ハロー・アコニタム/age.7
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ベンチに腰掛け、ベトベターが来るのを読書しながら待っていようと思ったのに、目が文字を追うだけで内容は全く入ってこない。こういう時は無理に読んでも意味が無いから、諦めて空と海を眺めることにした。
透き通ったスカイブルーと、きらきら輝くマリンブルーが遠くの方で混ざり合い、溶け合っている。涼やかな風が頬を撫で、草木や海面をさわさわと揺らす。自然ってすげえなあ。本当に……すごく、綺麗だ。
もっと近くで見たいのに、ここからでも海に住むポケモンたちが見えるか確かめたいのに、張り巡らされた柵がそれを許してくれない。乗り越えてやろうかと思ったけど、やめておく。20年以上前、海をもっと近くで見ようと柵を乗り越えた悪ガキが足を滑らせ、溺死しかけたという話は耳にタコができるほど聞かされてる。わかってるよミバ、父ちゃんの二の舞にはならないって。
海は空の色を反射してるから時間によって色が変わるけど、海水が低かったり含まれる栄養素が多かったりする所は濃い青なんだっけ。アローラよりずっと北の、シンオウ地方の海は黒っぽいって母ちゃんが言ってたな。
俺はアローラ地方どころかウラウラ島からも出たことがない。もう少し大きくなったら、ライドポケモンに乗せてもらって沖の方まで行ってみよう。空ライドもしてみたい。
視界いっぱいに広がる青を眺めながら、ジンコ特製サンドイッチをゆっくり齧る。うまい。特にチーゴの実ジャムのやつ。苦さの中でほんのりとした甘みがアクセントになっていてクセになる。
腹が膨れると、心地良い風と穏やかな日差しに眠気を誘われる。時折負けそうになりながら睡魔と格闘していると、眼前の草の海にぽこんと生首が現れた。次いで体、足と、順に姿を見せていく。
「よーっす。お待ちどォさん」
ベトベターの纏う目がチカチカする色合いのお陰で、劣勢だった意識が逆転する。頭を振って睡魔を追い払い、左側に寄ってスペースをあける。ベトベターは「お邪魔しまァす」と言いつつ右側に腰を下ろした。
「お前、毎回あの登場すんの?」
「二本足で歩くよか楽なんだよォ」
確かに、ベトベターの本来の姿は足を持たない。擬人化には慣れてるみたいだけど、それとこれとは別なんだろう。ミバもジンコも、二足歩行に慣れるまで大変だったらしいし。
「昼飯は?」
「さっきまで散々食ってたから食休み。今日はでっけェタイヤに当たってさァ。うまかったなァ~」
満足気に腹を擦るベトベター。誰が何ゴミ担当とかいうのは決まっていないらしく、運び込まれてくるアローラ中のゴミをひたすら食べ続けるんだとか。何を食べるかは早い者勝ちで、喧嘩防止のために「最初に一口齧った奴の獲物、わざの使用と横取り禁止」というルールがあるらしい。とはいえ毎日約438トンのゴミを完食する必要があるから、いちいち取り合いもしないそうだ。
「438トンって、カビゴン1000匹と大体同じ重さじゃん。それ毎日完食してるってすげえなあ」
「ヘヘッ、まァな。一番食うのは毎日10トン平らげる社長さんのベトベトンだけど、じっちゃんはその次に食う量が多いんだぜェ」
得意げに鼻の下を擦るベトベター。こいつ、ほんと〝じっちゃん〟が好きだなあ。
「すっげえなあ……。……それにしても、俺たちってそんなにゴミ出してるんだな。今後はなるべく出す量少なくするよ」
「おいおい、そんなことされたら俺さんたちの飯が減っちまうだろォ。ニンゲンの事情は知らねェけど、こっちとしては多い方が助かるんだ」
「それはそうだけど……いいのかなあ……」
人間が出すゴミや廃棄物を糧とするベトベターのようなポケモンもいれば、迷惑を被っているポケモンもいる。そもそもアローラのベトベターだって、環境問題を解決するためによその地方から連れてこられたベトベターが、ゴミを食べ続けたことでタイプや姿が変化したんだ。ベトベターはひょいと片眉を上げ、気楽な調子で言った。
「あんま難しく考えなくてもいいんじゃねェ?少なくともベトベター とニンゲン がウィン・ウィンなのは間違いねェんだし。どうしても気になるってんなら、ポイ捨てとか見かけたらゴミ箱に入れといてくれると助かるなァ。回収の手間が省ける」
「わかった」
……まあ、ガキ1人がゴチャゴチャ考えてても仕方ねえしな。俺でもできること、できそうなことをやろう。
「そういや、お前らって食えねえもんとかねえの?」
「んー、そォだなァ……形あるものは大体食えるし……。あ、炎とか?」
「食べ物の範囲めちゃくちゃ広いな」
心底感心しながら呟くと、ベトベターは笑いながらしれっと言い放った。
「まァ俺さんたちはそういう生き物だからなァ。共食いもするし」
「えっ!?」
衝撃の事実に目を剥く。図鑑にそんなこと書いてなかったぞ!?
