タロットゲーム
はじまりを思い出す。
あの日、僕は未だ別れた父を忘れられず金切り声を上げる母親から逃げるように──目に映るもの全てが新鮮な町に繰り出した。
そして目撃した、月君と
そして選ばれた、ナンバー0の【愚者】に。
僕はずっと……自分に与えられた【愚者】の意味を考えている。
大切な人を。
守れなかった僕は。
大切な人に。
守られてきた僕は。
【愚者】と呼ばれるに相応しい存在たる痴れ者。
だから僕は罪を償うため、この輪廻を──
皆が繋いでくれた想いを、展開する。
「……時間ね」
3月31日。午後、22時55分。
『
「じゃあ、手筈通りに」
「ああ」
頷きを返した月矢はそれ以上の言葉を口にすることはなく、ただ静かに背を向けて歩き出す。
零は目を瞑るとすぐに開き、彼とは反対方向に希星を連れて向かう。
約束された別れの言葉はまたあとで。
今は互いに向き合う敵のことだけを、思って。想って。
「……
青き月の光が満ちる──かけがえのない
零はその場に希星を残し、帝人と同じフィールドに立つ。
普段ならつらつらと口上を述べる彼の者も、今日だけは鳴りを顰め、零と真摯に向き合っていた。
新緑の瞳と真紅の瞳が交差する。
それらを見守る薄紫の瞳が揺れたのを合図に。裂帛の声を叫びながら、零は帝人に戦いを挑む。
「【
零と帝人の戦いの火蓋が切られた頃。
同地区に位置する錆びた公園に足を踏み入れた月矢を、すでに仮面もマントも取り外し素顔を晒した
月光を浴び光を放つ大鎌は今にも青き月を刈り取れそうで。
月矢も距離を詰めつつ、その手に弓矢を顕現する。
──もしも神様とやらがいるのなら、自分と神吾が殺し合うことは産まれる前から決まっていたのだろうか。
運命の終着点がここにあるのなら、今こそ約束を果たそう。
彼が自我を失いながらも守ってくれた約束を。
彼が自我を失ったせいで破ってしまった言の葉を。
……心のどこかにいる『
一緒に終わらせる。
最後の戦いは、おおよそ似つかわしくない静寂から幕を上げた。
かくして、五人の『シンボル持ち』が舞台上で踊る。
最後まで舞台に立ち続ける者は果たして──……。
「──【
手にする『オリジンカード』はナンバー7【戦車】。零の声に応え光を放出したカードは大小異なる二つの球体に分裂。小さな球体は零の手の中で銀の片手剣に。もうひとつの大きな球体は二頭の馬に繋がれた兵車に変化し、平行する兵車に飛び乗り帝人に突進する。
(【戦車】か、確かに強力だが……)
帝人は突進を最小限の動きで回避。零はすぐさま手綱を引き、大きく旋回しながら再び接敵。
そこで帝人はようやく反撃に出る。【戦車】の馬は暴れ馬だ。手綱を握る者に求められるのは二頭の馬を支配するバランス。ゆえにどうしても大振りとなってしまう。それを補うために剣が存在するが、リーチは短い。危なげなく避けた帝人は馬と荷台を繋ぐ板を王笏の柄で破壊。零は勢いよく投げ出されるも、どうにか手放さなかった一頭の馬の手綱を引き寄せ、乗馬。今度は騎馬状態で剣の切っ先を高らかに掲げた。刃と柄が衝突し生じる衝撃に、零も帝人も眉をぴくりと震わせる。力量は同格?──否。
(
押し合いに負けた零は派手に落馬。受け身を取ることで衝撃を和らげる。すぐさま臨戦体制を整え、片手剣を握る手にぐっと力を込めては帝人を見上げた。
『シンボル持ち』一年目の零と三年目の帝人。経験の差や、殺した『シンボル持ち』から得た力の差も、この場においては痛手。さらに、【愚者】の能力──『オリジンカード』に封じられた能力を解放する──は、一見手数が幅広く有利に思えるも、個性的な能力達を最大限活かせるとは限らないのだ。
「どうした? それでは私を殺せはしないぞ」
能力すら行使せず余裕綽々といった挑発的な笑みを口元に刻む帝人に対し、零は努めて冷静に【戦車】の能力を解除。
「【
次に翳したカードは横暴なライオンを宥める女性が描かれた──【力】の『オリジンカード』。カードは極光の渦となり零の体全体を包み込む。淡い極光を纏う零が軽く地を蹴ると、地面は大きく抉れ、光の速さで帝人に肉薄する。腕を後方へ引いた彼の動きに、神速をもって退避。零の拳は地面に衝突し、砂埃を撒き散らす。
ナンバー8【力】の能力は『肉体超強化』。腕や脚を筆頭に常人離れした肉体で相手を吹き飛ばす。パワーアップと同時に頑丈ともなり、並大抵の物理攻撃を耐え忍ぶ効果もある。
『シンボル持ち』の大半は物理攻撃に弱い。無論、帝人も体術には自信があるようだが、純粋な力の前には
(大丈夫。たくさん勉強して、鍛錬を重ねてきた。【皇帝】の能力も、今の僕なら耐えられる!)
