イベントクエスト
いつか失うぬくもりは
「ひっひぃいいい‼︎」
我先に逃げ出す御者の背後で、メキメキ、と木製の馬車が破壊される。繋がれた二頭の馬も嘶き走り去り、残された母親と娘は馬車から身を投げ出された。
戦う術など元より持たない親子は、囲まれたモンスターを前になす術もなく切り刻まれる、その時。
鐘の音が響く。
どこまでも澄んだ青空まで届く、白き音が。
煩わしい音に、親子に迫るモンスターの動きが鈍る。
コンマ数秒――瞬き一つ許されない時の中で、躍動する影はあり。
一筋の銀閃が煌めく度、胴体から切り離されたモンスターの首が宙を舞い血飛沫が噴き出す。
されどその影は一滴も浴びることなく――最後の一体を仕留め、レイピアに付着した血を振り落とした。
「大丈夫?」
血溜まりを踏み歩き、男は親子の前で身を屈む。
恐る恐る顔を上げた母親は、脅威が去ったことに安堵。娘をこの身に抱きしめながらも、肩の力を抜いた。
「ありがとうございます、剣士様!」
「怪我はない?」
「おかげさまで……」
「なら良かった。念の為、あそこにある砦のお医者様に診てもらったほうがいいよ」
親指で指した先には、強固な石畳の壁に囲まれし砦が鎮座している。あの程度なら護衛がなくとも辿り着けるだろう。
何度も頭を下げては謝辞を述べると、母親は娘を連れて歩き出す。
男はその背中を見送り、やがてモンスターの死骸に目をすぼめた。
彼の名前はルフラン・フィーネ。
訳あって無所属だったものの、今はリアム達と行動を共にしている。
見た目の割にやや幼い印象の彼だが、ひとたび戦闘になれば――ご覧の通り。素早い太刀筋かつ残忍に殺戮を行う。普段とのギャップに驚く者も少なくはない。
(魔強種がこんなところにも……)
ワイルドドッグ、ホーンラビット。いずれも下級魔物の分類だが邪悪なる力によって強化され、手慣れの冒険者すら苦戦するほどの力を得た。ルフランはひとり、眉を顰める。
間を置き、刎ねた首や胴体が煙と化し霧散。残ったドロップアイテムを回収した。
「ルフラ〜ン!」
「リアム」
そこに、こちらに手を振りながらリアムが駆け寄ってきた。ルフランの隣で足を止め、「大丈夫だった?」と尋ねる。
「うん。見ての通り、だよ」
「さすがだね! じゃあ、基地まで来てくれる? 君が助けたお母さんが待ってるよ」
「ぼくに?」
満面の笑みで頷くリアムに空笑いを浮かべつつも、共に自分達の基地に帰還した。
「先程は助けていただきありがとうございました。来て下さなければどうなっていたか……」
「い、いや別にぼくは……」
基地2階。普段は作戦会議室基食堂として利用するダイビングルームで彼らを待っていたのは、先程助けた母親とナナの二人。
「ルフランが気づいてくれて良かったよ〜。下手したら間に合わなかったかも」
「よく襲われてるって分かったね」
「
ルフランのお気に入りスポット――砦の象徴とも言える鐘塔は、見張り台よりも高く聳えている。景色をゆっくり眺めるには打ってつけだ。
「そういえばナナ姉さん。あの女の子は?」
「ベータに診察させてそのまま遊んでるよ。あ、セレも一緒だからね」
苦笑するリアムの意図が分からず、ルフランは不思議そうに見つめ返す。
「あの……そろそろ」
談笑する彼らだったが、母親が申し訳なさげに声をかける。ナナは「ああ、ごめんなさい」と一言。
「荷車が直るまでゆっくりしていってくださいね〜」
「何から何まで本当にありがとうございます。それでは」
ぺこりと丁寧にお辞儀した母親は娘を迎えに向かい、場には三人だけとなる。
「……遭遇したのは『魔強種』のモンスターだった。日を重ねるごとに増えてきている。……ぼくのせいで」
目を伏せるルフランに、リアムとナナは顔を見合わせた。
「きっかけはルフランかもしれないけど、周り巡っての責任は私にある。ルフランだけのせいじゃないし、させたくない」
「原因はハッキリしているんだから、なんとかなるように僕達で頑張ろ!」
うんうんと同調するナナと破顔するリアム。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせたルフランは、「うん」と片笑む。
「ありがとう。ぼく、たくさん頑張るね。……リアムを、元の世界に帰せるように」
君がどんな表情を見せたのかを。
ぼくは忘れない。