ゆるミリ

とある休日の冒険噺
※現在と若干設定が異なります。


 とある休日。前日の夜から泊まっていたリアムは、マティアスの喫茶店『le ange』の開店準備を手伝っていた。
 マティアスは料理の仕込みで厨房に。リアムも喫茶店の制服に着替え、ルイスとエルと共に3人で店内を整える。

「リアム、ちょっと来い」
「ん? なになに?」
「このイスに座ってみてくれ」
「うん。──うわあ⁉︎」

 エルの指示通りカウンター席の椅子スツールに腰を下ろしたが最後。バキッ! と座面と脚を繋ぐ金具が外れ、衝撃でリアムの体は大きく転がった。

「やっぱりか……」
「わかってて座らせたの⁉︎」
「新しいの持って来いよ」
「えっ僕⁉︎ 僕のせい⁉︎」

 騒ぐリアムを、カウンターでグラスを磨いていたルイスは「うるさい」と半眼を向ける。

「早く片しなよ」
「そうしたいがリアムが退いてくれない」
「ぼ、僕が悪いの……⁇」

 ぶつぶつと小言を洩らすリアムが退き、エルはささっと壊れたスツールの破片を袋に放り込む。

「そういえばさ、ルイス」
「なに?」
「さっきサンドイッチがどう……とかマティアスに言ってたけど、まだお腹空いてるの?」
「食い意地張ってんな」
「よく言われるよ、食わせ者だって」
「なら食われちまえ」
「若干噛み合ってないよ、お2人さん……」

 新しいスツールを定位置に置いたタイミングで、厨房からマティアスが戻った。

「こっちは終わったけど、表はどう?」
「イスが1個だけ腐っていたからリアムに壊させた」
「えっ! 怪我はない?」
「そう言ってくれるのはマティアスだけだよ……」

 ジロリと横目でエルとルイスを睨み、2人はさっと視線を逸らす。

「ありがとう気付いてくれて。誰か怪我してたら大変だったよ」
「ついでだから気にしなくていい。……今片付けたから開けていいぞ」
「うん。じゃあ開けるね」

 喫茶店入口の扉を開けたマティアスは、店の前で待機していた男に眼を丸くした。

「あれ、ランテ?」
「おはよう。今から開店かい?」
「そうだよ。朝ご飯食べに来てくれたの?」
「それもあるけど別件がね」
「お店貸し切りにしようか?」
「いやいや、営業の邪魔はしないよ。怒られてしまうしね」
「わかった。中へどうぞ。もう出来てるからね」
「ふふ、ありがとう」

 にこりと微笑んだランテは客として来店。
 サンドイッチセットが用意されたカウンター席に座るや否や、ルイスは口を開く。

「……そろそろ来る頃だと思った」
「それか。僕の元を訪ねる頃だった、か」
「どういうこと……?」

 リアムだけでなくエルも話が見えないと眉根にしわを寄せる。
 カラン、と鐘の音を鳴らし入口を閉めたマティアスが近づくのを背中越しに。カウンターに両肘を立て、顎を乗せるランテは薄笑いを浮かべる。

「端的に説明すれば、僕とルイス、それにエル。それぞれが別々に追う人物達の隠れ家が、とある遺跡だという話だということだな」
「俺が追う……? っこの間受けた依頼のヤツか」

 目の色を変えたエルに、ランテは「やはりそうか」と腕を組む。

「トリプルブッキング……じゃないよな」
「全員相手は違うけど、逃げ込んだ先が同じってこと」
「なかなかに広い遺跡だからな、あそこは。互いに気づかないまま使っていたとしても不思議じゃないさ」

 【オルディネ】【フィンスター】【スキア】。大陸に存在する数多の《勢力》の中でも、上位に位置する組織を率いる首領同士の会話に、蚊帳の外なリアムとマティアスは首をかしげるばかり。