「ンだよ、珍しいことじゃねェだろォ?」
「そうだけど、ベトベター族が共食いするって初めて聞いたから」
「あァ、なんかアローラは食いモン沢山あるから、余程のことがない限り滅多にねェってさァ。『飯は食える時に食えるだけ食っとけ』が野生の鉄則だけど、腹減ってねェのにわざわざ食う必要もねェだろォ。共食いは最後の手段、みてェな?」
なるほどなあ、と息を吐く。本に書いてあることが全てじゃないって頭ではわかってるけど、つくづく世の中には知らないことで溢れ返っている。すげえなあ。楽しいなあ。面白えなあ。
「じっちゃんが言うには、原種のベトベター族が共食いし始めたの、15年くらい前だってよォ。カンキョウセイビ?とかで飯や住処がなくなっちまったから。最近は何処も彼処もキレイで清潔だから住み心地悪ィ、ってボヤいてた」
続けられた言葉に、弾んでいた気持ちが空気の抜けた風船みたいに勢いよく萎んでいく。何でもないように話すこいつは、知っているのだろうか。原種ベトベトンが絶滅に瀕していることを。環境整備だけじゃなく、駆除も要因の1つだということを。
人間の俺にそんな資格はないのに、どうしようもなく、いたたまれなくなった。膝の上でぎゅっと拳を握り締める。それでも、1つだけ聞いておきたくて、恐る恐る口を開く。
「お前も、住みにくい?」
「他の連中がどうかは知らねェけど、俺さんはあんま気になんねェなァ。メシに困んねェし、あったけェし、湿気もいい感じだし。ちっとキレイ過ぎるけどよォ」
「……そっか」
指折り数えて明るく笑うベトベターに、幾らか心が楽になる。少なくともこいつは、楽しく暮らしているんだ。そっか。よかった。
「まァこの話はこの辺にして。聞いてくれよ、今日じっちゃんがさァ」
何となく空気が重くなってしまったのを察したのか、ベトベターは明るい話題に変えてくれた。リサイクルプラントでのあんなことやこんなこと。沢山笑ったお陰ですっかり気が解れる。こいつ、ほんといい奴だなあ。
笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら、何とはなしに聞いてみた。
「もしかして、〝じっちゃん〟って原種ベトベターなのか?」
「いんや、ベトベトンだ。原種の。……って、これ言っちゃダメなんだった!今のナシ!内緒!この通りィ!!」
ハッと口を抑えるベトベター。サッと顔が青くなる。必死に手を合わせてくるから、余程知られたくなかったんだろう。「わかった。誰にも言わねえ」とこっくり頷くと、ほっとしたように「悪ィな、頼むぜェ」と言った。
ベトベターは頭の後ろで腕を組むと、背もたれに体を預けた。
「……もうバラしちまったから言っちまうけど。野生の原種ベトベトンってアローラにほぼいねェだろォ。そういう珍しいポケモンを狙うような奴らが結構いるらしくてさァ。だからじっちゃん、いつも擬人化してて、俺さんにもそうしとけって言うんだ。あまりニンゲンにポケモンだと知られるな、って」
まァお前さんにはあっさり見破られたけど、とケラケラ笑う。そういう理由で擬人化するポケモンが少なくないことは、ギナたちから聞いている。ミバも、ドデカバシは今の所アローラでしか見つかってないから、仕事で他の地方に行く時は、妙な輩に目をつけられないように殆ど擬人化したままだって。
「なんか悪ィな。じっちゃん、ニンゲン好きじゃなくてよォ。『全員が悪い奴とは思わねェが、全員が良い奴だとも思わねェ』って言ってるから、毛嫌いしてる訳じゃねェとは思うけど」
きまり悪そうに苦笑するベトベターに首を振る。見た目は結構チャラいし目つきも悪いけど、すごく気遣いのある奴だ。