未熟な部分は【力】の能力がカバーしてくれる。帝人を越えるにはこの戦法しかない。
──しかし、零は重要な事を失念していた。
(⁉︎ 宝玉……! なんでこのタイミングで⁉︎ っでも)
「やああああああああああっ‼︎」
帝人の手のひらに出現したのは、【皇帝】の能力を使用する際に召喚する宝玉。疑問を抱くもそのまま最大の一撃を──。
「ううううう……!」
「希星⁉︎」
緩やかな坂の上で彼らの死闘を見守っていたはずの希星が、見えない重圧──【皇帝】の能力によって華奢な体が地面に縛り付けられていた。希星が持つ『シンボルタロット』【星】は、指輪を破壊されない代わりに攻撃が出来ない。が、希星“自身”に能力は通用するのだ。それも恐らく他の『シンボル持ち』以上に。
小さな呻き声に気を逸らされた零の首から、プスリ、と皮膚を突き破る音が。銀の光沢を放つ細い針が抜き取られれば、視界がぐにゃりと渦を巻き、意思とは関係なくその場に崩れ落ちる。
弾みで【力】の能力が解除されるが、指先一つ動かせない。どうやら痺れ薬を体内に注入されてしまったようだ。【皇帝】の能力から解放された希星が、痛みに悶えながらも「零……」と呟く。
草木を踏み鳴らしながら、帝人は仰向きに倒れる零の顔を覗き込む。
「……【皇帝】とは、時にいかなる姑息な手段を持ってしてもその地位を保たなければならない。自分が支配する民の前では絶対的な存在であると示すために」
針を川に投げ捨て、王笏を構える。
痺れたままの零は、ただただその様子を見つめるばかり。
「誇りたまえ
──アタシ達が抱える問題も、この天秤で測れるぐらい単純だったらいいのに。
……
──この『タロットゲーム』を終わらせてください、零さん。
……柊君。
──行くぞ、零。
……、月君。
……
もともとプライドも何もない
脳裏で回り出した走馬灯を突き破り、手を伸ばす。
「スプ……レッ……ド……」
「何……?」
ようやく動いた唇から呪文が溢れる。
零の懐に眠る『オリジンカード』が煌々と光を放つのを前に、帝人は一笑。
「──死ね!」
構えた王笏を頭上高く掲げ、ひと思いに振り下ろす。まだ痺れ薬の効果は切れたわけじゃない。零が何かを画策するよりも早く、終わらせる──。
「……、」
はずだった。
帝人の手は半端な位置で止まっている。ふわりと王笏の風圧に靡いたのはウェーブかかった白銀の長髪。
零が横たわっていた場所に座り込んで居たのは、両手を組み祈り捧げる希星。
「終わりだ!」
横手から飛来する勇壮たる声の主は、手にしたレイピアを帝人の指──『シンボルリング』に突きつける。
【正義】の能力で位置を入れ替えたと気づく頃には既に、体の輪郭がぼやけ始め、消滅の一途を辿ろうとしていた。
未だ残る薬の影響によりその場で膝をついた零を横目に、帝人は嘆息する。
「……私は、負けたのか」
体から溢れる光粒が夜空に舞うのを見上げていた帝人は、目の前に立つ希星に目を向ける。
こちらを見つめる神秘的な眼差しにふっと笑みを溢し、透けゆく片手を頬に添えた。
「あと少し……だったのにな」
そう目を細めた帝人に希星は瞠目する。
彼にも、叶えたい『願い』があったのだろうか。
瞑目したまま
敗北者。【皇帝】の『シンボル持ち』・
「……、」
「……!」
