イヌサフランの芽吹き/age.5
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この世界は〝創造〟と〝破壊〟で回っている。
世界を創った〝かみさま〟がいて、〝かみさま〟が創ったものを壊すやつがいて、そいつからみんなを救うやつがいた。
創って、壊して、救って、創って。
それがいろんな場所、いろんな時代で何度も何度も、世界が創られた時から繰り返されているのだと〝あいつ〟は教えてくれた。幾度となくせがんだ話だから、今でも〝あいつ〟の声ごと脳みそに刻まれている。〝あいつ〟は「飽きん奴だ」と呆れながら、何度でも話してくれたっけ。
語られた物語が真実かどうかはさておき、「世界はそういうものなのだ」と幼心に理解した。
だからきっと、〝これ〟もその一環なのだろうと、どこか他人事のように眺めていた。
それじゃあ。
それじゃあ俺は、世界でなにをするのだろう。世界になにをするのだろう。
俺はなにを成すために、この世に生を受けたのだろう。
☆
大きさも厚みも様々な本が所狭しと積み上げられた部屋の中央。床に座り込んだ幼い少年が膝の上に広げた本を一心不乱に読み耽っていた。
「こらこらバンビ、読書する時は明るくしたまえ。目を悪くしてしまうよ」
背後から聞こえた落ち着いたテノールボイスと共に部屋全体が明るくなる。少年は眩しそうに何度か瞬きをし、フンと鼻を鳴らして肩越しに振り返った。
「ギナ、その呼び方キモいからやめろっつってんだろ」
「口の悪い子だ。いったい誰に似たんだか」
「しるか。つーか何してんだよ。サボリ?」
「失敬な。昼休憩だよ。ついでに君の様子を見に来たのさ」
ギナと呼ばれた男は涼しい顔で肩を竦める。紅梅色のリボンで結い上げられた緑髪を揺らして膝をつき、少年の手元を覗き込んだ。紅色の瞳が緩く細められる。
「リージョンフォーム図鑑か。お気に召したようで何よりだ」
少年の膝の上を陣取っている本は、3ヶ月前、つまり少年の5回目の誕生日にギナから贈られたものだった。父からのきのみ図鑑、母からのアローラ地方童話集も少年のすぐそばに積まれており、この3冊を順番に繰り返し読んでいるのだろう。
「うん。文字だけのやつもすきだけど、絵があるとじっさいにどんなかたちしてんのか、わかるから。にしても、食いもんや住むとこかわるとタイプや体もかわるっておもしれえな」
少年は蜂蜜色の瞳を好奇心で輝やかせ、弾んだ声で言う。彼が熱心に眺めていたページには通常とリージョンフォームのベトベター、ベトベトンについて記されていた。余程気に入ったのか、すっかり開き癖がついている。
「ふふ、これだけ喜んで貰えると贈った甲斐があるというものだ。……ところでバンビ。読み終えた本は本棚に戻したまえ」
「また読むんだから出しといたほうがいいだろ」
「まったく、父親の悪い所ばかり似てしまったな君は」
ぺらり。ギナの小言に聞こえないふりをしてページを捲ると、廊下からバタバタと慌ただしい物音が聞こえた。ふたりが振り向くのと、白衣を纏った男が部屋に飛び込んできたのは同時だった。噂をすれば、とギナがくつくつ喉で笑う。白衣の男──少年の父・ホウヤはギナに視線を投げ、ぶっきらぼうに口を開いた。
「ここに居たか。丁度いい、手伝え」
「急患かい?」
「ああ。ツツケラが運ばれてきた」
「わかった」
「お前も、程々にして昼飯食えよ。冷蔵庫にサラダサンドあるから」
「うん」
用件だけ伝えるとさっと身を翻して退室する父の後ろに、「また後で」と少年の頭を軽くかき撫ぜたギナも続く。部屋の扉が完全に閉まるのを待ってから少年は絵本を閉じ、そっと扉を開けると足音を殺してふたりの後を追った。
少年はアローラ地方で代々続くポケモンドクターの家系の出であり、家は「コークム医院」というポケモン病院だった。正確には、1階が病院で2階と3階が居住スペースという医院併用住宅だ。
建てた当初は2階は入院患者のためのものだったらしいのだが、隣にポケモンセンターがあるためほとんど使用する機会がなく、今では手持ちポケモンたちが各々自室として使っている状態だ。それでも幾つか部屋が空いており、少年の母が「お部屋の貸し出しでもしましょうか」と冗談めかして口にしたことがある。
