コスモスダイアリー

私の嫌いなもの


 明るい服のほうが似合うなんて。
 私が一番、思ってることだから──。

 お店のロゴがプリントされた手提げ袋。それが『ショッパー』と呼ばれるものだというのは、世間事情に疎いセレでもわかる。
 だが、差し出してきた相手を訝しげに見つめているのはなぜか。理由は、明らかに『仲介者』であるからだ。

「サクラが……私に、これを?」
「え、ええ……」

 セレの部屋を訪れたサクラは頷き返す。ぎこちない動作にやっぱりかと確信。自分に渡すよう頼んだ相手の姿が脳裏を過ぎる。

(絶対ベータ兄さんね……)

 一蹴するナナやクレアとは異なり、押しに弱いサクラのことだ。「男の自分から渡すのはちょっと……」などと言われて流されてしまったのだろう。なにがちょっとだ。選んでる時点でアウトでしょうが。しかし、服にはなんの罪もないのでセレは受け取ることにした。

「……ごめん。ありがとう」
「だっ大丈夫! それじゃあね!」

 居た堪れなくなったサクラは逃げるようにその場をあとに。セレは内側から扉を閉めると、ベッドにショッパーを置いて中身を取り出す。
 現れ出たのは、普段セレが身につけることはない明るい系統の服。仕事でもプライベートでも黒や紺色といった暗い系統の服を着るセレに、たまにはどうだとでも言いたいのだろうか。

(誰のせいで好きでもない色を着てると思っているんだか)

 自分だって本当は白やパステル系の服を着たい。それでも我慢して着ているのは、『兄ベータと比べられたくないから』。
 努力しても努力しても。兄さんはなんともない顔で平然と私を超えていく。唯一、回復魔法だけは私の方が上だけれど。気休めにもならない。誰かに言われたわけではないが、兄との差は歴然。それなのに、兄はいつまで経っても私に構ってくる。放っておいてくれたらどれだけ楽なことか。
 服を前に悶々としていたセレは、ふいに感じた人の気配に背後を振り返る。

「──あら、ごめんなさい。お邪魔したかしら?」

 半開きの扉から覗いていたのはクレアだった。

「そんなことないよ。どうしたの?」
「ここ何ヶ月かで貴女が巡った泉の所在地についてのリスト。時間があるときにでも確認しておいてちょうだい」

 そうクレアは資料の束を部屋の一角に置き、セレも「わかったよ」と頷いた。

「……その服、どうしたの?」

 用を終えたクレアは帰ることなくセレの傍らに立ち、ベッドに広げられた服を眺める。

「サクラに貰ったの。兄さんに頼まれてだと思うけど」
「ここまでくるときもいわね」
「ふ、服にはなにも罪はないから……」

 慌てて服の弁護をするセレ。そうねと返したクレアは一言も掛けず、セレの髪を一房掬い上げて。さらさらと指をすり抜けるパステルイエローの髪。

「私は今の寒色系の服も好きよ。貴女の髪がよく映えるもの」

 滅多に他人を褒めないクレアの賞賛は、誰よりも重く。誰よりも確かな価値がある。
 また一つ自分を好きになれた気がして。セレははにかむように笑った。

「クレアが手入れの仕方教えてくれたからだよ。ありがとう」
「あら。嬉しいこと言ってくれるわね」

 畳み直した服をショッパーに戻し、部屋の隅に。着る予定は今のところないが、ひとまず置いてはあげるらしい。

「あとで兄さんに服を買ってくるのと、それを人に頼むのをやめるよう言いつけておかなくちゃ」
「なら代わりに言っておいてあげるわ」
「いいの?」
「任せておいて」

 本来なら自分自ら文句を言いに行くのが筋なのだろうが、反省しない場合もある。
 クレアの言葉に甘えたセレのもとに、ベータ“単体”で選んだ服が送られることはなくなったという──。


「ベータ。貴方、女に服を贈るのはやめときなさい。恥晒しになるだけよ」
「なんでだよ」
「だって貴方が選んだ服、思春期男児が好きな女に着て欲しそ〜なセンスなんですもの。見ていて哀れだわ」
「……」


 Fin.
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