あなたとわたし ※短編集
─side Aria&Liv
「こんにちは」
「お邪魔します」
麗らかな日差しが暖かいお昼。
私──アリア──は、知り合いが経営する喫茶店『
ちょうどお客様が一人もいない時、笑顔で入口のベルを鳴らしたのはルーナさんとミエールさん。
「あっ! いらっしゃいませ、姫様方!」
「その呼び方はちょっと……」
カウンターで作業をしていたリヴの言葉に、ルーナさんが優しく否定する。テーブルを拭いていた私は軽く会釈。
「ミエール、先に選んでてくれ」
「はーいっ」
ルーナさんがその場を離脱し、ミエールさんはボックス席に座った。お日様の日差しが心地いい席だ。
「アリア、メニュー表」
「あっごめんなさい」
ぼーっとしていた私にリヴが耳打ち。急いでメニュー表を持っていく。
「いらっしゃいませ。こちらメニュー表になります」
「ありがとうございます。ルーナが戻ってきたら、一緒に注文しますね」
にこりと微笑んだミエールさんに、私も緊張しながら笑みを見せる。
「アリア〜」
お冷を用意したリヴに呼ばれ、カウンターへ。
御膳を受け取った私は普段通り運んだのだが。
「へぶっ」
段差も何もないところで躓き転ぶ。
顔を軽く打った私は鼻を押さえつつ起き上がるも──。
「な、何があった⁉︎」
戻ってきたルーナさんの叫びが店内に響き渡る。
「大丈夫ですか?」
ひとり平然とした様子で私を心配するミエールさんの、髪や服といった体全体に水滴がまとわりついている。
即座に私は『転んだ拍子に運んでいた水をぶつけた』と判断。
「すみ……すみませ……」
「わたくしは大丈夫ですよ。大したことありませんから」
「いや結構濡れてますミエール様。中のブラウスもびちょびちょです」
「あらまあ」
呆然と座り込む私をリヴが助け起こしてくれた。後ろからルーナさんも肩に手を添える。
「リヴ、申し訳ないがミエールにシャワーを貸してもらえないか? 片付けは私達でやるから」
「分かりました。こちらです」
「はーいっ。行ってきます」
リヴに連れられてミエールさんがお店の奥へと消えていく。
「では、アリアさん。掃除道具を持ってきてもらえますか? 私はどこに置いてあるのか分からないので」
「持ってきますっ」
急いでバックヤードに向かう私の背に「焦らないでくださいね」と声が投げかけられた。
「コップが割れていなかったのは、不幸中の幸いでしたね」
「はい……」
ルーナさんが床に落ちたコップを拾い上げて呟く。
私は裏から持ち出してきた掃除道具で濡れた床を拭き、ひとまず大丈夫そうだと安堵する。
「お手伝いいただきありがとうございます」
「大したことではありませんよ。『うち』では日常茶飯事ですから」
『うち』とは、どこのことだろうか。
ルーナさんはそんな私の疑問に気づき、「ああ」と片手を挙げる。
「拠点のほうです。勢力の」
「リアムの……」
「そうです。毎日誰かが何かをやらかしては大騒ぎですよ」
と、ルーナさんはこれまでにあった珍事件を話した。
部屋中に蝶々が集まっていた日。天井に星型の穴が空いた日。鏡の中から大型の魔物が侵入しかけた日。大爆発で危うく更地になりかけた日。
まるで拠点そのものがひとつの物語のようだ。
自然と私の頬も緩んでおり、ルーナさんがこちらを見つめながら微笑んでいた。
ああ、私は励まされたのだと察するのは容易くて。
「だから、ミエールも怒ってないですよ。……流石に大爆発した日はカンカンにでしたけどね」
「そうですか……」
心がふっと軽くなった気分。
「ありがとうございます、ルーナさん」
お礼の言葉を、相手の前でちゃんと伝えることが出来て良かったと、私は心から思う。
あたしの名前はリヴ。
王都にある喫茶店『
そんなあたしは今日、いつもながらに「香辛料が足りない! 買ってくる‼︎」と当喫茶店のマスター、マティアスが出て行ってから早数分。……ああ、また寄り道してるわね。
マティアスが不在中はあたしが調理を担当することになってるの。一応、住み込みで長く働いているのはあたしだけだし、彼ほどの軽快さはないけれど味はほぼ一緒ね。レシピがあるから。
ここまではほんの序章。ここからが本題。
一緒の時間帯で働いていたアリアが、お客様として来店したミエール様にお冷をぶっかけた。
同伴者のルーナ様の言葉に従い、あたしはミエール様を喫茶店二階居住スペースに招く。
「狭くて申し訳ありませんが、とりあえず中へ。今湯船にお湯を溜めているので」
替えの服とタオルを用意している間、ミエール様は何の躊躇いもなく服を脱ぎ始める。
お姫様だけあって綺麗な体をしているなぁ、と赤くなりつつある顔を隠すように「ではごゆっくり……」と失礼しようとするも。
「お待ちを、リヴさん」
音なく距離を詰めてきたミエール様が、あたしの肩を掴みつつにっこりと笑う。……嫌な予感。
「一緒に入りませんか?」
「い、いやー……仕事中ですので……」
「ふふふ。まあまあ」
こちらに非がある分、下手に断れないのがまた狡い。
脳内で天秤にかけたあたしは──……
「……はい」
「やった。ありがとうございます」
頷くことしか出来なかった。
ごめん、アリア。マティアスが早く帰って来るのと、お客様が来ないことを願っていて。
早々に服を脱ぎ、待ってましたと言わんばかりに湯船でゆったりしているミエール様の隣に入る。
湯船はもちろん一人用。二人で入るには狭く、肌も密着する。絹のような金の御髪に見惚れていると、「リヴさん」と名を呼ばれた。
「はい。なんですか?」
「恋バナをしましょう」
「恋バナ⁉︎」
タイルの壁に反響したあたしの声に怯むことなく、相変わらずミエール様はにこにこと笑顔。……ちょっと悪い魔女に見えてきたな。
「あ、あたしとしても面白くは……。あっ、ルーナ様とされたら」
「ルーナもミュティスも恋バナする性格ではありませんの」
がっつり退路を塞がれた。
キラキラとした眼差しにうっと怯むあたしだったが、ふと思う。
「恋バナってことは、恋愛の話を語り合いますよね?」
「はい。そうですね」
「ってことは……ミエール様も、意中のお相手の方が?」
あたしの問いにミエール様は少し目を見開き、くすりと笑う。
「どうでしょうね〜」
「ええっ誰ですか⁉︎ 同じ勢力の人ですもんね。リアムは……」
「絶対ありえないですね」「絶対ないですわ」
声が揃ったあたし達に流れる沈黙。
それから吹き出したあたしの笑い声が、シャワールームに反響した。
あたし達がシャワーを済ませて戻るとマティアスが帰ってきており、ミエール様とルーナ様の注文を無事聞き届けることができたのだった。
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