タロットゲーム

10話 決断の刻


 『沌邂町てんかいちょう』、『火杖ひじょう地区』の一角を賑わせた女性自殺事件は、速やかに処理が行われた。周囲の住人達の間では一週間も過ぎた今でも口々に囁かれているが、大半の人間の記憶から消え去ったようにまた別の話題ゴシップに切り替わるのだろう──ただ一部の人間を除いて。



「えー、突然の報告になるが、天地てんち光導こうどうの二人が学校を自主退学することになった」

 『火杖ひじょう高校』二年C組。朝礼で担任から告げられた言葉に、動揺を隠せない生徒が多数。一方、肉親の自殺現場を目撃したショックから立ち直れなかったのだろうと“勝手に”納得した生徒もちらほら。

「でも月矢つきやも退学する理由はわかんねーな」
「あとで本人に聞いてみようぜ」
「こらそこ、無駄な詮索はよせ。本人達だって話したくないだろう」

 嘆息混じりに注意を促す担任に言われてしまえば、男子生徒達も口をつぐむ。

「それじゃあ始めるぞ」

 そして彼らがいないHRホームルームが行われる。少し経てばそれも日常と化すのだろう。
 この高校から存在ごと“消滅した”【戦車】柊馬のように。


★☆


 時は遡り一週間前──……。
 頭上の空はくらく、月も星も見えない夜遅く。

「……これぐらいしかできなくてごめんね」

 【戦車】の『シンボル持ち』、柊馬しゅうまの脱落から数時間後。『沌邂てんかい地区』にある公園の茂みと茂みの間、誰も近づかないであろう一角に墓標と思わしき重石が二つ並ぶ。
 ひとつは数週間前に脱落した【正義】の『シンボル持ち』、りん。そしてもうひとつは、今し方建てられた柊馬の“墓”だ。最も、その下には遺体はなく、彼らの魂が無事天国へと旅立ったのかも怪しい。

 ──……カードになったヤツは、『シンボル持ち』以外の人間の記憶から存在が『消える』。知人も、友人も、親ですら。ソイツの……心吾しんごの存在は消えてしまった。

 体育祭の帰り際に告げられた月矢つきやの言葉が脳裏に過ぎる。
 肉親を失った倫を育てたという老夫婦も、明るい家庭を築いていた柊馬の家族も、自分達の大切な子が死んだことには気づかない。……初めからいない存在として、心吾と同じ末路を辿ったのだ。
 二輪の花をそれぞれの墓標に他向け、片膝を折り、目を瞑り、どうか安らかにと祈りを捧げる。
 顔を上げたれいは、背後に佇む月矢と希星きらに泣き腫らした顔を晒しつつも向き合う。

「……僕は、『タロットゲーム』を終わらせたい」

 それは、柊馬亡き友から託された悲願願い
 それは、数多の犠牲によって繋がれた自分の命をかけてやらねばならない責務。
 翠緑の瞳に澱みはない。これまでにない覚悟を持って闘志を燃やす零に、希星は尋ねる。

「【愚者】と呼ばれる覚悟はできていて?」

 藤色の瞳は見極めていた。『シンボル持ち』としての【愚者】でなく、零という人物そのものが【愚者】に堕ちる覚悟を。

「うん。できてるよ。どれだけ愚か者だと言われようと、僕は信念を貫く。……倫先輩や、柊君のように」

 嘘偽りのない言葉に、希星は瞼を伏せる。

「であれば導きましょう。あの雲の向こう側で煌めく星々のように」



 次の日。零が身を寄せる月矢のマンションに、希星が訪問。今後の行動についての会議が行われた。

「んで、実際のところ『タロットゲーム』を終わらせることは出来るのか?」

 希星は寝台の淵に腰掛け、零と月矢の二人は床に腰を落ち着かせる。そう投げかけられた質問を、希星はハッキリと断言する。

「可能だわ。今まで誰も成し遂げようとしなかったから前例はないけれど」

 但し、と希星は月矢を一瞥。

「どんな方法にしろ、あなたもわたしも死ぬのは同じ。あなたはそれでいいの?」

 月矢は目を細め、零は苦しげに胸元を抑える。【愚者】となるということは、相手の『シンボルリング』を破壊する──つまり、相手を殺すことと同意なのだ。今更ながらに自分の我儘の重さに痛感する。
 対して月矢は至極冷静だった。

