その他小説
『旧世界』――そう呼ばれた時代に、俺は機械技師の家庭に産まれた。
アイツらが話すような『暗黒時代』よりも、さらに前の時代ではあるが。
太陽も月も普通にあった。面倒な事と言えば、『星神』信仰が盛んだったぐらいか。会うやつみんなそんなことばかり話して、よく飽きねぇなって思ってた。
信仰とか
だが時代的に機械文化は受け入れられず、俺は(多少興味があったのも踏まえて)仕方なく建築家となった。技術や知識は無駄にならないし、まあまあ依頼もあったから一人で生きていくには十分だった。
そうして資金が貯まった頃、俺は別の地方に移住した。『ギアバース地方』で金を稼げなくなったのが理由だ。
金がなければ生きていくことも、研究すらままならん。
移住者の受け入れが緩やかな『アルヒ地方』に向かった俺は、人気がない場所に家を建て、仕事と研究に勤しんだ。
物好きな奴から依頼を受け、昼は仕事、夜は研究を進める日々。『ギアバース』生まれの建築家は相当珍しいらしく、まあまあな反響を受けた。
『ギアバース』に居た当初よりも稼いだ頃。俺は、『アイツ』と出会った。
(ん……?)
仕事からの帰り、俺はある『違和感』を抱く。
……家の扉が無くなっていた。
正確には、扉が外れて床に落ちていたのだが。それだっておかしい。
この俺が作ったのだから、建て付けが悪いわけねぇ。
「……⁉︎」
確認しようと家に駆け込んだ俺はさらに驚くこととなる。声に出さなかったのが奇跡ぐらいだ。
俺が普段使う椅子に我が物顔で座る男。
だらだらと伸びる髪は手入れされており、身につけている真っ白な服はシワ一つない。
「そこで何をしている」
いつでも逃げられるように、壊された扉付近で俺は男に問う。
男はこちらをじっと見つめてはいたが、何も答えない。
「おい、聞いてんのか不審者」
「……」
「なんか言えよ」
「……」
「……もういい。どっから来たんだよお前」
「……椅子」
「あ?」
「椅子を、探していた」
最初に聞いた内容の返答(随分と遅い)を聞き、俺はそいつの足元を見た。
「……そりゃあ裸足だったら疲れるわな」
足元だけ妙に汚れていたそいつは靴を履いていなかった。歩き疲れて椅子を見つけたとしても……やばすぎるだろこいつ。倫理観どうなってんだ。
「……力を使う時期ではない」
「何言ってんのか知らねぇけど……ほら、これで足拭け」
「足を……」
「拭くぐらい自分で出来るだろ。泥とか汚ねぇし」
水に濡らしたタオルを渡してやると、そいつはゆっっくり拭き始めた。
見ていると頭がおかしくなりそうだ。なんだよこいつ。いいとこの坊ちゃんかよ。
「この靴やるからさっさと帰れよ」
履き心地がイマイチで戸棚の中に眠っていた靴を押し付け、不審者野郎を家から追い出した。
そいつは暫くこちらを見ていたが、そのうちふらりと歩き始める。
ようやく出て行ったと安心した俺はひとまず扉を直し、いつものように研究を進めた。
使わない
速攻で男のことを頭の隅に追いやった俺に――今なら伝えられる。
お前の平穏は、そこで終わりだと。
「だーかーらー‼︎ テメェは何でいちいちドアを破壊すんだよッ! 俺の家に勝手に居座んなッッ‼︎」
「これ……」
「わざわざ返しに来んじゃねぇよ! てかまた裸足じゃねーか‼︎ ふざけるのも大概にしろよなッッ‼︎」
数日後。帰宅するなり、またもや扉を壊して侵入していた男と鉢合わせる。
叫ぶあまり息を切らす俺を、そいつは無表情で見つめていた。
「おめー何なんだよ……何様なんだよ……」
「……神だ」
「神? ……って言ったら『星神』だろ」
「……我が名はアストルム。『星神』と呼ばれるもの」
「お前みたいなクソガキもどきが何言ってんだ」
「……」
当時の俺は、そいつが本当に『星神アストルム』だと信じなかった。
その時代のアストルムは『オラトリオ地方』にある神殿に鎮座し、姿を見ることができた。姿絵も広く配布され、多くの人間はその姿を知っていたのだ。……俺が興味が無かっただけで。
『星神』だと信じたのは、そいつが頻繁に俺の家を(勝手に)出入りするようになってから数日後の話――。
男がやって来た日。俺は仕事を休み、研究に没頭していた。思えば、男の前で研究をするのは初めてだった。
ひと息入れようと手を止めた俺に、離れた場所から作業を見ていたそいつが言う。
「お前は、『精霊王』の加護を利用しないのか」
生まれつき与えられる『精霊王』の加護――俺は、それが嫌いだった。
自分がやりたい事とは全く異なる『精霊王』の加護を与えられていたからだ。
だからそいつにも話をしたことはなく、知る術も無かったはずだ。
それなのに、俺が加護を使っていないことを見破った。
「お前……本当に『星神』なのか?」
アストルムは、何も言わなかった。
肯定であることは理解した。
「……お前は、どうして『この世界』を作った?」
そう聞いたのは、俺が思う『神』と実際の『アストルム』が違っていたからだ。
どうしてか、こいつは上手くいっていないように見えた。世界を思い通りに出来るはずなのに、『あえて』していないような。
「……私が求める『答え』の在処はそこにあるのだと、『彼女』に言われたからだ」
それ以上は触れてはいけない――警告するように背筋が震える。
俺はもう二度と、同じ質問はしなかった。
……もしもあの時、あいつが言っていた『答え』とやらを聞いていたならば――『暗黒時代』は訪れなかったのではないか。
幾千年の時を超え、この地に舞い戻って来た今。
くだらない考えが頭を過ぎる。