「……僕達には関係のない話みたいだね」
「うん……」

 声をひそめる2人に、「いや」と声をかけたのはランテだった。

「可能なら君たちにも同行してもらいたい」
「ちょっと、“一般人”を巻き込むつもり?」

 それはリアムにではなく、マティアスに向けられていた。
 ランテは異を唱えるルイスを見向きもせず、リアムとマティアスに微笑む。

「もちろん無理強いはしない。僕は君たちの意思を尊重したいから。……特にマティアス。君は、ね」
「っ……」

 名指しされたマティアスは胸元を握りしめ、視線を斜め下に落とす。
 ランテは問うような視線をリアムに向ける。

「リアムはどうかな?」
「その前に。どうして僕やマティアスに声をかけたの?」

 敢えて彼ら個々の事情については尋ねなかった。聞いたが最後、参加せざるおえない状況下になると感じたから。
 だからリアムは、自分達に協力を求める理由“だけ”は先に聞いておこうと考えた。

「戦力になる、というのも理由だが……リアムの『不運』とマティアスの『強運』は、攻略に役立ってくれると考えるからかな」
「……それってつまり、僕が罠に嵌りまくって安全を確保したいって話じゃ……?」

 ランテはにこりと笑うだけだった。リアムの顔が引き攣る。

(絶対やだけど……マティアスが行くなら……)

 リアムの考えを見越したかのように、ランテはマティアスに問う。

「マティアス。君はどうする?」

 顔を上げたマティアスはランテではなく、エルを見遣る。

「エルは……その人を殺す為に行くんだよね」
「ああ。殺してくれと依頼が入ったからな。だが、俺達独自でターゲットの所業を洗い直し、『ヒカリ』だと判断したから暗殺する。ただの殺しじゃねぇ」

 迷いない視線は、【スキア】の裏の顔である“暗殺”者としてのプライドすら感じさせられる。
 次にマティアスはルイスに顔を向ける。

「ルイスは……どうしてその人を追うの? 殺す為に?」
「……生かすか殺すかは、捕らえた後に決める。でも、そいつは【フィンスター】を裏切った。『裏切り者には罰を』。それが、最低限敷かれた掟だから捕まえる」

 一勢力の首領として最低限成すべきことを。組織が組織である基盤を守ろうとする意志。
 マティアスは2人の話を聞き、想いを受け止め、決断する。

「ランテ。オレも一緒に行く」
「彼らを止める為に?」
「ううん、見届ける為に。2人が背負い過ぎないように見守る」

 その言葉にエルとルイスは揃って目を見張り、ふっと頬を緩めた。

「見守るって……俺達は餓鬼かよ」
「保護者同伴ってところ?」
「お前とだけは兄弟になりたくないものだな」
「僕はいいよ。君がしたなら」
「は? お前がしただろ。というより、俺の兄妹はヘレンだけだ。可愛げのない弟はごめんだ」
「気持ち悪〜いほどわれても嫌だから……やっぱさっきの発言は撤回」
「誰が気持ち悪いほど重いって?」
「鏡を見ることをおすすめするよ」

 どこか微笑ましげにやり取りを眺めていたマティアスだったが、ふと思い出す。

「リアム、は、どうする……?」
「君が行くなら僕も行く。マティアスが心配だしね」
「心配なのはオレもだよ。でも……ありがとう」
「うんっ」
「……話は纏まったみたいだね。……僕抜きで」

 両サイドに挟まれ、まさしくアウトオブ眼中となってしまったランテは、呆れの中に寂しさを滲ませながら呟く。

「え〜っと、そうだね」
「ご、ごめんランテ」

 リアムは左右に目線を泳がせ、マティアスは苦笑を浮かべる。

「あーあ、1人だけ爪弾きにされたお行儀の良い警察イヌさんが構ってほしくて尻尾振ってるねぇ。お可哀想に」

 所々強調しながらカウンター越しにこちらを見下ろすルイスに、ランテは怒る様子もなく笑顔で言う。

「ついいじけてしまったようだ。僕は誰かさんと違ってよき友人らに恵まれたおかげで寂しいのが好きじゃないんだ。慈しみを持って撫でようとする者全てに威嚇してしまうような、高貴な猫ちゃんじゃないんでね」

 ああ言えばこう言う、とはまさにこのことか。2割増しで挑発されたルイスは「誰のことだろうねぇ」と笑みを讃えるが、明らかな殺意が込められている。
 両者間に目に見えぬ火花が散る最中、咎めたのは意外にもマティアスだった。