「構わない。俺の目的は、帝人みかどの野郎に利用されている神吾アイツを解放することだ。刺し違えてでも、な。仮に生き残ったとしても、俺は自ら敗北を選ぶ。どうせ死ぬなら、零に協力してやってもいいと思ってる」
「月君……」

 倫、柊馬を喪い、同じく辛いはずであろう月矢はそれをおくびにも出さず自分を見失わない。零は居住まいを正し、希星にも問う。

「希星はそれでいいの?」
「構わないわ。未練などないもの。……それに、ようやくこの呪縛から解放されると思えば悪くないわ」
「……ありがとう。二人とも」

 彼らは何も答えてはくれなかった。それが覚悟だと言いたげに。

「……話を戻すけど、『タロットゲーム』を終わらせるには二つの方法があるわ」

 落ちる静寂を破ったのは希星。零と月矢は静かに耳を傾ける。

「一つ目はゲームの勝者となり、『タロットゲーム』を終わらせると願うこと」
「……確かに理に叶っているが、本当にゲームの勝者はなんでも願いが叶うのか?」

 半信半疑になるのも無理はない。少なくとも月矢が初参戦した去年は勝者が決まらず、タイムリミットを迎えてしまった。
 月矢の胸中を汲んだのか、「それもそうね」と希星はぼやく。

「実は『タロットゲーム』を支配した勝者はこれまでにいないの。それは【愚者】だけが背負う代償があったから」
【愚者】だけが背負う代償って……?」
「『タロットゲーム』と関係なしに、必ず一年以内に別の要因で死ぬのよ」

 えっと驚愕を露わにした零の隣で、月矢はやっぱりかと嘆息する。

「じゃ、じゃあ僕はもうすぐ死ぬってこと……?」
「それはない」

 断言した月矢に首をかしげる。希星も点頭しつつ、その理由を説明。

「あなたは一昨日自殺しかけたでしょう」
「う、うん。でもそこを【死神】……神吾君に助けられた」
「本来ならそれで死ぬはずだった運命を、同じくイレギュラーとも呼ぶべき【死神】が助けたことで運命は覆されたの」
「そうなんだ……。なら、今年は勝者が決まるかもしれないんだね」
「そういうことね」

 じゃあ、と再び零は口を開く。

「もう一つの方法は?」
「ゲームがドローになること」
「……つまり、参加者は全員脱落した状態ってことか」

 ええ、と肯定する。

「以上がゲームを終わらせる方法よ。と言っても、帝人や【死神】、他の『シンボル持ち』を相手にするのは変わらないけど」
「……そっか」

 奪う覚悟はしていたつもりでも、まだ自分は【愚者】になりきれていないらしい。心のどこかで救いを求めている弱い自分がいる。
 でも、やらなきゃ。これは僕の我儘なんだから。
 濁り始めた魂を掬いあげるかのように──そっと月矢の手が零の頭に添えられた。

(俺を忘れるな。一緒に戦う)

 視線が交わる中、そう告げられた気がした零は手のひらで拳を作る。

「どっちの方法にするかは他のみんなを脱落させてから決める。それでいいかな?」
「ああ。一番の障害になるだろう帝人と神吾を倒さなくちゃ叶えられないしな」
「そうね。わたしが管理している『オリジンカード』は全てあなたに託すわ、零」

 問うより先に鞄から複数枚のタロットカードを受け取り、その名の意味を理解する。
 自身が持つ【正義】柊馬【戦車】のカードも合わせ、胸元に願いを乗せて添える。

(大丈夫。必ずこの連鎖を打ち切って見せるから)
(君達を無駄死になんてさせない)

 瞑目する零を尻目に、月矢はなあと希星を呼ぶ。

「前々から思っていたんだが……オマエはなんでそんなに『タロットゲーム』に詳しいんだ? 三年間参加しているとしてもおかしいだろ」

 希星は顎に指を添えたのち、ゆっくりと語りだす。

「……私が『タロットゲーム』の存在を知ったのは小学生の頃」
「えっそんな前から⁉︎」
「事故に巻き込まれて生死を彷徨っていた私を、歴代の【星】達が現世へ呼び戻してくれた」

