紅茶の日のお茶会
そう、わたくしにも寿命はあるのです。
こうしていつまでも貴女とお茶会を楽しんでいたい。
もともとは、貴女が見つけてくれた、わたくしたちの、お茶会なのですから。
でも、そう、わたくしたちの価値を知るものは、つまり、貴女の敵になるのです。
敵に。
そんなことを話し出した美少年と、店内からもれるチェンバーと共にそれを黙って聴く婦人。
街の外れにあるカフェの、テラス席。
もう、外でお茶をするには肌寒く、あたたかい紅茶が身に染みる季節。
かさかさと鳴る枯葉を楽しみながら、ほっと一息つきたくなる季節。
美少年の名前はズーカーマンといい、昔の貴族のような恰好をしているが、誰もそれに触れないし疑問に思わなかった。
細く長い銀髪を、一つに束ねた髪型も、とても似合っていた。
まだ10代半ばだろう。凛とした顔立ちながら、幼さが残る。
対する婦人の名前はアイネ・フォーマルハウトという。
そらいろの瞳を持ち、空の色の髪を持つ。
彼女もドレスのような装いでいるが、それは特別騒ぎ立てるほどでもなく、いわゆるファッションの域だ。
おそらく20代、落ち着いた佇まいである。
二人は旧知の仲で、今日もわざわざ待ち合わせをし、黄昏よりも早く、ここへ来た。
もう少しすれば、冷たい風とともに黄金色の時間がやってくるだろう。
きっと、ズーカーマンの髪はきらきらと輝いて綺麗なのだろうと、彼女は思う。
「昨年と、今年、紅茶の日に、いつものお茶会は開催できませんでした。カップと縁が切れてしまったまま、埋まらなかった席があります」
「カップが、壊れてしまったのだと言いましたね」
「七つの、特別なカップと、特別なティーポット。それを用いたお茶会。カップに選ばれた七人と、そのためだけのお茶を用いた、特別なお茶会」
ざらざらざら。
がりがりがり。
フォーマルハウトは落ち着いた様子で、まるで朗読をするように話す。
表情も穏やかである。
しかし、まだ熱い紅茶が残るカップには、溶け切らない金平糖が流し込まれている。
それを、わざと音を立てるようにしてかき回す様子を、苦笑しながらズーカーマンは見る。
「なんで……ズーカーマン様。貴方の寿命のお話につながるのですか。あなたのカップが一つ欠けたとしても、お茶会は開催できるのではありませんか。どうして、ああ、どうして、もう、あの紅茶を飲むことができないというのです。貴方が淹れる、貴方が作る、あの、紅茶を……」
「フォーマルハウト嬢……。やはり、お茶会の時は拘束しておいて間違いはありませんでした。見かけによらず、とうとうとお話になる」
「嫌味ですか」
「お茶会の進行に、欠かせないことです。でも、貴女はやっぱり、わたくしの身を案じてくれるのですね。わたくし……特別なティーポットのことを」
「それはあなたの紅茶に惚れこんでいるからです。貴方が、私を縛り付けてでも、もうお茶会になど参加したくもない私を引きずってでも開催してきた、お茶会でだけ飲める、紅茶が」
「ふふふ、これが世に聞くツンデレというものですか」
「なんですか、それ」
「違うんですか?」
抗議するように、ざらざらざらと、金平糖が踊る。
まったく貴婦人のようでいて、この人はなんてわがままな、こうした感情表現がいまだに上手でない、幼いお嬢さんなのだろう。
ズーカーマンは、懐かしむように目をつむる。
そして、自身が注文していた紅茶へ手を付け、口の中に広げる。
「わたくしは、ティーポットです。器物です。でも、そう、付喪神、といえる存在。人ではない存在。でも、器物です。ティーポットです。扱い方を誤れば欠け、割れ、ガラクタになります」
「場所がなければ、私がよく行く喫茶店で開催したっていいんですよ」
「それができないことも、わかるでしょう。あそこは、悠久に等しい者しか入れないのですから。終わりを迎えようとしているわたくしたちはだめです」
「でも」
「ティーセットとしての役割を終えつつあるのです。それがあと、何年かけてそうなっていくのか、わたくしにもわかりません。ただ、フォーマルハウト嬢と出会えて、貴女が紅茶を喜んでくれて、一緒にお茶会をし続けて、そう、貴女を引きずってでも縛り付けてでも拘束し緊縛してでも、開催し続けて、本当に楽しかった」
「ズーカーマン様らしくない、気持ちが悪いですよ」
