タロットゲーム
――『
【月】の裏側――月矢が追う『仇』の正体が語られし体育祭から時は流れ――。
『シンボル持ち』の先輩、倫との稽古日を迎えたとある休日。零と柊馬の二人は稽古前、月矢から『
眉根を顰め、神妙な面持ちで彼らの報告に耳を傾けていた倫は、二人の肩を軽く叩く。
「柊馬、零。月矢の話を聞いてくれてありがとう。アタシからお礼を言わせてもらうよ」
ふっと頬を緩めた倫へ、柊馬は伏し目がちに視線を向ける。
「まさか、先輩の同級生が殺されていたなんて……」
月矢の『仇』に向ける憎悪が並々ならぬものであるとは感じていたが、流石に予想外だ。
零も同じく下唇を噛み締め俯く。あれほど知りたかった事実は、両の手で抱えきれないほどの酷なもので。いっそ、生じた違和感に蓋をしてしまったほうが良かったのではないかと後悔しそうだ。
倫が閉じた瞼の裏では、遠き日の光景がありありと浮かんでは陽炎の如く消えていく。
「……月矢と心吾はとても仲が良かったんだ。お人好しで無鉄砲な心吾の後ろを、月矢がついて回っては冷静にフォローしてたよ」
もう隠しておく必要はない。
昨日のことのように思い出しては語られる――二人が知らない
心吾の笑顔に釣られ、月矢が笑うことも多かった。そう倫は懐かしむ。
「まるで、【太陽】と【月】そのものだった」
なくてはならない温もりが、突然隣から消える。生まれた空白は何物でも埋められず、彼の世界は暗澹で満ちて――『相棒』と認め合った片割れがいない世界を生きる月矢を想えば、沸々と胸奥から湧き上がる憤怒。
「だからこそ、アタシは帝人を許せない」
が。形相を一変させながら、倫は平静であった。今にも帝人を問いただしに行きかねない二人へ――釘を指す。
「でも帝人は【死神】よりも遥かに強い。頭が回るだけでなく、『シンボル持ち』としてもね。アタシも数回戦ったことはあるけど、逃げるので精一杯だった」
「倫さんでも……⁉︎」
驚愕を露わにする零に、倫は眦を釣り上げて頷く。
「そうさ。だから帝人と遭遇しても、逃げることを優先しな。例え人通りがある場所でも。……絶対に戦おうとするんじゃない。いいね?」
気迫に押され生唾を飲み込んだ二人は、悔しさを押し殺し了承する。【死神】の足元にも及ばない今の自分達では、瞬殺もいいところだ。
ぱんっ! と倫が胸の前で手の平を叩き、床へと視線を向けていた零と柊馬がその音に顔を上げる。
「うじうじしてても仕方がない! 他人の心配をするなら、まずはお前達が月矢より強くならなきゃ」
新緑と紺青の瞳が揺れる。決意を改めた後輩達に、倫は満足げに頷き破顔した。
「さて、稽古を始めるよ! 武器を構えろ! これまで以上に厳しく鍛えてやる!」
「「はいっ!」」
だだっ広い道場に、木刀を打ち合う音が響き渡る。
それはいつにも増して烈しく、精強なものであった。
アイツとの出会いを、俺は今でも覚えてる。
『火杖高校』入学式の日――俺は早いとこ帰ろうとクラスメイトらに脇目も振らず、教室から出て行った。
友人なんていらない。独りでも別に構わない。人付き合いなんて面倒なだけだ。結局、他人には変わりないのだから。……一人暮らしをする条件として通う羽目になった高校生活は、面倒な気しかしない。
「光導君!」
昇降口を出た辺りで、俺は誰かに呼び止められた。
億劫げに振り返って見れば、鮮やかな向日葵色の瞳を細め、こちらに駆け寄るクラスメイトのひとり。
自己紹介の時間、妙に明るかったのを覚えてる。確か名前は……。
「僕は陽山心吾。君と同じクラスの新入生だよ」
「……同クラぐらいは知ってる」
「顔を覚えててくれたんだね。嬉しいよ!」
――直感した。コイツは、俺を苛立たせるタイプだ。
こちらの気も知らず笑顔を向けてくるソイツに背を向け、「じゃっ」と一言。帰路に就く。
「いやいやいや待ってよ。君に大事な話があるんだ」
「は? 大事な話?」
「そう。君の命に関わる話さ」
俺の前に回り込んだソイツの言葉を、俺は冗談だと思った。
「馬鹿馬鹿しい」
どうして俺なんかに絡んでくるのかは分からないが、鼻で笑って返してやれば。あからさまに『傷ついた』って顔をした。
ソイツの横を通り過ぎ、今度こそ帰ろうとした――のに。颯爽と追いかけ来ては、俺の隣に並んだ。
「……オイ」
「家に帰るまででいい。僕が『独り言ちる』のを許してくれ」
舌を鳴らした俺に、にっこりと笑みで返したソイツは、言葉通り勝手に話し始めた。
「僕はこの前不思議な体験をした――アニメや漫画に出てくる『魔法』を目撃した上に、自分も使ったんだ」
摩訶不思議な話を真剣に話すソイツ。初めこそ遅れた厨二病かと思ったが……どうにも疑いきれなかった。
「この町にはどうやら『タロットゲーム』と呼ばれる風習……いや、呪いがあるらしい。選ばれた子供が願いを、私利私欲の為に殺し合う。……そんな恐ろしいデスゲームが」
立ち止まった俺に、陽山は首をかしげる。
「光導君?」
「……そんな話を、何で俺にするんだ」
一番の疑問点はそこだ。仮にその話が紛れもない『真実』だったとして、初対面である俺に話すか?
