あなたとわたし ※短編集

シエル&マティアス編
─side Matthias


 気持ちの良い朝日とともに目覚め、いそいそと朝食の準備を始める。
 出来上がる頃にはリヴも支度を整え、ルイスやエルと一緒に卓につく。
 朝食を食べ終えれば今度はお店の開店準備。
 下処理や店内掃除、花壇に植えたお花達に水を与え、今日も今日とで看板を掲げる。
 それが俺──マティアス──の日常。
 ようやく手に入れた、平凡で、平和な『日常』。
 事件という事件はなく。俺を大親友だって言ってくれるリアムからの話で耳にするぐらいだ。
 ……とは、思っていたけれど。



「はい、どうぞ」
「あ……ありがとうございます……」

 言われた直後にグーッと腹の音が鳴るのだから、俺は思わず笑ってしまう。
 ひとり卓につく空色の髪をした少年──名前はシエル。家の近くで力を失い倒れ込んでいたところを保護したんだ。
 あらかた事情を聞いて分かったのは、名前以外の記憶がほとんどないことと……どうやら、リアムの知り合いっぽい? 
 一応、当の本人にも確認してみたけど、『シエル』という名の知り合いはいないって言われた。俺は直接会ってほしいと思ったが、リアムは今『ルスト』を何とかするための旅に出てるから言いにくくて……。
 ひとまず、俺のところで面倒を見ることにして。リヴにお店を任せ、軽くご飯をご馳走する。お腹がびっくりしちゃうから軽めね。

「美味しいです……! とっても美味しい!」
「喜んでもらえて良かったよ。作った甲斐があった!」

 小さな少年がご飯に食らいついている姿は小動物にも見えて──教会に預けられていた子供達の姿を思い出させる。あの子達、元気にしているのかな。

「こんなにもよくしていただいてありがとうございます……でもぼく、お金とか持っていなくて……」
「お金なんて気にしなくていいよ! 俺が好きでやってることなんだから」

 両手を振って答えれば、シエルは気まずそうに俯いた。
 確かに、俺が同じ立場に立っても気にするかも。とは言え、お金もなければ記憶もない子に何かを要求したくもないしなぁ。

「とにかく、リアムが帰ってくるまでここで一緒に待っていよう。ね?」
「ありがとうございます。……お世話になります」

 背筋を正してきちんと礼をするシエルの礼儀の良さに、俺はうんうんと頷いた。
 こうして不思議な少年シエルとの『日常』生活が始まったのだ。


♦︎♢♦︎


「うん、うん、……分かった、リアムも気をつけてね」

 シエルがやって来てからはじめての朝。
 俺は朝一番にリアムと連絡を取り、彼が今どこにいるのかを尋ねた。

(『ギアバース小大陸』から『アンフィニ地方』って……本当に縦横無尽だな)

 世界の端から端を移動しているという大親友に苦笑を禁じ得ない。これはまだ帰ってくる気配はないな。
 とりあえず服を着替えた俺は朝食を作ろうと、居住スペース(喫茶店の上にある言わば自宅)のキッチンに向かう。

 ガタンッ──!
「?」

 突然響いた大きな音に目を丸くしていると、続けて、ガタンッガタガタッ、と物がなだれ込むような音が。
 どこかで何か落ちたのかなー、ぐらいに思いながら気にせずキッチンへ入れば。音の正体が明らかに。

「あ……」

 タイル床の上に飛び散るたくさんの粉に卵。
 空色の髪も白く染まり、『何かがあった』ことだけは分かる。

「わ、大丈夫?」

 床に座り込むシエルは自分の服を強く握りしめ、弱々しく「ごめんなさい」と謝罪。

「朝ごはんぐらいはと思ったのですが、『仕様』が全く違くて……」
(『仕様』?)

 大丈夫だよ、と返してみたものの。シエルは声を震わせて謝罪するばかり。
 この子はきっと、ひとつでも失敗をすれば他人から失望されると思ってる。
 ……まるで、鏡を見ているようだ。

「シエル。こういう時は、『ありがとう』って言うんだよ」

 頭の粉を優しく払い落としてあげながら伝える。
 シエルは目を大きく開いて俺の話を聞いてくれていた。

「ごめんなさいってたくさん言いたくなる気持ちも分かるけど、そればっかりだと俺も困っちゃうから。ありがとうって、言ってくれる?」
「……」
「シエル? な、泣いてるの?」

 静かに涙を流す少年に戸惑い、慌てる俺。
 シエルは首を横に振りながら、涙を拭う。


 ──シエル。こういう時は、ありがとうだよ。ごめんなさいばっかり言われたら、『僕』困っちゃうよ。


「大丈夫です。……同じことを、『あの人』にも言われていたんだ。僕は」

 ボソッと呟かれた言葉は俺の耳まで入ってはこず、聞き返してみるも「なんでもないです」と答えられる。

「ありがとうございます、マティアスさん」
「うんっ。良かった」
「──きゃ〜〜〜⁉︎⁉︎」

 俺たちが笑い合っていると、キッチンの入り口から絹を引き裂くような悲鳴が上がる。
 驚き見遣れば、起きてきたリヴがキッチンの惨状に顔を青くしていた。

「ごっ……強盗⁉︎ すぐに警察ランテに連絡しなきゃ!」
「お、落ち着いてリヴ! これは事件じゃないよー!」

 通報しようとするリヴを必死に説得する俺の姿に、シエルがくすりと笑ってくれた気がした。



(この人と一緒にいると、なくした記憶が少し蘇ってくる。それはきっとこの人が、リアムさんと関わりの深い方だからだけど……。……それだけじゃない、と思うのはなぜだろうか。
……思い出したい、この記憶を)

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