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Love Rose Story


-Blue Rose-

 ある日の昼下がり。
 珍しく僕一人しかいない拠点に、チャイム音が響き渡る。
 はーい、と返事をしながら玄関に向かう。
「お届け物です。判子かサインお願いします」
 え、誰の名前を? と困惑したのも一瞬。宛先は僕だったので、何の問題もなく受け取る。
 部屋に戻りながら、“そういえばマティアスに荷物送ってほしいって言ったっけ”と思い出す。
 封を切り、中を覗く。
 真っ先に飛び込んで来たのは、頼んでいた荷物ではなく青い薔薇。育ててる薔薇が上手く咲いたらしく、送ってくれたようだ。希少なだけあって綺麗だなぁ。
 ……あっ、そうだ! せっかくだしリビングに飾ろっと。花瓶、花瓶……。
「……そうじゃん」
 花を飾るという行為をする人は僕らの中に居ないし、飾っても何だかんだで灰になりそうじゃん。
 あと棘どうにかしないと。刺さって怪我したら痛いもんね。
 机の引き出しからハサミを取り出し、一つ一つ慎重に切っ──
「痛っ」
 早速刺さった。わりと深めに。
 棘は指に残っていなかったけど、血が出てきた。あっ意識したらジンジンする。絆創膏絆創膏っと、……よし。
 残りの棘も切り落としたタイミングで、誰かが帰って来た。
「お帰りー」
「た、ただいま」
 帰って来たのはルーナだった。あれでもなんか反応が微妙なような……? もしかしてお帰りっていうの馴染みないかな。
「お、お帰りなさいませ⁇」
「急にどうしたんだ」
「特に意味はなくなりました」
 今ので無くなったのでそんな顔しないで……。
「ミエールは一緒じゃないんだね」
「途中までは一緒だったんだが……急用が出来たと別れたんだ」
「そうだったんだ」
 ルーナは、僕の指に巻かれた絆創膏を見て目を丸くする。
「紙で切ったのか?」
「ううん、棘」
「棘?」
「ちょっと待ってて」
 そう言ってルーナを残し、部屋にある青薔薇を取りに行く。
「これこれ。これの棘を抜いてて刺しちゃったの」
「青バラなんて珍しいな」
「マティアスが送ってくれたんだ」
「そうなのか。綺麗だな」
「でしょ?」
 僕はそのままルーナに差し出した。
「ルーナにあげる」
「えっ」
「え?」
 まさかそんな反応されると思わなくて。
 ルーナの顔が、ほんのり赤く見える。
「あ、ありがとう」
「う、うん」
 釣られて僕の体温も上がっていく。
 でも喜んでもらえるのは嬉しいな。
「やっぱりルーナみたいな女性に薔薇は似合うね」
「恥ずかしいことを言うな‼︎」
 何故か叩かれた。いたい。

 ♡

 突然過ぎて、心の準備が出来なかった。
「ルーナにあげる」
 その笑顔はずるい。
 きっとこちらの気持ちなんて分かっていないんだろうな。
 ……今なら言葉に出来るか?
 ええい、なるようになれ! 3数えたら言うぞ!
 3……2……い。

「やっぱりルーナみたいな女性に薔薇は似合うね」
「恥ずかしいことを言うな‼︎」

 ──ハッ! また手が出てしまった。いつもこんな風に叩いてしまう。
 ……はぁ。先ずはこの癖を直さないことには始まらないな。
「痛いよルーナ……」
「す、すまない」
 頭を摩りながらリアムが顔を上げる。
「いいよ。ルーやリーヴに比べたら全然だし」
「あの二人と比べるな」
 彼らはリアムに対する扱いに問題がある。私も普段から注意しているが、それだけでは補えないのが残念だ。
「あっそうだ。ルーナ、ちょっとこっち来て」
 リアムは私を鏡の前に立たせた後、「ちょっと貸してくれる?」と青い薔薇を手に取り、私の上着に付けた。
「こうするともっといいね! 薔薇って騎士のイメージ強いし、ルーナにぴったりだよ!」
 ……本当に君は、私が求めている言葉をくれるな。

 初めて出会った時も、挫けそうだった私を奮い立たせてくれた。
 女としてでも、王女としてでもなく、一人の騎士として。ちゃんと場を弁えながら、同じ目線で接してくれる。
 男としては頼りないが、戦いに全力で挑む姿を。私は、カッコいいと思っている。
 だから……好き、なんだ。