だが薄々……気づきたくはなかったが、気づいてしまう。
「……」
陽山は俺に向けて片手を差し出した。その指には、光を浴びて反射する指輪がはめられている。
「君にもあるはず。この、ゲーム参加者の証が」
自覚した途端――俺の指に、陽山と同じデザインの指輪が出現する。
零の時が特殊なだけで――自分が『タロットゲーム』の参加者に選ばれたことを、大抵のヤツは自力で気づかない。他の『シンボル持ち』に襲われるか、はたまた訳も分からず殺される瞬間に気づく不運なヤツもいる。『シンボル持ち』の互いの気配を察知できる特性で――俺に気づいた陽山は、命の危険に晒されていることを気づかせてくれた。
我が物顔で体の一部と化した指輪に、俺は酷く狼狽える。
「な、んでこんな……?」
「混乱する気持ちは分かるよ。だけどすぐに思い知る……、っ」
両目を僅かに見開いた陽山は、突然周囲を警戒し始めた。俺も倣って辺りを見渡すが、至って普通な住宅街が広がるだけ。……何が見えている?
「――来る」
「⁉︎」
陽山は『何か』を見据えたまま俺の肩を掴み、共に路地裏へと身を押し込んだ。
何を、と叫ぶ前に地響きみたいな轟音が鳴って――俺達がさっきまで突っ立ってた場所のコンクリートが大きく抉れていた。自然に出来たものじゃない、狙い澄ましたってことは、俺でも分かる。
「走って!」
俺は陽山に手首を引っ張られ、連れられるがままに暗く狭い路地裏をがむしゃらに走る。そんな俺達を追うのは、見知らぬ顔の誰かで。血走らせる瞳と視線が合えば、怖い、と感じた。
後に知ることとなるが――『シンボル持ち』が入れ替わる新学期は“初心者狩りの時期”と呼ばれ、能力を使いこなせないルーキーが多数脱落する。かく言う俺も、陽山も、そして柊馬も。その洗練を受けた一人。
逃げ続けていた俺達はついに追い込まれてしまう。道を阻むは高く聳える壁。向こう側へ渡ろうとも、路地裏に都合よく足場になりそうなものはない。
「どうすんだよ!」
俺は理不尽な怒りを陽山にぶつけていた。あんなヤツに勝てるわけがない。そう諦めていたんだ。
けど、陽山は諦めてなんかいなかった。
「これでいいんだ」
「はぁ⁉︎」
「『ここ』なら周りに気を使うこともないし、君を確実に守れる」
路地裏に逃げ込んだ――と思っていたのは俺と相手だっただけで。陽山は思惑通りになるのを待っていたんだ。
相手も相当屈辱的だったのか、ギリっと歯軋りし右手に持つランタンを翳す。
「壁の近くに寄って、出来るだけ身を屈んでて」
そう背中越しに指示を飛ばした陽山もまた、自分の背丈ほどある槍を何処からともなく取り出し、構える。俺は飛びつくように壁を背に屈み、『シンボル持ち』同士の戦いを見守った。
ナンバー9【隠者】。それが、俺達を襲った
左手に杖を、右手に掲げたカンテラを軽く揺らす。空っぽだったカンテラに火が灯ったかと思えば、相手の姿は忽然と消えていた。
透明化――【隠者】が持つ固有能力。姿を探していた俺の目の前に出現したソイツを、陽山は振り向き様に手刀を打ち込む。首を逸らして回避したソイツは飛び退いて距離を置き、再び姿を消す。
次には、カァンッ! と鋭い音が路地裏に響く。死角から振り落とされた杖を、陽山は難なく槍を横に構え防御。目の前に居るであろう相手の腹部目掛け、蹴りをお見舞い。透明化が解けたソイツは、顔を歪めて腹部を抑えている。
俺は、夢でも見てるのだろうか。
目の前で繰り広げられる常識はずれの光景。白昼夢かと頬をつねれば、もちろん痛い。
俺が馬鹿なことをしている間にも――勝敗は決した。背中から地面に倒れ込んだソイツの眼前に、陽山の槍先が突きつけられる。相手も決して弱いわけではなかったが……僅かな服の擦れや呼吸の音を拾い、見事に透明化を見切った陽山が『強過ぎた』だけだ。
「……行こう。光導君」
「い、いいのか……?」
「うん」
陽山の手を借りて立ち上がった俺は、倒れたまま動かないソイツに後ろ髪をひかれながらも出口へと向かう。
