タロットゲーム

12話 『真の絶望』襲来


 今日、俺の復讐は、ひとつの節目を迎えそうだ。
 さらさらと風に乗って天へと昇る光粒を見上げ、足元に残された『オリジンカード』を見下す。先程まで対峙していた人物が、こちらを恨めしそうに描かれているカードを、なんの感慨もなく拾い上げる。
 行動を別にしている零の首尾はどうだろうか。……いや、あいつはもう“こちら側”。心配するまでもない。
 なら──残る『シンボル持ち』は五人。俺と零と希星、そして帝人と神吾。今こそ、心吾との約束を。そして、運命のあの日の雪辱を晴らすとき。

「……あれから、一年か」

 心吾が帝人に殺されてから、早一年。
 忘れもしないあの日を、お前は憶えているだろうか。




 その日は分厚い雲で覆われていた。
 今にも雨が降り出しそうな、そんな空模様の中。
 二人分の狭い路地に響く、二人分の息、二人分の足音。右へ、左へ。紆余曲折しながらもただひたすらに“逃走”する理由は。

「チッ……いつまで経ってもバイク音がする……! あいつは俺達の居場所でも把握してんのか……⁉︎」
「いいから走るよ月矢! この先にある抜け道に行ければ……‼︎」

 普段通りの下校時に強襲を受けた月矢と心吾が、敵の目を掻い潜りながら、焦燥を押し殺しつつ、ひと気がある場所へと急ぐ理由は──相手が、彼らの良き先輩でもある倫の実力を上回る強敵の『シンボル持ち』であるからだ。
 相手の名は、【皇帝】・帝人。彼は今颯爽とバイクを乗りこなし、路地裏を逃げ回る彼らと着実に距離を詰めていた。舌を弾く月矢を嗜め、心吾は努めて冷静に退避ルートを選択する。この路地の近くでは町づくりのために建物の解体作業が行われている。そこはこの路地裏の道とも繋がっており、(乱入する形にはなるが)高校生が二人も足を踏み入れれば只事ではないと判断され、必然的に保護されるであろう。仮に帝人に追いつかれてもそこへと辿り着けさえすれば、体裁を気にする帝人は引きかえざるおえない。

「「‼︎」」

 薄暗い通路に僅かな光が見えた。希望の光。
 彼らは頷き合い、揃って角を曲がる──……。
 視界に飛び込んだ『現実』に。二人分の足音が止まった。

「そんな……」

 そこに残されていたのは鉄筋の柱。解体作業の痕跡はあれど、作業員の姿はなく。絶望の淵に立たされるのは、必然的。

「残念だが、ここの解体工事は暫く中断させてもらったよ」

 真紅のバイクが彼らの背後に停車。軽やかに降り立った人物はヘルメットを脱ぎ捨て、乱れた前髪を整えた。

「鬼ごっこはここまでにしよう。【太陽】と【月】の二人」

 と、魔導具の王笏を顕現する彼に、心吾と月矢もそれぞれの魔導具を手にした。もはや逃げる術はない。ならば、諍うのみ。
 自分達にはまだ、希望が残されているのだから。
 眦を釣り上げ、生意気にも反抗の意思を示す彼ら二人に、帝人は飄々とした態度でこちらを見据える。

「心吾」

 横目で月矢を見遣る。

「必ず、二人で乗り切るぞ」

 そう矢を番える月矢に、槍を切先を帝人に向けて、応える。

「うん。だから──」

 敵に向けるべき槍を月矢へ。器用に石突で腹部を突く。

「──え──」

 声にもならない声が、肺から溢れた息と共に月矢の唇からもれる。凄まじい勢いで遥か後方へと飛ばされた彼が地面に転がるのを目に、心吾は太陽を模したスフィアを召喚。

「シャイン!」

 スフィアから放たれた熱線が柱を溶かし、自分達と月矢を『分断』。土煙が舞う鉄の壁と化した向こう側で、小さな呻き声が聞こえる。ああ、良かったと笑みを浮かべた。

「自己犠牲とは美しいな」

 肩をすくめる帝人に、心吾は笑ってみせる。

「先に行ってもらっただけですよ」

 槍を構え直した少年は続けざまに畳み掛けた。

「それに、貴方の能力を耐えられる自信はある。あとは、貴方自身の力に打ち勝てばいいだけ」

 倫から嫌というほど聞かされた【皇帝】の能力──“具現化した王座を中心に、空間を作り出す。空間内では、僅かでも心を乱した者の能力を無効化する”──の抜け道である強き意志を、このときの心吾は月矢を切り離したことで獲得していた。彼のもとへは行かせないという『希望』。
 月矢は遅からず絶望するだろう。だが、それでいい。
 なぜなら絶望は、そう悲観するものでもないからだ。

