ゆるミリ
(ねむ……夜更かしし過ぎた……)
大きく口を開いた欠伸を漏らすリアムは、眠たげに瞼を擦りながら階段を降りる。
「おはよ〜……」
すでに、一階のテーブルには朝食が並んでおり、自分を除いた全員が着席していた。
「あっ、僕が最後だったんだね。待たせてごめん」
「いや……大丈夫だ」
ルーナを始めとし、どうしてかリアムと目線を合わせようとしない。リアムは不思議に思うが問うことはせず、ひとまず着席。
リアムの「いただきます」と手を合わせたのを合図に、一斉に食事を開始する。
が、リアムはすぐに食事の手を止めた。
「……な、なに?」
淡々と料理を口に運ぶミュティスとミトス──“以外”の面々の視線が、リアムに集中している。
居た堪れなくなったリアムが訝しげに眉をひそめると、「気にするな」「どうってことはない」と適当にはぐらかし、食事を再開する。
「え、なにホント怖……
一同の中で、リアムが
ミュティスはナプキンで口元を拭い、答える。
「その問いに答えることはできないわ」
「えっなんで?」
「先約があるからよ」
「先約〜?」
まさかと思い、アステルに眉を吊り上げる。
「いや、ホント! 大したことじゃないからな! あははは……」
アステルは愛想笑いを浮かべ、誤魔化した。
むすっと頬を膨らませるリアムに、「おい」と声を掛けたのはリーヴだった。
「早く食べろ。冷めるぞ」
「は〜い……」
渋々食べ始めたリアムを横目にアステルはそっと胸を撫で下ろす。
彼らのよそよそしい態度は朝食の後も続いた。
「ねぇ……そろそろ教えてくれないかな……?」
不安げに瞳を揺らすリアムは、涙腺が崩壊する手前まで思い詰めていた。苦楽を共有してきた仲間達が、自分に対して隠し事をしている。それも共通の。そのことがリアムに孤独感を味わわせていた。
頑なに沈黙を貫く一同から、一人、ルシャントがリアムの腕を掴んだ。
「えっ⁇」
目をぱちくりさせるリアムは、ルシャントに目線でどうしたのかを問う。
ルシャントは無言で見つめていたが、扉を振り返ってはリアムを引きずる形で向かう。
「えっえっちょっと! どこに連れっ──」
バタンッ、と力任せに閉められた。
アステル達は茫然と、あるいは申し訳なさそうに、扉の先に消えた二人を見送った。
「ルー! ねぇちょっ、離してってば‼︎」
「!」
丘を降り終えた時、リアムは力任せにルシャントの手を振り払った。痛む腕を摩りながら、眉を逆立てる。
そのまま踵を返そうとしたリアムを、今度は首元を掴み制止。「ぐえっ」と苦しげな声が漏れる。
「も〜‼︎ なにさっきから‼︎ そんなに僕を拠点に居させたくないわけ⁉︎」
「そう」
怒り心頭に発する自分を慰めることなく、
「わかりましたわかりました! そんなに邪魔なら居なくなりますよ〜だ!」
子供のような言い草で拗ねたリアムは、前方に広がる『王都』に行ってしまった。
ルシャントはリアムの背中を追うことはせず、暫くしてから拠点に舞い戻る。
「いくら僕がドジでマヌケでノロマでアホでバカだとしても急に追い出すのはないよぉ〜……」
「あと救いようのない不幸体質ってこともね」
「うわぁああああん‼︎‼︎」
「うっさ」
『王都』中央。都心部発展の象徴である噴水の縁に腰掛ける二人組。
道ゆく人々が嘆くリアムに一瞥を投げる中、隣に座るルイスは平然とホットココアを啜る。
『王都』に到着したリアムは、偶然にもルイスと遭遇した。ルイスは自身が首領を務める【フィンスター】の基地に向かう途中であったが。
運悪く捕まってしまったルイスは、こうしてリアムの愚痴──もとい、事の経緯を聞かされる羽目となった。
「はいはい御愁傷様。じゃあさようなら」
「逃がさん」
腰回りにひっつくリアムの脳天に手刀を一つ。
頭を抑え、悶えるリアムを尻目に、嘆息が漏れる。
「わざわざ言わないと判らないわけ? 本当に出て行ってほしいなら言ってくるはずでしょ」