言いしれぬ不安は――すぐに現実のものへ。
「死ねぇええええええええええ‼︎‼︎‼︎」
「陽山ッ‼︎」
最後の気力を振り絞り特攻を仕掛けたソイツは、俺には目もくれず陽山のもとへ。手を伸ばした俺に陽山は微笑みかけ、
「ごめん」
そして、笑みを消す。
「ぎ――ぎゃあああああああああ……‼︎⁉︎」
俺の視界が、一瞬にして赤く染まる。奇襲を仕掛けたはずの相手が、真っ赤な炎に焼かれていた。
炎はすぐに消滅したが、膝から崩れ落ちる相手の体からじゅうじゅうという音と血が焼けた異臭が広がり、俺はすぐに鼻を抑えた。
何が起こったんだろうか。もしや、陽山の近くに現れた――太陽を小さくしたような球がこれを……?
「離れよう光導君」
「お、おう……でも」
「大丈夫。大した火傷じゃないよ。……僕は、誰も殺したくないから」
俺の心配を察した陽山はそう背を向け、来た道を辿っていく。
ようやく元の住宅街へ戻ってくるや否や、俺は陽山に問いただした。
「さっきのは一体何なんだ! 全部説明しろ!」
「君にもちゃんと話すよ。『タロットゲーム』と呼ばれる仕組みと、僕達『シンボル持ち』のことをね」
だけど、と陽山は表情を和らげて俺に言った。
「まずは、心吾って呼んでほしいな」
さっきまで相手をボコしていたとは思えないほど、不安げにこちらの様子を伺う。
調子を狂わせられた俺は、こう返した。
「俺も月矢でいい。……心吾」
照れくさそうに笑う心吾を、俺は……。
――君を置いて死にはしないよ。
だから月矢も、僕を置いて逝かないでね――。
「……夢、か」
窓縁に切り取られた景色は、茜色に染まりし空模様。
橙色の光がもの寂しげの部屋を満たす中、月矢はむくりとベッドから起き上がった。
虚な眼差しで脚を下ろし、動きやすい軽装に着替えれば外へ――今日も今日とて、心吾の『仇』を討つべく。意味のない戦いに、己が身を投じる。
「悪いな、二人とも。道場の掃除を手伝ってもらってさ」
「謝るのはこちらのほうですよ、倫
「いつもお任せしてしまいすみません」
夕陽に照らされ、細く伸びるは三つの人影。
日暮れまで行われた稽古を終え、零、柊馬、倫の三人は帰路に就いた。普段なら零と柊馬の二人だけなのだが、本日は『火杖地区』に用があるという倫も同行することに。
談笑を交わしつつ、『風剣地区』を後にした彼らを――一人の女性が呼び止めた。
「あら、柊馬じゃない」
「母さん!」
大きく膨らんだマイバックを提げ、空き手を唇に添えた柊馬の母親は、零の姿に目を丸くする。
「零くんもこんばんは。この前はお菓子ありがとうね〜」
実は以前、柊馬宅を訪れた際に――手ぶらでは失礼だと思い、コンビニで購入したお菓子を差し入れたのだ。
学校終わりだったゆえに近場のコンビニで済ませてしまったのを、零は密かに苦笑した。
「そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「初めまして。『風剣高校』三年、
「貴女が部長さんなのね! いっつも息子の我儘に付き合ってもらって悪いわねぇ。今度、改めてお礼させてちょうだい」
「ちょっ、ちょっと母さん……」
流石の柊馬も恥ずかしいのか口を挟むも、母は強し。
「貴方がお世話になっているのだから、私からも挨拶するのが礼儀ってものよ」
「……おっしゃる通りです」
心なしか、柊馬のサイズがミニマムになっている気がする。
数分程度の立ち話を終え、一同は二手に別れた。柊馬は母親と、零は倫と。それぞれの自宅又は目的地へと向かう。
母親が持つマイバックを柊馬が請け負うその背を見送り、二人は歩みを再開。
「流石に柊馬も、母親の前では形無しだったな」
小さく笑う倫に、そうですねと微笑む。
「君のご両親はどんな方なんだ?」
「え……」
まさか両親の話題を振られるとは思いもせず、零は表情を強張らせる。
零の反応に何かを察した倫は、「すまない」と謝罪を口に眉根を寄せた。
