タロットゲーム

2話 シンボルタロット


 喧騒けんそうに満ちる朝の昇降口。
 登校時間も迫り、多くの生徒がなだれこむ中。通行の妨げにならない位置から、れいは下駄箱を注視していた。かれこれ30分あまり。途中途中で、同じクラスの生徒から声をかけられるが、零は「ちょっとね」とはぐらかしてはその場から動かない。
 そうこうしているうちに、始業まで残り十分を切った。このままでは遅刻扱いになると零が離れたその時、目的の人物がふらりと登校してきた。

光導こうどう君! ……だよね?」
「……」

 名字を呼ばれた月矢つきやは零の前で足を止める。鋭い目つきでこちらを睥睨へいげいする月矢にたじろぎながら、口を開く。

「その……昨日のことなんだけど……」
「……関わるなって言ったの忘れたか」
「忘れてはないよ、でも理由ぐらいは知っておきたくて……」

 月矢は嘆息をもらし、辺りに視線を這わせる。

「……ここじゃあ人が多い。お昼、メシ食べたら体育館裏に来い」

 声を潜めて告げた月矢は、何事もなかったかのように零の横を通り過ぎていく。
 心の中で復唱した零も、月矢と距離を置いて教室へと向かった。


★☆


 迎えたお昼休み。早口でお弁当を食べ終えた零は、早々に教室を後にした月矢を追って校舎外の体育館へと向かう。
 月矢が言っていた『体育館裏』は何処だろうと彷徨っていると、彼の姿を見つけた。隣には見慣れない男子生徒も同伴している。

「えっと……?」

 来るタイミングを間違ってしまったかと不安になる零に、今し方焼きそばパンを食べ終えた月矢は「心配いらない」と男子生徒を親指で示す。

「こいつもお前と同じだ」
「初めまして。自分は柊馬しゅうまです。以後お見知りおきを」

 眼鏡が似合う『柊馬しゅうま』に会釈を返す零だったが、彼の頭には大量の疑問符が発生中。

「ど、どこから聞けばいいのか分からないんだけど……」
「……その前に一つ、確認したい。右手を出せ」
「こう?」

 月矢の指示通り右手を出した零は小首を傾げる。

「そのまま人差し指に意識を向けろ」

 言われるがままに、人差し指に意識を注ぐ。

「……え。」

 大きく目を見開いた零の──人差し指にはめられた覚えのない指輪。零が恐る恐る触れてみると、指輪は実体があり、確かな質量を感じられた。
 いつ、どこで、どうやって。
 指から外そうと手をかけるが、びくともしない。不気味な指輪に困惑する零を前に、柊馬しゅうまは月矢に話しかけた。

「ナンバーゼロの『シンボルリング』……先輩が言っていた通りですね」

 柊馬の言葉に月矢は目を細める。

「……いいか、よく聞け。お前は『シンボルタロット』に選ばれた」

 零の理解を置き去りに、月矢はハッキリと言い放つ。

「その指輪が壊された時、お前は『死ぬ』」
「⁉︎」

 ──死ぬ?
 昨日。月矢が忠告した理由は、この『指輪』にあることを零はなんとなく理解した。

「どうして死んじゃうの?」
「それが『タロットゲーム』のルールだからだ」

 またもや登場した『タロット』という言葉。占いで使われるカード、というぐらいは零も知っているが。
 月矢は腕時計で時刻を確認すると。

「時間も限られてることだ。簡単に説明する」

 『タロットゲーム』とは何かを、語り始める。


 タロットカードになぞらえて作られたそのゲームは、ここ『沌邂町てんかいちょう』に古くから存在する。いつ、誰が始めたのか、どういった仕組みなのかは誰も知らず、今日まで脈々と、望まぬ形で受け継がれてきた。
 ゲームのルールはとてもシンプル。四月からの一年間。相手が持つ『シンボルリング』──零の指にはまる指輪を破壊し、最後の一人となれば勝利。何でも一つだけ願いが叶えられる。

「それも眉唾物だけどな……」

 そう嘆息しながら、月矢は説明を続ける。

「参加者として選ばれるのは21人。それぞれにシンボルとなるタロットが振り分けられる。俺達はそのタロットごとに違う能力を持ち合わせて戦う」
「光導君が使ってた弓がそうなの?」
「武器は『シンボルタロット』とは関係ない。『シンボル持ち』なら誰でも具現化できる。例えば俺なら……」

 おもむろに手のひらを差し向けた月矢から、光り輝く光源が発生する。

「俺の『シンボルタロット』、【月】の能力で光を自在に操ったりな」

 すっと光を消した月矢になるほどと頷く。

「僕のタロットはなんていうの?」
「シンボルナンバーゼロは【愚者】ですね。タロットにおける一番最初のカードです」

 柊馬の言葉に肯定しつつ、月矢は零の言葉を先回りして。

「俺達は相手の『シンボルタロット』が分かっても、どんな能力かまでは知らない。自分で見つけることだな。それが分かるまでは逃げていたほうが身のためだ」
「う、うん。教えてくれてありがとう」
「別に感謝されることじゃない。俺としても死なれたら困る。死にたいなら勝手だがな」