少年の両親もまたポケモンドクターであり、早くに亡くなった祖父母に代わって、このコークム医院を営んでいた。そんな両親の背を見て育ったためか、元来好奇心旺盛な少年は、医療に対して特に強い興味を抱いていた。まだ医者を目指すかどうかはわからないけれど、両親たちがどんな仕事をしているのか、人間やポケモンにとって医療とはどういうものなのか、知りたくてたまらなかった。
階段を降りていくふたりの会話に耳をそばだてつつ、一段一段ゆっくり降っていく。
「連れてきたの7、8歳のガキだったんだけどよ。道端で蹲ってたのを見つけたんだと。助けてあげてくれって大泣きしてるのをジンコが宥めてる」
ジンコ、とは父の手持ち兼ライドポケモンのバンバドロのことだ。この医院に勤める看護師でもある。ちなみにギナは母の手持ちのフシギバナで、同じくここに勤務するポケモンドクターだ。
先に1階へ到着したふたつの背中がスタッフルームに消えた。処置室はスタッフルームと診察室を通り抜けた先だ。頭の中に院内の間取りを思い浮かべ、道筋を確認する。よし、と気合を入れてスタッフルームにそっと滑り込み、診察室へ続く扉にダッシュ──しようとした瞬間、背後から襟首を引っ掴まれた。グエッとグレッグルが鳴いたような呻き声が漏れる。ジタバタしながら首だけ振り返ると、呆れ全開の面持ちで見下ろす父がいた。
「お前なぁ、何度目だよ。ガキが見るもんじゃねえって言ってんだろが」
「本だけじゃわかんねえこともあるから、じつぶつ見るのも大事だ、とも言ってるだろ」
唇を尖らせて反論すれば、父は「そりゃそうだけどよ」と呟いてガシガシと頭を掻いた。暫く何やらぶつぶつボヤいていたが、深く深く溜息を吐くと、ゆるりとギナへ視線を向けた。
「……いいか?」
「俺は構わないが。君こそいいのかい?」
「勝手に忍び込まれるよかマシだ。ツツケラには申し訳ねえが、ここらで一度見せといた方が懲りるかもしんねえし」
ホウヤは少年の襟首を開放し、診察室へ続く扉を開けた。
「来い、ルヒカ」
父の言葉に少年──ルヒカは、瞳を輝かせて大きく頷いた。
世界を創った〝かみさま〟がいて、〝かみさま〟が創ったものを壊すやつがいて、そいつからみんなを救うやつがいた。
創って、壊して、救って、創って。
それがいろんな場所、いろんな時代で何度も何度も、世界が創られた時から繰り返されているのだと〝あいつ〟は教えてくれた。幾度となくせがんだ話だから、今でも〝あいつ〟の声ごと脳みそに刻まれている。〝あいつ〟は「飽きん奴だ」と呆れながら、何度でも話してくれたっけ。
語られた物語が真実かどうかはさておき、「世界はそういうものなのだ」と幼心に理解した。
だからきっと、〝これ〟もその一環なのだろうと、どこか他人事のように眺めていた。
それじゃあ。
それじゃあ俺は、世界でなにをするのだろう。世界になにをするのだろう。
俺はなにを成すために、この世に生を受けたのだろう。
☆
大きさも厚みも様々な本が所狭しと積み上げられた部屋の中央。床に座り込んだ幼い少年が膝の上に広げた本を一心不乱に読み耽っていた。
「こらこらバンビ、読書する時は明るくしたまえ。目を悪くしてしまうよ」
背後から聞こえた落ち着いたテノールボイスと共に部屋全体が明るくなる。少年は眩しそうに何度か瞬きをし、フンと鼻を鳴らして肩越しに振り返った。
「ギナ、その呼び方キモいからやめろっつってんだろ」
「口の悪い子だ。いったい誰に似たんだか」
「しるか。つーか何してんだよ。サボリ?」
「失敬な。昼休憩だよ。ついでに君の様子を見に来たのさ」
ギナと呼ばれた男は涼しい顔で肩を竦める。紅梅色のリボンで結い上げられた緑髪を揺らして膝をつき、少年の手元を覗き込んだ。紅色の瞳が緩く細められる。
「リージョンフォーム図鑑か。お気に召したようで何よりだ」
少年の膝の上を陣取っている本は、3ヶ月前、つまり少年の5回目の誕生日にギナから贈られたものだった。父からのきのみ図鑑、母からのアローラ地方童話集も少年のすぐそばに積まれており、この3冊を順番に繰り返し読んでいるのだろう。