響き渡る死闘の調べが一時的に静寂と化す。
鍔迫り合い状態の二人は互いに獲物を弾いては距離を置き、今し方感知した『シンボル持ち』の消滅に思考を巡らせる。
感知したのは強力な力の持ち主かつ『一人』。どちらに勝利の女神が微笑んだのか──月矢は確信した。
「……帝人は負けたようだな」
意外にもそう口にしたのは神吾。だが悲しむそぶりも、呪縛から解き放たれた喜びの様子もない。淡々と事実を受け入れている。
主たる帝人が敗北した今、部下たる神吾が月矢と戦う理由はない。
しかし、彼は戦い続ける。全ては、心の片隅で情緒を乱してくる心吾の人格を完全に消し去り、自分が本物の『
月矢もまた、戦意を喪失することはなかった。
【死神】の正体を知ったあの日、神吾を殺して自分も死ぬと決めたときから誓いは変わらない。
山吹色の瞳と濡羽色の瞳が交差する。
どちらからともなく発走。神吾は重い音を引き連れ大鎌を振り翳し、月矢は弓に番えた光の矢を収斂させる。神吾が鎌を横に持ち替え振るったのを、月矢は高く跳躍しては錆が目立つブランコのパイプ上に降り立ち矢を放つ。放たれた矢は鎌を盾にすることで弾かれ、【死神】の能力である浮遊で月矢と同じ高さまで上昇。すかさず矢の雨が降り注ぐも、合間を縫って接近。振り翳した大鎌を弓で受け止めるが、狭い足場では踵を踏み締めることは出来ず落下。背中から地面に墜落し疼痛が迸るが、月矢は顔面すれすれで神吾の大鎌を受け止めていた。
このままでは押し負ける──ぐっと奥歯を噛み締めた月矢は、一か八か片脚で神吾の脇腹を蹴り飛ばす。少なからず効果はあったようで一瞬緩んだ隙を見逃さず、「はあっ!」と力一杯弾き飛ばした。隙を突かれ、尻餅をついた神吾に。反撃の隙すら与えぬまま、光の矢を手に神吾の『シンボルリング』を狙う──。
「月矢」
「!」
『シンボルリング』まで僅か紙一重。懐かしい声音に月矢の動きが止まる。
柔和な微笑みを湛え、自身の名を呼ぶその姿はよく知る『心吾』そのもので。極限まで目を見開き、思わず攻撃の手を躊躇する。
「どうか僕を殺さないで。君をこれ以上人殺しにはしたくないんだ」
そっと月矢に寄り添い背中に手を回す心吾は、優しく耳元で囁く。
「もう帝人はいない。僕は自由なんだ。だからもう一度、君とともに生きていきたい」
「……ああ、そうだな」
甘い誘いに月矢が頷いたのを、『神吾』は成功したと言わんばかりにしたり顔をする。そうして密かに傍らの大鎌を掴むも。
「──なんて、俺が心吾を間違えると思ったか?」
「……は?」
引き剥がされた神吾は月矢の鬼のような形相に背筋を凍らせる。
そうして怒り心頭に発した月矢は、戦慄する神吾の指輪に光の矢を迷いなく突き刺した。
「あ、ああ……ああああああああああああああ⁉︎⁉︎⁉︎」
手から鎌が透け落ち、五感が失われていく感覚に神吾は消滅を待たずに気絶。地に倒れ、少しずつ光粒となって空に舞う中──「月矢」と気を失っていたはずの神吾の唇が動く。
「……『心吾』なのか?」
「うん」
それは神吾が演じていたものとは全く異なり、苦楽を共にした相棒本人なのだと月矢は目尻に涙を浮かべる。
「ごめん、月矢。たくさん迷惑かけたね」
「……いいんだ」
「寂しかった?」
「言わせんなよ」
「ふふっ、そうだよね」
