あなたとわたし ※短編集
─side Helen
多くの人々が忙しなく行き交う王都。
私――ヘレン――の目を引いたのは、知り合いの勢力に所属しているという男の人の後ろ姿。
青いローブを着込むその瞳が見つめているものに、私の好奇心はくすぐられた。
「こんにちはっ。楽器始めるの?」
私の声に彼はこちらを振り向く。
不思議そうな眼差しに、ああそうかと思い出す。
「エルの妹のヘレンよ。貴方とはあまり話したことがなかったね、ルシャントさん」
彼――ルシャントさんは思い出してくれた様子。『何か用?』と言いたげに目を細め、隣に並んだ私を視線を向ける。
「楽器に興味があるの?」
「……別に」
否定するや否や、ルシャントさんはその場から立ち去ろうとした。
私は慌てて、彼の正面に回る。
「ああ、ごめんなさい! 詮索するつもりはなかったの。お邪魔だったら私が立ち去るよ」
「もういいよ。どうせ出来やしないし」
「そう自分を否定しないであげて。貴方が感じた気持ちだって泣いてしまうわ」
水を差してしまったのは私のほうだ。必死に説得してみれば、ルシャントさんは考え直したようで。
「……分かったよ」
渋々と言った具合にお店に戻ってくれた。
そのまま入るのかと思いきや――扉の前で立ち往生。躊躇うことでもあるのだろうか。
行末をただただ見守っていると、ルシャントさんが小さく手招きした。
「一緒に来て欲しいんだけど」
「わあっ凄い!」
ルシャントさんを連れ立って中に入った私は、お店中に飾られた――様々な“楽器”に目を輝かせる。
ここは王都に幾つかある『楽器屋』のひとつ。初心者から上級者まで。幅広いタイプの楽器を取り扱っていた。
「ルシャントさんは何をやりたいの?」
「……」
沈黙。
気難しい人とは聞いていたけれど、流石にそれはないんじゃ……と、思っていた私はふと気づく。
「あのヴァイオリンが気になるの?」
ルシャントさんは壁に飾られていたヴァイオリンを見つめていたのだ。お店の外からも確認出来る位置にあったそれを、欲しいと思っているのだろう。
「青いヴァイオリン……珍しい色だけど、素敵ね」
ひとつ問題があるとすれば。珍しい色だからこその高額。果たして持ち合わせているのかと不安になる。
「ルシャントさん、その……お金は?」
恐る恐る聞いてみると。ルシャントさんはローブの内側に手を入れ、あろうことか財布らしきものを渡してきた。
「足りそう?」
「ええ……」
戸惑いながらも財布の中身を確認。予想以上の所持金だった。
「足りるね。充分」
「じゃあ買ってきて」
「私が⁉︎」
自分で買うんじゃないの⁉︎
驚く私に、ルシャントさんは少しだけ俯く。
「……買い方。分からないから」
そんな人がいるとは俄かに信じがたいが、きっと本当なのだ。
見知らぬ相手に大事な財布を渡してしまうぐらいなのだから。
私は店員さんに声を掛け、無事にヴァイオリンを購入した。
王都の中でも過疎っている地帯に、私はルシャントさんを案内した。
理由はもちろん。購入したばかりのヴァイオリンの音を聞いてみたいから。
「ここなら人もまだらだし、練習にはうってつけだよ!」
ここまで来ると私の相手をするのも疲れたのか、ルシャントさんは視線だけで不満を訴えてくる。
それも少しの間で、小さく息を吐いてはヴァイオリンをケースから取り出した。
「じゃあ……弾くよ」
らしきポーズを取り、弦に弓を充てがう。
腕を引けばたちまち――ギギギギギ――と不快音が響き渡る。
それからというものの。ルシャントさんは何度も不快音を響かせた。聞いている私は黙っていたが、やはり酷い。
(でもヴァイオリンの弾き方は知らないしなぁ……)
いよいよルシャントさんも諦めモードに突入してしまった。肩からヴァイオリンを下ろし、じっと地面を見つめる。
どうにかしてあげたい。歌を……音楽を愛するひとりとして!
迷った私は“あること”を思い出す。それは、私が『歌手』としてステージに立つ時に大事にしている気持ち。
「──るらら♪ るりら♪ らるらりら〜♪」
突然歌い始めた私に、ルシャントさんは目を丸くした。
「ら〜ら〜ら〜♪ りりる〜らら〜♪」
構わず私は喉を震わせ、リズムを刻む。
目を閉じ、旋律の赴くままにステップを踏む。
「ららりりる♪ らららぁ〜♪」
腕を広げ、天を仰ぐ。
そうしてルシャントさんを振り返り、私は伝えた。
「一緒に奏でよう! 楽しい旋律を!」
“楽しい”という気持ちこそ、私が歌手を続けられる大きな理由のひとつ。
この気持ち、ぜひ知ってほしいから。
「るらら♪ るりら♪ らるらりら〜♪」
歌を奏でる私に合わせ、ルシャントさんはヴァイオリンを構えた。
変わらず音は不快音だが、歌に合わせて弓を引く。
「ら〜ら〜ら〜♪ りりる〜らら〜♪」
ルシャントさんの表情が和らいでいく。
この音色を楽しんでくれている。
「ららりりる♪ らららぁ〜♪」
気づけば、ヴァイオリンの音色が綺麗な音へと変化しようとしていた。
演奏を終えたルシャントさんは自分でも驚いている。
「素敵な音色ね」
「……君の歌声も良かったよ」
褒められるとは思っていなかったけど。やっぱり嬉しい。
「練習、頑張ってね!」
私の応援に、ルシャントさんは小さく笑ってくれた。