 と、月矢は「先に戻る」と二人のもとから立ち去る。

「先輩も悪い人じゃないんですよ」

 その背中を見つめていた柊馬は、あっと思い出したように零と向き合う。

「そういえば名前しか言っていませんでしたね。自分は一年A組の剱持けんもち柊馬しゅうまと言います。貴方と同じ『シンボル持ち』で、タロットはナンバー7の【戦車】です。お名前は先輩からお聞きしてます、零さんですよね?」
「うん、そうだよ。剱持君は一年生だったんだ」
「ええ。とは言っても、零さんより先に入学したので僕のほうが先輩ですけど」
「そう……だね、あはは……」

 微苦笑する零そっちのけで、柊馬は自身の携帯端末を取り出す。

「連絡先交換しませんか?」
「あ、うんっ。お願いします」
「ついでに月矢先輩のも教えますね」

 互いに連絡先を交換した後、二人は一緒に校舎へと戻る。

「些細なことでもいいので、何かあったら連絡してください。今はまだ実感持ててないみたいですけど、これから嫌というほど分かってきますから」

 別れ際、柊馬はそう眉を曲げた。
 事実、零は半信半疑であった。信じたくない気持ちが邪魔をしているだけなのかもしれないが。どこか他人事のようにとらえている。

「うん、分かった。ありがとう」

 『きっと大丈夫だろう』。根拠のない自信を胸に、零は柊馬と別れた。

「……」

 不安げに揺れる瞳には、零の後ろ姿が儚く揺れる。


★★


「零くん、寄り道しながら一緒に帰らない?」
「美味しいクレープ屋さんがあるんだよー」
「そんなとこよりもゲーセン、ゲーセン行こうぜ!」
「お前ら当人の予定ぐらい聞けよな。今日時間あるか?」
「少しなら大丈夫だよ。ありがとう」

 社交的なクラスメイト達と共に下校する零の後を密かに追う人影。
 周囲の痛々しい視線に晒されながら彼らを尾行していたのは柊馬だった。建物や電柱の影に身を隠しつつ、零を見守る。

(僕の予想が当たっていればきっと……)

「──あっ、そろそろ僕帰らなきゃ。誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」

 クレープを食べ終えた零は席を立ち、クラスメイト達と別れる。
 柊馬に尾行されているとも気づかず、住宅街へと向かう。

(零さんの自宅はこの辺りなのか……ん? でもこの辺って確か……)

「うわぁ‼︎」

 アプリで地図を確認していた柊馬はその声に画面から顔を上げる。
 見れば零が、黒衣を纏う男と鉢合わせていた。

「──やはり現れましたね【死神】!」
「剱持君⁉︎」

 待っていましたとばかりに零の前へ躍り出た柊馬に驚愕の声が上がる。

「先輩方のため、この柊馬が相手になります!」

 右手を振り払う動作に合わせ、柊馬の手に剣が現れる。

「少し下がっていてください零さん」
「分かったっ」
「いざ勝負!」

 不敵に笑う柊馬に向けて、男──【死神】は鎌を振りかざす。剣を横に構え鎌を受け止めた柊馬に対し、【死神】は握る手に力を入れる。
 体格差もあり押され気味の柊馬を、後方で待機する零がハラハラと見つめる中。【死神】の足元に光の渦が発生。飛び出してきたのは──戦車率いる二頭の馬。
 【死神】は紙一重で回避するも大きな鎌は逃れることが出来ず、持ち手が馬と衝突。衝撃で【死神】の手から鎌が落ちるのを前に、柊馬は懐へと飛び込んだ。

(いける──‼︎)

 確信した勝利。突き出した剣が【死神】の胸を穿つ──よりも早く。【死神】は剣を握る右腕ごと鷲掴み、圧倒的な腕力で停止させる。
 力任せに腕が振るわれ、柊馬の体が地を跳ねた。

「っ! 零さ」

 咄嗟に覆い被さった零の頭上で【死神】の鎌が光を放つ。

「柊馬!」

 次いで彼らの後方から、助太刀に参上した月矢の声が響いた。放たれた三本の矢に【死神】は攻撃から防御へと転じ、後退。追い討ちに柊馬が剣を投げるが、呆気なく防がれる。

「……流石、先輩が倒せないだけありますね」

 静かに矢を番える月矢に不利だと感じたのか、【死神】は音もなく姿を消す。

「……柊馬。歩けるか?」
「はい、大丈夫です。この程度、倫パイセンの投げ技に比べれば軽いもんですよ。零さんお怪我は?」
「ううん、ないよ。剱持君のおかげで……」
「それなら良かったです」
「……良くないよ」

 先の戦いで零はあまりに無力だった。ただ見つめるだけしか出来ず、身代わりになるぐらいしか役に立たない。
 己が無力に打ちひしがれる零を、月矢は無理やり立たせる。遅れて柊馬も立ち上がった。

「申し訳なく思うぐらいなら少しは努力しろ」
「努力ってどうすれば」
「……人がいない場所にいかないとか」
「参考に僕が作成した危険度マップを送っておきますね。ちなみにこの辺りは五段階中、レベル四です」
「住宅街なのに?」
「日中家を空ける人々が多く暮らしていますので。夜は大丈夫かもしれませんが、この時間帯は人がほぼいません」

 得意げに眼鏡のフレームを押し上げる柊馬に、零はそうかと気づく。

(剱持君も光導君も、そうやって努力してきたんだ。……生きるために)

「……僕にも何か出来る事はないかな?」
「何かって言われても……」

 困惑する月矢の隣で、柊馬は閃いたと指を鳴らす。

「そういうお話でしたら僕に考えがありますよ」
「本当?」
「はい。多少の痛みは伴いますが」
「……えっ」

2/6ページ