「2人とも、お店の中で喧嘩はしないで。ここのオーナーはオレだから、勝手は許しません。ランテは早くサンドイッチを食べる。ルイスはランテにコーヒーを淹れる」

 普段の温厚な様子とは一転。毅然とした態度で指示され、さすがのルイスとランテも「あっはい」としか言い返せなかった。
 ニヤニヤと笑うエルと、必死に笑いを堪えようとするリアムを眼光鋭く睨みつけるも無意味。
 和やかな雰囲気が流れ始め、張本人のマティアスは不思議がった。


★☆☆☆


「悪ぃなリアム。貴重な休日なのに」
「ううん。こうなったら最後まで付き合うよ」

 エルの要望もあり、突撃は翌日へ持ち越された。リアムはランテとマティアスの3人で王都から離れた森林地帯に赴いた。
 道中でエルとルイスの2人とも合流し目的地へ向かう途中、エルはリアムに軽く詫びを入れた。

「このまま帰ったら気になって夜も8時間しか寝れないよ」
「充分じゃん」

 ルイスが白目を向ける。

「……ん? マティアス、その腰に帯剣してるのは……」
「これはランテが【オルディネ】の倉庫から持ってきてくれた支給品だよ。オレは“あの剣”以外持っていないし、かと言って使うわけにもいかないから」

 エルの疑問にマティアスは苦笑と共に答えた。


 『オラトリオ地方』には強力な力を持った4つの秘宝──《四宝》の伝説が存在する。
 1つ、天の使いセイヴィアが携えていた、悪を滅する《聖剣デュランダル》。
 1つ、勝利を齎す為だけに打たれた、呪われた王家の印《魔槍フル・ブート》。
 1つ、爪弾けば花は咲き誇り、緑は踊り、豊穣神の加護を与える《花女神の竪琴エスタシオン》。
 1つ、生きとし生けるものの祈りが集結した謎多き四宝《生命の希望ミコト》。
 これら《四宝》のうち、公式に所在が確認されているのは《聖剣デュランダル》《魔槍フル・ブート》の2つのみ。非公式を含めれば、四宝全ての所在は明らかにはなっているが。
 マティアスは《聖剣デュランダル》を管理する【セイヴィア教】の元教徒であり、聖剣から選ばれた使い手でもあった。彼らの会話に登場した“あの剣”とは《聖剣デュランダル》のことを指している。


「そうだろうと思って俺も持って来たんだが、」
「それならば予備として渡しておくのはどうだろうか。万が一折れた場合に」

 ランテの提案にマティアスも頷く。

「使ってもいい?」
「いいぞ。これも折れたらリアムを頼れ」
「えっ僕……予備の予備扱い……?」
「なんだ。メインで使ってほしいのか?」
「いえ。遠慮します」

 だろうな、と軽く笑うエルから剣を受け取ったマティアスは腰に差す。

「ねね、聞いてなかったけど、逃げ込んだ遺跡ってなんて名前?」
「『ゲブラ・セフィラ』」
「えっ⁉︎ 見つかってたのあれ⁉︎」
「うるさい」

 ルイスに注意され、リアムは「ご、ごめん」と声量を下げるも、その瞳は子供のように輝いていた。

「すっごいな〜発表されてない古代の遺跡に入れるなんて……」
「ま。罠だらけだし内部情報も一切ないけど」
「遺跡外の警備を僕達【オルディネ】が行った上で、遺跡内部の情報をエル達【スキア】から【ロヴィーネ】に提供することを条件に。許可を出してもらえたんだ」
「あ。やっぱり【ロヴィーネ】の管理下ですか」
「それがヤツらの仕事だかんな」

 大陸に点在する古代の歴史──遺跡を管理、調査する勢力【ロヴィーネ】。なにかと“口うるさい”と有名な彼らでも、戦いに発展するとなれば他所からの手を借りなければならない。本格的な遺跡調査を開始する前に不穏要素は排除しておきたい、そう考えるだろうと予想したランテが交渉を行った。
 と、ここまでなら知っているマティアスだったが、初めて耳にした単語が1つ。