「なんかあったんだろ、嫌になっちゃうようなことが。そういうの、人間同士でもあるから。……お前も、人間嫌い?」
「……わかんねェ。まともに関わったことあるニンゲン、社長さんに社員さんたち、あとお前さんくらいだしなァ」
ベトベターは頭を掻きながらそう言うと、へらりと笑った。
「まァ、良い奴もいりゃ悪い奴もいるのはポケモンだって同じだろォ。生き物なんだから色々いるさ」
そろそろ戻るわ、と言いつつ立ち上がったベトベターを、引き止めたいのをぐっと堪えて見送る。こいつは「昼休憩の時に」「また来て」くれた。もう一度話せた。それで十分だ。これ以上ワガママ言って困らせちゃダメだ。
足を地面と同化させたベトベターは、そのまま潜っていくのかと思いきや、ふと動きを止めた。一度こっちをちらりと見ると、あーだのうーだの唸りながら視線をゆらゆら彷徨わせ、ゆっくり口を開いた。
「……あー、なんだ。気が向いたらよォ、また今日みてェに駄弁ろうや」
思いがけない言葉に目を見開く。もっと話したいの、俺だけじゃなかったんだ。嬉しくて上擦った声が飛び出す。
「俺、明日も、明後日もここ来るから。お前こそ……気が向いたら、顔出せよ」
「おう。んじゃ、またな」
「うん、またな」
ギザギザの白い歯を見せたベトベターが伸ばした左手に、自分の右手をぱちんと打ちつける。原色の緑と黄色が、すっかり溶けて見えなくなるまで見送った。
透き通ったスカイブルーと、きらきら輝くマリンブルーが遠くの方で混ざり合い、溶け合っている。涼やかな風が頬を撫で、草木や海面をさわさわと揺らす。自然ってすげえなあ。本当に……すごく、綺麗だ。
もっと近くで見たいのに、ここからでも海に住むポケモンたちが見えるか確かめたいのに、張り巡らされた柵がそれを許してくれない。乗り越えてやろうかと思ったけど、やめておく。20年以上前、海をもっと近くで見ようと柵を乗り越えた悪ガキが足を滑らせ、溺死しかけたという話は耳にタコができるほど聞かされてる。わかってるよミバ、父ちゃんの二の舞にはならないって。
海は空の色を反射してるから時間によって色が変わるけど、海水が低かったり含まれる栄養素が多かったりする所は濃い青なんだっけ。アローラよりずっと北の、シンオウ地方の海は黒っぽいって母ちゃんが言ってたな。
俺はアローラ地方どころかウラウラ島からも出たことがない。もう少し大きくなったら、ライドポケモンに乗せてもらって沖の方まで行ってみよう。空ライドもしてみたい。
視界いっぱいに広がる青を眺めながら、ジンコ特製サンドイッチをゆっくり齧る。うまい。特にチーゴの実ジャムのやつ。苦さの中でほんのりとした甘みがアクセントになっていてクセになる。
腹が膨れると、心地良い風と穏やかな日差しに眠気を誘われる。時折負けそうになりながら睡魔と格闘していると、眼前の草の海にぽこんと生首が現れた。次いで体、足と、順に姿を見せていく。
「よーっす。お待ちどォさん」
ベトベターの纏う目がチカチカする色合いのお陰で、劣勢だった意識が逆転する。頭を振って睡魔を追い払い、左側に寄ってスペースをあける。ベトベターは「お邪魔しまァす」と言いつつ右側に腰を下ろした。
「お前、毎回あの登場すんの?」
「二本足で歩くよか楽なんだよォ」
確かに、ベトベターの本来の姿は足を持たない。擬人化には慣れてるみたいだけど、それとこれとは別なんだろう。ミバもジンコも、二足歩行に慣れるまで大変だったらしいし。
「昼飯は?」
「さっきまで散々食ってたから食休み。今日はでっけェタイヤに当たってさァ。うまかったなァ~」