「うん。文字だけのやつもすきだけど、絵があるとじっさいにどんなかたちしてんのか、わかるから。にしても、食いもんや住むとこかわるとタイプや体もかわるっておもしれえな」
少年は蜂蜜色の瞳を好奇心で輝やかせ、弾んだ声で言う。彼が熱心に眺めていたページには通常とリージョンフォームのベトベター、ベトベトンについて記されていた。余程気に入ったのか、すっかり開き癖がついている。
「ふふ、これだけ喜んで貰えると贈った甲斐があるというものだ。……ところでバンビ。読み終えた本は本棚に戻したまえ」
「また読むんだから出しといたほうがいいだろ」
「まったく、父親の悪い所ばかり似てしまったな君は」
ぺらり。ギナの小言に聞こえないふりをしてページを捲ると、廊下からバタバタと慌ただしい物音が聞こえた。ふたりが振り向くのと、白衣を纏った男が部屋に飛び込んできたのは同時だった。噂をすれば、とギナがくつくつ喉で笑う。白衣の男──少年の父・ホウヤはギナに視線を投げ、ぶっきらぼうに口を開いた。
「ここに居たか。丁度いい、手伝え」
「急患かい?」
「ああ。ツツケラが運ばれてきた」
「わかった」
「お前も、程々にして昼飯食えよ。冷蔵庫にサラダサンドあるから」
「うん」
用件だけ伝えるとさっと身を翻して退室する父の後ろに、「また後で」と少年の頭を軽くかき撫ぜたギナも続く。部屋の扉が完全に閉まるのを待ってから少年は絵本を閉じ、そっと扉を開けると足音を殺してふたりの後を追った。
少年はアローラ地方で代々続くポケモンドクターの家系の出であり、家は「コークム医院」というポケモン病院だった。正確には、1階が病院で2階と3階が居住スペースという医院併用住宅だ。
建てた当初は2階は入院患者のためのものだったらしいのだが、隣にポケモンセンターがあるためほとんど使用する機会がなく、今では手持ちポケモンたちが各々自室として使っている状態だ。それでも幾つか部屋が空いており、少年の母が「お部屋の貸し出しでもしましょうか」と冗談めかして口にしたことがある。
少年の両親もまたポケモンドクターであり、早くに亡くなった祖父母に代わって、このコークム医院を営んでいた。そんな両親の背を見て育ったためか、元来好奇心旺盛な少年は、医療に対して特に強い興味を抱いていた。まだ医者を目指すかどうかはわからないけれど、両親たちがどんな仕事をしているのか、人間やポケモンにとって医療とはどういうものなのか、知りたくてたまらなかった。
階段を降りていくふたりの会話に耳をそばだてつつ、一段一段ゆっくり降っていく。
「連れてきたの7、8歳のガキだったんだけどよ。道端で蹲ってたのを見つけたんだと。助けてあげてくれって大泣きしてるのをジンコが宥めてる」
ジンコ、とは父の手持ち兼ライドポケモンのバンバドロのことだ。この医院に勤める看護師でもある。ちなみにギナは母の手持ちのフシギバナで、同じくここに勤務するポケモンドクターだ。
先に1階へ到着したふたつの背中がスタッフルームに消えた。処置室はスタッフルームと診察室を通り抜けた先だ。頭の中に院内の間取りを思い浮かべ、道筋を確認する。よし、と気合を入れてスタッフルームにそっと滑り込み、診察室へ続く扉にダッシュ──しようとした瞬間、背後から襟首を引っ掴まれた。グエッとグレッグルが鳴いたような呻き声が漏れる。ジタバタしながら首だけ振り返ると、呆れ全開の面持ちで見下ろす父がいた。
「お前なぁ、何度目だよ。ガキが見るもんじゃねえって言ってんだろが」
「本だけじゃわかんねえこともあるから、じつぶつ見るのも大事だ、とも言ってるだろ」
唇を尖らせて反論すれば、父は「そりゃそうだけどよ」と呟いてガシガシと頭を掻いた。暫く何やらぶつぶつボヤいていたが、深く深く溜息を吐くと、ゆるりとギナへ視線を向けた。
「……いいか?」
「俺は構わないが。君こそいいのかい?」
「勝手に忍び込まれるよかマシだ。ツツケラには申し訳ねえが、ここらで一度見せといた方が懲りるかもしんねえし」
ホウヤは少年の襟首を開放し、診察室へ続く扉を開けた。
「来い、ルヒカ」
父の言葉に少年──ルヒカは、瞳を輝かせて大きく頷いた。
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