「……『ゲブラ・セフィラ』?」

 マティアスの呟きは一同に聞こえていた。

「……聞いたことない?」
「うん。有名なの?」

 さらりと返されたリアムは「それなりに……」と視線を逸らし、ルイスは肩をすくめる。

「……君はそろそろ料理以外のことにも目を向けた方がいいよ」
「え?」
「詳しく“先生”に聞いたら?」

 ルイスが顎で指し示した相手はランテ。
 【オルディネ】総司令官に着任する以前は教師であったランテに、マティアスは「教えてほしい」と請う。

「では手短に説明しよう。マティアスは、初期に誕生した3つの勢力について知っているな?」
「えっと……【カタルシス】、【マギサ】、【シナヴィリア】……だよね?」

 かつて大陸全土を支配していた国家が内戦で滅び、入れ替わるように誕生した《勢力》。今でこそ多岐に渡るが、初期は3つだけであった。
 このうち、現代でも存在しているのは彼らの友人『ソール』率いる【カタルシス】だけだが。

「中でも、ありとあらゆる魔法の宝庫とも言われた【マギサ】は技術面においても強く、集大成として大陸中に“セフィラ”と呼ばれる建築物が作られた。合わせて10箇所。そして、それらは全て“パス”と呼ばれる地下通路で繋がっている」
「これから行く遺跡はその1つなんだね」
「ああ。これまで【ロヴィーネ】が発見した数は5箇所。そのどれもに、魔法耐性効果があるトラップがあったらしい。僕もルイスも押し切ることは出来るけど無駄にしたくないし、エル1人に押し付けるのは悪いと思ってね」
「俺もお前らにこき使われるのはごめんだ」

 エルが溜息混じりに洩らし、リアムは苦笑を浮かべる。
 前方へと目を細めたランテが、「さて」と一同に一言投げかける。

「どうやら正面口に到着したようだ」

 それまで覆い繁っていた太木が道を作るように左右に割れ、ぽっかりと開いた広間となる場所。その場所に鎮座する至大な正方形の石板には【マギサ】の紋が刻まれている。

「ここは……地下遺跡なんだ」

 リアムの呟きと、ルイスの詠唱が終わるのは同時だった。
 紋をなぞるように光が流れ、清浄なる光が放たれる。一際光が増し、視界を遮ると次の瞬間。眼前の景色は一変していた。

「……なかなかな広さだな」

 辺りを見渡しながらエルが言う。彼らが転移された広間は、百人規模の広さを誇る。道は正面に1つだけ。

「正規ルートはここが始まりのようだ。リアム、マッピングを頼めるかい?」
「えっ、いいけど……あまり細かいのは無理だよ?」

 カメラで遺跡内部を激写していたリアムは眉根を寄せながら答え、ランテは微笑みながら頷く。

「簡単なものでいいさ。部屋の数と、出入り口と、罠の位置さえ分かれば」
「わかったよ……」
「あまり乗り気じゃないみたいだな」

 渋々といった具合にカメラから紙とペンに持ち変えたリアムは、エルに「そりゃあね」と返す。

「せっかく先行して入れたんだから写真撮っておきたいし」
「……カメラ構えたまま進むとぶっ壊れるだろ」
「あっそうか! そりゃあいかんわ!」

 手の平に拳をポンっと乗せるリアムにおいおいと半目を向ける。

「この先にルイス達が追っている人達が居るんだね」
「きっとね。別の入り口があるとは思うけど、出口は【オルディネ】の監視下の範囲内だろうし、その前にのこのこと出て行くほど馬鹿じゃないっしょ」
「別の入り口があるの?」
「見つかってはないけど、正規の入り口から入るには手順を踏む必要がある。それを知っているとは思えないからね」

 ルイスの説明でマティアスの疑問が一通り解消されたところで、彼らは遺跡の奥へ歩み出す。


★★☆☆


「なんだろう……氷の壁?」

 通路を歩む一同を阻んだのは、冷気を放つ氷の壁。不思議と溶ける気配はない。
 ぺたぺたと触るリアムの背後でマティアスが首をかしげる。

「行き止まりってことかな?」
「ぶっ壊せばいいだろ」

 槍を構えたエルが、穂先を氷の壁に突き刺す。顔のすぐ側を横切った槍に「ぎゃあ⁉︎」とリアムの悲鳴が上がる。

「やるならやるって先に言ってよ‼︎」
「悪ぃ忘れてた。だが……」

 ゆっくりと槍を離したエルが目を細める。
 槍の一突きは壁に刺さるどころか傷一つすらつけられていない。
 おかしいなと首をひねるエルは、「これだから脳筋は……」とぼやくルイスの声に舌を鳴らした。

