リボーン短編

天使様とおやすみ


「リル〜〜!」

 さあ、今日も元気いっぱいなリルン選手。宿舎2階廊下、端から端を一気に飛行するという朝の謎運動を開始しております。

「その時さ、ディスクグラインダーが良い味を……」
「リ⁉︎」

 階段を登ってきたナナは会話に夢中で、リルンが飛び跳ねていることに気づいていない。リルンも突然のことに体が反応できず、勢いを殺すことなく頭から突っ込む――。

「……リル?」

 ぱふっと柔らかい痛み。ふらりと離れ体制を整えたリルンは、視界いっぱいに広がる真っ白な羽が衝撃を和らげてくれたのだと理解。

「ありがと、エスデル」

 即座にナナを腕の中へと引き寄せ、背中に携える片翼でリルンを受け止めた――話し相手のエスディエルは、フンと軽く応じる。

「リルンは大丈夫?」
「リ、リル」
「なら良かった。気をつけてね。……で、その友人のシャインマスカットの役回りがこれまた面白くて……」

 平然と歩き始める彼らの背――特にエスディエルを、リルンの大きな瞳が捉えて離さない。

「リル!」

 密かに決意してしまったリルンの熱気を、エスディエルは知るよりもない。




 時は巡り就寝時間。
 異様な静けさを放つ宿舎2階の窓を、ふわふわと飛行する影がひとつ――リルンだ。
 かくかくと船を漕ぎつつ目的の部屋の窓辺に着地。部屋主がご就寝中なのを確認し、室内にワープ。

「リル……!」

 ベッドに足を下ろせば、憧れの翼は目の前。
 横向きに眠るエスディエルは規則正しい寝息を立てており、小さな侵入者には気づいていない。
 翼と背中の間にそっと潜り込んだリルンは、お日様のような暖かさと匂いに包まれ顔を蕩けさせる。
 絶対に今日はこの翼をお布団に寝る――目的を達成するべく、リルンは襲来した睡魔に身を委ねた。


「……」

 すやすやと眠りこけるリルンを見下ろす――エスディエルの手には、自身の愛剣《ルミナスブレード》がしっかりと握られている。異変を察知し臨戦態勢を整えてみれば。自身の翼を布団に愛玩動物ペットが寝ているとは夢にも思わなかった。
 くちゅん、と可愛らしいくしゃみをしたリルンに毒気も抜ける。
 警戒して馬鹿らしいと《ルミナスブレード》を下げ、再び横になるや否や。ぬくもりを求めて翼に抱きついてきた。

(何がいいのやら)

 同胞からも異様な視線を向けられる片翼。共に戦場を駆け抜ける相棒だが、疎むことはそれなりにあろうと羨むことはなかった。
 エスディエルは嘆息しながらも突き放そうとはせず、瞼を閉じる。

「……おやすみ」
「リン……」

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