あなたとわたし ※短編集

アステル&エル編
─side Elle


「エルー、配達お願いしてもいいかな」

 今し方帰った客のテーブルを片付けていた俺──エル──は、そうマティアス雇い主から指示を受ける。
 ちらりと横目で時計を確認。まあ、確かに人が来ない時間帯ではあるな。

「ん、分かった」
「ありがとう。じゃあ、“二人”でお願いね」
「二人……? ああ、なるほど。もう待ってるのか?」

 俺から食器を受け取ったマティアスはにこりと笑い、入れ替えに鞄を俺に渡す。

「うん、裏口で待ってるよ。あ、あとね……」
「?」



 荷物を受けった俺はバックヤードで制服の上から上着を羽織り、裏口へ。
 そこではすでに、もう一人の店員が(ひとつしかない)配達用自転車を準備して待っていた。

「待たせたな、アステル」
「いやぁ全然!」

 いつもの笑顔で返したそいつは、ここ最近時折バイトとして入っている新人。俺達とも知り合いでもあるリアムから勧められ、社会経験を頑張っているそうな。
 ……それはいいとしても気になるのは。

「これ、どうやって動かすんすか? よく見かけるんですけど、乗ったことなくて」

 配達用自転車といってもただの自転車。特別なことはなんらない。
 サドルに乗ってハンドルを握りペダルを動かす、ただそれだけなのだが。

「……そもそも乗り方から間違ってるぞ」
「え?」

 なぜハンドルとは逆向きに座っているのか、俺には分からない。

「あっ、すいません。逆っすね。たしかにみんなこっち側に座ってました」

 百歩譲って天然ボケならいいんだが、こいつのボケそれはガチ。今だってほら、平然な顔で座り直した。
 本気で間違えているからこそ不自然すぎる。リアムあいつは一体、どこに住んでたやつらを集めてきたんだ?
 俺はため息ついでに、商品弁当を入れた鞄をアステルの背に背負わせた。

「お前はハンドル握ってろ。俺が押していく」
「なら歩いて……」
「いいから。ほら行くぞ」
「了解っす!」

 道中落とさないか不安が残るも仕方ない。歩いて行くぐらいなら押していったほうが速いしな。
 ……それに。帰りはひとりかもしれねーし。

「エル先輩パイセン
「やめろその呼び方」
「んじゃあ、エルさん。配達先はどこっすか?」

 問われて俺は言い淀む。
 マティアスから商品を渡された時に告げられたのだ。『配達先はアステル君に伝えないで』と。

「……エルさん?」

 返事を求められた俺は、サドルから手を離しそうになったアステルに「前を向け」と注意。
「着いたら分かる」


♦︎♢♦︎


「あ、あのー、エルさん?」
「なんだ」
「すっげー見覚えのある場所なんすけど……」

 「間違えてません?」とじとりと向けられた視線に首を振って否定。

「ここが配達先だ」
「えぇ……」

 アステルが困惑するのも無理はない。
 なぜなら配達先ここは、彼が所属する【ミリアッドカラーズ】の拠点。つまるところ『自宅』だ。

「まずは降りろ」

 拠点がある丘のふもとに自転車を停め、アステルをサドルから降ろす。
 素直に足を下ろした彼に商品を持たせたまま、丘のてっぺんにある拠点を示した。

「じゃ、行ってらっしゃい」
「俺一人で行くんすか⁉︎」
「当たり前だろ。お前の為に配達に来たようなもんだ」

 とは言いつつ。正直なところ、今か今かと待ち侘びているリアムに関わりたくない。アステルは上手くやっているかどうか、根掘り葉掘り聞かれそうだ。

「う、分かりました。すぐに戻ってくるっす!」

 鞄を大事に抱え、丘を駆け上がっていく背中を見送る。
 すぐに、とは言われたが。あのリアムがそう簡単に解放するはずがない。三十分待って帰って来なそうだったら、先に帰る。その為の自転車だからな。
 大方の予想はついていると思うが。今回の配達を注文したのはリアムだ。なんでも、『アステルが頑張っているところを見たい!』と弁当五人分を頼んだそうな。俺も一緒に任されたのは、ヤツ一人じゃあ弁当を無駄にしそうと考えたリアムがマティアスに言ったのだろう。本当、そういう部分は頭が回る。
 まだ時間がかかりそうだし、ヘレンの曲でも聞いてるか。
 ポケットから端末を取り出した俺だったが──前方に丘を駆け降りてくる人影に顔を上げた。

「お待たせしてすいませんっす! ちゃんと配達してきました!」

 空になった鞄を見せつけてくるアステルに目を瞬く。

「は、早かったな。てっきりリアムに捕まってるもんだと」

 率直な感想を口にすれば、アステルは「いやぁ」と首の後ろを手で撫でながら笑う。

「ちょいと大変でしたが、何とか抜け出してきたっす。ルシャントも手助けしてくれて」
「そうか。そのまま話してても良かったんだぞ」

 寧ろそのつもりだったし。ポケットに端末を戻した俺の顔を見ながら、彼は両手を顔の前で激しく振る。

「そんなことしないっすよ! 今は大事な仕事中ですから!」

 真剣な顔つきで語るアステルの頭を──妹にもするように──ポンポンと叩く。

「いい心がけだな、アステル」

 右も左も分からなかったヤツが仕事意識を持つとは感慨深い。

「うっす! 頑張るっすよ!」

 アステルは頬を指で掻きつつ、目一杯笑った。

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