「少し下がってくれ」

 腰のベルトに差したロッドを引き抜きながら進み出るランテに道を開ける。
 魔法石光る先端を氷の壁に向け、呪文を唱える。

「【フィアンマ】!」

 赤い光を放つ火球がロッドから飛び出し、氷の壁に着弾。氷の壁は一瞬のうちに跡形もなく溶け消えた。
 ロッドをベルトに差し戻したランテが「行こうか」と声を掛け、じわりじわりと復活しつつある氷の壁の先に進む。

「今の……炎の魔法じゃないと駄目だったんだ」

 ちらりと背後の氷の壁に目をやったリアムが呟く。氷の壁は復活していた。

「“セフィラ”は【マギサ】に所属する若い人員……学員生の試験の場としても作られた経緯があってね。遺跡にある罠の大半は魔法を使って解くものになっている」
「なら安全だったりするのかな?」
「いやいや、普通に即死不可避なトラップは山積みだよ。魔法攻撃に滅法強いオートマタとかいっぱいいるみたいだしね」
「い、命懸けの試験だったんだ……」

 想像を膨らませるマティアスにランテが穏やかに笑う。

「……なるほどな。お前らは俺にその“オートマタ”とやらを押し付ける気でいたんだな」
「脳筋は脳筋らしくゴリ押しでいけばいいよ」
「うるせぇ陰湿構ってちゃん」
「はぁ?」

 “陰湿”か“構ってちゃん”どちらかが気に入らなかったらしく、ルイスはエルに対して自らふっかけたというのに苛立ちを露わにする。

「……」
「? どうしたの?」
「うーんと……これは……」

 ランテは無言でマティアスを引き留め、地図を描く手元に視線を落とすリアムを先に向かわせる。後方に続くルイスとエルも同様に足を止めた。

「なにかあったのか──?」

 エルが尋ねた次の瞬間、『ガコンッ』と物が動く音が通路に響く。
 反射的に前方を見遣ると、リアムの姿が消えていた。

「リアム⁉︎」

 マティアスが駆け出した時、地面にぽっかりと開いた正方形の落とし穴から逆巻く強風に持ち上げられる形でリアムが飛び出してきた。

「あぶっ、あぶな……」
「怪我はない?」
「う、うん、なんとか。……あと少し魔法使うの遅かったら串刺しになってたけど」

 マティアスに助けられながら立ち上がるリアムに、ルイスはうんうんと頷く。

「今のは咄嗟に魔法で身を守れるかの罠ってわけだね」
「冷静に判断してんじゃないよ‼︎ というか知ってたなら誰か教えて⁉︎」
「その為に君を呼んだんじゃないか」
「酷い! パワハラだ‼︎」

 頬を膨らませたリアムが「次は引っかからないから!」と足を踏み出した──フラグ回収。

「あ。」

 またもや別の罠を踏んでしまったリアムの左右の両壁に一線。小さな穴が開き、中から矢が放たれる。

「だああああああああああっ⁉︎」

 叫びながら通路の奥へ逃げるリアムを矢の嵐が追いかける──のを、矢の範囲外に居た4人は唖然と見つめた。


 頭の片隅でリアムの身を案じ、彼の後を追いかける4人。
 暫く道なりに進んだ先で広がる空間にて、肩で息をするリアムと合流した。

「ぜぇ……ぜぇ……っマティア、ス……」
「リアム……!」
「あ。地図は描いてるよね、もちろん」
「マティアスー! 一発ぶん殴ってこの鬼畜ー‼︎」
「えっ、えっ……あ、じゃあルイス、歯食いしばってくれる?」
「素直に聞かなくていいんだよ」
「……元気そうだな」

 マティアスの背中から拳を振り上げ、ルイスを威嚇するリアムの様子に、エルは肩をすくめる。

「リアム。あのあとなにがあったんだい?」
「矢を振り切ったと思ったら今度は壁から棒が突き出てきて、それも振り切ったと思ったら、今度は床から炎が飛び出てきてそれから……」
「わかった。君のおかげで僕達が無傷だったというのがよ〜くわかったよ」