「構いません。すでに、わたくしは貴女に非道いことをしてきている。わたくしたちは、七つのカップと、七人と、ポットが揃わないとお茶会ができません。そういうものなのです。フォーマルハウト嬢でも覆せない。そういうものなのです。わかるでしょう?これが、摂理、条理、理、わかるでしょう」
「わかりますよ。わかりますから、だから」
「だから、貴女は、こんなにもごねて、拗ねて、わたくしに講義をして、でも、大嫌いだったわたくしと、二人でお茶をしているのですよね」
金平糖は踊るのをやめ、フォーマルハウトは嘆息する。
抗議の名のもとに開かれた舞踏会の残骸に、迷わず熱い紅茶をそそぎ、今度はゆっくり溶かすつもりで匙を舞わす。
もう、抗議の舞踏は聞こえない。
「ズーカーマン様、でも、貴方はまだ、ここにいます」
これ以上は、何も言えない。
フォーマルハウトは、もう何も言えなかった。
ただ、穏やかなままでいた表情を少しだけ歪ませて、哀愁を添えたそらいろの瞳が、完全に溶けた金平糖を探している。
「フォーマルハウト嬢」
優しく、ズーカーマンは言う。
とても幸せそうな顔で、言う。
「わたくしの方こそ、わがままでした。今までありがとうございます。フォーマルハウト嬢」
「気持ちが、悪い。やめてください……」
「こうして、紅茶の日に、紅茶を飲むことはできます。まだ、あともう何年続くかはわからないけれど。もう少しだけ、もうお茶会を開くことはできなくても、もう少しだけ、わたくしのわがままにお付き合い願えますか?」
ああ、やっぱり、冷たい風が黄昏を連れてきた。
下る陽光が、ズーカーマン様の髪に透けてとても綺麗。
やっぱり間違いじゃなかった、思った通り綺麗だった。
思った通り、最初に、このティーポットと出逢ったときに確信した通り、美味しい紅茶が楽しめそうだと思った通り。
「仕方が、ありませんね。ズーカーマン様がそういうのなら」
貴方が潰えるまで、私は貴方とお茶会を。
フォーマルハウトは、ズーカーマンへ笑顔を向けた。
それは、ズーカーマンに向けることを永らく忘れてしまっていたものだった。
:2018年の紅茶の日のお茶会:
こうしていつまでも貴女とお茶会を楽しんでいたい。
もともとは、貴女が見つけてくれた、わたくしたちの、お茶会なのですから。
でも、そう、わたくしたちの価値を知るものは、つまり、貴女の敵になるのです。
敵に。
そんなことを話し出した美少年と、店内からもれるチェンバーと共にそれを黙って聴く婦人。
街の外れにあるカフェの、テラス席。
もう、外でお茶をするには肌寒く、あたたかい紅茶が身に染みる季節。
かさかさと鳴る枯葉を楽しみながら、ほっと一息つきたくなる季節。
美少年の名前はズーカーマンといい、昔の貴族のような恰好をしているが、誰もそれに触れないし疑問に思わなかった。
細く長い銀髪を、一つに束ねた髪型も、とても似合っていた。
まだ10代半ばだろう。凛とした顔立ちながら、幼さが残る。
対する婦人の名前はアイネ・フォーマルハウトという。
そらいろの瞳を持ち、空の色の髪を持つ。
彼女もドレスのような装いでいるが、それは特別騒ぎ立てるほどでもなく、いわゆるファッションの域だ。
おそらく20代、落ち着いた佇まいである。
二人は旧知の仲で、今日もわざわざ待ち合わせをし、黄昏よりも早く、ここへ来た。
もう少しすれば、冷たい風とともに黄金色の時間がやってくるだろう。
きっと、ズーカーマンの髪はきらきらと輝いて綺麗なのだろうと、彼女は思う。
「昨年と、今年、紅茶の日に、いつものお茶会は開催できませんでした。カップと縁が切れてしまったまま、埋まらなかった席があります」
「カップが、壊れてしまったのだと言いましたね」
「七つの、特別なカップと、特別なティーポット。それを用いたお茶会。カップに選ばれた七人と、そのためだけのお茶を用いた、特別なお茶会」
ざらざらざら。
がりがりがり。
フォーマルハウトは落ち着いた様子で、まるで朗読をするように話す。
表情も穏やかである。
しかし、まだ熱い紅茶が残るカップには、溶け切らない金平糖が流し込まれている。
それを、わざと音を立てるようにしてかき回す様子を、苦笑しながらズーカーマンは見る。
