リボーン短編

天使様はお困りです


 【コスモス軍】新体制から早数ヶ月。
 幾星霜の変化にも柔軟に対応しつつ、彼らの日常は平和そのもの。自ら首を突っ込まない限り喧嘩を売られることはなく――長引く前にハッキリと申そう。そう、暇なのだ。

「暇だなぁ」
「……人とゲームしながら言う台詞じゃねぇ」

 今日も今日とてケイスのチェス勝負暇つぶしに付き合わされているベータがげんなりと返す。そこまで嫌なら断ればいいものの、彼には出来ない理由がある。

「ねぇ、ベータ。暇つぶしに世界一個壊してきていい?」
「駄目に決まってんだろ」

 これだから魔王こいつは。
 えー、と不服を言いつつ。ちゃっかりチェックメイトを戴こうとした、その時。
 ――ズドォン!
 彼らの居る部屋の壁が破壊。降り掛かる瓦礫を危なげなく避け、大きな穴が空いた壁を見遣る。

「……何やら悪巧みをしているようだが、運が悪かったな。私が来た限りそうはさせんぞ、魔王」

 躊躇なく攻撃し破壊した壁より現れたのは――女神テミス率いる【センテンス】から【コスモス軍】へ出向中の片翼天使『エスディエル』。性格ゆえにか天使だからなのか、ケイスに対しては異常な敵対心を抱く。

「まだ何もしてないんだけど」
「貴様の思考は悪巧みと同意だ。よって天誅を下す」
「アホなのバカなのどっち?」
「あー、それよりもエスディエル」

 白熱しそうな予感を感じたベータがわざとらしくも話題を逸らす。『それより』と言われたことに不快感を露わにしつつも、エスディエルは殺意を隠した。

「なんだ」
「お前今日家に帰るって言って出て行ったろ? 忘れ物か?」

 エスディエルには『ルシエル』という双子の弟がおり、体が弱い弟を気遣い休日は必ず自宅へと戻っている。現時点でネビュラにいるのは些か不自然だ。

「まあ……そんなところだ」
「煮え切らないな」

 頬ひとつ動かさず答えられ、ベータは微苦笑。
 しかしながらケイスは、エスディエルの機微を見破っていた。

「ははーん、分かった。忘れ物じゃなくて、帰れない理由が出来ちゃったんだ」
「そうなのか?」

 沈黙――とてつもない殺意をケイスに向けながら――してしまったエスディエルに、ベータは「意外だな」と目を皿にする。

「喧嘩するような仲でもないだろ」
「喧嘩などしていない。ただ……」

 口籠る中、「何してるのー?」と穴を覗き込んだのはナナ。

「またケイスとエスデルが喧嘩してる? 駄目だよ」
「はー? 一方的に攻撃されたのはこっちですけどー」

 口を尖らせるケイスからエスディエルに視線を向けたナナは、とある『違和感』を口にした。

「あれエスデル、髪のリボンどうしたの?」

 指摘され思わず髪をさっと隠す。
 エスディエルは長い髪を黄色のリボンで一房に括っている。紫を基調としている彼には珍しい色ゆえに、印象深い。そしてこのリボンは――弟ルシエルから贈られた品。
 瞬時に帰りずらい理由を察した二人。

「はい解散解散〜」
「早めに帰ってやれよー」
「その変わりようはなんだ貴様ら」

 さっさと部屋から立ち去る途中、ベータは背中越しに伝える。

「……怒られても許してくれるさ。家族なんだから」
「……フン」

 相変わらずの態度に素直じゃねぇなと笑みをこぼす。
 ナナは終始首を傾げていたが、解決したことだけは理解。

「よくわかんないけど良かったね」
「分からないのに良し悪しが判別できるか」
「確かに〜!」

 ひとしきり笑ったのち、ナナはふうと息を吐き出す。

「で、ここの壁はどうして壊れてるの?」
「……」


 ――数時間後、『異世界ターミナル』。

「帰りが遅いと思ってたらそんな理由だったんだね」
「そんなとはなんだ」

 エスディエルは自宅で待つルシエルにリボンの件を謝罪するも、ルシエルは笑いながら『気にしなくていいのに』と許してくれたという。

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