ハロー・アコニタム/age.7
Name Change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ハンカチよし。ティッシュよし。弁当とモーモーミルクよし。図書カード……あれ?
リュックの中身を全部引っ張り出してもう一度確認する。ない。ぺちゃんこになったリュックを逆さまにして振ってみる。やっぱりない。
やばい。失くした。焦りが脳みそを埋め尽くす。遺伝的に整理整頓能力が皆無な俺は、当然ながら失くし物も多い。本ならどこに何を置いたか大体覚えてるけど、気になったことを書き留めたメモとか、メモする時に使ったペンとか、両手の指で数えきれないくらい失くした。図書カードをなくすのはこれで三度目だ。
何がやばいって、これが母ちゃんやミバにバレたら、2週間は「強制早寝の刑」に処される。こいつはいつもの就寝時間より2時間早い19時になったら、ねむりごな・うたう・さいみんじゅつのどれかで眠らされてベッドに放り込まれる、2×14=28時間も読書タイムが減ってしまう恐ろしい刑だ。早寝したぶん早起きしてやろうとしたけど、7時より早く起きられた試しがない。絶対起床時間も調節されてる。
どうしよう。失くしたことはまだバレてないけど、カードの再発行にはトレーナーカードや健康保険証といった、住所を確認できるものが必要だ。前者は持ってないし、後者は俺の手が届かない所にしまってある。父ちゃんは俺に加担したら「ロズレイティー禁止の刑」が下されるから、絶対手伝ってくれない。ポケモンたちはみんな母ちゃんの手先だから、誰かにこっそり手伝ってもらうのはナシだ。でも、再発行しないと図書館の本が借りられないから、遅かれ早かれ言わなきゃならない。詰んでる。
せめて、どこで失くしたか思い出せればいいんだけどな。溜め息を吐きながらリュックに荷物を詰め直す。最後にハンカチを手に取った瞬間、不意に閃いた。昨日ベトベターを手当した時、リュックを漁った拍子に落としたかもしれない。帰り際は慌ててたから、ちゃんと荷物確認しなかったし。そうとわかれば早速探しに行こう。ハンカチを放り込んだリュックを背負い、玄関に続く階段を駆け下り……ようとして急停止。まだ書き置きしてなかった。
☆
図書館の西側。ベトベターと出会った大木の根元をぐるっと見て回り、文字通り草の根を分けて探す。ない……。小さくて軽いものだし、風に飛ばされるか、野性のポケモンが珍しがって持って行っちゃたのかな。
「探しモンかァ?」
「うん。長方形の、薄い板みたいなやつ」
……ん?思わず返事しちゃったけど、俺、誰と話してんだ?
後ろや辺りをぐるりと見回してみるけど誰もいない。気のせいか。とにかくもう少し探そう、と視線を草地に戻すと、地面からにょっきり生えた生首とばっちり目が合った。……は?生首?
「うわあああああ!!??」
ずざざざざ、と全力で後退する。な、何でこんなとこに生首が生えてんだ!?つーか生首ってその辺に生えてるようなもんじゃねえだろ!!
狼狽える俺を見て盛大に噴き出した生首は、大笑いしながらふわりと浮き上がった。その下に体は──しっかりついている。……待てよ。この服、この声、覚えがある。
「ギャヒヒヒ、やっぱいい反応だなァ」
「あっ、お前……!」
「よォ、昨日ぶりィ」
見上げた先で、左腕にハンカチを巻いたベトベターがニヤリと笑った。原種のベトベトンは地面に溶け込んで移動したり身を隠したりするっていうけど、アローラのベトベターもできるのか。そりゃそうか、多少タイプや姿形が変化しても同じ種族だもんな。
衝撃の登場とまさかの再会に腰を抜かして放心する俺の前に、ベトベターはずいと右手を突き出した。そこに握られているのは、俺の図書カード。
「お前さんのだろォ。昨日落としてったぜェ」
「拾っといてくれたのか。ありがとう」
「気にすんな。色々世話ンなった礼だァ」
陽気な笑顔と一緒に受け取った図書カードをリュックに大事にしまう。わざわざ拾って届けてくれるなんて、律義っつーか……いい奴だなあ。
ふとベトベターの左腕に目が留まり、恐る恐る尋ねた。
「……なあ。けが、平気か?」
「おう。お陰さんでなァ」
「そっか。よかった」
左腕をぐるぐる回しながら返って来た返事に、ほっと胸を撫で下ろす。元気になって、本当によかった。
「そういやコレ、外してもいいのかい?」
ハンカチを指差すベトベターに頷く。
「血が止まったなら大丈夫」
「ふゥん。貰っていいかァ?」
「ダメだ。止血とかに使った布は処分しないと」
ベトベターは「なァんだ、じゃァちょうどいいじゃねェか」と笑うと、ハンカチを解くなり、つるっと飲み込んだ。