 『絶望は巡る、希望とともに』。

 自分が敗北しても、帝人が敗北しても。
 月矢は新しい希望を手にするだろうから。

(これでいいんだ)

 そんな心吾を帝人は──実に嘲笑うかのように唇を弓形に曲げる。
 不覚にもぞくりと悪寒が背中を迸ると同時。近くに浮遊する太陽のスフィアが音もなく真っ二つに“切り裂かれた”。

「っ⁉︎ がはっ……‼︎」

 意識が削がれた隙を突き、心吾の背後を取った第三者によって地面に叩きつけられる。咄嗟に距離を置こうとするも背中を一蹴。あまりの強打に唇から息と血が溢れ、痛みから力が抜け、槍が手から離れる。

「なか……ま……?」

 聞いたこともない。孤高の絶対的存在な帝人に仲間なんて。
 だがしかし、現に今地べたに這いつくばる自分の背中に足を乗せているのは帝人ではない。霞む視界で顔を覗けば、目をあらん限りに開く。

「鎌苅……先輩……⁉︎」

 帝人の仲間──その人は、同じ『火杖高校』に通うひとつ上の先輩だった。見知った人物に冷や汗が滲む。
 月矢ほどの仲ではなくとも。同じ高校に通う先輩だからと何処かで信じていた。

「……悪いな、陽山」
「なにを……」

 鎌苅と呼ばれた男は心吾の手を取り、その指に現れた『シンボルリング』を抜き取った。とさり、と重力に従い落ちた手は指ひとつ動かない。取り返す力はもう、ない。

「……」

 自身の死期を悟った心吾は、頭上で繰り広げられる帝人と鎌苅の会話を耳朶に瞼をおろす。

「よくやった、【死神】。さあ、それを私に」
「その前に俺の指輪を返してもらおう。これをくれてやるのは、それからだ」
「フッ……承知した」

 ふっと体が軽くなる。思わず目を開けた心吾は、鎌苅が自分の背中から足を退け、帝人とやり取りしている様を目にする。
 帝人から指輪を受け取った鎌苅が、自身の指に嵌め直す。
 が、そこで違和感。心吾は朧げな意識の中、鎌苅が嵌めた『シンボルリング』が消えないことに──帝人の意図を察する。

「っ先輩! その指輪は……!」

 本物に似せて作られた精巧なレプリカ。
 最後の力を振り絞り、手を伸ばすも時既に遅く。
 甚だしい痛覚によって意識を失う直前に見たものは。


 帝人が【太陽】と【死神】の『シンボルリング』を融合させ、悦に陥る姿だった。





 夥しいほどの雨が、少年の体に打ちつける。

「おいあんた! 大丈夫か⁉︎」

 崩れ落ちた鉄骨の轟音を聞きつけ、作業服を着用した大人達が現場に駆けつけた。そこで座り込む少年に、作業員のひとりが声をかける。

「ここで何があったか、お前さん知ってるか?」

 少年は何も答えようとしなかった。代わりに、無言で立ち上がると積み重なる鉄骨の壁に千鳥足で向かい始める。

「あ、おい! あぶねぇぞ‼︎」
「っ離せ! あの先に……あの先に心吾が……‼︎」
「なっ⁉︎」

 月矢の前進を止めた男は鉄骨の崩壊に彼の友人が巻き込まれたと考え、すぐさま近くの作業員に緊急信号を出すよう伝えた。

「心吾……心吾……!」
「大丈夫。お前さんの友達はきっと生きてる」

 うわ言のように友の名を繰り返す少年を他の作業員に預け、男は腕の立つ作業員とともに瓦礫のもとへ。巻き込まれたであろう少年の友人を探す。
 しかし、月矢は知っている。あの下には遺体も何もないことを。
 彼の者の背中は、この世のどこにもないことを。


 ――君を置いて死にはしないよ。
 だから月矢も、僕を置いて逝かないでね――。


「──!」

 慟哭が響く。絶望の慟哭が。
 心吾の望み通りに。
 そしていつか、月矢は知るだろう。
 心吾の望みは潰え、
 自分の一番の障害が彼となり、
 『真の絶望』を与えられることを──。


 『真の絶望』とは。
 『真の絶望』とは。
 『真の絶望』とは……?


 『絶望』と『希望』が繰り返す螺旋を、永遠に断ち切ること。


「そうだとは思わないか? 【死神】。……いや、鎌苅神吾よ」


 月を見上げる濡羽色の瞳は虚無をうつすばかり。
 “一人”となった“彼ら”に、帝人の声は届かない。
「ああ……いよいよ、満月の時が来るな」
 恍惚とした笑みを尻目に、神吾は鎌の刃を磨く。
 決戦の日を迎えるため。

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