あなたとわたし ※短編集
─side Lua
「女王陛下。ご支度が整いました」
「ありがとう」
人間の半身に魚の尾鰭を持つ種族、人魚達が暮らす国『ロネウネ・モイス』。
海底で密かに佇むその国を治めるのが私──ルア・ウタネ・マークルト。
鏡に映る自分の顔はいつにも増して険しく、お付きの侍女が不安そうにこちらを覗く。
「……大丈夫ですよ、陛下。歴代の女王様を誇りに重んじていらっしゃる貴方様なら、きっと」
「……そうだね。ありがとう、励ましてくれて」
目を閉じて、深く深呼吸。
ドキドキと高鳴る鼓動を胸に、私は席を立つ。
これは、宝杖盗難事件が発生する前のお話──。
私が初めて『成人の儀』を執り行った、あの日の出来事だ。
その昔。細く清らかな二本の『脚』を持つ者がいた。
自分達と異なる容姿の彼女に人魚族は恐れるも。かの者が起こした『奇跡』の数々に羨望の意を抱き、彼女が暮らしやすいよう国を興したという。
それがここ『ロネウネ・モイス』で、彼女というのは母なる海の女神──私が敬愛してやまない、お姉様の子孫様。
『成人の儀』で足を手に入れることは、女神の使徒として誇りを与えられたも同然。私達人魚族にとって、とても……とても大切な儀式なの。
「ルア、お待たせ。間に合ったかしら」
「クレアお姉様!」
私が待つ控えの間へと現れたお姉様の姿に、少しばかり緊張が解れる。
目に見えてガチガチな私とは異なり、お姉様は普段通り颯爽と私の前へ歩み寄る。
どうしてここにお義姉様がいるのか──それには理由がある。『成人の儀』は、
私が女神に捧げる詩を紡ぎ、お姉様が成人を迎えた人魚族に脚を与える、のが大体の流れ。
「あらあら、肩に力が入り過ぎているじゃない。それじゃあ出来るものも出来ないわ」
「すみません……もし失敗したらと考えると不安で……」
口にすると更に不安が増し、手の震えが止まらない。
お姉様に恥をかかせてしまったらどうしよう。目の前が暗くなる私と、お姉様は目線を合わせた。
「別に失敗してもいいのよ」
「え……?」
「だって儀式の詩に特別な力はないもの」
そう片目を瞑ってみせるお姉様に戸惑いを隠せない。
私から離れ、部屋の窓にお手を添えながら続ける。
「あの詩はただ女神を讃えるだけ。儀式を『やってもらう』ために、詩で女神を乗り気にするのよ」
だからね、とお顔だけこちらに向けたお姉様は目を細めた。
「アナタとワタシの間には必要ない。大好きな妹の頼みを断るはずがないじゃない。アナタがワタシのためにしてくれることなら、なんだって構わないのよ」
大好きな人に、大好きと言われる。
それだけのことなのに。こんなにも温かく、勇気が湧いてくるのはなぜだろう。
「──であれば、なおさら頑張りますっ。お姉様が大好きな気持ちを込めて、贈りたいです!」
儀式をしてもらうからじゃない。
誰よりも聡明で、誰よりも慈悲深い姉を、みんなの前で讃えることが出来る。とても素敵なことだよね。
お姉様は優雅に口元に手を添えて笑い、そして言った。
「嬉しいわ、ルア。……ワタシの緊張も解れてきたようね」
「えっ、お姉様も?」
そうには見えなかったけど?
窓辺に背を凭れ腕を組むお姉様は、笑みを崩すことなく続けて。
「アナタは忘れているようだけど……今日の儀式は、ワタシが女神として初めて行うことなのよ」
「!」
……お姉様のご友人、ナナお姉様に聞いたことがある。
クレアお姉様は女神だけど、神が持つ力『神力』を使えるのは限られた場所。つまり、今日みたいな儀式でしか発揮できない。
いつだって私の遥か上に──深海と地上のような距離を歩くお姉様でも、そんなお気持ちになるんだ。
「ルア?」
靴音を響かせ、私はお姉様に抱きつく。
「大丈夫だよ、お姉様。私が一緒にいる」
久しぶりに感じた温もりは心地よくて。互いの心音が緩やかになっていくのを感じた。
「……ええ、そうね。ありがとう」
お姉様も私の体に手を回し、肩に頭を沈める。
そうしているうちに儀式開始時間が迫り──私達は名残惜しくも離れた。
「さあ、行きましょう。海の女王様」
「はいっ。海の女神様!」
たとえ血が繋がっていなくとも。
たとえ女王と女神という立場であろうと。
『姉妹』として育てられた私達だけの絆がある。
大勢の人魚族の前に見守られながら──私は高らかに
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