「おっ、おい!何してんだよ!」
「ンン~~この喉越し、いい糸使ってんなァ。ごちそォさん」
「呑気かよ……体調崩すぞ」
「こんなんでいちいち病気してたらこの仕事やってけねェよ。毎日ゴミ何トン食ってると思ってんだァ。そこらの細菌よか俺さんの毒の方が強ェし」
ジト目で睨むと、ベトベターは涼しい顔で右手をひらひら振った。確かにこいつの言い分は尤もだ。でも。
「どくポケモンは病気になりにくい分、罹ったら治りにくいんだって、ギナが……うちの医者が言ってた。薬も効きにくいって」
「それ、じっちゃんも言ってたなァ。毒に強いからこそ、油断も過信もするんじゃねェってよ」
ひょいと片眉を上げたベトベターはうーむと腕組みし、「これからもうちょい気ィ付けるわ」と付け加えた。
「っと、そろそろ仕事行かねェと。連続遅刻なんてしたら拳骨じゃ済まねェ」
じゃァな、とひらりと手を振って背を向けたベトベターの服の裾を、思わず捕まえる。あれ、何でだ、何してんだ。仕事行くのに引き止めちゃダメだろ。混乱しながら顔を上げると、首だけ振り返ったベトベターと視線がぶつかって、勝手に口が動いた。
「また、来る?」
ベトベターの目が真ん丸になる。つられて俺も目を瞠り、裾を掴んだままだった手をぱっと離した。自分でも訳が分からない言動に頭の中がグチャグチャだ。俺、今、何て言った?
それを尋ねるより先に、ベトベターが口を開いた。
「昼休憩の時ならいいぜェ」
自分の発言と、目と口を三日月にしたベトベターの言葉を胸の内で反芻する。漸く意味が飲み込めると、頬にふわりと熱が宿った。鏡を見なくてもわかる。今の俺、絶対顔緩んでる。
「あァ、そうだ。お前さん、名前は?」
「ルヒカ」
脈絡のない質問につい素直に答える。まあ、悪い奴じゃないだろうから、名前くらいいいか。
「ふゥん。またな、ルヒカ」
ニヤッと笑ったベトベターは、父ちゃんがミバやジンコを散歩に誘う時のような気軽さで言うと、俺の頭をぽんと叩いた。そのまま足元から草地と同化して、あっという間に見えなくなる。
「うん。またな」
どうして引き止めたのか。どうしてあんなこと言ったのか。すっかり緩んだ頭で考えても答えなんて見つからない。
けれど、とにかく無性に嬉しくて、昼が待ち遠しいのは確かだった。
リュックの中身を全部引っ張り出してもう一度確認する。ない。ぺちゃんこになったリュックを逆さまにして振ってみる。やっぱりない。
やばい。失くした。焦りが脳みそを埋め尽くす。遺伝的に整理整頓能力が皆無な俺は、当然ながら失くし物も多い。本ならどこに何を置いたか大体覚えてるけど、気になったことを書き留めたメモとか、メモする時に使ったペンとか、両手の指で数えきれないくらい失くした。図書カードをなくすのはこれで三度目だ。
何がやばいって、これが母ちゃんやミバにバレたら、2週間は「強制早寝の刑」に処される。こいつはいつもの就寝時間より2時間早い19時になったら、ねむりごな・うたう・さいみんじゅつのどれかで眠らされてベッドに放り込まれる、2×14=28時間も読書タイムが減ってしまう恐ろしい刑だ。早寝したぶん早起きしてやろうとしたけど、7時より早く起きられた試しがない。絶対起床時間も調節されてる。
どうしよう。失くしたことはまだバレてないけど、カードの再発行にはトレーナーカードや健康保険証といった、住所を確認できるものが必要だ。前者は持ってないし、後者は俺の手が届かない所にしまってある。父ちゃんは俺に加担したら「ロズレイティー禁止の刑」が下されるから、絶対手伝ってくれない。ポケモンたちはみんな母ちゃんの手先だから、誰かにこっそり手伝ってもらうのはナシだ。でも、再発行しないと図書館の本が借りられないから、遅かれ早かれ言わなきゃならない。詰んでる。
せめて、どこで失くしたか思い出せればいいんだけどな。溜め息を吐きながらリュックに荷物を詰め直す。最後にハンカチを手に取った瞬間、不意に閃いた。昨日ベトベターを手当した時、リュックを漁った拍子に落としたかもしれない。帰り際は慌ててたから、ちゃんと荷物確認しなかったし。そうとわかれば早速探しに行こう。ハンカチを放り込んだリュックを背負い、玄関に続く階段を駆け下り……ようとして急停止。まだ書き置きしてなかった。
☆
図書館の西側。ベトベターと出会った大木の根元をぐるっと見て回り、文字通り草の根を分けて探す。ない……。小さくて軽いものだし、風に飛ばされるか、野性のポケモンが珍しがって持って行っちゃたのかな。
「探しモンかァ?」
「うん。長方形の、薄い板みたいなやつ」
……ん?思わず返事しちゃったけど、俺、誰と話してんだ?
