ゆるミリ
※倫理観欠如。残酷描写有り。
ある昼下がり。喧喧たる街を背に、閑散なる道に影を落とす2人の少年。右手を歩くリアムの腕には綺麗に包まれたアネモネの花が咲き誇り、左手を歩くルシャントの手にぶら下がるバケツからは掃除用具が見えている。これから2人は街から目と鼻の先に位置する霊園に向かい、そこに眠るリアムの恩師、先生の墓参りを行う。
「それにしても意外だよ。君から『一緒に行く』って言われるなんてさ」
どういう心境の変化? リアムは軽く笑いかけるも、ルシャントは応答せず。いつも通り1人でお参りしようとしたところ、拠点を出る寸前でルシャントに声を掛けられたのだ。
こちらに一瞥もくれないルシャントに肩をすくめる。
「まあ荷物を持ってもらえるのはありが……」
リアムの台詞が不自然に途切れる。その理由は目前にあった。
霊園の入り口を塞ぐように停まる複数の車。付近は見るからに墓参者でない人達で溢れ返っている。彼らが一様に着用している深緑色の制服に、リアムは見覚えがあった。
「〈オルディネ〉の構成員だ。なにかあったのかな」
第二勢力、“秩序”を掲げる組織〈オルディネ〉。
街の治安を守るため休みなく悪を追う彼らが忙しなく動き回る姿を見れば、事件が匂うのは当然のこと。リアムは記者である以前に、恩師が眠る場所での異変に不安を覚える。
「あの、なにかあったんですか?」
屈強な見張り役の男に話しかける。
「申し訳ありませんが、お答えすることはできません」
「でもこの霊園に用があるんですけど」
「只今立ち入りをお断りしております。後日改めてお越し下さい」
それなら仕方ない。リアムは出直そうと踵を返す。
一方。一連の流れを見ていたルシャントは見張りの男と距離を詰め、手を伸ばした。
「こら!」
なにをしようとしているのか察したリアムはルシャントの腕に飛びつき強引に下げる。彼らの行動が奇行に映った男は訝しげに目を細め、リアムは空笑いを浮かべながらルシャントを引き連れ後退。
「なに。文句あるの」
「あるよ。あの人に使おうとしてたでしょ、魔法」
仏頂面で腕を組むルシャント。彼が使用する魔法の1つ【
「だからなに。手っ取り早いじゃん」
「やめてよ〜……怒られるの誰だと思ってんの。菓子折りだって安くないんだからね」
「……カシオリ?」
帰るよとルシャントに一声かけたリアムを、呼び止める人影1つ。
「リアム。来ていたんだね」
えっと振り返れば、そこには友人のランテが佇んでいた。ランテは〈オルディネ〉の総司令官を務めるエリート中のエリートであり、寝る暇も満足に取れないほど忙しい身であるはず。そんなランテが現場に臨場しているということは、だ。
「……なにがあったの?」
相当厄介なものに違いない。リアムの不安はますます膨れ上がる。
ランテは微かに口角を持ち上げるが、その面持ちは暗い。瞼を閉じ、開く。口元から笑みが完全に消えた。
「現場に立ち会ってくれ、リアム。生憎、血縁関係者らを特定するのには時間がかかるからな」
「うん。わかった」
先導するランテにリアム、少し遅れてルシャントが続く。
幾度も鳴り響くシャッター音。踏み荒らされる安息地。これでは安らかに眠ることなど到底叶わぬ。
左に右に視線を這わせるルシャントと、じっと正面を見据えるリアムの2人は無言で奥へ進む。
「見てくれ」
ある地点にまでくるとランテは足を止め、リアムにそう促す。ランテが横へ捌けたことで、彼の背に隠れていた光景がリアムの瞳に映った。
「……先生?」
一歩、二歩と。重心を前に踏み出す。途中、アネモネの花束がリアムの手から抜け落ちた。
足を止め、茫然としたまま膝から崩れる。
「先生?」
うわ言のように繰り返す少年の前には、転がる墓石に、掘り返されぽっかりと穴が空いた地面。
ランテは、同様の状況が広がる惨憺たる光景に眉根を寄せる。
「この霊園に安置されているご遺体の半数が、何者かの手によって運び出されている」
ランテの言葉は、隣で傍聴するルシャントに向けられていた。
「金目の物が狙いとは考えにくい。ご遺体と一緒に埋められていることはまずないからな。だとすれば……」
「考えられるのは人間の骨を媒介にする魔術。肉体の死を迎えた素材なら大抵の術は馴染む」
ルシャントはランテを見遣る。視線を交えるとたちまちリアムへ戻した。
「これに構ってる暇ないでしょ。早く行けば」