 手を挙げて制するランテに「まだあるんだけど……」と不満げに呟く。

「また広い場所に出たな。休憩所か?」

 入口の大広間よりかは狭い空間をエルは、口調こそ変わらないが、なにかを警戒するように視線を辺りに這わせ、ゆるりと槍を構える。
 マティアスは剣を、ルイスは短銃ピストルを。ランテは短杖ロッド長杖ワンドへと変形させ、彼らに四方を囲まれたリアムも倣って魔導書を呼び寄せる。
 緊迫とした雰囲気の中、似付かわぬ警告音が幾体もの“オートマタ機械人形”の襲撃を告げた。2つの出入り口は無情にも閉ざされ、5人の周囲を製造された兵士らが囲う。このオートマタこそ、ランテが道中で話していた『魔法耐性を持つトラップ』。

「……掃滅して構わないな?」
「問題ない。派手にやっていいさ」

 ランテの返しを受けたエルは地面を踏み込み、目にも留まらぬ速さでオートマタの群に突っ込み、すれ違いざまにその体を解体していく。
 エルの槍捌きを観察していたランテが瞬時に指示を出す。

「関節に当たる部分の装甲が脆いようだ。狙うならそこだな。マティアス、君もエルと前線へ」
「わかった」

 すっと目の色を変えたマティアスは、エルと反対方向に群がるオートマタの殲滅にかかる。その姿は喫茶店のマスターとは到底かけ離れた──1人の戦士であった。

「ルイス、僕たちは……」
ランテあんたはエルの、僕はマティアスの援護をすればいいんでしょう?」

 2人の猛攻の隙を縫い突撃するオートマタの脚を銃で撃ち抜く。脚をやられたオートマタは仲間を巻き込みながら転倒。そこをマティアスの剣が捉え、解体する。

「あ、あの〜……僕はどうすれば……?」

 残されたリアムに指示を仰がれ、ランテはロッドを手に微笑む。

「休んでくれていい。まだまだ先は長いからな、少しでもさっきの疲れを癒してくれ」

 この状況下でんな無茶な、という不安が芽生える。だが、彼らの強さが本物であるということをリアムは知っている。
 せめて自分の身は守るよう意識し、リアムは彼らの戦いを観ることにした。


 白き輝きを秘めた陣風が四肢に絡み、エルの身体能力──速さを底上げする。
 機械仕掛けの瞳が捉えるより速く穂先が首を掻っ攫い、丸見えの千切れたコードから火花が散る。起動に重要な頭部が機能不全となり、膝から地面に崩れ落ちる間にも、エルは数体ものオートマタを殺っていく。

「【沸き乱れ真紅の炎海えんかい】──【エルツィオーネ】!」

 足元に真紅の魔法円を広げるランテの詠唱とロッドを掲げる動作に合わせ、エルから離れた位置のオートマタが炎海えんかいに脚を焼かれる。
 ランテが足止めしたオートマタらを、エルは直に感じる熱さをもろともせず、頭と胴体を切り離し軽やかに疾走する。


 自身の魔力を付与した剣を手に、マティアスは的確にオートマタを攻略する。一振りすれば、5つの斬撃がオートマタらを襲う。
 剣を、槍を、軽く弾き斬撃をお見舞いしながら、マティアスは詠唱を始めた。

「【浄化の力よいまここに。我が願いを標とし、闇を切り裂く剣となれ】!──【パニッシュメント】!」

 一環、二環、三環。光の剣がマティアスを中心に環を描き、全方を囲うオートマタに突き刺さる。が、魔法耐性のせいか動作を停止させることしか出来ない──でも、それでいい。
 マティアスが一体のオートマタを踏台に高く跳躍したのに合わせ、ルイスが何十発もの魔銃弾を撃ち込んだ。それがきっかけとなり、光の剣と魔弾が混じりて爆ぜる。


 ──およそ3分。
 掃滅に掛かった時間を、彼らは知る由もないだろう。
 これが早いか、はたまた遅いかは彼らの価値観にはよるが。
 少なくともリアムにとっては、あっという間の出来事だった。


★★★☆


 オートマタ軍団を掃滅後、閉じられていた出入り口は2つとも解放された。

「すまないが、仲間たちと連絡を取りたい。休息がてら待っていてくれ」
「あ。それなら俺も」

 戦闘が終わるや否や、ランテとエルの2人は遺跡外で待機するそれぞれの仲間と連絡を取るべく離れた。

「……ねね、ルイス」
「なに?」

 声をひそめるリアムに話しかけられ、ルイスは正面を向いたまま返答する。

「今日はあの槍……使わなかったね」
「ランテにバレたら問答無用で逮捕からの有罪ルート待ったなしでしょ。幾ら『あの子』からだと言っても盗んだのは違いないし」
「そうかもしれないけど……。今日も一緒でしょう?」
「いや、朝一番で僕の血を飲ませて黙らせた。当分は満足して来ないよ」

