タロットゲーム

7話 【愚者】覚醒


 【月】が満ちる夜半時。
 窓から吹き込む生温い風に少年の髪が靡く。
 自室の机に頬杖をつく少年の視界には【JUSTICEL正義】のタロットカード。
 あの不思議な雰囲気を纏いし少女、希星きらから『あなたの探しものに導くでしょう』と渡されたものだ。
 死んでしまったりん先輩の姿をちらつかせるカードに、少年は思わず眉をしかめた。

「結局、収穫はなかったし……」

 死んだはずの元【太陽】である心吾しんごは今、【神吾しにがみ】として他の『シンボル持ち』を狩っている。
 その所以は彼の側にいる【皇帝】帝人みかどにあるはず。そう考え、少年──【愚者】の『シンボル持ち』零は、同じく【戦車】の柊馬しゅうまとともに調査をしてみるもこれといった収穫はなし。
 心吾の元相棒である【月】の『シンボル持ち』月矢つきやも、神吾が倫を殺害したあれ以降連絡はない。

「今頃何してるんだろう、月矢君」

 端末の画面を見つめ、ぽつりと呟きを落とす。
 死んだと思っていた相棒が生きていて。
 その相棒が躊躇いもなく人を殺した。
 想像を絶するほどの絶望に苛まれているに違いない。
 何か言葉ぐらいはかけようかなと、トークアプリを開いたその瞬間。
 見計らったかのように、『月矢君』と映し出された着信画面。即座にボタンをタップした零は耳元に充てがう。

「も、もしもし月矢君⁉︎ 今連絡しようと思って──」


『こんばんは、天地君』


「……⁉︎」

 明らかに月矢では『ない』人物の声に色を失う。
 はっと息を呑んだ零は、努めて冷静に通話の相手──帝人に言葉を選ぶ。

「ど、どうして貴方が月矢君の携帯を……?」

 最悪の事態が脳裏を過ぎるも、まだその可能性はない。大丈夫だと言い聞かせる。
 帝人は通話越しにでも想起させた笑みを浮かべながら、零の疑問に答えた。最悪の形で。

『彼は今私達と共にいるからね。電話が「取れないよう」であったから、代わりに出てあげたのだ』

 取れない、ということは月矢の身に何かあったに違いない。
 ここは慎重に交渉しなければと喉を震わせた零に『心配いらないさ』と、思考を容易く看破した帝人が返す。

『今はまだ利用価値があるのでな』
「利用価値……?」
『わかりやすく言えば「人質」さ』

 言葉を失う零に、帝人は追い打ちをかける。

『私のところまで来たまえ、天地君。君の大切な友人を殺されたくなければ』



 零は急ぎ服を着替え、外へと飛び出した。
 指定された場所は『沌邂町てんかいちょう』外れに位置する廃墟。足をもつれさせながらもがむしゃらに走る零は、約一時間後に廃墟前へ到着する。
 辺りはしんと静まり、人の気配もなく不気味だ。

(月矢君……)

 意を決して中へと侵入した零は、月明かりに照らされた帝人達の姿を見つける。
 帝人の他には【死神】──神吾と、傷だらけとなって床に倒れ伏せている月矢が。どうやら意識はないようだ。

「月矢君!」
「ようやく来てくれたか。待ち侘びたよ」

 残されたソファーに腰掛ける帝人はすらりと伸びる足を組み直し、零は帝人を睨み返す。

「約束通り来ました。月矢君を返してください!」

 反響する少年の懇願に「まあまあ」と帝人はなだめる。

「君を呼んだのは他でもない。【愚者】の力を開花して“あげよう”と思ってね」
「どういうこと……?」
「神吾。」

 背後に控える神吾を呼んだかと思えば、瞳からハイライトを消し去り冷酷に告げる。

「──殺せ」

 突発的な死刑宣告。
 帝人の頭上を軽々と飛び越えた神吾は、数多の『シンボル持ち』の血を啜ってきた大鎌を構え、零に肉薄。突然のことに驚きながらも横に飛び跳ねた零は直後、鎌の先端がコンクリートの床を大きく抉った光景に、額に冷や汗を浮かばせる。
 二撃目、三撃目。次々と繰り出される攻撃を紙一重で回避するもいつまで持つか分からない。やはり帝人の言う通り、自身に宿る【愚者】の力を開花するしか方法はないが。

(どうしたら力が使えるの……⁉︎)
「──っづああ‼︎」

 悲痛な声と血飛沫が飛ぶ。鎌の刃が零の肩を掠ったのだ。
 ポタリと血が滴る傷口を片手で押さえ、肩で息をしながら神吾を見据える。

「……ほう、まだ目覚めないか。ならば」

 帝人と悠然に立ったと思えば、王笏を顕現。今だに目覚める気配がない月矢に向けて、両手を添える。

「こちらから殺してしまおうか」
「やっ──」

 狂気に満ちた表情で月矢の体を貫かんとする帝人を止めようと手を伸ばして。
 もう二度と、大切な人を失いたくない。
 もう二度と、大切な人と別れたくない。
 【愚者】に選ばれたあの日と同じように。


