戦士達の休日

戦士達の休日【4】


 『異世界ウル』――天高く聳える淵源樹えんげんじゅに見守られるのは、妖精族が暮らす国『フィリー・ペイズ』。人間よりも華奢な体つきに、尖端が伸びた耳。そして、背中に半透明な翅を持った彼ら妖精族は、賢王の治世の下、平穏な日々を送っている。
 国を興してから僅か数年。発展の礎を築き、国民から広く支持される初王こと――ベータは、降って湧いた休日を利用して自国へ帰還。今日も今日とて、使用人に紛れて雑務をこなしていた。

「にしても大量に届いたな……」

 城の西門にて。大量に積み上げられた木箱を前に、腕を組んだベータは思わず苦笑する。
 中身は全て、ベータが個人的に懇意にしている農家から送られた野菜や果物たち。大豊作だったからと贈られたのだ。

「ロール! ちょっと訓練場まで使いをしてくれ。腕自慢を呼んできてほしい」
「御意」
「ウィン、傷みやすいほうから厨房に入れるぞ。無理に動かさなくていいから、他のメイドヤツらと一緒に中身だけは把握しといてくれ」
「分かりました!」

 給仕達にあらかた指示を出し終えたベータは、自らも手伝おうと近くに置かれた木箱の蓋を開ける。

「……ッ⁉︎」

 パンッ――!
 辺りに響き渡る音に、皆が一斉にベータを見遣る。
 当の本人は元に戻した木箱の蓋を抑えたまま、沈黙。

「あ、あの、どうかしましたか?」

 一人のメイド――『ウィン』と呼ばれた少女が遠慮がちに声を掛けると、ベータは木箱を持ち上げて。

「悪い、なんでもない。これ俺の荷物だったから部屋に置いてくるわ」

 足早に自室へと向かうベータに、ウィンは小さく首をかしげた。


「――で。お前は何してんだ」

 自室に木箱を持ち帰ったベータは、辺りに人がいないことを確認した上で蓋を開けた。
 そこには食材――ではなく。この世界にいないはずの『ナナ』が入っていたのだ。

「バレちゃった☆」
「『バレちゃった☆』じゃねーよ。ホントにバレたらどうしてくれんだ」

 こめかみに青筋を浮かべるベータの圧にも負けず、「えへへ」と殴りたくなるような笑みを見せるナナ。

「ちょ〜っとお城を覗こうとしたら見つかりそうになって、つい隠れちゃったんだよね」
「……というかお前、用は終わったのか?」
「うんっ。予定より早く終わって『ネビュラ』に帰ったらさ、だ〜れもいないんだもん。つまんなくて」
「だからって俺のとこに来るなよ……面倒な事になるだろうが……」

 そう頭を抑え嘆息するのには理由がある。
 ベータ、そしてセレも、自分達が『異世界』に渡り活動していることは(一人を除き)誰にも話していない。加えて、一国の王であるベータの『知り合い』として紹介するには、ナナ達はあまりにも危険。『時系列』がこの世界と合致しないのである。
 以前《エターナルスター》を探しにナナ達が訪れた際も、彼らは隠れてベータと合流していた。また、ゆっくりする時間もなく観光も叶わなかった為、この機会に見に来たのだとナナは説明する。

「ベータとセレがどんな所で仕事しているのか知りたくてさ〜……ごめんね?」
「それならそうと言ってくれ。夜なら誰もいないから案内したのに」
「誰もいないの? 見回りは?」
「俺がいる日は休みを出してる。足音が気になって眠れねぇし、刺客ぐらいならどうにでもなる」

 「へぇ〜」と半眼を作るナナに、わざとらしく咳払い。

「とにかく。夜までこの部屋から出るなよ。いいな?」
「はぁーい」

 気の抜けた返事に不安が芽生えるが、今は仕事中。ナナだけに構ってなどいられない。
 最後に特大の溜息をもらし、ベータは仕事へと戻った。


「王! 西門ですか?」

 再び西門に向かう途中、ベータは側近である騎士団長『ヴィリー』に声を掛けられた。

「そのつもりだったが……なんとかなりそうなのか?」
「はい。小半刻もしないうちに中身は運び出せるかと」
「ならいいな。仕事に戻るか」

 西門への道から外れ、執務室へ足を向ける。

「お前は何をしていたんだ?」
「兵士の指導をしておりました。ロールと入れ違いになりまして、自分も何か手伝えればと西門に向かったのですが……『特にない』と妹に」

 苦笑を浮かべるヴィリーと軽く言葉を交わすこと数分、彼らは政治の中枢を担う執務室の中へ。

「先程、十三区分駐在兵よりご報告が――」

 室内の奥に配置された執務台につけば、先程とは打って変わり仕事モードへと切り替えたヴィリーから羊皮紙を受け取る。

「どうやら作物の育ちが悪く、今冬用の備蓄が例年以下になる見込みだそうです。冬を迎える前に、どうにか調達出来ないかと」

 話片耳に目を通したベータは「なるほど」と呟く。

「野菜ならさっき大量に届きましたよね? それあげちゃったらどうです?」

 そこにヴィリーの友人であり副団長『フェンリル』が口を挟み、すかさず肘で小突かれる。

「穀類はともかく、野菜ならさっき届いたのを分けられるな。ただ……」
「何か気になることが?」
「……その地域は、気候も土壌も悪くないはずなんだ。これまでに不作の報告はなかったし、原因になるようなことも発生していない。……何かしらがあったかもな」
「いかがいたしますか」
「まずは新鮮なうちに野菜を届けるとしよう。馬車の用意と二人ぐらい向かわせてくれ。今から出れば夕方には帰って来られるはずだ。あと、人選が終わったら一旦寄ってもらえるか? 聞いてほしいことをまとめておくから」
「承知いたしました」