 苦労しているんだなぁ、と苦笑するリアム。「大丈夫だよ」とマティアスは無垢な笑顔を浮かべる。

「ランテは理由も聞かずに逮捕するような人じゃないよ」
「ないない。彼こそ暗殺されるべきだと僕は思うけどね」
「少なくともエルには無理だね。ランテの彼女は──」
「僕の彼女がどうかしたかい?」

 はっとリアムが振り向いた先、にこやかに目尻を下げるランテと視線が合う。

「まあもうすぐ奥さんになるわけだけど」
「は?」

 嬉々とするランテの発言にすぐさまエルが反応する。

「まだ結婚は認めてねぇから。せめてあいつが床に伏せっていた年を過ごして……35歳ぐらいからなら許してやってもいい」
「三十路で結婚は夢がないだろう。25歳」
「あと7年で結婚は早過ぎる」
「そんなに“お義兄さん”と呼ばれるのが嫌なのか……お義兄さんって言うのは変な気分だな」
「喧嘩売ってんのか。表出ろ」

 リアムとルイスは同時に長い嘆息を洩らした。


 味方同士の小競り合いはさておき、一同は遺跡内を進む。
 これまで歩んできた道で、3人それぞれが探している人物達と鉢合わせてはいない。ランテがぽつりと洩らす。

「もしかしたら、彼らが使っている入口は最奥地に近い場所かもしれないな」
「じゃあそこから地上に帰れるね」

 リアムは入口まで戻る必要はないなと安堵するもつかの間、リアムを含めた一同の足が止まる。
 遠く離れた位置に先へ続く通路が確認出来るが、超えてみよと言わんばかりに大穴が空いている。

「……底が全く見えないね」

 助走をつけて飛んだが最後、奈落の底へと真っ逆さま。慎重に覗き込むマティアスは眉間にシワを寄せる。

「これは……魔法で飛んで先に進めってこと?」

 遺跡に仕組まれた罠の特徴を理解しつつあるリアムが言うと、首を横に振ったランテが天井を指差す。
 そこには、びっしりと天井を埋め尽くすコウモリの群れが。少しでも上昇するものならば、コウモリの餌食となること確定だろう。

「先にあのコウモリを片せば解決じゃね?」
「や、やめてよエル……」
「安全に進む方法があるはずだ。皆で辺りを探してみよう」

 ランテの言葉で一同は各々、気になる箇所を巡り探る。
 辺りを一周し大穴の近くに戻ったリアムはふと、始めにマティアスが穴を覗いていた地点に違和感を覚える。

(なんだろうこれ……)

 片膝をつき、マティアスが散らしただろう砂埃を見つめる。違和感の正体は、砂の一部が宙に浮いているように見えたからだった。
 不思議に思い手を伸ばすと、砂とは異なる“硬い”感触が指先に触れる。まさかと思いながら、リアムは少量の砂を大穴にばら撒く。すると砂は宙に浮遊した──かのように見せかけ、“透明な道”の存在を示した。
 すぐさま立ち上がったリアムは魔導書を開き、魔法を唱える。

「【拓きしは泡沫の譜片】──【アクアウェルテクス】!」

 魔導書から飛び出した5つの水の球が円となり、渦を巻きながら前方へと放たれる。
 水で流されたことで水滴が、幾つもの角を曲がりながら対岸へ続く道を露わにする。

「凄いよリアム! よくわかったね」

 駆けつけたマティアスの言葉に、リアムは頬を染めて笑う。

「マティアスがヒントを出してくれたおかげだよ」
「ヒント?」

 全く身に覚えがないマティアスに「ありがとうってことだよ」とリアムは返した。
 水滴を跳ねらせながら、一行は透明な道を無事に抜けることに成功した。まだまだ続く通路を前に肩を落とすリアムを、エルが「待て」と制する。

「えっトラップ?」
「シッ」

 人差し指を立てたマティアスに口を閉じるよう促され、返事の代わりに数回頷く。
 エルは瞼を閉ざし、意識を集中させる。暫くして「5……いや、10か」と呟き、瞼を開ける。