「黙ったりしてどうしたの? あ、もしかして嫌だった……⁉︎」
「いや、そうじゃない」
 青い薔薇にそっと触れる。
「ありがとう、リアム。大事にするよ」
「うんっ。きっとその薔薇も喜んでるよ」

 いつの日か、君に貰ったものを返せる日がきますように。

「マティアスも喜んでくれるよ! あ、ミエールにも見せてみたらどうかな?」
「……そうだな」
 少しはこちらの思いに気付いてくれてもいいと思うのだがな。


-Pink Rose-

 目を惹きながらも不思議と風景に溶け込み、優雅に羽ばたく青い蝶。
 “彼”だとすぐに分かった。

 それまで一緒に行動していたルーナと別れ、一人、駆け足で青い蝶を追う。
 人が行き交う道を外れ、暗く狭い路地裏に。
 賑わう表通りから一転、誰もいない静かな場所。
 曲がり角を進んだところで、強い力が私を引き寄せ、壁に体を押し付けられる。
「……あんたか」
 やっぱり。ルシャントだった。
 彼は呆れたように一歩二歩と背後に下がり、手にしていた剣をパッと消す。
「驚かしてごめんなさい。綺麗な青い蝶が見えたものですから、つい追いかけてしまいました」
「絶対僕だって分かってたよねあんた。……というか、いきなり剣向けられたことは驚かないの?」
「はい」
 咄嗟に返してしまった。驚かなかったのは本当だが、これではまたすぐに飛び去ってしまう。
「やっぱり驚いたし怖かったので、気分転換として一緒に歩きませんか?」
「やっぱりって何」
 ルシャントは私から顔を背けて息を吐く。
「……分かったよ。その代わり少しだけだから」
「はいっ。じゃあ早速行きましょう!」
「は、ちょっと引っ張るなよ」
 膨れ顔さんの手を引き、太陽の光の下へ引っ張り出す。
「そういえば……ルシャントはどうして蝶の姿に?」
「あんたみたいな奴に絡まれたくないから」
「そうですか」
「……嫌味なんだけど」
「はい。理解してますよ」
 私から顔を背き、溜め息を洩らす。
 そんな横顔を見つめながら、さりげなく繋いだままの手をぎゅっと握る。
「あ、向こうで催し物をやっているようですね。見に行きませんか?」
「好きにしなよ」
 呆れ半分の言葉に悪意は感じない。
 嫌がりながらも、私とちゃんと向き合ってくれる。身分とかそんなの関係なしに。
「つまらなくたって知らないから」
 真っ直ぐで、不器用で、強くて、そして。
「いいんですよ」
 小さじ一杯ほどの優しさを持ってる人。
「貴方と二人で、素敵な思い出を作りたいのです」
 こうしてそっぽ向いちゃうところも全部。
 好き、って思えるところです。

 ♡

 気まぐれなお姫様の思い付きに付き合わされ、あっちにこっちにと連れ回される。
 もともとは特に用も無く街を歩いていた。だが、人の多さが気になって離れようとしていたのだ。そこを、このお姫様に見つかった。
 蝶になると視界が悪くなるのは不便だ。“こうなる”から。
 でも、それももう終わり。「お花を摘みに行ってきます」とか言って、どこかに行ったミエールが戻って来たら帰ることになっている。
 ……花畑にでも行ったのか? 遅いようなら勝手に帰るけど。
 花の事を考えていたら、近くで売られている花が目に留まる。

「お待たせしました」
 それから少しして、ミエールが戻ってくる。
 しかし、その手に花は無い。
「……花を摘みに行ったんじゃないの」
「え?」
 何故か困惑された。なんで。
「まあいいや。帰るんでしょ」
「あ、はい。帰りましょ。向こうなら人も滅多に通りませんし、楽に帰れますよ」
「そう」
 言われた道に向かい、先を歩く。
 僕の後ろを歩く彼女は静かだった。
 なんだと僕は思う。花を摘みに行ったわけじゃないのか。
 ……でも、僕には必要ないものだし。
「ルシャント?」
 足を止めた僕に合わせて、向こうも立ち止まる。
 僕はついさっき“拾った”花を差し出す。
「さっき拾ったから。……あげる」