「え? なんで?」
「言わなかったら帰って来るでしょうが」
「……あっ」
「やっと気づいたの? 全く……くだらないことで時間使わせないでよね」
呆れた目つきのルイスは立ち上がり、追ってリアムも隣に並ぶ。
「ごめんごめん。ねね、今からゲームしない? まだあのダンジョン攻略出来てなかったでしょ?」
「ふざけてんの? 僕今から仕事なんだけど。やるなら夜にして」
「いっつもルイスに合わせてるんだし、たまにはいいじゃん。おかげで僕は寝不足だよ……」
こうなるとリアムは、なかなか身を引こうとしない。ルイスの口から、諦めたかのように深い嘆息が漏れる。
「仕方ないなぁ……付き合ってあげるよ。感謝してよね」
「やった! じゃあ早速カフェに移動して、ゲーム開始ね!」
「おい。進んでるか」
拠点一階。会議室として使用している個室にて。事務作業を行っているルーナに、リーヴが声を掛けた。
ルーナは一区切りつけると、リーヴの顔を見上げる。
「ようやく終わりが見えた頃だ。見ろ、この紙の山を」
ルーナが顎で指し示した紙の山はそれなりに高い。
「この量をリアムは毎日、一人で捌いていたのかと思うと……同情してしまうな」
「にしてもこの量はおかしいだろ。なんの書類だ」
ルーナは紙の山からリーヴに視線を移すと、目を細めた。
「抗議文に対する反省文だ」
「反省文? 誰が、誰にだ」
「ルシャントに対する苦情が一番多いが、その他にもあるな」
『勢力』の暗黙ルールとして存在するのが、“他の『勢力』が見つけた獲物を横取りしない”、というもの。
しかしながら、ルシャントを初めとする何人かは『そんなもん知るか』とモンスターを討伐してしまう。そのことに腹を立てた他の『勢力』が、【ニュートラル】を通して抗議しているのだ。
また、ルーナやミエールといった“王族”が所属しているのも原因で、『面白くない』と嘘の抗議文を作成されているらしい。
「でもそんな話……アイツから聞いたことなかった」
「これだけの抗議文を毎日処理していれば、夜な夜な叫び散らしてしまうのも無理はありませんね……」
アステルとミエールが口々に言う。
彼らがリアムを拠点から遠ざけ、そしてリアムの仕事を代わりに請け負ったのは、ミエールの言葉にあった。
リアムの隣室であるシエルから、リアムの部屋から夜な夜な怒鳴り声が聞こえるのだと相談。もしかして、ストレスが溜まっているのではないかと考えた一同は、その原因を探ることにしたのだ。
「だがしかし、原因は判ったといえ解消する手立ては……」
ルートヴィッヒのつぶやきに誰もが口を閉ざす。
「……放っておけ。所詮は人の戯言だ」
我関せずといったミトスに、「あんたも原因なんだけど」とルシャントが楯突く。
「ただいま〜……」
そこに、恐る恐ると帰宅したリアムが現れる。リアムはルーナが処理していた抗議文を見るや否や、目を丸くした。
「あれっ? それやっといてくれたの?」
「あ、ああ……」
「ありがと〜それ毎回文考えるの面倒……って、もしかして僕を追い出したのってそれが理由?」
「いや、これは……」
「……実は僕なんです。みなさんに相談したのは」
眉を八の字に曲げ、シエルはリアムの前に進み出る。
「相談?」
「はい。最近、リアムさんの部屋から怒号が聞こえていたので……なにか抱えていらっしゃるのかなと……」
「へっ?」
リアムは素っ頓狂な声を上げ、「違う違う」と両手を振って否定する。
「そんな深刻なものじゃないよ! ただゲームしてただけ!」
「ゲーム……?」
「う、うん。心配掛けてごめんね」
そう指を突き合わせるリアムに、一同は安堵の笑みを浮かべ──武器を構えた。
「え、えっ、その〜みなさん? 一旦落ち着──ぎゃあああああああッッ⁉︎」
リアムの絶叫は、遠く離れていたはずのルイスにまで届いていたそうな。