あなたとわたし ※短編集

ルートヴィッヒ&ランテ編
─side Lante


 《恩師》とは、教えを受けた《恩》のある《先生》を指すという。
 リアムにとっての『先生』がそうであるように。
 僕にも、恩師たる先生がいる。
 教鞭を執ったあの日、そこから転じて憲兵を纏め上げる総司令官の地位に立ったあの日。世界で十二人しか認められない『審査員』に選ばれたあの日。
 いつだってあの人の教えが、僕の道を照らしてくれた。



「すまない、ランテ。私のことを手伝ってもらって」

 僕こと──ランテ──は今日。知人であるリアム、もとい彼が率いる【ミリアッドカラーズ】の拠点に足を運んでいた。
 しかし今は、幼少期に教えを受けたルートヴィッヒ先生の部屋で本の整理をしている。

「いえ。ただ待っているのも性分に合わないので」

 遊びに来たわけではなくれっきとした仕事なのだが、用がある首領リアムは拠点を留守にしていた。ルーイ先生曰く数分経てば帰ってくるとのこと。
 であれば、と。先生のお部屋が見たいと案内してもらった先で──山積みになった本の整理をしていた。

「それにしても相変わらずですね。本棚がまるで機能していない」
「はは、全くだ。先日も、いい加減床が抜けると怒られてしまってな」

 不思議な仮面に覆われていても笑っているのが分かる。
 先生は昔から片付けが苦手な人だ。「整理してるよ」と開き直るどこぞの厄病記者よりかはいいけどね。

「ここでの生活はいかがですか? 先生はあまり『アルヒ地方』から離れたことはないと記憶しておりますが」
「相変わらずの記憶力だ。おかげさまで、毎日充実しているよ」

 一体【ミリアッドカラーズここ】に何を見出したのか僕は知らされていない。何度か聞いてみたものの、毎度毎度はぐらかされてしまう。
 その理由さえ分かれば、【オルディネ僕の勢力】にスカウトできるのに。

「ランテ」
「、はい」

 突然声音を変えて名を呼ばれたものだから驚いた。ずり落ちた本を抱え直し、先生に顔を向ける。

「大きくなったな。見違えたよ」
「ふふ。それ、再会した時にも言ってましたよ」
「ああ、そうだ。確かに言ったな。だが、改めて言いたくなったのだ」

 脚を組みこちらを見つめる視線は『先生』そのもの。

「君こそ充実しているように見える。毎日を退屈に過ごしていた『あの頃』とは違って」


♦︎♢♦︎


 数年前──僕がまだ“子供”と呼ばれた年月の時代。
 『アルヒ地方』の奥の奥の辺境の村で温かい両親のもとに産まれた僕は、物心がつく頃には大人でも読破するのは難しい哲学書や歴史書を全て暗記。口にする言葉といえば大人びた単語……という大人の意味を履き違えた子供だった。
 ただでさえ少ない村の子供達とは話が噛み合わず、ひとりで本を読み過ごす日々。
 とてもではないが退屈していた。
 ひとつだけ相違点を挙げるとすれば。度々村に、子供達に勉学を教えに仮面をつけた不思議な『先生』が訪れること。
 勿論内容は僕にとって幼稚なもの。仕方なく参加させられていた僕は時間の無駄そのものだった。
 何度目かの勉強会──そそくさと帰ろうとした僕を、先生が引き留めた。

『退屈かい? 今の生活は』

 胸中を言い当てられた僕は不満げに黙り込む。
 小さく笑った先生は一冊の本を差し出す。
 それは哲学書でも歴史書でもなく──ただのおとぎ話。より難しい教科書かと思っていた僕は酷く落胆した。

『要らないよこんな子供っぽいの』
『そう言わずに読んでみてくれ。次に私がここへ来た時に感想を教えてほしい。それが君に対する宿題だ』

 嫌々ながらも僕は哲学書を置き、おとぎ話を読み進める。
 一冊だけなのにこんなにも長く苦痛に感じたのは初めてだ。内容はこども向けだし、終始ご都合主義展開。

『おもしろくなかった』

 次の勉強会の日。僕は先生に開口一番、そう感想を述べた。
 たった一言。それもつまらない回答に対して、先生は悲しむかと思えば……頬を綻ばす。

『なら良かった』
『良かった? なんで?』

 自分が薦めた本をつまらないと言われておきながら、良かったと笑える理由が分からなかった。

『この本は君にとって、何かしらの感情を抱かせたものになれたからだ』

 先生は返された本を大事そうに抱え、話を続ける。

『作者にとって「面白くない」というのは悲しいことだろう。私も出来れば楽しんでもらいたかった。
 だが、たった一言でも感想があるとすれば、この物語が生まれた意味が存在することとなる。何もなければ何もなくなってしまう』

 それに、と先生は僕に本を渡し返す。

『君がもっといろいろな景色を見て、いろいろな感情を覚えたときにもう一度読み返してごらん。読んだ時代で違う感想を抱くのもまた、物語の醍醐味さ』

 僕は先生と本を交互に見つめ、優しく受け取った。
 退屈だった日々が色づき始めたきっかけを。僕は生涯忘れることはないだろう。



「……ありましたね、そんなこと。本当にあの時は生意気な子供でした」
「はは、私は子供らしくてかわいいと思っていたが」

 当時を思い返した僕は言いしれぬ羞恥心に見舞われる。ルーイ先生だからこそ許されたようなものだ。

「先生は教え子を大事にしていらっしゃいますよね」
「顔と名前は全て覚えているさ。かわいい生徒だからな」
「なら、会いに行かれたりとかは?」

 僕はたまたまリアム経由で先生を見つけたが、他の生徒はそうと限らない。人数も人数だ、先生だってひとりひとり会いに行ったりはしないだろう。
 予想通り。ルーイ先生は僕の問いに首を横に振る。

「私から会いに行くことはないさ。……ひとり置いていかれた気分になるからな」

 何年経っても容姿が全く『変わらない』先生。
 僕が彼の素性を知ることはきっとない。

(……ああそうか。だから【ミリアッドカラーズここ】なのか)

 永遠ともに生きる仲間達を。
 先生は自らの居場所にしたのだろうか。

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