 ♡

 どこからかともなく舞い降りた青い蝶が、ピンク色のバラに留まる。まるで、ルシャントの心を代弁するかのように。
 いろいろと疑問はあるが、今は嬉しいって気持ちだけが心を満たしていった。
 私はすぐにいつもの笑みを取り戻し、拾ったにしては“なぜか”棘が無いバラを受け取る。
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「別にあんたの為じゃないし」
「ふふっ。……っ」
 幸福感に包まれていた最中。指先に鋭い痛みが走る。どうやら、バラに残っていた棘が刺さってしまったようだ。帰って抜かないと。
「なに。どうしたの」
「棘が刺さってしまって……」
「見せて」
 ルシャントに手を取られたかと思えば、お得意の魔法で棘を抜いてくれた。少しだけ血が出ているが、少しだけだ。問題はない。
「ありがとうございま」
 二度目のお礼が途中で止まる。
 なぜなら、ルシャントが自然な動きで私の指を口に咥えたから。
「……なんでそんな顔赤いの」
 指から口を離したルシャントが眉を顰める。
 先程と同じぐらい、顔に熱が集まっているのを感じた。
「……ルシャントのせいです」
「は? 止血しただけなんだけど」
「分かってます」
「意味が分かんないんだけど……」
 ほら行くよ、と歩き出すルシャントについていく。

 今日は本当に素敵な思い出が出来ました。
 ……少しでも伝わってくれたらいいなぁ。
 私の大好きな王子様。


-Green Rose-

 心臓がバクバクと波打っている。
 多分、これまでに経験したことないほどに。
 死にそうなぐらいだが、不思議と恐怖は感じない。
 ただ花を渡そうとしているだけだというのに、相手が違うとこんなにも緊張するんだな。


 今朝のことだ。
 俺はなかなか部屋から出てこないミュティスを呼びに行った。ドアを叩いて名前を呼ぶが、案の定返事がないので一言掛けて扉を開ける。
「ミュティス……?」
 ミュティスは窓の方を向きながら、じっと立っていた。何もしていないわけではなく、近づいてみるとその理由が分かった。
「……枯れちゃったんだな」
 窓辺に飾られた小さな鉢。
 それに植えられていた勿忘草が、茶色に染まっていた。
「……毎日お世話していたのに、枯れてしまうこともあるのね」
 どこか悲しげに目を細める。
 ミュティスにとって勿忘草は、自分の正体を知る前も、知った後の今でも。心に深く残り続けているものだ。
 枯れてしまった勿忘草を、自分と重ねているのかもしれない。
 でも俺は難しいことはよく分からないし、笑顔でいてほしいと思うのは普通だよな。
「近くの土に埋めてあげた方がいいよな」
「……ええ」
「俺も手伝うよ。なにか掘れるもん見つけてくるから先に行っててくれ」

 そう言ったが結局は見つからず。素手で土を掘り返したら服が汚れたので洗ったんだが……。
 俺が服を干している時も、ミュティスは勿忘草を埋めた場所を見つめたままだった。

 服を着替えた後、俺は街に向かった。
 花屋で新しい勿忘草を買う為だ。枯れてしまったあの花も、同じように店で買った。
 だけど、すぐに新しいのを買うのってどうなんだ? それはそれで微妙な気もするな……。
 考えに夢中で、いつの間にか花屋を通り越していた。来た道を戻り、花屋に入る。
 勿忘草はあるみたいだが……別のにするかな。
 店内を見渡していると、ある花が目に留まった。
 見たこともない鮮やかな緑色のバラ。
 こんな色のバラもあるんだな。……これにするか。
 一輪だと寂しく感じたので、三つ購入。小さな花束にしてもらった。

 帰り際、バラの花束を時々眺める。
 これをミュティスに渡すと思うと、期待で胸が膨らむ反面めちゃくちゃ緊張した。
 今さらなんだがこれ……ぷ、プロポーズじゃないよな⁇
 まだ告白すらしてないのにプロポーズって勘違いされ……るわけはないと思うがな‼︎
 やがて拠点が見え、俺は深呼吸する。

 ♡

 あの日、初めて出会ったあの瞬間。
 俺はミュティスに恋をした。
 なぜ死んだはずの自分が生きているのか。ここは何処なのか。
 そう思うより前に、目の前のミュティスを“キレイだ”と思っていたんだ。
 悪い魔女に嫉妬されるほど美しい姿の主と、同じ姿をした彼女。
 だからキレイなのは当たり前だったかもしれない。でも、それが好きなんじゃない。
 理由ならいっぱいあるが、言葉にするのは難しい。
 ただ俺は、ミュティスと一緒に居たいと思っている。
 ……そんな所が好きだ。