「無遠慮だったな。許してくれ」
「そ、そんなことはないですよ。倫さんのご両親は……?」
「――中学生の頃、二人とも事故で死んだ」
はっと息を呑んだ。地雷を踏んだことは嫌でも分かる。
だが、倫は――にこやかに目尻を下げていた。
「今は祖父母のもとで暮らしていてな。二人のおかげで、寂しいと感じることもなくなったよ。だから気にしないでくれ」
すみませんと謝れば、却って傷つけてしまう。とは言え、気の利いた返しが自分に出来るはずもなく。ただただ、沈黙が訪れる。
「……僕の両親は」
自ら破った零は、遠慮がちに話し始めた。それは倫に対する後ろめたさか、はたまた誰かに聞いてほしいという願望か――本人にも分からない。
「離婚、したんです。今年の初めに」
ここ『
「父の不倫が原因でした。そのまま父は不倫相手の女性と再婚して……僕と母は、逃げるようにこの町に来ました」
母親は離婚を機に『男』を本能から毛嫌うようになり、『男』である自分は少しでも意識させまいと――髪を切るのをやめた。
姿見の前に立つのが嫌になろうとも。たった一人の家族に嫌われたくない一心で。
「……っ、すみません。こんな話をされても困りますよね!」
我に返り、努めて明るく振る舞う零を。瞑目していた倫は、そっと目を開く。
「困っているのはアタシじゃなくて零だろう?」
図星だ。唇を震わせる零を尻目に、自身の魔導具である天秤を顕現。
「……アタシ達が抱える問題も、この天秤で測れるぐらい単純だったらいいのに」
善か悪か。天秤が傾くままに。この思いと断ち切れたなら、どれだけ楽か。
天秤を消した倫は、零の頭にそっと触れる。
「話を聞くことしか出来ないが、アタシで良ければいつでも頼れ」
「ありがとうございます……」
服の裾で乱雑に目を擦り、ぎこちなく笑う。
わしゃわしゃとかき乱した倫はにっと歯を見せ、夜が訪れつつある空を見上げた。
「さて、急ぐとしよう。この時期は日が沈むまで長いといえ、遅い時間に変わりはないしな」
「はい」
歩みを早めた――次の刹那。
「「!」」
違和感を覚え、二人は互いに顔を見合わせる。違和感の正体を突き止めたのは、『シンボル持ち』歴が長い倫。
「『シンボル持ち』同士が近くで戦ってるな。一人は……月矢、か?」
「なら相手は【死神】です、倫さん!」
「そのようだな……。アタシは援護に行く! 零、お前は……」
「僕も行きます。いえ……行かせてください」
挑戦的な眼差しに不敵な笑みを浮かべ、小さく点頭。
「行くよ!」
「はいっ!」
心吾が死んで――同時期に現れた【死神】と、俺は何度戦ったのだろうか。両の手で数えられないのは確かだな。
――影が重なる度に奏でられる戦闘音。誰もが魅了され心身に癒しを与える調べとは、似ても似つかない不協和音。
一年前、【月】に選ばれた当初よりも格段に力を得た月矢。運命に翻弄された『あの日』を呪い、『仇』と無力だった自分を憎み、ひたすらに突き進んだ日々。
仇討ちを果たした自分に、未来がなくてもいい。
【太陽】がいなければ【月】は、輝かないのだから。
「――合わせな月矢ぁ!」
「‼︎」
背後から飛来する鋭くも力強い声。
振り返ることなく月矢は地を蹴り、【死神】と距離を置いては光の矢を番えた。
詰めるが如く肉薄する【死神】の眼前に――身を捩り躍り出た飛び入り参戦の倫は、一筋の銀閃を閃かせる。
反射的に大鎌を斜めに構え、倫のレイピアを防御するも。僅かに遅れ、【死神】の頬に血の一線が引かれた。
尚も、猛攻は止まらない。止まるわけがない。
「はああっ!」
突き出されるレイピアが風を切り、【死神】を貫かんとする。彼女の背後では番えた矢を月矢が適切なタイミングで放ち、捌ききれない【死神】の肌から赤い血が舞う。
二対一。デスゲームを勝ち抜いてきた二人の強者に、さしもの【死神】も――表情こそ仮面に覆われ分からないが、口から溢れる吐息が荒々しいものへと変わっている。追い詰めているんだ、あの【死神】を!