ランテは何も言わず彼らのもとから離れ、近くで作業する構成員に軽く手を挙げ話しかけた。
ルシャントはリアムの真後ろに立ち、見下ろす。ぶつぶつと呟きながらリアムは墓石に被る土を手で払い退けている。
「ねえ」
リアムはふいに天を仰ぎ、ルシャントを見上げる。
「君なら場所、わかるよね?」
見開かれた瞳の奥。魅入る。魅入られる。
ぷつん、と。ナニかが途切れ、虚空を漂う。
「迎えにいかなくちゃ」
生と死の境目を忘れ、少年は無邪気に笑った。
「あれ、あの2人どこ行った?」
鬱蒼とした森の奥深く。
天高く伸びる樹木が光を遮り、影が支配する一角。人目から逃れるように館が佇んでいる。
巨漢が左右を陣取る入口の先、広がる暗闇。壁沿いに灯る蝋燭の火を頼りに足音を鳴らす。大層な剣幕で出迎える輩には躾を施し、醜悪なモニュメントとして転がる。
一際目を引く絢爛たる扉を引けば、鼻筋を捻じ曲げる悪臭が漂う。
大広間の中央。草臥れた容姿に悪辣滲む男が2人の侵入者に目を見張る。
「誰──」
顔の中心に膝蹴り。間髪入れず後頭部目掛け回し蹴りが炸裂。男はその場に頽れた。まだ微かに意識を保っているようだ。組み敷いたルシャントは片脚を男の背中に叩き下ろす。男の口から呻き声がもれた。
リアムは彼らを横切り、大広間の大半を埋め尽くす大小様々なカプセルの前へ。羊水液が満たすカプセル内には、頭部・胸部に腹部が抉られた“人間の死体”や、眼球・心臓・肺・胃に腸などの“臓器”が無造作に置かれている。
「あれ、奪った骨を蘇生させて収集したんでしょ」
ルシャントが男に問いかけるも、返ってきたのは沈黙。男は自由な首を動かし、リアムの動向を見つめる。
リアムは乱雑に積み上げられたカプセルの中から1つ選び、引き摺り出す。バランスが崩れ、崩壊したカプセルから羊水液がもれ出し、大理石を濡らす。他のカプセルには目もくれず、リアムは選んだカプセルを破壊し、中で眠る『先生』の遺体を地面に横たわらせる。
「痛いよね先生。今、元に戻してあげるからね」
憂いを帯びた瞳を伏せがちに、冷え切った頬に触れる。
リアムは視線をカプセルの山へ向けると、駆け足で近づく。そうしてカプセルを掴んでは弾き、積み上がるカプセルを崩していく。
ガシャン、ガシャン、と。弾かれ、割れたガラスから羊水液と臓器が飛び出す。地面に組み敷かれた男の顔前に地面を覆う羊水液と、滑り転がる眼球が触れる。ぬるりとした感触に蒼白になる男の顔。背中に乗るルシャントの足を下から押し除ける形で飛び退き、腰が抜けたのかへたり込む。
やがて複数のカプセルを両腕に抱えたリアムは、『先生』の傍でカプセルの蓋を開ける。2つの眼球、舌、心臓、左右の肺、肝臓、胃、腸。その全てを手で掬い上げ、パズルピースをはめるように『先生』の死体に戻していく。
カプセルに、誰々の臓器など書かれていない。
歪な死体の完成。リアムは満足げに微笑んだ。
「もう大丈夫だよ先生。痛かったよね」
『先生』の体に頬を寄せ、愛おしげに抱きしめる。
「ねえ先生。今日は先生のためにアネモネの花束を持ってきたんだ。お墓に置いてきちゃったから、あとで見せてあげるね。とてもキレイなんだよ」
じっと見据えるルシャントの背後。男の荒い息遣いだけが、この場において正常であった。
──翌日。一夜明け、霊園墓荒らしの事件は瞬く間に公の場で報じられた。
「あ、見て見て。昨日のだよ」
テレビの前でくつろいでいたリアムは顔だけ振り返りルシャントを呼ぶ。
「良かった〜。ランテ、上手いこと隠しておいてくれたみたい」
犯人らの拠点を抑えたのはリアム達であるが、ニュース番組に流れるのは〈オルディネ〉を称賛する内容ばかり。真実と異なるも、これでいいのだ。褒められるようなことはなにもしていない。
ところで。リアムはマグカップ内で小さな波を立てるコーヒーを啜る。
「犯人の人すごい怯えてたけど、ルーなにかしたでしょ」
ルシャントはすぐさま否定しようと口を開いた。が、躊躇っているのか言の葉を紡ぐことなく。
「……そんなところ」
肯定とも取れる曖昧な返事を紡いだ。
「そんなことしちゃダメだよ」
仕方ないなとぼやくリアムは肩をすくめ、テレビに視線を戻す。別の話題を取り上げるニュースに笑みをこぼすリアムの横顔は、酷く痛々しい。
今はまだ、知らなくていい。
君が抱く──