 拠点に着き、ミュティスの姿を探す。
 彼女は拠点に戻っていた。
 花束を背中に隠しながら、名前を呼ぶ。
「どうしたの」
「あ、あのな……」
 心臓がバクバクと波打っている。
 多分、これまでに経験したことないほどに。
 死にそうなぐらいだが、不思議と恐怖は感じない。
「これ、ミュティスに」
 もっと良い渡し方は無かったのか。きっと顔も真っ赤なんだろうなぁ、俺。
 ミュティスはいつも通りきょとんとしており、俺とバラを見つめていた。
 ちゃんと受け取ってくれたのでホッとする。
「……綺麗ね」
「そ、そうだよな。バラもキレイだが、その……ミュ」
 と、渾身のセリフを言おうとした時。
 外に干していた俺の服が、風で飛ばされたのを目撃してしまった。
「うおっ⁉︎ マジか⁉︎」
 俺は服を追って拠点を飛び出した。

 ♡

 窓に近づくと、アステルが走っていくのが見えた。
「……」
 彼は、小さな世界のようだ。
 一日一日、世界は少しずつ変化している。
 同じ日なんて無い。同じ景色なんて無い。
 彼も、毎日違っている。
 笑って、怒って、驚いて、苦しんで、泣いて。……また笑う。
 でも、変わらないものもある。
 私を見つめてくれること。

「あ〜焦った〜……。すぐに気付いて良かっ……」

 戻って来たアステルと目が合う。
 なぜか驚いていたけれど。

(ミュティスが笑ってる……)


-Red Rose-

 花束を貰った。
 ピンク色のチューリップが咲き誇る花束を。

「……面倒な奴だったな」
 姿が見えなくなるや否や、ベータが溜め息を溢す。
 到底咎める気が起きず、力んでいた肩から力を抜いた。

 数分前の話だ。
 ここ『神々の黄昏ラグナロク』にお客さんがやって来たので、入口にて私が対応した。
 その人は以前、危ないところを私に助けてもらった……らしい。正直覚えていない。多分、私が気付かないうちに助けていたんだと思う。
 話を戻すとその人は(長過ぎて名前忘れた)、御礼にと花束を渡した後。私の事や自分の事をなぜか熱弁し始めた。
 その勢いに押され、止めるタイミングを見失っていると、気付いたベータがやや強引に帰らせてくれたのだ。

「少し強引過ぎたかしら」
「いやあのぐらいがいいんだって。……ケイスが見たら八つ裂きじゃ済まされないだろうし」
「今なにか言った? 聞き取れなかったわ」
「何でもない。そういえば、その花は返さなかったんだな」
 ピンク色のチューリップの花束に視線を落とす。
 どの子も綺麗で、精一杯咲いているように見えた。
「花に罪はないもの。返したところで捨てられるのが目に見えるわ」
「部屋に飾るのか?」
「うーん……どうしようかな」
 部屋に飾るとケイスにしつこく聞かれそうだし、廊下にでも飾ろうかしら。
 なんて考えていると、突然ベータが花束から一本だけチューリップを抜き取り、私に充てがう。
「ど、どうしたの?」
「いや……似合わない気がしてな。ピンクのチューリップ」
 ベータはピンクのチューリップを頬から離して続ける。
「サクラに合わせて選んだにしては単調というか……」
「単調?」
 その時だった。
 私の背後から放たれた光線が、ベータが持つ花を焼き焦がす。
「ちょっ、ケイス! 危ないだろ!」
「サクラには絶対当てないから平気だよ」
「今危なかったの俺だろ! てか、何煙草なんて吸ってんだよ」
「これラムネ」
「ケイス! 見境なく攻撃しないでって言ったでしょう⁉︎」
 そうケイスに叱るが、当の本人は知らん顔。
「むやみやたら攻撃してるわけじゃないよ。ちゃんと善悪の識別はついてるから」
「ついてねーよ」
「そんなことよりサクラ。それは・・・、どうしたの?」
 私は咄嗟に花束を背中に隠す。
「それ、僕に貸してくれない?」
「……一応聞くけど、なにするの?」
「燃やす」
 反射的に蹴りをお見舞いしてしまったが、これは向こうが悪い。
 私は蹲るケイスを置いて、中へ戻った。

