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ミエール編


 ルーナと別れてから九年後――わたくしが十五歳の時。我が『アンフィニ地方』に、滅亡の危機が訪れました。
 のちに『大侵攻』と語られるその事件は、地方に面する海域と、地方入口の地上付近に大量の魔物が発生したことから始まります。
 国王代理であるお兄様はすぐに、隣接する『アクア地方』に応援を要請しましたが。何分急すぎる話なため、今すぐという訳にはいきません。
 他国と比べ、我が軍はそれほど強くありません。魔物に侵攻されるのは、最早時間の問題。

「――『エピフィラム』王女から伝令が……‼︎」
「ルーナから⁉︎」

 そこに駆け込んできたのは、ルーナによって送り込まれた『エピフィラム』の伝令兵。
 わたくしとお兄様は彼から、ルーナが海岸戦線を守死するエピフィラム軍の指揮官として参加していることを聞きました。

「姫様は残りの兵士を地上戦線へ向かわせました」
「なるほど……確かに『エピフィラム』の屈強な兵士であれば、食い止めることは出来るだろうが……」

 しかしそれも、大量の魔物の前では時間稼ぎに過ぎません。
 前線を維持しつつ、魔物を退治できるとするならば――。

「お兄様。わたくしも前線へ参ります」
「何を言っているんだミエール⁉︎ 危険すぎる!」
「わたくしの炎であれば、味方を攻撃することなく魔物の大半を焼き払えます」
「この間だって高熱にうかされていたじゃないか! 強力な魔法スペルを使えばどうなるか……!」

 歳を重ねていくごとに増加する魔力。時にそれはこの身を焼く炎となり、命に関わる高熱を生み出す。
 死ぬかもしれない――お兄様の気持ちが嫌というほど伝わってくる中。わたくしは伝令兵に尋ねました。

「『エピフィラム』の兵士さん。ルーナはわたくしのことについて、何か言っていましたか?」
「っ……」
「ルーナの言葉。どうか教えていただけませんか?」

 少しして伝令兵は教えてくださいました。

「……『今のミエールは地方随一のスペル使いだ。ここに居てくれたならと幻想を見てしまう』」
「……!」

 たった一人の、一つの言葉が、わたくしの背中を押す。

「……ルーナだって頑張っているのです。わたくしだって負けていられませんっ!」
「だ、だがミエール……」
「邪魔をするなら、お兄様であろうと容赦しませんよ!」

 そこまで言ったわたくしにお兄様は諦め、全兵士へ命令を下しました。

「――『チトニア』軍に告ぐ! 我が軍はこれより『エピフィラム』軍と共同戦線を張る! 我が国の太陽であるリュミエールを死守し、この地に平穏を齎せ!」

 轟く咆哮の嵐。お兄様はわたくしを強く抱きしめると、優しく送り出してくださいました。
 杖を手に出発したわたくしは、ルーナとは異なる戦場へ降り立ちます。
 不安はいっぱいでした。
 でも、空に浮かぶ月を見上げれば。

(離れていても、わたくし達なら大丈夫ですよね。ルーナ)

 なんだって出来ると思えるのです。
 そうして、わたくし達地上戦線は魔物を撃破。ルーナ達海岸戦線も無事に魔物を討伐し、再び平穏を取り戻すことができました。


 ――あの、『ルスト事件』が起きるまでは。

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