 同じ光が、零を包み込んだ。


「……やはりそうか」

 眩い光に眩むことなく目を窄めた帝人の眼前に、光の中から飛び出した零は──手にした“レイピア”の切先を突きつけた。
 王笏で弾き返された零は、続け様にレイピアの振るう。帝人は背後のソファーを利用してくるりと一回転し、回避。零のレイピアはソファーの布を貫くだけであり、棉を露わにする。

「なるほど。それが【愚者】の力──カードになった『シンボル持ち』の能力を利用する、か。誰かを犠牲にしなければ使えないとは実に愚かな【愚者】らしい」

 帝人の推察に、零は初めて自分が置かれた状況を理解した。レイピアを武器とするのは元【正義】の倫。そして今自分は、希星から渡された【正義】のカードを衣嚢いのうの中に入れていた。

(まさかこのカードは……倫さん⁉︎)

 結論まで辿り着いた零だったが、音もなく背後から接敵する神吾に気づき振り返りざまにレイピアで受け止める。
 ガキンッ! と響く戦闘音。苦しげな零とは反対に、涼しい顔で鍔迫り合う神吾。
 そもそも大型の鎌と小型の細剣と、武器の相性が悪い。ぐっと踵を踏み締める零は劣勢に立たされていた。
 しかし零は次の瞬間、その場から消えることとなる。

「!」

 一瞬にして位置を『入れ替えられた』帝人は、迫り来る大鎌に僅かに目を見開く。
 しかしそれも王笏で軽々と弾かれ、帝人と位置を入れ替えた零はぐっと奥歯を噛み締める。


 ──【正義】の能力は所謂『入れ替え』でね。アンタと月矢の位置を入れ替えさせてもらった。


(あと少しだったけど……でも、ひとまず月矢君の側には来れた)

 最優先は帝人・神吾ペアの撃破ではなく、月矢の安全を確保すること。
 月矢を守るべくレイピアを構える零に、帝人は哄笑する。

「いいな……とても素晴らしい! この目に焼き付けたぞ【愚者】の能力を!」
「っ……」

 煩わしい声に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる零を、帝人は嘲笑うが如く見下す。

「……さて、今宵はもう遅い。私達はこれで失礼させてもらおう」

 颯爽と廃墟を立ち去る二人の姿が見えなくなると、一気に緊張の糸が解れた。
 ずるずると座り込んだ零は、はっと目の前に倒れ込む月矢に気力を振り絞り駆け寄る。

「月矢君! 月矢君‼︎」
「っ……れ、い……?」




「う……」
「……! 月矢君、目が覚めた?」

 零を視界に入れた途端、弾むように上体を起こした月矢は迸る痛みに悶絶する。体の節々からあがる疼痛に悶える月矢を、零は「急に動いちゃ駄目だよ。簡単な手当てしかしてないんだから」と再びベッドに横たわらせる。

「こ、ここは……?」
「え〜っと……僕の家の僕の部屋」

 愛想笑いを浮かべる零に月矢は目を見開く。

「お、親は? お前確か母親が……」
「いいからいいから。病院に連れて行くわけにもいかないでしょ。まずはゆっくりして」

 何かを察した月矢はすぐに口を横に結んだ。
 零は意識のない月矢を彼の自宅まで運ぼうとしたが──知りたくとも手段がないことに気づき、致し方なく自宅へ。母親にバレぬよう先に自室に戻った零は、【正義】の能力で庭に横たわらせていた月矢と自身の位置を入れ替え、再び家の中へ。
 かくして、月矢の怪我の手当てをすることに成功したのである。

「何があったの」

 ベッド傍に座る零の眼差しに、月矢は揺れていた。
 だがそれも──助けてもらった罪悪感にも似た感情から──消え失せ、ぽつりと語る。

「……殺そうとした。神吾を」
「……」
「殺して、俺も死のうとした」

 と、最後に自身を嘲笑した月矢に零はただ静かに手のひらを重ねた。

「いいよ、殺して」

 気休めにもならない言葉だって分かってる。
 だが、それがきっと。月矢の答えで、神吾を救う方法なら。

「僕も君の復讐を手伝うよ」

 それは月矢か、自分か否かは。筆舌に尽くしがたい。
 けれど確かに零にも育っていた。『復讐心』という名の花が。
 誰に向けられたものかは、今だによく分からないが。
 重ねた手のひらに僅かに力が入る。
 ありがとう、と言葉にせずとも温もりで伝わった。

「よろしくね、『月君』」
「……ああ。零」


 部屋の外でそっと傍耳を立てていた母親は、何も言わず彼女の自室へと戻った。


 ──夏の香りは鮮やかな色へと移り変わり、季節は『秋』へ。
 『タロットゲーム』も後半戦へと差し掛かる──

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