後ろや辺りをぐるりと見回してみるけど誰もいない。気のせいか。とにかくもう少し探そう、と視線を草地に戻すと、地面からにょっきり生えた生首とばっちり目が合った。……は?生首?
「うわあああああ!!??」
ずざざざざ、と全力で後退する。な、何でこんなとこに生首が生えてんだ!?つーか生首ってその辺に生えてるようなもんじゃねえだろ!!
狼狽える俺を見て盛大に噴き出した生首は、大笑いしながらふわりと浮き上がった。その下に体は──しっかりついている。……待てよ。この服、この声、覚えがある。
「ギャヒヒヒ、やっぱいい反応だなァ」
「あっ、お前……!」
「よォ、昨日ぶりィ」
見上げた先で、左腕にハンカチを巻いたベトベターがニヤリと笑った。原種のベトベトンは地面に溶け込んで移動したり身を隠したりするっていうけど、アローラのベトベターもできるのか。そりゃそうか、多少タイプや姿形が変化しても同じ種族だもんな。
衝撃の登場とまさかの再会に腰を抜かして放心する俺の前に、ベトベターはずいと右手を突き出した。そこに握られているのは、俺の図書カード。
「お前さんのだろォ。昨日落としてったぜェ」
「拾っといてくれたのか。ありがとう」
「気にすんな。色々世話ンなった礼だァ」
陽気な笑顔と一緒に受け取った図書カードをリュックに大事にしまう。わざわざ拾って届けてくれるなんて、律義っつーか……いい奴だなあ。
ふとベトベターの左腕に目が留まり、恐る恐る尋ねた。
「……なあ。けが、平気か?」
「おう。お陰さんでなァ」
「そっか。よかった」
左腕をぐるぐる回しながら返って来た返事に、ほっと胸を撫で下ろす。元気になって、本当によかった。
「そういやコレ、外してもいいのかい?」
ハンカチを指差すベトベターに頷く。
「血が止まったなら大丈夫」
「ふゥん。貰っていいかァ?」
「ダメだ。止血とかに使った布は処分しないと」
ベトベターは「なァんだ、じゃァちょうどいいじゃねェか」と笑うと、ハンカチを解くなり、つるっと飲み込んだ。
「おっ、おい!何してんだよ!」
「ンン~~この喉越し、いい糸使ってんなァ。ごちそォさん」
「呑気かよ……体調崩すぞ」
「こんなんでいちいち病気してたらこの仕事やってけねェよ。毎日ゴミ何トン食ってると思ってんだァ。そこらの細菌よか俺さんの毒の方が強ェし」
ジト目で睨むと、ベトベターは涼しい顔で右手をひらひら振った。確かにこいつの言い分は尤もだ。でも。
「どくポケモンは病気になりにくい分、罹ったら治りにくいんだって、ギナが……うちの医者が言ってた。薬も効きにくいって」
「それ、じっちゃんも言ってたなァ。毒に強いからこそ、油断も過信もするんじゃねェってよ」
ひょいと片眉を上げたベトベターはうーむと腕組みし、「これからもうちょい気ィ付けるわ」と付け加えた。
「っと、そろそろ仕事行かねェと。連続遅刻なんてしたら拳骨じゃ済まねェ」
じゃァな、とひらりと手を振って背を向けたベトベターの服の裾を、思わず捕まえる。あれ、何でだ、何してんだ。仕事行くのに引き止めちゃダメだろ。混乱しながら顔を上げると、首だけ振り返ったベトベターと視線がぶつかって、勝手に口が動いた。
「また、来る?」
ベトベターの目が真ん丸になる。つられて俺も目を瞠り、裾を掴んだままだった手をぱっと離した。自分でも訳が分からない言動に頭の中がグチャグチャだ。俺、今、何て言った?
それを尋ねるより先に、ベトベターが口を開いた。
「昼休憩の時ならいいぜェ」
自分の発言と、目と口を三日月にしたベトベターの言葉を胸の内で反芻する。漸く意味が飲み込めると、頬にふわりと熱が宿った。鏡を見なくてもわかる。今の俺、絶対顔緩んでる。
「あァ、そうだ。お前さん、名前は?」
「ルヒカ」
脈絡のない質問につい素直に答える。まあ、悪い奴じゃないだろうから、名前くらいいいか。
「ふゥん。またな、ルヒカ」
ニヤッと笑ったベトベターは、父ちゃんがミバやジンコを散歩に誘う時のような気軽さで言うと、俺の頭をぽんと叩いた。そのまま足元から草地と同化して、あっという間に見えなくなる。
「うん。またな」
どうして引き止めたのか。どうしてあんなこと言ったのか。すっかり緩んだ頭で考えても答えなんて見つからない。
けれど、とにかく無性に嬉しくて、昼が待ち遠しいのは確かだった。