「なんで……ズーカーマン様。貴方の寿命のお話につながるのですか。あなたのカップが一つ欠けたとしても、お茶会は開催できるのではありませんか。どうして、ああ、どうして、もう、あの紅茶を飲むことができないというのです。貴方が淹れる、貴方が作る、あの、紅茶を……」
「フォーマルハウト嬢……。やはり、お茶会の時は拘束しておいて間違いはありませんでした。見かけによらず、とうとうとお話になる」
「嫌味ですか」
「お茶会の進行に、欠かせないことです。でも、貴女はやっぱり、わたくしの身を案じてくれるのですね。わたくし……特別なティーポットのことを」
「それはあなたの紅茶に惚れこんでいるからです。貴方が、私を縛り付けてでも、もうお茶会になど参加したくもない私を引きずってでも開催してきた、お茶会でだけ飲める、紅茶が」
「ふふふ、これが世に聞くツンデレというものですか」
「なんですか、それ」
「違うんですか?」
抗議するように、ざらざらざらと、金平糖が踊る。
まったく貴婦人のようでいて、この人はなんてわがままな、こうした感情表現がいまだに上手でない、幼いお嬢さんなのだろう。
ズーカーマンは、懐かしむように目をつむる。
そして、自身が注文していた紅茶へ手を付け、口の中に広げる。
「わたくしは、ティーポットです。器物です。でも、そう、付喪神、といえる存在。人ではない存在。でも、器物です。ティーポットです。扱い方を誤れば欠け、割れ、ガラクタになります」
「場所がなければ、私がよく行く喫茶店で開催したっていいんですよ」
「それができないことも、わかるでしょう。あそこは、悠久に等しい者しか入れないのですから。終わりを迎えようとしているわたくしたちはだめです」
「でも」
「ティーセットとしての役割を終えつつあるのです。それがあと、何年かけてそうなっていくのか、わたくしにもわかりません。ただ、フォーマルハウト嬢と出会えて、貴女が紅茶を喜んでくれて、一緒にお茶会をし続けて、そう、貴女を引きずってでも縛り付けてでも拘束し緊縛してでも、開催し続けて、本当に楽しかった」
「ズーカーマン様らしくない、気持ちが悪いですよ」
「構いません。すでに、わたくしは貴女に非道いことをしてきている。わたくしたちは、七つのカップと、七人と、ポットが揃わないとお茶会ができません。そういうものなのです。フォーマルハウト嬢でも覆せない。そういうものなのです。わかるでしょう?これが、摂理、条理、理、わかるでしょう」
「わかりますよ。わかりますから、だから」
「だから、貴女は、こんなにもごねて、拗ねて、わたくしに講義をして、でも、大嫌いだったわたくしと、二人でお茶をしているのですよね」
金平糖は踊るのをやめ、フォーマルハウトは嘆息する。
抗議の名のもとに開かれた舞踏会の残骸に、迷わず熱い紅茶をそそぎ、今度はゆっくり溶かすつもりで匙を舞わす。
もう、抗議の舞踏は聞こえない。
「ズーカーマン様、でも、貴方はまだ、ここにいます」
これ以上は、何も言えない。
フォーマルハウトは、もう何も言えなかった。
ただ、穏やかなままでいた表情を少しだけ歪ませて、哀愁を添えたそらいろの瞳が、完全に溶けた金平糖を探している。
「フォーマルハウト嬢」
優しく、ズーカーマンは言う。
とても幸せそうな顔で、言う。
「わたくしの方こそ、わがままでした。今までありがとうございます。フォーマルハウト嬢」
「気持ちが、悪い。やめてください……」
「こうして、紅茶の日に、紅茶を飲むことはできます。まだ、あともう何年続くかはわからないけれど。もう少しだけ、もうお茶会を開くことはできなくても、もう少しだけ、わたくしのわがままにお付き合い願えますか?」
ああ、やっぱり、冷たい風が黄昏を連れてきた。
下る陽光が、ズーカーマン様の髪に透けてとても綺麗。
やっぱり間違いじゃなかった、思った通り綺麗だった。
思った通り、最初に、このティーポットと出逢ったときに確信した通り、美味しい紅茶が楽しめそうだと思った通り。
「仕方が、ありませんね。ズーカーマン様がそういうのなら」
貴方が潰えるまで、私は貴方とお茶会を。
フォーマルハウトは、ズーカーマンへ笑顔を向けた。
それは、ズーカーマンに向けることを永らく忘れてしまっていたものだった。
:2018年の紅茶の日のお茶会:
3/3ページ