 ♡

 ……痛い。
「おい、生きてるか?」
 頭上からベータの声が聞こえ、僕は足蹴を喰らった箇所を抑えながら立ち上がる。
「……大丈夫か?」
「いつものことだし、サクラが僕に手を出すのは決まって照れている時だからね。そう考えると……」
「重症だな」
「シスコンに言われたくないよ」
「うるさい黙れ」
 いつも通り突っ込んだ後、ベータは気まずそうに話を切り出す。
「なあ、いいのか追わなくて。サクラ怒ってるぞ」
「いつものことだよ」
「お前本当に人を怒らせる天才だよな」
「それを直球で言う君も大概だよ」
 ベータは反論しようとしたが無駄だと悟り、溜め息を洩らすだけに留まった様子。

 彼女を怒らせてしまうのはいつもの事。
 凍てつくような瞳でこちらを見下す姿も。
 顔を真っ赤に怒る姿も。
 その全てが愛おしい。
 彼女に全てを捧げるのは僕だけでありたい。
 彼女の全てを知るのは僕だけでありたい。
 ……それなのに。このシスコンは安易と彼女の心に触れてしまう。
 しかも、タチが悪い無自覚だ。

「……急に黙るなよ。不気味だぞ」
「いやぁ? 確かにピンクのチューリップは単調だと思ってねぇ?」
「……お前。本当に性格悪いな」
 そう言うと、ベータは天を仰ぐ。
「ご愁傷様だな……」
「それじゃあ、急用が出来たから出かけるね」
 いつもの笑みを顔に貼り付け、僕は拠点を後にする。

 ♡

 あのあとからケイスの姿が見えない。どうやら出かけたようだ。
 あの花束はというと、どうしようか悩んだ末にヴェレットにあげた。お花好きだし、意外にも違和感ないのよね。
 そうして私は今、自室に戻ろうと廊下を歩いている。
「わっ……」
 突風が廊下に吹き抜け、大きく髪が靡く。
 目を開けた時、赤いバラの花束が視界に飛び込んできた。
「僕からの捧げ物です。どうかお受け取り下さい」
 現れたケイスは、微笑みながら花束を差し出す。
「……どうしてバラにしたの?」
「可愛らしくも愛らしい美貌を誇りながら、その内に気高く美しい心を秘める貴女様には、花の女王と呼ばれ、万物に愛される薔薇がふさわしいと感じたまでです」
 表情を一切崩さず、私を語るケイスに顔が熱くなる。
「ぁ、ありがとう……」
「光栄に存じます。サクラ様」
 花束を受け取った私に恭しく会釈するケイス。
 何となくズルいと感じた。
 私を“本当”に愛してくれるのは、彼だけなことに。


-Rainbow Rose-

 自室で本を読んでいたところに、ナナがやって来た。
「ベータ。大事な話があるの」
 そう異性に投げかけられたら、誰だって期待してしまうと思う。それが好意を持つ相手なら尚更。
 ナナコイツがそうであったなら、と期待するのも疲れた。
「ケイスがサクラにでっかいバラの花束を贈ったみたいで私も対抗したいんだけどなにを用意したらいいと思う?」
「知らねーよ」
 悪い意味での期待通り。しかも何で俺に聞くんだよ。
「百本……いや千本のバラを用意するべきか……」
「逆に迷惑だろそれ。管理大変だぞ」
「敢えての一輪で!」
「花以外を勧める」
 誰かさんに燃やされた前例があるからな。
 俺の態度が気に入らなかったのか、ナナは無言で部屋を出て行った。
 これで静かに本が読める。アイツが居ると色々気になってページが進まない進まない。
 遠くの方から聞こえるチェーンソーの稼働音をBGMに……え、チェーンソー?
 俺は部屋を飛び出し、音が聞こえる方へ走った。

