タロット短編
「ったく、なんで待ってる必要があんだよ」
「あはは……」
全くその通りだと苦笑する零に、月矢は二度目の嘆息。
時刻は夕方の17時近く。『火杖高校』の正門を出た二人は共に帰路に就く。
遅刻は日常茶飯事、成績も態度も悪い月矢が、生徒指導室にて叱咤されるのは珍しくもない。
零が転入してからも呼び出されている姿は幾度となく目撃していたものの、今日の今日まで見てみぬふりをしていたが。なんとなく待ってみようかなと思い、生徒指導室から月矢が解放されるのを待っていたのだ。
(学校にいたときは気にならなかったけど、今日は雲が厚いなぁ……)
暗雲立ち込める空を見つめる零の頬に、ぽたりと滴り落ちる天の恵み。
それは秒を待たず勢いを加速し、瞬く間に大粒の雨となった。
「うわわっ! 雨だ! どうしよう⁉︎」
予報外れの雨に零が狼狽える中、月矢は舌を鳴らしたかと思えばその腕を掴んだ。
「来い」
「えっどこに」
「いいから」
導かれる形で雨粒をひしひしと受けつつ走ること数分。
辿り着いたのは、築数十年といった
「こっちだ」
そのエントランスを潜った月矢の後を追うように中へと入り、共にエレベーターに乗る。
もしやと言わずこれは……。
「月君の家?」
返事が返ってくるより先にエレベーターが目的の階で停止。とある一室の扉の鍵を開けた月矢は、中へ零を招き入れる。
「そうだ。ほら、さっさと入れ」
「お邪魔します……」
1LDKの部屋には最低限の家具しかなく、実際の間取りよりも広く思えた。
物悲しい雰囲気を漂わせる部屋にぼうっと突っ立っていると、ぽいっとタオルと服を投げ渡される。
「そこ脱衣所だから脱いで干しとけ。風邪引くぞ」
「あ、うん。ありがとう」
月矢の好意に甘えた零は手短に換えの服へと着替え、入れ違いに月矢も寝間着へと着替えた。
「服ありがとう。洗って返すよ」
「んな面倒なことしなくていい。コーラでいいな」
そこは暖かいものじゃないんだと地味に苦笑しながら、シュワシュワと泡が弾けるコーラを受け取る。何も言うまい。
「雨いつ止むかな……通り雨だったらいいんだけど」
「上着とズボン乾いたら傘貸してやる」
早く帰れってことですね、ハイ。
軽く項垂れる零と、ぐいっとコーラを煽る月矢の間に静寂が流れる。窓辺に打ちつける雨音だけが頼りだ。
「ね、ねぇ、月君」
気まずい雰囲気を解そうと零は話題を振る。
「んだよ」
「ご飯いつもどうしてるの?」
「ん」
親指で示した先に乱雑に積み上げられた数々の即席麺。
わぁ、と零は笑みをこぼした。
「……毎日?」
「毎日」
「病気になっちゃうよ⁉︎」
「知るかよ。どーせ、俺は死ぬ運命だ」
悲観的な月矢の意見を真っ向から叩き潰すことは、零にはできやしなかった。
『タロットゲーム』で敗北すれば未来なんてない。それもつい最近月矢は、【死神】と心中する覚悟を決めたばかりで。自分もそれに納得した。お説教なんて出来やしないが。
「じゃあ……お弁当作ってあげるよ」
「なんで」
「一人分のお弁当作るのって、案外難しいんだよ」
床に胡座をかいていた月矢は零にそっぽむいて。
「勝手にしろ」
「うん。勝手にする」
短い付き合いの中で得た濃い経験が月矢との距離を縮める。
後日のお昼休憩。零が二人分のお弁当を持ってきたとかいないとか。
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