イベントクエスト
はじまりのまえ
あの日を境に、エニュプオンの運命は狂い出した。
幾度も幾度も繰り返される絶望に、心がズタズタに切り裂かれる。
それでも諦めることは出来なかった。希望もなにもなかったけれど。
私を突き動かしていたのはただ一つ。
この事態を引き起こした、贖罪だ。
何千回目の運命の日を迎える、数ヶ月前。
私は“彼”を探すのを一度中断し、ある場所へとやって来た。
今、私は、小さな洞穴に聳え立つとても大きな扉の前にいる。
私に残された力は決して多くないけれど……もうこれに賭けるしかない。
外の世界の介入により、歯車を狂わせるしか……止める方法はないのだ。
そう信じて私は、僅かに開いた扉をくぐる。
初めて訪れた扉の向こう。
一面暗闇に覆われた空間だとは思わず、途方に暮れる。
道標も行く当てもなかったが、ふと、私以外の音が聞こえた。この景色や、私の心情とは真逆の、軽快で楽しげなメロディ。
誘われるようにそちらに向かう。
(ここは……?)
いつの間にか、私は外に居た。
晴れ渡る空、光り輝く大地。私が知るエニュプオンの何処かと思ったが、違うのだろう。
多分ここは、外の世界。
(来れたんだ……)
安堵すると同時、己が成さねばならない事を復唱する。
運命の歯車を狂わせられる人材を見つけ、導かなければ……。
さっきのメロディは聞こえなくなっていた。
私がこの世界に来てから、数日が経過した。
出来る限り人目につかないよう飛び回る。
そこで暮らす人々は各々が苦難を乗り越え、幸せに暮らしているようだった。
エニュプオンが抱える歪な真実とは無縁の世界。
羨ましいとも感じた。
妬ましく思った。
そんな自分が、嫌いになった。
やがて私は、見られる覚悟を決め、人通りが多い街へ飛んだ。
寧ろ多いおかげで、上手いこと建物の陰に隠れることが出来たわけだが……。
(でもやっぱり……人が多い場所は疲れるわね……)
この姿になる前から、他人と頻繁に交流してこなかった私にとって、人が多いだけで視覚的にも疲れてしまう。こんな調子では飛び回ることすらままならない。
入り組んだ路地の隅に降り立ち、翅を休めていたその時。
『ねえ、きみ。みないはねだね。どこからきたの?』
私は、好奇心旺盛な蝶々に話しかけられた。
銀色の外縁に、青色の中室。
一目見て、自然に生まれた蝶々でないことは分かった。
『え、えっと……』
『あっ、もしかしてきみ。さいきんうまれたの? でもきみみたいなちょうちょみたことないなぁ……ぼくとおなじでだれかにうみだされたとか?』
私とは対照的に、よく話す子のようだ。
それによくよく見れば、魔力のようなものも感じる。使い魔的存在なのだろうか。
『私は……遠く離れた場所から、ここまで来たの』
『へえそうなんだ! なんだかかっこいいな〜』
『あなたは……この街にはよく来るの?』
『うんっ! ぼくのごしゅじんさまがこのちかくにすんでるからね』
『そうなのね……。命令かなにかなのかしら』
『ううんちがうよ。おもしろいからっ』
それに、とその子は私の隣に舞い降りる。
『ぼくのこえはごしゅじんさまにとどかないんだ。きみみたいにちょうのともだちとはおはなしできるんだけど』
彼の声音からは少しだけ、ご主人様と話せなくて寂しい気持ちが込められているように聞こえた。
話し相手がいなくて寂しい気持ちは……私にも分かるのよね。
『ぼくね、“ゆりしす”! きみは?』
『私はクラルテよ』
『くらるて? くらるてってどういういみ?』
『え? ええと……「明瞭」って意味よ』
『……⁇』
『め、明瞭っていうのは、はっきりしているって意味ね』
『へえ〜〜!』
自分の名前の由来を話すのって、結構恥ずかしいものね……。
『あ、あなたの名前の由来は?』
『えっとねー、ゆりしすっていうなまえのあおいちょうちょからだよー。ぼくのごしゅじんさまが付けてくれたんだ』
そうなのねと返しながら、私は考えていた。
ユリシスの話に出てくる“ご主人様”なら、私が探し求める人材に相応しいのではないか。
『……ねぇ、ユリシス。少し……私のお願いを聞いてくれないかしら』
『おねがい?』
『ええ。あなたのご主人様を見てみたいの。出来ればバレないように、こっそりとね』
『う〜ん?』
バレないようにと言ったからか、少し悩んでいるようだった。
だけれどすぐに、『いいよ!』と明るく了承してくれた。
『こっちだよ! ついてきて!』
彼は街を離れ、見晴らしが良い場所へ私を導く。
人の気配が感じられないようなこの場所に、彼のご主人様がいるのかしら?
