日記(昔の話し)
中学2年生~中学3年生
2025/06/08 16:30私は2年生になってから、フリースクールに通う様になり
周りはただお喋りをしていて、私は一日中誰とも話さずにただ時間を過ぎていくのを待つとゆう、つまらない日々を過ごしていた
土日になると、学区内の違う中学校に通う小学校が同じだった人が家に来て「学校に行かないのは卑怯でいけない奴」だと言いに来て、私は関わりたくないから、土日は引きこもり生活だった
元からお芝居に興味があった私は環境も変えたくて、
親を説得して都内にある劇団のオーディションを受けに行って、数日してから通知が届いた
1000人超えの中で私を含めて3人が受かって
私は凄く嬉しくて、親に話したら
「演劇なんてくだらない」「お前は親の言う事だけを聞いていれば良い」と言われ、結局劇団に入る事は叶わず、
地獄は終わらない苦しみと劇団に通えない悲しみから
一日中泣き続けた
しばらく立ち直れずにフリースクールに通う事も出来なくなり、親と話す事も出来ず、ただ虚しく日々を過ごしていた
しばらくして母が「中学卒業するまでなら」とゆう条件で、地元にある小さな劇団のチラシを渡してくれた
私はすぐに劇団に連絡をして、挨拶に行った
でも、その劇団の主催者は普段子育てをしている女性で
劇団人も主婦の人やフリーターをしている男性だった
それから毎週土日は朝9時過ぎ~夜7時過ぎまで劇団に通い、発声練習や動きのレッスンを受けて、その後はファミレスで食事をして解散とゆうものだった
私はそれが過ごす楽しい時間だったけど、
親は私に、ファミレス代が高く付くから1000円しか渡せないから、足りない分は自分で出せと言われた
平日は毎日フリースクールに通い、夕方になると
時々学区内の違う人が家に来て、また文句を言いながら「土日はどうしていないか」と聞いてきたら、私は適当に誤魔化しながら、なるべく関わりを持たない様にした
劇団に通ってしばらくしてから、私は初めてのお芝居で台本を貰い役を任される様になった
それからのレッスンは、お客様に見にきてもらう為の劇場での稽古に変わり、衣装担当の人やメイク担当の人とも話す様になり、台本を読みながら相手の表情や動きを見ながらのレッスンに変わった、私は監督から叱咤激励を受けて数ヵ月のレッスンを受けながら、緊張感を保ちながらレッスンを受けた
休憩時間の時には楽屋弁当が出て、メインで一緒にお芝居をする相手の方と楽屋でお弁当を食べながら、セリフチェックや劇団の人と話すとゆう楽しい時間もあった
本番を迎え数日間だったけど、お客様の前でお芝居を披露する事になり、
本番の前はいつも緊張していて、セリフ間違えがない様に台本をチェックしながら本番を迎えた
最終公演が終わり、
その日は大部屋で打ち上げをして、次の週はいつもの劇団に戻り、ギャラを渡された
今でも覚えているけど中身を確認したら5万円も入っていた
中学生で5万円は大金だと思うし、私は持っているのが怖くなり、4万円は銀行に預けた
でも1万円使うのも慎重に考えていたので、普段は親から貰えるお小遣いだけで過ごした
平日は相変わらずフリースクールに通い、誰とも喋らずに
時々職員さんと話す事もあったので、劇団に入った事と、お客様の前でお芝居を披露した事を話した
職員さんは「頑張ってるんだね」と褒めてくれて、私は今まで生きて来て、褒めてもらった事も認めてもらった事もなかったから凄く嬉しかった
劇場でお芝居を披露した事によって、私はまたお芝居を披露したいと思っていたので
劇団に行った時に、次のお芝居について主催者の人に話しを聞いたら、動物園にある舞台で親子連れにお芝居をする事を聞いて、役が貰えるかを聞いたら、劇場に出られなかった人に任せると言われ、
劇場に出られた私や他の人は裏方を任せられた
お芝居をする日は私たちは親子連れのお客様を舞台に案内をして、私は舞台袖からお客様の様子を見ていた
平日はフリースクール