満足気に腹を擦るベトベター。誰が何ゴミ担当とかいうのは決まっていないらしく、運び込まれてくるアローラ中のゴミをひたすら食べ続けるんだとか。何を食べるかは早い者勝ちで、喧嘩防止のために「最初に一口齧った奴の獲物、わざの使用と横取り禁止」というルールがあるらしい。とはいえ毎日約438トンのゴミを完食する必要があるから、いちいち取り合いもしないそうだ。
「438トンって、カビゴン1000匹と大体同じ重さじゃん。それ毎日完食してるってすげえなあ」
「ヘヘッ、まァな。一番食うのは毎日10トン平らげる社長さんのベトベトンだけど、じっちゃんはその次に食う量が多いんだぜェ」
得意げに鼻の下を擦るベトベター。こいつ、ほんと〝じっちゃん〟が好きだなあ。
「すっげえなあ……。……それにしても、俺たちってそんなにゴミ出してるんだな。今後はなるべく出す量少なくするよ」
「おいおい、そんなことされたら俺さんたちの飯が減っちまうだろォ。ニンゲンの事情は知らねェけど、こっちとしては多い方が助かるんだ」
「それはそうだけど……いいのかなあ……」
人間が出すゴミや廃棄物を糧とするベトベターのようなポケモンもいれば、迷惑を被っているポケモンもいる。そもそもアローラのベトベターだって、環境問題を解決するためによその地方から連れてこられたベトベターが、ゴミを食べ続けたことでタイプや姿が変化したんだ。ベトベターはひょいと片眉を上げ、気楽な調子で言った。
「あんま難しく考えなくてもいいんじゃねェ?少なくとも
「わかった」
……まあ、ガキ1人がゴチャゴチャ考えてても仕方ねえしな。俺でもできること、できそうなことをやろう。
「そういや、お前らって食えねえもんとかねえの?」
「んー、そォだなァ……形あるものは大体食えるし……。あ、炎とか?」
「食べ物の範囲めちゃくちゃ広いな」
心底感心しながら呟くと、ベトベターは笑いながらしれっと言い放った。
「まァ俺さんたちはそういう生き物だからなァ。共食いもするし」
「えっ!?」
衝撃の事実に目を剥く。図鑑にそんなこと書いてなかったぞ!?
「ンだよ、珍しいことじゃねェだろォ?」
「そうだけど、ベトベター族が共食いするって初めて聞いたから」
「あァ、なんかアローラは食いモン沢山あるから、余程のことがない限り滅多にねェってさァ。『飯は食える時に食えるだけ食っとけ』が野生の鉄則だけど、腹減ってねェのにわざわざ食う必要もねェだろォ。共食いは最後の手段、みてェな?」
なるほどなあ、と息を吐く。本に書いてあることが全てじゃないって頭ではわかってるけど、つくづく世の中には知らないことで溢れ返っている。すげえなあ。楽しいなあ。面白えなあ。
「じっちゃんが言うには、原種のベトベター族が共食いし始めたの、15年くらい前だってよォ。カンキョウセイビ?とかで飯や住処がなくなっちまったから。最近は何処も彼処もキレイで清潔だから住み心地悪ィ、ってボヤいてた」
続けられた言葉に、弾んでいた気持ちが空気の抜けた風船みたいに勢いよく萎んでいく。何でもないように話すこいつは、知っているのだろうか。原種ベトベトンが絶滅に瀕していることを。環境整備だけじゃなく、駆除も要因の1つだということを。
人間の俺にそんな資格はないのに、どうしようもなく、いたたまれなくなった。膝の上でぎゅっと拳を握り締める。それでも、1つだけ聞いておきたくて、恐る恐る口を開く。
「お前も、住みにくい?」
「他の連中がどうかは知らねェけど、俺さんはあんま気になんねェなァ。メシに困んねェし、あったけェし、湿気もいい感じだし。ちっとキレイ過ぎるけどよォ」