「当たりだな。この先で十数人の足音が聞こえる」

 どうやら遂に、本来の目的である人物達の下まで来たようだ。ルイスとランテの視線が交差する。

「同じ場所にいるということは、向こうも互いに手を組んだってことだね」
「僕達が外を囲んだのも、遺跡に入ったことも知ってるだろうね。大方、どうするか相談中ってところかな」

 ランテとルイスの言葉に耳を傾けていたエルが、「どうする」と尋ねる。

「まずは奥まで追い込んで退路を断つ。ある程度進んでリアムとランテがレーザーを放てば、奥へ逃げ込むはずだから。で、逃げ場がなくなったら退路を絶った上で捕まえればいい。……あ、1人は殺すんだっけ」
「ルイス」

 咎めるようにリアムが呼べば、「はいはい」と薄笑いを浮かべる。
 エルは無言で先行し、4人もその背中に続く。


「……この辺りだな」

 未だ通路の先はおろか、人の姿すら確認できない位置でエルは止まる。
 ロッドを手にするランテに対し、リアムは不安げに聞く。

「ここでいいの?」
「姿が見えてちゃ意味がないでしょ」
「右上に向けて放てばいいさ。それで混乱させるのが目的だから」

 ルイスとランテが口々に言い、納得したリアムも魔導書を構える。

「わかっていると思うが、撃ったらすぐに走るぞ。いいな」
「うん。わかった」

 エルは背中越しにマティアスへ告げる。
 リアムは魔導書の頁を開き、ランテは足元に魔法円を展開する。

「【拓きしは緑炎の譜片】──」
「【悪しきを穿て】──」


「【長距離狙撃魔法エクスレーザー】!」
「【長距離狙撃魔法オリゾンテリネア】!」


 二条のビームが天井近く、左右両方に撃たれる。
 離れた位置で壁を破壊する音を耳にしながら、一行は全速力で通路を駆け抜ける。


★★★★


 木洩れ日光る地上へ生還した4人は、遺跡から響く獣の唸り声にも似た轟音に、大小違えど不安を煽られる。
 暫しの沈黙を挟み、ランテが「僕は先に行ってるね」と後ろ髪を引かれながらも部下達の指揮を取るべく遺跡から離れた。

「ルイス大丈夫かな……」
「ああ言うヤツは五千回刺しても死なねーよ」

 鼻で嗤うエルを横目に、マティアスは眉を曲げる。
 先程の一件。誰の発言かまではわからないが、エルが傷付いているように見えたからだ。場に居なかったリアムもなんとなく気づいていた。

「……エルが何者であろうと、お店の従業員に変わりはないよ」

 マティアスの言葉は当たらずといえども遠からず、エルの胸中に蠢く言葉を掠る。

「お客さんだとしても同じ。オレの料理を食べに来てくれたなら、人間であろうと魔物であろうと“お客さん”に変わりはないよ」

 エルは悲しげに──でも少しだけ恥ずかしそうに──マティアスに微笑んで見せた。

「モンスターに金貨は払えんだろ。金の心配を少しでもしないと、またルイスにどやされるぞ」
「あはは……」

 笑い合う2人の一歩後ろで、リアムはほっと息を吐く。

「良かった……」
「なにが?」
「「「ッ⁉︎」」」

 3人から視線を浴び、遺跡から脱出したルイスは「なに」と眉をひそめる。
 すぐにマティアスは頬を綻ばせた。

「よかったルイス、怪我はない?」
「見ての通りだけど。ランテは?」
「先に行ったよ。僕も地図っぽいの渡さないと」

 リアムの返しに「ふぅん、そう」とルイスは歩き出す。

「じゃあ僕も行こうかな。裏切り者の処遇をどうにかしないとだし」
「いっそのこと逮捕してもらえば?」
「逮捕されるべき悪人はルイスのほうだろ」
「僕は善人レベル999カンスト者だから必要ないね」
「善人は自分を善人だと言わねーよ」

 エルとリアム、ルイスの会話をマティアスは微笑んで見つめる。
 カウンターの外はまだ怖くて不安もあるけれど。見慣れた人達の一味違う姿が見れて、良かったなと感じたのは真実。


 気持ちの良い晴れた日。
 マティアスはまた一つ、外の世界に触れたのだった。
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