土日は劇団
この生活を繰り返してたら、
私は中学3年生になっていた
周りはただお喋りをしていて、私は一日中誰とも話さずにただ時間を過ぎていくのを待つとゆう、つまらない日々を過ごしていた
土日になると、学区内の違う中学校に通う小学校が同じだった人が家に来て「学校に行かないのは卑怯でいけない奴」だと言いに来て、私は関わりたくないから、土日は引きこもり生活だった
元からお芝居に興味があった私は環境も変えたくて、
親を説得して都内にある劇団のオーディションを受けに行って、数日してから通知が届いた
1000人超えの中で私を含めて3人が受かって
私は凄く嬉しくて、親に話したら
「演劇なんてくだらない」「お前は親の言う事だけを聞いていれば良い」と言われ、結局劇団に入る事は叶わず、
地獄は終わらない苦しみと劇団に通えない悲しみから
一日中泣き続けた
しばらく立ち直れずにフリースクールに通う事も出来なくなり、親と話す事も出来ず、ただ虚しく日々を過ごしていた
しばらくして母が「中学卒業するまでなら」とゆう条件で、地元にある小さな劇団のチラシを渡してくれた
私はすぐに劇団に連絡をして、挨拶に行った
でも、その劇団の主催者は普段子育てをしている女性で
劇団人も主婦の人やフリーターをしている男性だった
それから毎週土日は朝9時過ぎ~夜7時過ぎまで劇団に通い、発声練習や動きのレッスンを受けて、その後はファミレスで食事をして解散とゆうものだった
私はそれが過ごす楽しい時間だったけど、
親は私に、ファミレス代が高く付くから1000円しか渡せないから、足りない分は自分で出せと言われた
平日は毎日フリースクールに通い、夕方になると
時々学区内の違う人が家に来て、また文句を言いながら「土日はどうしていないか」と聞いてきたら、私は適当に誤魔化しながら、なるべく関わりを持たない様にした
劇団に通ってしばらくしてから、私は初めてのお芝居で台本を貰い役を任される様になった
それからのレッスンは、お客様に見にきてもらう為の劇場での稽古に変わり、衣装担当の人やメイク担当の人とも話す様になり、台本を読みながら相手の表情や動きを見ながらのレッスンに変わった、私は監督から叱咤激励を受けて数ヵ月のレッスンを受けながら、緊張感を保ちながらレッスンを受けた
休憩時間の時には楽屋弁当が出て、メインで一緒にお芝居をする相手の方と楽屋でお弁当を食べながら、セリフチェックや劇団の人と話すとゆう楽しい時間もあった
本番を迎え数日間だったけど、お客様の前でお芝居を披露する事になり、
本番の前はいつも緊張していて、セリフ間違えがない様に台本をチェックしながら本番を迎えた
最終公演が終わり、
その日は大部屋で打ち上げをして、次の週はいつもの劇団に戻り、ギャラを渡された
今でも覚えているけど中身を確認したら5万円も入っていた
中学生で5万円は大金だと思うし、私は持っているのが怖くなり、4万円は銀行に預けた
でも1万円使うのも慎重に考えていたので、普段は親から貰えるお小遣いだけで過ごした
平日は相変わらずフリースクールに通い、誰とも喋らずに
時々職員さんと話す事もあったので、劇団に入った事と、お客様の前でお芝居を披露した事を話した
職員さんは「頑張ってるんだね」と褒めてくれて、私は今まで生きて来て、褒めてもらった事も認めてもらった事もなかったから凄く嬉しかった
劇場でお芝居を披露した事によって、私はまたお芝居を披露したいと思っていたので
劇団に行った時に、次のお芝居について主催者の人に話しを聞いたら、動物園にある舞台で親子連れにお芝居をする事を聞いて、役が貰えるかを聞いたら、劇場に出られなかった人に任せると言われ、
劇場に出られた私や他の人は裏方を任せられた
お芝居をする日は私たちは親子連れのお客様を舞台に案内をして、私は舞台袖からお客様の様子を見ていた
平日はフリースクール
土日は劇団
この生活を繰り返してたら、
私は中学3年生になっていた