 新たな羊皮紙に羽ペンを滑らせるベータに会釈し、ヴィリーは扉へと踵を返す。
 それを見計らい、フェンリルはベータの傍らで耳打ちする。

「それとですね、王。個人的に聞かれていた合コンの会場ですが……」
「聞いた覚えはないぞー。例のやつか」
「ツテを頼って声を掛けてみましたが、あまり良い反応はされませんでした」
「種族も違うし、それは仕方がない。もう少し練ってみるか……個人的な事に付き合わせて悪いな」
「いえいえお安いご用ですよ。じゃっ、自分も仕事に戻りまーす」

 ベータもまた中断していた仕事を再開。澱みなく羊皮紙に実行許可のサインを書き付けていく。
 ――異質な視線をひしひしと感じながら。




「お先に失礼します、王」
「お疲れ様でした」
「ん、お疲れ」

 黄昏時を迎え、城で働いていた者達はぞろぞろと帰宅する。
 最後にヴィリーと彼の妹であるウィンの兄妹を見送ったベータは、内側から重厚な扉を閉めると――盛大に嘆息した。

「なになにベータ疲れたの? おっつー!」
「お前だよ原因は! 部屋に居ろって言ったのに、なんで俺の仕事見てんだよ‼︎」

 入れ違いに現れたナナに、これまで堪えていたベータの怒りが炸裂する。
 実はベータが仕事している間、ナナはずっと影から様子を見ていたのだ。

「だってベータの部屋つまんなかったんだもーん。誰にもバレなかったしいいじゃん、ねっ?」
「だからって……あー、もういい。先に飯食べるぞ」
「はーい!」

 普段は兵士達や使用人らが利用している城の食堂にてお腹を満たした彼らは、昼間の喧騒が幻のように閑散な城内を歩き始める。

「てか、城が見たいって言ってたが、お前来たことあっただろう」
「何年前だと思ってんの⁇ ベータがまだ国を作る前と今じゃ全然違うでしょ」

 そう答えたナナはふいに駆け出す。

「ここって謁見の間ってやつ?」
「まあそうだな。玉座もあるし」

 扉を開けたナナは数秒後、中には入らずにそっと閉める。

「……玉座以外は普通の部屋だね」
「あんま使わねぇからな」
「うわー、ケイスが聞いたら卒倒しそう」
「やかましい」

 あれはこれはと聞かれ話しつつ、城を巡る二人。
 歩き続けているうちにすっかり日も落ち、カンテラで足元を照らしながら進む。

「あとはここだな」

 そうして最後の部屋の扉を開けたベータの脇を通り、足を踏み入れたナナは――これまでとは違う反応を見せる。

「ここって……パーティー会場?」
「……の予定で整備してるところだ」

 広々とした空間の中央には、天井に吊らす予定なのか絢爛なシャンデリアが置かれており、他にも組み立て途中のテーブルが放置されている。

「人手が回らなくてまだ整ってはないが……」
「そうなんだ。……あっ、蓄音機! レコードもある」

 隅に置かれた蓄音機に駆け寄ったナナは、興味津々な眼差しを送る。

「ねぇ、これってもう使えるの?」
「ああ。動作は確認済みだ」
「聞いてみたい! 手動?」
「いんや、自動で再生できるやつだ。え〜っと……」

 レコードをセットしてボタンを押せば、優雅なワルツが再生される。
 ナナは驚愕しながらも次にはベータの手を引き、会場と隣接するバルコニーへ。

「な、何だよ急に」
「せっかくだから踊ろ! ベータがリードしてねっ」

 突然の誘いに戸惑いながらも。ええい、ままよ! とナナを引き寄せ、くびれた腰に手を添える。

「ベータ上手いね〜」
「当たり前だろ」

 密かに頬を紅潮させるベータは気づかれぬよう無表情を装い、赤き双眸と見つめ合う。
 何も交わさずとも揃うステップ。もしもこれがパーティー本番であるならば、間違いなく皆の視線を集めたことだろう。

「……ナナ?」

 長いようで短い時間――ワルツが終わり、彼らの足は自然に止まる。
 俯いたままのナナに、手を離したベータは眉を顰めた。

「……ううん、なんでもないっ! 我儘言ってごめんね。もう帰るよ」

 顔を上げたナナはそう笑い、ベータから離れていく。

「ベータ?」
「あっ、いや……」

 腕を掴んで引き留めたベータに首をかしげる。
 口ごもっていたベータだったが、やがては眉をつり上げて。

「今『ネビュラ』に戻っても退屈だろ。朝までいればいい」
「……いいの?」
「一人や二人増えようが変わんねーって」

 今度こそ隠しきれなくなったベータは背を向けてしまったが、ナナはえへへと破顔。

「ありがとうベータっ!」

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