 やっぱりというか何というか。ナナはチェーンソー片手にケイスを追いかけ回していた。
 俺がナナを抑えている間にケイスはさっさとその場を離れ、やがてナナも諦めたので解放する。
「お前……何をしようとした」
「元から断とうかと」
「やめてやれ」
「だってベータが真面目に考えてくれないから」
「俺のせいにするなよ。てかそれで凶行に走るなよ」
「強行?」
 ダメだこりゃ。字違うし。
 そこでナナは、あっ、と何か閃いた様子。
「別の子で一旦考えてみればいいかな。というわけでベータ、女の子になって」
「ぶっとばすぞ」
「冗談だって」
 冗談が冗談に聞こえない。ナナはごめんねと笑いながら謝る。
「じゃあ逆はどうかな? ベータなら私になにを贈る?」
「は……?」
 突拍子もない提案に動揺してしまう。
「贈るって……お前にか?」
「え? あー、うん」
「分かった。少しだけ待ってくれ」
「……ん?」
 さて……何を用意するか。
 こういう時、頼りになるのはあの男なんだよな。

 ♡

 ベータの言葉に待つ事、早一ヶ月を迎えようとしている。
 私はその場で意見を聞きたかっただけなのに、何故か勘違いされた。
 しかもその話は知れ渡っており、サクラにも「楽しみね」と言われてしまった。「サクラに贈るプレゼントを考えていただけなんだけど」とは言えず、結局サクラのプレゼントは用意出来ていない。
 それはいいとしても遅い気がする。
 前までは自由に出入りしていたベータの部屋も、最近は「絶対に入るな」の一点張りだし。気にならないって方がおかしいよね。

 ということで侵入しましたベータの部屋!

 拠点を留守にしている間。扉から鍵を開けて入るのはバレそうなので、窓の鍵を開けて中に侵入した。そもそもベータは鍵こそ閉めるけど、それだけだから普通に魔法で開けれちゃうんだよね。まあ……やましいものは隠してないらしいし、探しても見つかるのはセレのアルバムぐらい(ケイス談)。やましいものってなんだろう。
 見える限りにそれらしいものはない。机の引き出し、絨毯の下、枕、トイレの棚、湯船の中にetc……。隠せそうな場所を漁るも目ぼしいものはないなー。ベータにしては巧妙。
 その時、私の対ベータセンサーが反応をキャッチした──わけではなく。廊下からベータの声が聞こえた。
 こっちに向かって来ているのは明白。とりあえず適当な場所に隠れてやり過ごそう。上手くいけば情報が手に入るかもだし。
『お前本当に見境なしに攻撃するなよ。当たるだろ』
『なんで当たんないかなぁ』
『狙うな』
 クローゼットの中だから姿は見えないけど、ケイスと話しているのは分かる。予想より依頼を終わらせるのが早かったのは、ケイスと一緒だったからか。
『それで? 見てほしいっていうアレは?』
『ああ、袋の中に……』
 そうか袋か! ベータがいつも持ってる袋は流石に調べようがない。
『これなんだが……少し前から変化がなくてな。どう思う?』
『うーん……この状態でもルールは守ってるんでしょ?』
『それは勿論』
『なら大丈夫じゃないの?』
『何だか適当な返事だな。成功確率1%なんだぞ』
『その1%を引き当てるほどの強運は持ち合わせてるよ、君は』
『運任せかよ……』
 なんの話をしているのか全く分からん。
 やがて、サクラに聞きに行こうという話の流れになり、二人が部屋を出て行く。その隙に部屋から脱出したのだった。

 ♡

 あの話から、今日でちょうど一ヶ月。
 ようやくアイツに渡せるものを用意出来た。
 雰囲気が大事。と言われたので、わざわざ呼び出した。
「どうしたの?」
 目の前に居るナナは首を傾げる。
 対して俺は、情けないことに緊張してしまい、顔を見れずにいた。
 そして背中に隠していたものを、押し付けるような形で差し出す。
「か、勘違いすんなよ。俺はただお前に協力し……て……」
 どこかおかしいと感じ、ナナを見る。
 顔に薔薇を突っ込ませてしまっており、そっと離した。

 ベータは、改めて私にバラを差し出す。
 顔は明後日の方向を向いているが、体は私の方を向いてくれている。
 このバラを見た時、ケイスとの会話の内容を理解した。
 期間は一ヶ月、成功確率は1%。
 きっと、上手く咲かせるには大変だったのだろう。あの会話を聞いてなければ、こうは思えなかったかもしれない。
 一ヶ月もの間、私のためにこのバラを育てていた。……そう思うと、この虹色が好きになる。
「……ありがとう」
 そっと感謝の言葉を告げる。
 ベータの手が、私の頭を撫でた。

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