刻一刻と迫りゆく死を前にしても心吾は笑っていた。
最後の最後に、相棒と語り合うことが出来た喜びを胸に。
「──月矢」
「……なんだよ」
「先に行ってるからね」
もう顔だけとなった心吾に、月矢は遂に涙を氾濫させながら。
「ああ……。向こうで、また会おう」
その言葉に安堵の笑みで返した心吾は、カードとなってひと足先にこの世を後にした。
敗北者。【死神】の『シンボル持ち』・
【太陽】の『シンボル持ち』・
二枚の『オリジンカード』を手にした月矢は立ち上がり、痛み走る体に鞭を打ち零達との集合場所へと向かう。
「月君」
「【月】」
痛々しい死闘の痕跡を身体中に残しながら、月矢は無事に零と希星の二人と再会。
時刻は23時45分。青い月が昇り切るまで、僅かな時間しか残されていない。
「……」
「……」
「……」
遂に。幾年、幾十、幾百の刻を経て、『タロットゲーム』の幕が永遠に降りる。彼らの胸中に残るのは虚無と、ようやく終わるという安心感。
(でも……月君や柊君、倫さんや希星、心吾君とも……生きたかったなぁ……)
唯一零だけは死への恐怖は拭い切れなかったが、『タロットゲーム』が存在する限り死と隣り合わせなのは変わらない。彼らを真に思うなら、終わらせる他ないのだ。
「……零」
「……うん」
迫りつつあるタイムリミットを前に感慨に浸っている場合ではない。月矢は言外にそうやんわりと伝え、零も頷きを返す。
二人は互いの指に嵌められた『シンボルリング』を差し出すと、互いの魔導具で破壊。刹那、温かい光が体を包んでは丁寧に分離させていく。隣を見遣れば希星もまた、二人と同じように消滅が始まっている。
「……零、希星。ありがとな。俺一人だったら、こうしてアイツを解放してやることも出来なかった」
穏やかに笑う月矢に、零も涙が頬を伝う。
「零。お前には何度も助けられた。何も返せなくて悪いな」
「ううん、こっちこそだよ。月君と出会えて……本当に良かった……」
月矢はきっと、零が『シンボル持ち』に選ばれたのは自分のせいだと罪悪感を感じているのかもしれない。だが零にとって『シンボル持ち』とは、特別な絆を紡ぐきっかけだった。大切な人と呼べる人達と出会えたかけがえのない時間。
「ありがとう月君。またね」
精一杯の感謝の言葉を受け取った月矢は、もう未練はないと言いたげな表情で霧の如く消える。
「【愚者】……いいえ、零」
鈴を転がしたような声の主へと目を向ける。希星は心穏やかにこちらを見つめ返していた。
「私を呪縛から解き放ってくれてありがとう。貴方が生きてくれたから、こうして終わりを迎えられる」
希星の言葉に、零は緩やかに首を横に振る。
「僕だけの力じゃない。みんなが力を貸してくれたからさ。もちろん、希星もね」
その言葉を聞き遂げた希星は、目尻を落としたまま消滅。
二人分の光粒が渦を巻きながら青き月に吸い込まれそうに昇ってゆくのを、零は見守る。
最後は自分。
薄れゆく意識の中──零は最後に、黄昏時の草原で自分を待っている大切な人達の幻想を夢見た。
「みんな……今、行くよ」
敗北者。【月】の『シンボル持ち』・
【星】の『シンボル持ち』・

──その願い、“ヒメ”が叶えてあげるねっ。
■■。【愚者】の『シンボル持ち』・
THE END……?