「……そっか」
指折り数えて明るく笑うベトベターに、幾らか心が楽になる。少なくともこいつは、楽しく暮らしているんだ。そっか。よかった。
「まァこの話はこの辺にして。聞いてくれよ、今日じっちゃんがさァ」
何となく空気が重くなってしまったのを察したのか、ベトベターは明るい話題に変えてくれた。リサイクルプラントでのあんなことやこんなこと。沢山笑ったお陰ですっかり気が解れる。こいつ、ほんといい奴だなあ。
笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら、何とはなしに聞いてみた。
「もしかして、〝じっちゃん〟って原種ベトベターなのか?」
「いんや、ベトベトンだ。原種の。……って、これ言っちゃダメなんだった!今のナシ!内緒!この通りィ!!」
ハッと口を抑えるベトベター。サッと顔が青くなる。必死に手を合わせてくるから、余程知られたくなかったんだろう。「わかった。誰にも言わねえ」とこっくり頷くと、ほっとしたように「悪ィな、頼むぜェ」と言った。
ベトベターは頭の後ろで腕を組むと、背もたれに体を預けた。
「……もうバラしちまったから言っちまうけど。野生の原種ベトベトンってアローラにほぼいねェだろォ。そういう珍しいポケモンを狙うような奴らが結構いるらしくてさァ。だからじっちゃん、いつも擬人化してて、俺さんにもそうしとけって言うんだ。あまりニンゲンにポケモンだと知られるな、って」
まァお前さんにはあっさり見破られたけど、とケラケラ笑う。そういう理由で擬人化するポケモンが少なくないことは、ギナたちから聞いている。ミバも、ドデカバシは今の所アローラでしか見つかってないから、仕事で他の地方に行く時は、妙な輩に目をつけられないように殆ど擬人化したままだって。
「なんか悪ィな。じっちゃん、ニンゲン好きじゃなくてよォ。『全員が悪い奴とは思わねェが、全員が良い奴だとも思わねェ』って言ってるから、毛嫌いしてる訳じゃねェとは思うけど」
きまり悪そうに苦笑するベトベターに首を振る。見た目は結構チャラいし目つきも悪いけど、すごく気遣いのある奴だ。
「なんかあったんだろ、嫌になっちゃうようなことが。そういうの、人間同士でもあるから。……お前も、人間嫌い?」
「……わかんねェ。まともに関わったことあるニンゲン、社長さんに社員さんたち、あとお前さんくらいだしなァ」
ベトベターは頭を掻きながらそう言うと、へらりと笑った。
「まァ、良い奴もいりゃ悪い奴もいるのはポケモンだって同じだろォ。生き物なんだから色々いるさ」
そろそろ戻るわ、と言いつつ立ち上がったベトベターを、引き止めたいのをぐっと堪えて見送る。こいつは「昼休憩の時に」「また来て」くれた。もう一度話せた。それで十分だ。これ以上ワガママ言って困らせちゃダメだ。
足を地面と同化させたベトベターは、そのまま潜っていくのかと思いきや、ふと動きを止めた。一度こっちをちらりと見ると、あーだのうーだの唸りながら視線をゆらゆら彷徨わせ、ゆっくり口を開いた。
「……あー、なんだ。気が向いたらよォ、また今日みてェに駄弁ろうや」
思いがけない言葉に目を見開く。もっと話したいの、俺だけじゃなかったんだ。嬉しくて上擦った声が飛び出す。
「俺、明日も、明後日もここ来るから。お前こそ……気が向いたら、顔出せよ」
「おう。んじゃ、またな」
「うん、またな」
ギザギザの白い歯を見せたベトベターが伸ばした左手に、自分の右手をぱちんと打ちつける。原色の緑と黄色が、すっかり溶けて見えなくなるまで見送った。