半信半疑だった私の視界に飛び込んできたのは、ぽつんと佇む屋根付きの建物。
『あそこだよ! あそこにごしゅじんさまと、ともだちがすんでるんだ』
『ともだち?』
一人で暮らしているわけじゃないのね。
『うんっ。みんなだいすきなんだ!』
嬉しそうに語り、ユリシスは建物の裏へ回る。この辺りに人は来ないとの話。
『みえる? あそこにいるのがごしゅじんさまだよ』
草花の影に隠れ、窓から中の様子を窺う。
部屋には二人の人物が居た。
一人は青い髪をした少年。彼がユリシスのご主人様だろう。
もう一人は灰色の髪をした少年。小さな鍵盤の前に座り、青い髪の少年と会話している。
「──がいない? ……あっ、心配なんだ」
「別にそうじゃない。勝手に解釈するな」
「でもいつもふらふら〜って帰って来てる気がするけど……一緒に探そうか?」
「いい。連れ戻すのは……なんか違う気がするし」
青い髪の少年は冷たい印象で、灰色の髪の少年は優しい印象を受けた。
『ごしゅじんさまは“るしゃんと”で、となりは“りあむ”っていうんだよ! ねえねえ、どんなかんじ?』
『ど、どんなかんじ……? えっと……』
『みたかったんじゃないの?』
『そ、そうね』
本当のことを話すわけにもいかず。曖昧な返答になってしまう。
「……なに弾こうとしてたの」
「あのね、この前思いつくままに弾いた曲が良かったから、また弾いてみよーって思って。聞いててね」
灰色の髪の少年が、メロディを奏でる。
初めて聞いたはずなのに、その曲に“聞き覚え”があった。
そう……あの時、あの空間で聞いたメロディ。
軽快なリズムに、楽しげに弾く少年。
決して上手くはないけれど。不思議とステップを踏みたくなるような。そんな気持ち。
「単調。」
「ええーっ! 感想それー⁉︎ もっと他にないのぉー⁉︎」
「うるさい」
頬を膨らませて抗議する少年に、私は一瞬で惹きつけられた。
すると、ユリシスがねえと私を呼ぶ。
『どうしたの?』
『えっとね……くらるてさえよかったら、いつでもきていいんだよ。ぼく、だれにもいわないから』
その優しさは、とても嬉しかった。
でも……ごめんなさい。
『ええ……。ありがとう』
嘘つきな私を、許してね。
これ以上長居してはいけない。そうひしひしと感じていた。
だから決めたの。今夜、彼を……リアムをエニュプオンに連れていくと。
巻き込んでしまってごめんなさい。
辛い思いをさせてしまってごめんなさい。
こんな形でしか罪を償えない私で、ごめんなさい。
だからせめて……あなたの為に命をかける。
でもね。私、思うの。
あのとき、あなたが弾く音色が聞こえたのは……偶然なんかじゃないんだって。
エニュプオンが、彼女が、あなたを選んだ。きっと……そうなんだって。
『こんにちは』
「ぎゃあっ‼︎」
THE END……?
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