「凄い……」
――近くの木陰から様子を伺う零はぽつりと呟く。倫と月矢。互いの隙を互いに補い、一人では実現不可能な終わらぬ『連続攻撃』をその身で体現している。零と柊馬では辿り着けない最高峰の領域。
恐れながらも感嘆し、目を奪われていた零は――仮面の奥で、【死神】の瞳がキラリと瞬くのに気付けなかった。
「っつ……」
「先輩!」
持ち前の腕力で倫を強引に吹き飛ばした【死神】は、月矢が倫のフォローに回ろうと彼女に駆け寄る僅かな隙を見逃さず――【死神】の固有能力である浮遊で鳥の如く宙を舞い、背後で控えていた零の背後へ。
「っ‼︎」
振りかぶられた大鎌が鈍く光る。
思わず両目を瞑った零だったが、一瞬、体中の臓器が掻き乱されるような不快感に襲われ、目を開く。
「はっ……え、あれ、」
景色こそ大きく変わらなかったが、眼前に【死神】の姿はなく。代わりに、倫が隣でこちらを見つめていた。
「【正義】の能力は所謂『入れ替え』でね。アンタと月矢の位置を入れ替えさせてもらった」
「! じゃあ、」
自分が元いた場所を見遣れば。月矢が背後の木に深々と突き刺さる大鎌の柄を握り、動きを制した転瞬の合間。【死神】の鳩尾にめり込む長い脚。
「テメェもこれで終わりだ!」
よろめいた【死神】の懐に潜り込み、手にした光の矢を仮面に突き立てる。ピシリと音を立て、矢を中心に亀裂が走った。
真っ二つに割れ、ずるりと落ちる仮面だったもの。
どんな
「オマ、エは……」
「月矢君! そこから離れて‼︎」
零の叫びは虚しくも虚空に響くだけだった。
【死神】は割れた仮面に刺さる光の矢を抜き、心音すらも止めた月矢の――『シンボルリング』を狙う。
間に合わないと分かっていながら飛び出す零を、倫は腕を掴み引き留めた。
振り向いた零と、自身の腕を掴む『月矢』の視線が交差する。
まさか、と【死神】に向けた視線の先で見たのは――。
人が、光の粒となって輪郭を失い、一枚の『カード』と化した光景。
敗北者。【正義】の『シンボル持ち』・
「ころした……?」
弱々しくも呟く声に、【死神】は動じない。
「殺したな……倫さんを!」
「違うっ!」
零の言葉を強く否定したのは、なんと月矢だった。
震えながら何度も首を振り、うわ言のように続ける。
「『アイツ』はそんなことしない……だってアイツは、誰も殺したくないって……誰も殺したく……ないって……」
――僕は、誰も殺したくないから。
――君を置いて死にはしないよ。
脳裏に過ぎるありし日の光景が、【死神】の瞳と同じ濡羽色に塗り潰される。
仮面の下に隠された素顔は――
シンゴが、敵だった【死神】で。
その【死神】が、倫を殺した。
何の躊躇いもなく。
何の感情もなく。
「う、あ……」
ぐっと力を入れ、大鎌を木から引き抜いた【死神】――もとい『シンゴ』は、呆然と立ち尽くす零と月矢に歩み寄る。
【太陽】の面影すら残さない彼に、月矢の心は遂に壊れた。
「うああああああああああああああああああああああああ⁉︎」