん、いや、十中八九ちょうはつだ。
怒り心頭のエアームドは、今度はおっさん目掛けて突進していく。がぱっとエアームドが大きく口を開けた瞬間、おっさんからほんの一瞬、物凄く強烈な悪臭が放たれた。
「うぐうぅぅっ!?」
くさい。ヤバい。鼻がもげそうだ。ドリの実やヤブクロンなんか比べものにならない。どぎつい刺激に涙が溢れる。鼻を塞いで距離も取ってる俺ですらこうなのに、至近距離で浴びたエアームドはひとたまりもない。目を回して気絶してしまった。
そのまま突っ込んでくるエアームドを、おっさんは自分の体をクッションにして受け止めた。ベトベターとふたり、ほっと息を吐く。
ベトベターは俺の鼻を解放し、そっと地面に座らせてくれた。今更ながら右足の負傷を思い出す。あまり大きくはないけど、ふくらはぎの外側が真一文字に切れている。うー……痛え。とにかく止血しないと。
エアームドを草の上に横たえたおっさんは、擬人化するなりズカズカこっちに歩み寄り、俺の胸ぐらをガッと引っ掴んだ。
「ふざけんなよこのクソチビ!!死にてェのか!!」
怒りに満ちた大声と形相にびくっと肩が跳ね上がる。
「
「で……でも、俺、こいつ助けたくて、」
「誰かを助けてェならまず
ぎゅっと唇を噛み締める。おっさんの言うことは尤もだ。人間は簡単に死ぬって、父ちゃんや皆から何度も言い聞かされてたのに。考えるより前に、体が動いてた。視界が滲み、溢れた雫がボロボロ頬を転がり落ちる。
はあ、はあ、と肩で息をしたおっさんは、暫く間を置いて低く呟いた。
「……テメェのお陰でうちのバカは無傷だった。そこだけは感謝してる」
そう言って深く長く息を吐くと、そっと下ろして手を離した。放り出されると思ったのに。俺が怪我してるから、かな。
「クソガキ。テメェはここでこいつとエアームド見てろ」
「わ、わかった」
ベトベターが頷くと、身を翻したおっさんは駆け寄ってきた社長さんに何か告げ、ふたりでリサイクルプラントに戻っていった。
「……ごめんなァ」
静寂の中、ぽつんと聞こえた言葉に首を振る。
「お前は何にも悪くない。俺こそ、ごめん。……でも」
言葉を切り、ベトベターを見上げる。言おうか言うまいか迷ったけど、やっぱり言っておきたくて口に開いた。
「お前が無事で、よかった」
「……バァカ」
ベトベターは呆れたような、照れたような顔で笑うと、くしゃりと俺の頭を撫でた。
「ありがとな」
「……うん」
その手と声があんまり優しいから、膝に顔を埋めて鼻をすすった。