 事故で両親を喪い、生還したあとも病院暮らしを余儀なくされる中。先代の【星】は希星に『タロットゲーム』のありとあらゆる知識を授けたという。彼女らの想いは皆ひとつ。

「このゲームを永遠に終わらせること。……だから、あなたの願いは“私達”の願いでもある」

 零は思う。このゲームを始めた人はどんな気持ちだったのだろうか。
 あらゆる人の気持ちを虚無へと還して、醜く争わせて何がしたかったのだろう。

「……そっか」

 零の呟きが沈黙に落ちる。
 そして少年はここから、彼らとともに走り出す。
 真の意味で【愚者】となるために。


★★


 場面は転じ、『火杖ひじょう地区』から離れた『風剣ふうけん地区』。

(なんなのっ……なんだっていうのよ‼︎)

 『風剣ふうけん高校』の制服を纏いし少女は、がむしゃらに走り続けていた。脚を止めてしまえば即座に射抜かれる恐怖から、穴という穴から体液がみっともなく溢れ出す。
 彼女は【恋人】の『シンボル持ち』。能力は自身と目を合わせた者を“魅了”して自分の思うがままの傀儡とさせること。少女はこの能力を利用し、自身を付け狙う『シンボル持ち』や一般人までをも骨抜きにし、まさしく骨の髄まで搾取してきた。
 そんな彼女は今、背後から程よい距離感で矢を射る少年に追い回されていた。魅了の効果範囲内に入るか入らないかのギリギリを攻める少年に歯軋りする。何せこちらには矢に対抗しうえるだけの武器がない。彼女は逃げるのに手一杯で、自身が人気のない場所まで“誘導”されていることに気づけなかった。

「はあっはあっ……攻撃がやんだ……?」

 蠱惑的な胸を揺らし、肩で息をしながら背後を振り返る。
 撒いたのか諦めたのか定かではないが、どうやら自分は助かったらしい。

「……うふふっ」

 これでまた有象無象のカモ共から巻き上げられる。
 正直ゲームなんて興味ない。願いを叶えられなくても、魅了この力さえあれば愛も大金だって手に入る。それ以上の幸せがあるかしら。
 首筋から噴き出した脂汗にべっとりとついた髪を邪魔だと手で振り払おうとした──その時。
 パキン。

「え」

 罅が走り抜ける音が響く。
 首後ろに回していた手の指に嵌められた『シンボルリング』は──“穴が空いていた”。
 ばっと背後を振り返れば、先程まで自身を追い回していた相手とはまた異なる緑碧の瞳を持つ少年がレイピアを手に無言で佇んでいた。

「……ああっ、ああああっ……⁉︎」

 声を上げた彼女の『シンボルリング』は今も亀裂が広がっており、胸ぐらを掴もうとした手は淡い輪郭だけを残して透けている。
 もがき苦しみ、理性を失うその様を。少年は淡々と見守る。

「いやああああああああ⁉︎」
「……ごめんなさい」
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないそうこれは夢これは夢これは夢早く覚めっ」

 懺悔の言葉は聞き届けられず。少女は肉体の消滅を犠牲に【恋人】のカードと化した。
 地面に舞い落ちたそれを拾い上げた──零の頬に一筋の涙が伝う。
 遅れて参じた月矢は、弓を肩に零の背中を見据えていた。かける言葉はない。だって、これはまだ“はじまり”に過ぎないのだから。この先何度も他人の死に直面することになるのだから。

「ごめん……っ……なさい……っうおぇ」


 『タロットゲーム』現生存者。
 【愚者】、天地 零。
 【月】、光導 月矢。
 【星】、秘占 希星。
 【死神】、鎌苅 神吾。
 【皇帝】、皇 帝人。
 【太陽】、???。
 他多数。


 そしてゲームはいよいよ、タイムリミット間近を知らせる冬を迎えるのであった──……。

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