コスモスダイアリー
「てめぇ今ちょっと揺らしただろ」
「揺らしてない揺らしてない」
「あとちょっとで完成だから邪魔すんなよ」
「はいはい」
時計の針がちょうど正午を示す頃。
一足先にダイニングルームで昼食を待つベータは――同卓のケイスに地味な嫌がらせを受けながらも、大きなトランプタワーを建設していた。
「この隙間に指何本入るかな〜?」
「マジでやめろよお前」
椅子を踏み台に、テッペンでそっとトランプを立て掛けたその時。
「何してるの?」
彼らが座る卓の近くで首をかしげるナナ。
ちらりと一瞥したベータは『その姿』を目に、大仰に肩を揺らしてしまった。
「あーあ、崩れちゃったよ」
「そんなことより何だその格好⁉︎」
つい先程まで白熱していた男とは思えない発言に、ケイスは半眼を向ける。
椅子から飛び降りたベータに『格好』を指摘されたナナは、「いいでしょ」と胸を張る。
「クレアがくれたんだよね。女の子にチヤホヤされるよーって」
ナナが着用していたのは
他方、テーブルに片肘をつくケイスは胸中で舌を打つ。
(サクラのが見たかったのに……)
「でもチヤホヤされるほどの女の子いないんだよねー」
「セレもサクラもいないしな」
本日。セレはお役目、サクラは自主的に受けた依頼遂行に向けて基地を留守にしている。
「そもそもされねーから、そんな格好しても」
「じゃあ何されるの?」
「それは……」
「パシリ」
口籠るベータに代わりケイスが答えれば、ナナはええ⁉︎ と声を上げる。
「城で働くメイドのこと何だと思ってんの?」
「そう言われてみれば確かに……じゃあ、何か頼んで?」
「ココア淹れてきて」
「はいよー」
キッチンへと消えたナナからベータを見遣れば、彼は瞑目したままぶつぶつと何かを呟いている。よく聞くと素数であり、理性を保とうとしているのがバレバレである。
(半年ぐらいは強請のネタになるかな……)
あとでブラックノート(ベータ専用)に書き加えておこう、と爽やかな笑みを浮かべたケイスらのもとにヴェレットが登場。
「もうすぐご飯だから机の上片付けてね」
「お昼はなんだ?」
「オムライスだよ。オレはクレアを呼んでくるね」
「おう」
散らばったトランプを束ねていると、キッチンからナナがオムライスを配膳する。
「オムライス美味しそうだよ」
「ねぇナナ、ケチャップは?」
「ん? ここにあるよ?」
「それ、ベータのにかけてあげなよ」
仄かに顔を赤くしたベータは何を言っているのかとケイスを睨みつけるもやめた。
そこに揶揄うような笑みはなく。ただ恩を着せようとしているだけだ。コイツは。
千分の一でサクラが同じ状況になったら、気を遣ってあげるとしよう。
「じゃ、かけるね」
ケチャップの蓋を開け、液を垂らそうと押し込む――加減を間違えた。
ブチュッッ、と勢いよく噴射されたケチャップは綺麗な卵を真っ赤に染め上げ、ついでにベータの白い服にも跳ねた。
「うっわっ! お前何してくれてんだ⁉︎」
「ご、ごめん、そんなに勢いが強いとは思わなくて……」
「殺人現場じゃん」
ケイスはけらけらと笑うとナナが淹れたココアに口付ける。
「――ゴホッ」
「ケイス――――‼︎」
「おいおいフラグ立っちまったよ……」
口からココアを吹き出し、そのままテーブルに突っ伏したまま微動だにせず。
何だ何だとベータがココアを口にすれば、あまりの『辛さ』に眉根を寄せる。
「甘党のヤツには駄目な辛さだな」
「え〜駄目だった? 甘くなると思ったのに」
「……ジャムと唐辛子ソース間違えてね?」
かくして事件は解決。
ナナは速やかにいつもの服装へと着替えさせられた。